スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

「Andre Cadere, Peinture sans fin」 ~アンドレ・カデレ、終わりなきペイント~

 2008-05-19
1週間ほどの前になりますが、ギリギリの最終日、パリ市立近代美術館で行われていた「Andre Cadere, Peinture sans fin(アンドレ・カデレ、終わりなきペイント)」展をみてきました。(もう終わってしまって、情報的にとっても遅すぎるのですが…こういうアーティストがいるということを私自身知らなかったのと、この展覧会がとてもよかったので、メモしておきたいと思います。)


cadere-portrait_ar.jpgアンドレ・カデレ(Andre Cadere)はルーマニア人。1934年、ワルシャワ生まれ。1967年にパリに移り、同じくルーマニア出身のイジドール・イズー(Isidore Isou)をはじめ、レトリスム(lettrisme)の仲間たちと交流。また、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートなどを踏襲する芸術家たちと知り合い、ネットワークを築いた。1969年、色を塗った竿のような細い棒を作品として発表。それが円筒をつなげた作品のアイデアの基点となった。

彼の作品は、木の円筒で出来ている。各円筒は、高さが底辺の直径と同じサイズになっている。そして、理論的にはそのサイズに際限はないが、円筒をつなげたバー(棒)がアーティスト(アンドレ・カデレ)自身に持ち歩ける長さ、重さに作られる。

バーは、黒・白・黄・オレンジ・赤・紫・青・緑の8色のうち、3~7色で構成される。構成する各色には番号が割り振られ、それによって色が配置される。その配置にはAとBの2種類の規則があり、Aでは5種類、Bでは2種類のバリエーションがある。
A-1:3色12円筒 123/231/312/123
A-2:4色20円筒 1234/2341/3412/4123/1234
A-3:5色30円筒 12345/23451/34512/45123/51234/12345
A-4:6色42円筒 123456/234561/345612/456123/561234/612345/123456
A-5:7色56円筒 1234567/2345671/3456712/4567123/5671234/6712345/7123456/1234567
B-1:3色21円筒 123/213/231/321/312/132/123
B-2:4色52円筒 1234/2134/2314/2341/3241/3421/3412/4312/4132/4123/1423/1243/1234

しかしながら、ここに「エラー」が挿入され、色の配置転換が行われる。その場合、同じ色が続けてつながることはない。このエラーの挿入により、各カラーバーは個別的なものとなる。

cadere noir-blanc-rouge例えば、バーが黒(1)、白(2)、赤(3)の3色で構成される場合、B-1の配列によると、黒白赤/白黒赤/白赤黒/赤白黒/赤黒白/黒赤白/黒白赤というバーができるはずである。ここにエラーが挿入されると、実際にできるバーは右のようなものとなる。

アンドレ・カデレは、カラーバーを持ち歩き、公共の場に現れ、時には他のアーティストの展覧会パーティーに出かけていったりした。そして、カラーバーは様々な場所で恣意的に立てかけられる。このバーには、展示のための特別な場所も許可も、釘や額縁も必要ない。


05-cadere-s6b1_ar.jpg…という理論に基づいているのですが、展覧会を観る前、私にはこのコンセプトがいまいちよく把握できませんでした。でも、実際の作品群を見ると、一つとして同じ配色順のバーはなく、なんとなく「なるほど」と納得させられました。そして、コンセプトが理解しきれないとしても、バーの愛らしさと展示の仕方などに感動をおぼえました。

カラーバーに使われる色の濃淡は特に決められていないということでしたが、私にはどこなとなく70年代チックなカラー、そして日本では自然に出てこないであろう、ヨーロッパ的(それも東欧的な)の色合いに感じられました。

特に印象的であったのは、アンドレ・カデレがカラーバーを担いで街中をゆっくりと徘徊する映像。まるで彼の存在を象徴する道具(槍とか弓とか)を担いで荒野をさまよう孤独なインディアンのようでした。そして、そのシンボルと共に歩くインディアンは、他の生き物たちと距離をもち、彼らに無関心のようでありながら、自然の調和を保って溶け込んでいる孤高の存在者。…というのは言い過ぎでしょうか。

cadere avec un artisteしかしまた、アーティストたちに紛れ込んでいる写真を見ると、いつでもどこでもそのカラーバーを肌身はなさず持っている様子は、なんだかライナスの毛布のようでもあって、どことなく子供っぽさを感じたりして、ちょっと可笑しかったです。

今回の展覧会で最も感動した点は、常設展の中にまぎれてアンドレ・カデレのカラーバーがひっそりと展示されていたこと。例えば、マチスの「ダンス」の下に、まるで置き忘れたかのように立てかけられたカラーバーがあったり。まさに、どこにでも展示できるという、カデレのコンセプトが体現された展覧会であったと思います。

写真は以下のサイトから拝借しました。
art das kunstmagazin
スポンサーサイト
コメント
日本とパリでさ、色の違いは感じる?
瞳の色と、緯度(=太陽の色)に依るところが大と思うのだが。

ところで井上陽水のアンドレ・カンドレはここから名付けられたのだろうか。
【2008/05/21 17:26】 | kazz. #- | [edit]
私も井上陽水を思い出しました。Wikiでは何も触れてませんでした(調べるか?)

一つのスタイルで無数のバリエーションがある作品を少しずつ変えながら、永きにわたって制作し続けるのって、よほど根気があるか偏執狂的性質じゃないと難しいのかなと思うんですが、この人の場合は、持ち運んで様々な空間に異化効果をもたらすところまでが作品ということだったんでしょうね、彼の身体の動きそのものも含めて。
そんなことをやり続け(られ)たのと40代で早世したことって関係あったりするのでしょうかしら。

と、アンドレ・カンドレだけでは申し訳ないのでアーティストも作品も実際は知らないのに長々書いて失礼しました。
【2008/05/22 02:34】 | imasaru #6ilpfs42 | [edit]
遺伝子・染色体地図のようなものを連想してしまった。規則的配列にエラーを入れることで、突然変異とか、染色体異常とかを表現しようとしてたのかね?彼にとって棒の携帯は、自分のIDカードを携帯するのと同じことだったかと思ったりもする。見に行けなくて、残念。
【2008/05/22 11:23】 | chaosmos #- | [edit]
>kazz.さん
空気の色が全然違います。これは、日本人の画家さんの口からも聞きくので、本当にそうだと思います。光の色はパリと南仏でもだいぶ違うし、太陽のせいでしょうね。
あと、湿度の違いもかなりあると思います。日本に帰ると、色がベタッっとしているなーと感じます。
瞳の色は…どうなんでしょうね。色素の薄い眼の人とは光の感知度が違うっぽいですが。
井上陽水がアンドレ・カンドレっていう名前だったのは知りませんでした!

>imasaruさん
アーティストで「偏執狂的性質」の人ってわりと多いですよねー。アンドレ・カデレは病死ですが…何の病気だったのかな。
「作家とその作品のアイデンティティ」および「署名と『オブジェ』の正当性」について問題提起するという動きの中にいたそうです。しかし、詳しくはどういったものなのか私のはちょっとわかりません。

>chaosmosさん
「エラー」に関しては、私もカンギレムが「誤謬」(エラーと突然変異など)について語っていたのを想起しました。
彼のアイデンティティと作品との関連性の提起というのは、たしかにあったのでしょうね。
【2008/05/23 09:34】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://hibinoawa.blog10.fc2.com/tb.php/684-1e42011a
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。