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電車と本屋

 2008-04-30
久々に地元に帰って、駅ビルの中をうろうろし、「ずいぶんテナントが変わったな~」と思いつつ、ふと思い出して本屋に立ち寄ろうとフロアを移動。ところが、かつて本屋のあった場所はアクセサリーショップになっていた。そういえば、前回(2年前)来たときに、もうそこの本屋はなくなっていたかも。そこで、「たしか隣の駅ビルに入っている本屋は前回もまだ残っていたはず」…と、また移動。ところが、そこもお店が変わっていて、一応本は売られていたのだが、雑貨が基本な店になっていた。いや、いいんだけどね、そういう店のコンセプトは。だけど、私の欲しい本はそういうんじゃないの~~~!

で、ふと思った。「まともな本屋」が消えている?

駅からちょっと離れたところに大きなブックセンターはまだ残っているのだけど、小規模で、「通勤・通学などの移動途中にちょっと立ち寄る」客を対象にした駅ビル内の本屋が姿を消している気がする。

羽田空港で、「さすがに空港には本屋くらいあるよな」と思っていたのだが、搭乗ゲート付近に本屋が見当たらず。もしかしたら、保安検査を抜ける前にはあったのかな?

ところで、東京都内とその近郊を走る電車に乗っていて気づいたのだが、車内で本を読んでいる乗客がほとんどいない。たまに読書している人も見かけるのだが、読んでいる本はたいていビジネス書や実用書。

つまり、移動する間に本を読む人がいなくなって、それで駅ビルの小さくてまともな本屋が消えているのでは。本を読むということはそれなりの気構えが必要で、だから本を読みたければわざわざ駅から離れた大きなブックセンターに買いに行くし、そうでなければ本屋は必要ない…という状況になっているのだろうか。

そこかしこに映像が氾濫し、本が消えているような印象。
これって社会の精神に影響を及ぼすのではないだろうか。
知らず知らず何かを見せられ、何かを見ないで(視野から隠されているというか、見ないようにさせられて、または見せてもらってないもののことまで見たり気にしたりする余裕もなく)過ごしているような気がする。

ま、今は一時滞在なので、住んでいればまた違うのかもしれないけど。
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コメント
ちょっと前にニュースでやってたよ。
本どころかマンガも読まなくなってきていると。
辞書も電子、勉強はDS。欲しい本は
大きな本屋でしか売ってないから
小さい本屋はどんどん潰れてるんだって。

テレビも見なくなって、見たいサイトを
PCで見るに変わってきているらしいよ。
【2008/04/30 08:14】 | kaichi #- | [edit]
本を読む人は今はネットか古本屋(ブックオフなど)でしょうね。そんなには減ってはいないと思いますよ。ただ選んではいるとおもいます。
私も仕事柄昨今の店売りの厳しさを痛感してます。
今の日本では一部の大手小売を除いて店売りはリスクが高くメリットが薄れてきてます。求められるのは高い商品調達能力とスケールメリットが得られるインフラを持ち合わせてることです。消費者もバカではないのでより安いものを求めています。それに応えられる目玉と品揃えがなければ高い設備投資と人件費をさっぴいて利益を残すことができなくなってきています。本屋もそうですがレコ屋も例外ではないです。私らのように少々音楽を聞く人間にしてみると愕然とする品揃えになっていてもうここ数年まともに行ってません。
近所でもここ何ヶ月かで十店弱の小売が閉店しています(業種はいろいろですが)店売りにはメリットとして公共性もありますがそれを維持することも全ては利益をのこせるからなんでしょうね。
【2008/04/30 15:26】 | numa69 #- | [edit]
活字離れとかは、世界的な傾向なのだろうけど、numa69さんが言うように、流通システムが変わってきたせいで、どこの駅ビルにも必ず一軒ぐらいはあった本屋が消えていったのだろう。それはそうと、『現代思想 2008年5月号』特集=アントニオ・ネグリが、2.3日前に出たみたい。Apportes-moi ça, stp!
【2008/04/30 18:58】 | chaosmos #- | [edit]
>kaichiさん
そうか、PCでなんでも…っていうのはありますね。自分もそうです。でも、例えば、紙の新聞と電子版の新聞で、情報の取り込み方が微妙に変わる(前者だと、特に興味のないものも一応目に入ってくるけど、後者だと限られる)ということもあるし、やっぱりそこから人間の思考構造に違いが出てくるような気がするんですよねー。

>numaさん
そう、私も買い物するときにネットを利用しますし、日本に帰ってきてわざわざ買おうという本は大きな本屋にしかないようなものなので、実際には自分は駅ビルの本屋を利用しない派なのですが。でもネットや大型ブックセンターで買うのって、「これが欲しい」とはっきりわかっているときですよね。平積みの本を眺めて「あーコレは話題の本なんだ」と思いつつ、手にとってみたら結構くだらなそうだから買うのをやめたり、本棚をぱーっと見て「面白そう」って開いてみて納得して買ったり…という偶発的な購入の仕方がなくなる、つまり、本に対する広い興味が一般に薄れているということかなと思います。
「買い物」という行為は、「『コレ買おう』と決めたものを買う」だけにとどまらないと思っているので、数字で現れる経済的利益に左右されることが多い最近の傾向、小規模経営の店がつぶれていくことに、疑問を感じています。

>chaosmosさん
なんだよぅ、ネグリは興味ないって言ってたくせに…。
【2008/05/01 03:34】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
今のお店は衝動買いをさせる売り方を目指してますね。

