FC2ブログ

生酒のこと、「和製シャンパン」のこと

 2009-03-15
先月(2月)前半、2週間、京都に滞在してました。週貸しの古い一軒家に、普通に暮らしているみたいな滞在。スーパーや錦市場で地元特産物(京野菜や豆腐、湯葉・・・)を買って料理もできたし、出かける支度をしている合間に洗濯してバルコニーに干して出かけられたし、ホテル住まいと違って自由がきくので快適でした。で、居心地良すぎて、ついつい朝はゆっくり過ごしてしまい、出かけるのが昼過ぎになって、冬だから日が短いしお寺や神社の拝観時間は5時くらいまでだから、思ったほど観光はできず。でも、その分、夜はおうちでゆっくりお酒三昧。(そして寝るのが遅くなり、また朝が遅くなる・・・という悪循環。)お酒といっても、日本を旅行するからにはやっぱり日本酒です。

で、今回、ナチュラル・ワイン愛好家のEと私は、生酒をぜひ飲んでみたかったのですが・・・やっぱり美味しいですねー。これはパリではなかなか飲めない。

といっても、日本酒のことは詳しくない私。山廃とかひやおろしとかも全然わかりませんし、そのうえ恥ずかしながら、「生酒」は「なまざけ」と読むのか「きざけ」と読むのかすら怪しくなり・・・「あれ?どっちだっけ?」と冷や汗。大辞林で調べたら、どちらも読み方としては合っていて、「きざけ」は「混ぜ物のない純粋の酒。生一本の酒」だそうで、「なまざけ」は「もろみからしぼったあと、一切加熱処理をしていない清酒」だそうです。一応、違いがあるのかな・・・?まあ、私たちが求めていたのはどちらかというと「なまざけ」の方ですね。加熱されていないしぼりたてのお酒を飲んでみたかったのです。

Eは、出発前から日本で日本酒を味わうことをとても楽しみにしていて、インターネットで仕入れた情報から「にごり酒」に興味津々、絶対に飲もうと決めていたみたい。それも、「発泡性のあるにごり酒」なるものの存在をどこかで聞いてきて、それがお目当て。純米吟醸とか大吟醸とか、そういうカテゴリーなんかの基本的知識をすっとばしちゃってます。

とはいえ、私はそんなお酒のことは聞いたことがないので、本当に見つかるのか半信半疑でした。Eは日本語が全く話せないなので、酒屋で仕方なく通訳、(半分いやいやながら)おずおずと「発泡性のあるにごり酒はありますか?」と聞いてみる。すると・・・意外とあっさり見つかったのでした。

酒屋によっては「和製シャンパン」というポップがうってある。

とある酒屋のお兄さんが説明してくれたところによると、発泡性のあるにごり酒が市場に出回るのは季節が限られているそうなのですが、「月の桂」だけは一年中手に入るのだそうです。「月の桂」は、大醸造にごり酒、純米にごり酒、純米吟醸にごり酒、と三段階あり、もちろん最後のやつが一番お高い(720mlで2400円くらいだったと思います。)でも味・風味と質は格段に違います!やっぱり純米吟醸が一番おいしい。そして発泡性も純米吟醸が一番高かったです。栓を開けるとき、突然ぷしゅーっとあがってくるので、本当にゆっくりと、何度も閉めたり開けたりを繰り返しました。そして、最後まで泡が残ってる。大醸造だとそんなに発泡性はなくて、「シャンパンって言うにはちょっと・・・」って感じでしたが。

パリに帰ってきて「にごり酒が飲みたい~」と嘆くE。パリだと、ISSE WORKSHOPで良いお酒が見つかるようですが・・・なにぶん高くて・・・・・・。また次、日本に行くまで我慢かな~ (^^;)

奇才といわれたダグノー氏、死去

 2008-09-19
日本の酒屋のニュースレターで知ったのですが、ロワールのワインの造り手で、奇才といわれたディディエ・ダグノー氏が飛行機事故で亡くなられたそうです。

21063_une-dagueneau.jpgびっくりしてインターネット検索してみたらば、フランス版グーグルで「didier dagueneau」のサーチワードであがってくるのは、そのニュースばかり。ル・ポワンで詳細を読みました。軽量飛行機の墜落事故のようです。

ダグノー氏のワインはお高くて私にはとても買えないのですが、パリのLAVINIAで試飲したことが二度。一度はお店で「その日のテイスティング」がたまたまダグノー氏のロワールの白(ピュイイ・フュメ、パラドックス、ヴィンテージは覚えてない)だったとき。正直、それだけの値段を出してまで買いたいと思うワインではありませんでした。もちろん、開き具合とかもあったと思いますが。二度目は、ロワールの造り手さんたちが直接来店しての試飲会でした。そのときのダグノー氏は、みんなが言うほど奇抜な容姿ではなかったですが、無口で淡々とワインを注いでました。シレックス(これもヴィンテージは覚えてませんが)を口にしたときの驚きといったらなかったです。土のついた根菜(ごぼうとか)のような味でした。とにかく、ワイン歴の浅いアマチュアな私には、あまりの個性の強さに、いったいどんな料理が合うのか思いつかなかったほどです。

ある晩、閉店後の某ビストロでEwと話していたとき、彼はJ-Mや他の素晴らしい自然派ワインの造り手が市場で苦労していることに不満を漏らしていたので、「でも成功してすごい値段をつけてアメリカや日本で売れている造り手もいるんじゃない?例えばディディエ・ダグノーとか」と口を挟んだら、Ewに「ダグノーのワイン、飲んだことある?あんなの、飲めたもんじゃないよ」と言われてしまいました・・・。好みの問題とかもあると思うけどなあ・・・(おまけにEwは「原理主義」と言ってもいいと思うくらいナチュラル・ワインにこだわりがあるし)、と完全には納得いかなかったけれど、Ewの剣幕に負けてしまった。

しかしとにかく、ダグノー氏が亡くなったことで、ディディエ・ダグノーのワインは世にあるだけになってしまったわけですね。自分が死ぬまでにあと何回口にできる機会があるかわからないけれど。

ご冥福をお祈りします。

J-Mのワイン

 2008-09-14
ずいぶん前の話になるが、料理人でソムリエのEwに誘われて、7月の最後の週末、ジュラ地方のワイン製造者J-Mを訪ねて行った。

Ewの働く店でJ-Mのワインを飲んだことがあるけれど、私にとっては結構なお値段なので、そうしょっちゅうは飲めない。それに製造本数も少ないらしく、必ずしもお店に在庫があるわけではない。だから、私は2、3回しかJ-Mのワインを飲んだことがなかった。それでも、J-Mのワインは一度飲んだら忘れられない印象強いワインで、味や香りの記憶力のない私でも、最初に飲んだ彼のワインのことをよく覚えている。EはJ-Mのワインが大好きで、お気に入りの難しいワインを客に出し渋るEwが、自分からEにJ-Mのワインを出してくれる。7月初旬のある日、閉店後まで長居していたEと私に、Ewがワインを振舞ってくれ、月末はどうしているかと聞いてきた。何も予定はないと答えると、J-Mのところへ運びたい荷物があるから車を出してくれないか、と言う。Eのランド・ローバーは運搬にうってつけだし、J-Mのところに泊めてもらえるというし、何よりJ-MのワインのファンであるEは喜んで引き受け、私も一緒に連れて行ってもらうことになった。

金曜日の夕方、Ewとその彼女のMと共に、Eの運転でパリを出てジュラへ向かった。7月の週末だから、パリからヴァカンスに出る車が多いに違いないとふみ、直接南下する高速道路を避けて迂回した。それで時間が多少かかり、J-Mのところに着いたときには夜中の11時だったが、J-Mとその友人たちは、ロウソクを灯したテラスでアペリティフを飲みながら夕食を待っていてくれた。出迎えてくれたJ-Mは、背が高くて腕も手も大きな人で、「なるほど、農業に向いた体格だ」と思った。Ewとは会ったときから意気投合した仲のようで、二人でゲラゲラと笑いながら再会を喜んでいた。そんなEwと一緒だったせいか、J-Mとは初めて会ったのにそんな気がしなかった。それよりも、J-Mの大らかさのおかげで、初対面の緊張を感じなかったのかもしれない。

しかし、かといってJ-Mは、ある一線を越えて誰でもを受け入れるタイプとは思えない。それは彼のワインを飲めばわかる。J-Mのワインには、彼の精神の自由さと信念、そしてそれを譲らない厳しさがある。ワインの味の違いがまだよくわからない私でさえも、彼のワインの独自性を感じることができる。悪く言えば、多くの人には理解され難いワインだろう。