でも利益がでなければ税金をつっこむか?っていう話にもなってくると思います。

店をつまんなくして無くしたのは消費者そのものだと私は考えています。
【2008/05/01 05:37】 | numa69 #- | [edit]
えっと、なんかこの辺、自分的にさらっと流せない話題なので、長くなりそうですけど、マジレスします。

「衝動買いをさせる売り方」、そうですね~。コレが私にはとってもしんどいです。あまりモノを買いたくない(買えない)身には、暴力的にすら感じます。

えっと、伝わったのかどうかよくわからないのですが、「偶発的な購入」とか、「『コレ買おう』と決めたものを買うだけにとどまらない」ということは、衝動買いのことではないです。「偶発的な購入」でも、「手にとって」「開いてみて」ということで吟味が加わったうえでのこと。自分にとってもっと必要だと思われるものとの出会いが広がるという意味で「偶発的」であって、必要かどうかを考えるよりも先にその場の勢いで買ってしまうというのとはちょっと違います。それを言えば、中身を吟味できず、キャッチコピーだけで買ってしまうことはネット通販の方が多いかもしれません。
それから、「買う」という行為は、上でnumaさんが言った「公共性」みたいなことだと思うのですが、ただ商品を買うだけでなく、お店で世間話したりとか、社会的な関係の広がりもあるだろうし、またはお店の空間を楽しんだり、モノを手に取って何か感じたり、そういうことも含めて「買い物」の楽しみだと思ってます。

ここでの問題は、「お店がつぶれる」→「経営の仕方が悪い」というものではなく、つぶれるお店が一軒や二軒ではない、じゃあなぜそういう傾向があるのか?ということです。つまり、これは経営戦略や経済の問題だけにとどまらず、社会学的な問題でもあると思います。

「店をつまんなくして無くしたのは消費者そのものだ」という意見には全く同感です。毒餃子事件のとき(まだ終わっていませんが)、食の安全が再び問われ、福田首相が「もっと消費者主体でガイドラインを作っていかなければ」というようなことを言っていましたが、逆に、今まで消費者の要望に流されるままにきた結果がこれなのに…と思いました。しかし、需要と供給は連鎖なのだから、「消費者が悪い」だけでは済まされず、供給する側も消費者によって生み出される「利益」に左右されていることもまた問題だと思います。そして、これはどちらの側が、というよりも、社会のあり方の問題ではないかと思います。消費者が一方向にしか向いていなければ、経営者側もこぞってそれに向かうしかないでしょうし、経営者側がみんなそちらに向いてしまえば、消費者も選択がなくなって、それに向かうのが当たり前と思うようになる…という悪循環があるのではないでしょうか。

「利益がでなければ税金をつっこむか?」という、経済の数値的な側面の問題についてはよくわかりません。しかし、現実問題としてそれは非常に重要なものなのでしょうが、今の日本社会で問われるべきなのは、社会全体が「数値的な側面(実利面)の解決にばかり目が向いてしまう」ことなのではないかと思います。提示される解決策というのは、問題の捉え方によって異なってくるわけですが、今の日本は、解決策ばかりをこねていて、その前提である問題の捉え方に疑いを持たず、全くそれが正しい問い、ただ答えるべき問いと信じ込んでいるような気がします。これからは問題の立て方そのものも問い直されるべきなのではないか…と思います。

あ、別にnumaさんにいちゃもんつけるつもりは全然なくて、この問題については自分の中でもやもやと色々あるんで、これを機に吐き出させてもらいました…。
【2008/05/02 04:24】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
マジレスサンキューです。私も常にもやもやしてます(笑)
で、マジレスのマジレスです(笑)


公共性に関しては私も同じ意見です。
日本ではコンビニが子供の駆け込み寺として地域で認識されています。

餃子事件に関しては当事者の一人なので残念に感じています。

消費者だけが悪いという意味には私も考えてはいません。書き方が少し挑発的でしたね(笑)
売る側のコンプライアンスは今とても重要視されています。職場環境も含めてです。逆に小さい小売の方がその流れに追従できなくなると思います。うちの様な中堅どころもキワドイですね。
利益に関しては商売をする以上踏み外せません。
それを出せるからこそ安全性の高いインフラが保てるというのが大方の経営者の意見でしょうね。

売れるものを売るという考え方はいまの時代危険です。そうした商売は大手は考えてないと思います。現在は提案力の時代といわれています。いかに上手に売るかが求められます。それは前述の利益主導ではなくということです。

数値的な側面の解決には私も常々疑問を感じています。しかし大多数と対峙した時の価値観の指標はそこ以外に見えてこないそんな自分にたまに苛立つ時もありますが私的対処法は引きこもりです(笑)
【2008/05/02 14:59】 | numa69 #- | [edit]
超亀レスですみません。

そうだ、餃子の件はnumaさんとこは関わってたんですねー。大変だったことでしょう。

「コンプライアンス」という言葉について、ちゃんと把握しているか自信ないですが、遵守すべき法を誰が決めているか?何が基準となって決められているか?ということも含めて問うことが必要なのではと思います。

利益についてですが、前に書いたように、もちろん現実問題として「数値的な利益」は必要ですが、それは人々を近視眼的な物の見方にする傾向があるように感じます。一口に「利益」といってもそれが必ずしも数値に換算されるものではないわけで、長い目で見て何が消費者にとって、また企業にとって、「利益」となるのかが問われていないようなので、それが非常に残念だと思います。

でもnumaさんも同じところで苛立ちを感じているようですね。今回、その点で私はフランスの素晴らしいところを改めて認識したのですが、フランスは本当に多様な価値観というのがまだしっかりと存在しえる国です。上に紹介した「それでも住みたいフランス」を是非読んでいただきたいなーと思います。
【2008/05/10 22:43】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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