ジュラ地方のワインといえば、黄ワイン(vin jaune)がある。名前の通り白ワインよりも色の濃いワインだが、まろやかさや甘みはなく、超辛口の特殊なワインだ。この黄ワインはサヴァニヤンという葡萄で造られるが、J-Mがこの品種で醸造した白ワインは、ほとんど黄ワインの味わいだ。彼の白ワインには数種類のキュヴェがあるが、どれも一貫してテロワールを体現しているのを感じさせる。

J-Mの家では、彼のワインをずいぶんご馳走になった。1本あたりの値段を考えると、相当な額になると思うが、J-MとEwは次々と手持ちのワインを出してきては惜しげもなく栓を開けた。それどころか、彼らにとって、自分のカーヴの品揃えは自慢でもあるような感じだ。あるとき、Ewがラベルを隠して持ってきたワインをブラインド・テイスティングしたところ、J-Mは「すごくいいワインだ!でも、誰のか全然わからないなあ」と首をひねった。しばらくして、にやにやしていたEwが、それはJ-Mのワイン(4年ほど前のヴィンテージだったが)だと明かしたとき、J-Mは困惑しつつも満足して大笑いしていた。自分の製作したものが自身でそれとわからないこともあるだろうが、それを知らずと賞賛できるというのは素晴らしく幸せなことだと思う。

ワインとチーズとパン(それも、どれも上質)に終始した滞在だったが、その間の会話の中に、J-Mのワイン作りに対する姿勢が垣間見られた。農業を経済面でコントロールするための政治がどういう影響を与えているか、ある程度は知っていはいても、実際に農業に携わる人の言葉を直に聞くと、本当に大変なことだと感じる。Natureは「自然」であるが、それは木や水を表わす環境面の意味だけでなく、同時に「本質」という意味がある。Natureをリスペクトしてワインを作る、それはとてもシンプルなことのように聞こえるが、経済市場や政治が絡んだワイン業界の中で、実際には非常に難しい。

Eと私がパリに帰る日、J-MとEwとMは早朝5時に起きて葡萄畑に行ったが、予定よりずっと早く引き上げてきた。どうしたのかと聞いてみると、前夜の嵐で降った雹のせいで、予定していた仕事ができなかったらしい。そして、葡萄が被害を受けていて、収穫が激減する見込みだと言う。J-Mはさすがに疲れを感じたらしく自室に引っ込み、その後、私たちが出発するときには眠っているようで姿を見せなかった。お礼の挨拶もせずにお別れするのは胸が痛んだが、邪魔をしたくなかったので、EwとMによろしく伝えてくれるように頼んで、J-Mの家を後にした。

9月に入って、パリの空は秋晴れで気持ちが良い。ジュラ地方も太陽に恵まれているといいなと思う。あれからJ-Mの近況を聞いていないが、彼の葡萄がその後めげずに元気に育ってくれていることを祈る。

フランスはそろそろワイン見本市の季節で、雑誌ではワイン特集が組まれ、スーパーマーケットも広告をしている。それらを横目で見ながら、自分が本当に美味しいと感じるワインはどんなものだろうかと考える。

J-Mのワインのような素晴らしいワインが、これから先、世の中から消えてしまいませんように。

「vigneron」または「winemaker」

 2008-06-01
カリフォルニアワインを世界的な地位に高めたロバート・モンダヴィがとうとう世を去られたそうで。5月16日午前9時に死去、享年94歳。

ロバート・モンダヴィは、フランスのボルドーの超有名シャトー、ムートン・ロットチルドと共同開発し、その成果である「Opus One」で世界に名を馳せました。

といっても、正直、ボルドーにはあまり興味がなく(だってグラン・クリュなんて買えないし)、ひたすらナチュラル・ワインに傾倒する身としては、この「Opus One」なるものの存在も別世界のもの(見たことない)なのですが。さすがにムートン・ロットチルドは知っているけど、「Opus One」ってそんなに有名なんですか?

いや、「Opus One」の名前は知っていましたけどね。というのも、ジョナサン・ノシターのドキュメンタリー映画「モンドヴィーノ」の中で、モンダヴィにかなりの部分が割かれているので。

その「モンドヴィーノ」で焦点の一つになっているのが、モンダヴィ対エメ・ギベール。言い換えば、アメリカ合衆国カリフォルニアの「winemaker(ワイン生産者)」対フランスラングドック地方の「vigneron(ワイン生産者)」。この対立は、モンダヴィがラングドックに葡萄畑を開拓したいという計画から始まったもの。モンダヴィは、ラングドックに足を踏み入れることで、フランスのワイン生産技術を学べると同時に、現地に経済的援助をもたらすことができると考え、当時の市長の合意を得てその計画が進められました。しかし、モンダヴィが森を伐採するつもりであるということがわかって、現地生産者が猛反対、その末にローカルな政治的権力関係も絡まって、結局はこの計画がオジャンになったという経緯があるのです。「モンドヴィーノ」では、こうした生産者の異なる姿勢を軸に、ワイン市場にまつわる問題(グローバリゼーションや、単純に投機の対象となるワイン、いわゆる「テロワール(地方色)」など)について展開されていきます。

ところで、ロバート・モンダヴィ死去のニュースを知ったのはRue89の記事。これはブログ形式で書かれたものがRue89の一面にアップされていた記事でした。書いた人は、元ジャーナリストで、現在はワイン生産に携わるカトリーヌ・ベルナール。彼女はテロワールの擁護者であるようで、彼女が英語とフランスの「ワイン生産者」の違いについて説明しているところが面白い。

「『ワイン生産者』("Producteur de vin")?フランス語では、つまり私たちの文化、私たちのワインにおける感覚としては、次のようなカテゴリーがある。まず、ブドウ栽培者(viticulteur)、ブドウを栽培する人。それから、ワイン生産者(vigneron)、ブドウを栽培し、醸造して売る人。ワイン商、ネゴシアン(negociant)、ブドウ又はワインを購入して調合、熟成させて売る人。仲買人(courtier)、最終購入者のためにワインを探してあげる人。酒倉係、カヴィスト(caviste)、ワインを卸または小売する人。つまり『ワイン生産者』("Producteur de vin")というものは存在しない。それは、上記に述べた全ての役割を少なかれ包括する一語、『ワインメーカー』("winemaker")の一番マシな翻訳なのだ。」
「『ワインメーカー』("winemaker")が働く場所は『ワイナリー』("winery")と呼ばれる。『ワイナリー』では、ブドウ、酒蔵、一連の瓶詰め作業、貯蔵などが集約されている。植民地主義的なスタイルの家族経営を彷彿とさせる形態の会社である(…)。」

「『ワインメーカー』( "winemaker")、それは言葉の厳密な意味において、『ワインを作る人』( "faiseur de vin")である。しかしフランス語では、(…)、それはどちらかというと『堕胎業の女』("faiseuses d’ange")とか(…) バルザックの『山師メルカデ』("Mercadet, le faiseur")を想起させる。それらはあまり魅力のある人物ではない。」
「『ワイン生産者』( vigneron)の中には、『ブドウ』(vigne)がある。『ワインメーカー』(winemaker)の中には、『作る』行為がある。それは言葉でしかないが、意味論的な挿入を考えれば、ワインに対する関係の大切なことを言葉は言い表わしている。すなわち、前者では原材料の、後者では作ることの優位性を。そうして、ワインは大地からの、気候からの、また人間の労働からの、すなわち私たちがテロワールと呼ぶものの生産物ではなくなり、人間の労働を虚無的なものにするほど革新的な製品、人間が用いる技術の完遂となるのだ。」

(一部フランス語訳をとばしました。あと、意訳が多いですが悪しからず。)

これぞ翻訳の難しい言語分析なのですが、言語の中では意味論的な解釈というのは重要だし、面白いものだと思います。

こうした考察の源泉に、フランスのワイン生産者(全体とは言えないけれど)における確固とした信念を感じます。それは、必ずしもビオディナミとか完全有機栽培までいかなくとも(リュット・レゾネでも)、商業的な成功としての数字だけを頼りにした自由経済主義的なものさしではない、物事の計り方をする人々が少なからずいることを表してもいると思います。

ロバート・モンダヴィは、たしかにカリフォルニア・ワインの知名度向上に貢献した人物であり、努力した人だったと思います。合掌。

それでも、私はやっぱりテロワールを擁護するワイン生産者たちを応援したいです。

いやあ~~~ナチュラル・ワインってほんとに美味しいですよ~~!!(←酔っ払い)
(ちなみに今飲んでいるのはグラムノンのコート・ド・ローヌ、ロゼ。)

Beaujolais Nouveau 2007 est arrive!

 2007-11-28
巷では今は昔となった話題ですが…ボジョレー・ヌーヴォー、飲みました。

ボジョレー・ヌーヴォー解禁日の今年の11月第3木曜は、大きなストの2日目に重なり、また、この日に移民法改定案が憲法評議会に審査される予定があり(しかもジャック・シラクが憲法評議会に仲間入りして初めての審査とあって注目されていた)、ニュースではボジョレー・ヌーヴォーが全く・ちっとも・全然・これっぽっちも取り上げられなかった(少なくとも私が見た朝のニュースでは)…寂しい。

さて、溯ること10月末、またまたカーヴ・オジェから試飲会の案内を頂きました。解禁日の新酒試飲会です。そこでなんと!マルセル・ラピエールが来るというではないですか!それも、樽から瓶詰めしてくれるって!!そのうえ、ランチ・タイムには、生ハムと牡蠣が饗されるって!!!
これはもう行くしかないでしょー。
でもこの日は仕事。うーん、この際ズル休み…なんて考えがちらっと頭をかすめたけれど、衝撃を受けたあまりに同僚にこの試飲会のことを触れ回ってしまったから、バレそうだ。
しかし、ちょっとだけチャンスが。仕事がお昼からだったので、その前なら行ける!

…ってなわけで、朝から試飲会を目指してカーヴ・オジェへ。
ストだっちゅーに。
この日は空気冴えわたり冷えわたる快晴。うまいことヴェリブも見つかり、途中までサイクリング。その後、辛うじて動いている線の地下鉄を利用+徒歩で無事目的地に到着。

途中、カメラを忘れたことに気づく…。ダメだな、ほんと。(そういうわけで、せっかくの楽しい試飲会の写真はナシです。ごめんなさい。)

試飲会は11時からと書いてあったけど、「どうせ時間通りに始まらないよー」と少し余裕をみて出発。しかしストなので時間が読めず。意外と早く着いてしまった。
生産者は3名来るはずだったけれど、まだ1名しか準備が整っていませんでした。さすがにこの時間では客も少ない。もじもじしつつ、ロワールの新酒を樽から注いでもらって試飲など。

しかし、マルセル・ラピエールの姿が見えない。お店の人に聞いたら、息子さんが代わりに来ているとのこと。しばらくしたらマテュー・ラピエールさんが樽のところへやってきて、瓶詰めをしていました。

ところで、普段、テイスティング用バケツ(ワインを吐き出すやつ)があるのに、見当たらない…。この後仕事だから飲むのやめよーと思ってたのに。やっぱりこのボジョレー・ヌーヴォーの試飲会は、テイスティングというより「お祭り」なのかなー。仕方ないから飲むよ。

ボジョレー以外に、ロワール、コート・ド・ローヌ、コート・ド・ルシヨンの新酒も試飲。飲んでいるうち、この後仕事だから…とか、段々カンケーなくなってくるあたりがコワイ。

ちょっとお腹が空いてきたなー、なんつって、お店の人が薄く削ぐように切っているハム(生ではなかった)をつまんだり、生牡蠣にまで手をのばしてしまった(牡蠣には何度かあたったため、食べられなくなっていた…はずなのだが)。産地直送の新鮮な生牡蠣。おじさんがどんどん殻を開けて並べてくれます。レモンを絞ってツルリ。美味し~~い!もぉ~太っ腹だなあカーヴ・オジェ。やっぱり大好きだ。

結局、ここではコート・ド・ローヌとコート・ド・ルシヨンの新酒を購入。立ち去り際、店員さんが「今日は一日中やってるから、よかったらまた寄ってね」と言ってくれました。カーヴ・オジェ、ほんとに大好きだ。

で、酔っ払って仕事に行きました。はは。周りの人に何も言われなかったから、大丈夫だったみたいです。

そして休憩中には、ラヴィニアへボジョレー・ヌーヴォーを買いに走る。去年と同じく、ジャン・フォワイヤールとシャトー・カンボン(マルセル・ラピエールさんのやつね)を購入。
20071128004057.jpg        20071128004457.jpg 20071128004445.jpg
どちらもなんとなく去年より酸が強いような気がするのですが?

この日の帰りは、ワインを持って地下鉄にギュウ詰めってのはちょっと無理…と思い、クローゼットの奥から引っ張り出してきたリュックを予め持参。これにワインを2本詰め込み、それを背負ってヴェリブ+徒歩。やっぱり重いや…。行商のおばちゃんになった気分やで。

octobre.jpgコート・ド・ルシヨンのはフラール・ルージュ(赤いスカーフ)というドメーヌ。そして新酒の名はオクトーブル(10月)。ラベルも赤い。
同居人がエイゼンシュタインの「october」を連想。
あっ、それ間違ってないよ、そうだね、そういうこと!
…で、妙に気に入りました。うふふ。

≪ 前ページへ ≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫ 次ページへ ≫