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カダフィ大佐のパリ5日間

 2007-12-26
先週、書きかけて終わらせられなかったため、またまたずいぶん古い話になってしまいますが、カダフィ大佐のパリ訪問について。

12月10日から5日間、リビアの最高指導者、カダフィ大佐がパリに滞在していました。この訪問は、ブルガリア人看護士ら解放の最終段階に関与したフランスが、その後すぐ、リビアへの原子力発電開発協力や武器売却などの契約を結んだことの続きといえます。今回はさらに、軍事機売買などで多額の契約が成立するものと見込まれていました。

しかし、ブルガリア人看護士らの拘束だけでなく、リビアによるパンナム機爆破事件(ロッカビー事件)、そして特にフランス人にとってはUTA航空772便(フランスの民間機)爆破事件は、忘れられないテロ行為。ブルガリア人看護士らに関しても、彼らに対して拷問が行われたことは、カダフィ大佐の息子、セイフ・エル-イスラムも認めているところ。彼はブルガリア人看護士らの無実を信じていたというのだから、リビア内でも不当逮捕だという意見があったのかもしれない。それなのに8年間の拘束と死刑判決、拷問…。そして、それでも、「リビアはブルガリア人を解放したのだから」と、もうこの一件はすっかり終わった、何も障害はないと言わんばかりに、大きな取引にとりかかるフランス。ちょっとデリカシーが足りなくない?

カダフィ大佐の渡仏の日、月曜(12月10日)朝発行のパリジャン紙に、人権問題担当相のラマ・ヤドのインタビューが掲載されました。ラマ・ヤドは、世界人権デーにカダフィ大佐をフランスに迎えることは「気に障る」と述べ、「カダフィ大佐は、我々の国が玄関マットではないことを理解するべき。テロリストであろうとなかろうと、ある指導者が、重大な罪による血まみれの足を拭くところではない。フランスは死の接吻を受けるべきではない。」と強い口調で語っていました。

個人的には、このちょっと前、色々と噂がもれることに危機感を感じたらしい大統領府が「スポークスマン以外は勝手に喋っちゃダメ」というお達しを府内に文書で回したというニュースを読んでいたし、アレ・シュール・イマージュのサイトで、サルコジ政策について下手な発言をしないよう、大臣たちがいかに明言を避けているかという話題を見ていたので、ラマ・ヤドのこの率直さにはずいぶんとびっくりさせられました。「こんなこと言っちゃって大丈夫??」と思ったほど。
ramayade.jpg「いや、サルコジは案外策士家なところがあるから、これも野党の批判をかわすためにわざとやっているのかも」なんて意見も聞いたのですが、その後、ラマ・ヤドはエリゼ宮に呼びだされたらしく、また、結局はサルコジの外交を認めてカダフィ大佐の訪仏を受け入れる姿勢をに変わったことから、やっぱりラマ・ヤドの自発的発言だったよう。

ちなみに世論調査によると、このラマ・ヤド発言は81%のフランス人に支持されたそうです。

ラマ・ヤドの上司である外相のベルナール・クシュネールは、彼女の発言を称賛。自身もカダフィ大佐を歓迎しないとして、EU会議の都合によりカダフィ大佐との晩餐に出席できないことを「嬉しい偶然」と述べました。

また、カダフィ大佐は到着翌日の火曜、国民議会を訪問しましたが、左派の議員、および「サルコジの外交は小切手帳ばかり」と批判した中道派Modemの党首フランソワ・バイルーらが、国民議会出席をボイコット。

カダフィ大佐は一国家元首として歓迎されることを望んでいたようで、フランス国内からの批判に気を悪くしたかも?

この日(12月11日)、国営TVフランス2が、カダフィ大佐のテント(遊牧民族の精神を重んじ、テントを持ち込んで公館の庭に張り、そこに寝泊りしていた)にて単独インタビューを行いました。ところが、このとき、人権問題についてもちゃんと話し合ったと述べたサルコジに反し、カダフィ大佐は「そんな話は出ていない」ときっぱり。これには大統領府が大慌て。スポークスマンのクロード・ゲアンが「二人は人権問題について話していました。私はその場にいた証人です」と発表。

icpshti60131207074658photo03.jpg国民議会では歓待を受けなかったカダフィ大佐ですが、ユネスコ本部を訪れた際には、アフリカ大陸の人々から賞賛の拍手を浴びました。ここでは、人権問題について、「他国のことを言うより、まずフランス国内で移民がその権利を享受しているか考えてみるべきだ」とし、フランスの冷遇に「やり返し」た感じ。また、アフリカで熱い支持を得ていることがうかがえました。

実際、フランスではカダフィ大佐の訪仏に反対し、不快を示す声が多かったものの、ある作家は、カダフィ大佐がアフリカでいかに尊敬されているかを訴え、彼の訪問を歓迎しています。カメルーン出身のフランス人作家、カリクスト・ベヤラは、カダフィ大佐を称える論稿をル・フィガロに寄せてています。12月12日発行部に掲載されたこの論稿で、ベヤラ氏は、フランスがカダフィ大佐を歓待しない理由はないとし、ラマ・ヤドの発言も批判しています。また、カダフィ大佐は「アフリカの抑圧された人々を解放へ導いたすべての闘いにいた人物」であり、アフリカの希望とみなされていること、自身がリビアを何度も訪れた経験の中で、「路上で飢えて死にかけている人などみたことがない」し、最新設備の病院は無料で、25歳以上の男性には水道と電気が完備されたアパートを自動的に得る権利があり、女性たちはますます進学の自由を得て重要な職業(医師、弁護士など)を任されるようになってきている…と綴っています。

と言われてもねえ…西欧にとっては、ついこの間までリビアがブルガリア人看護士を「人質」として拘束していたという記憶があるし。その問題解決からも日が浅い。また、ブルガリア人看護士解放のためにヨーロッパが支払った「賠償金」は、ロッカビー事件でリビアが支払った額と同じであることから、ブルガリア人看護士問題はリビアを対等な相手として認めることを要求したものだ、と言われていますが、そのために8人の身柄を利用したとは、いわば人身売買だったのではないの?私は、例えリビア国内で救われた国民がいようとも、外交でそういう手段をとったカダフィ大佐に対し、やはり尊敬の念などわいてこない。(ヨーロッパとアフリカの深くて暗い溝のことを考えれば、そんなに話は簡単でないだろうとは思うけれども。)

icpshto74141207142151photo02.jpgさて、カダフィ大佐は残りの滞在期間中、ヴェルサイユ宮殿やルーヴル美術館などを見学。バトー・ムーシュでセーヌ川を遊覧したときには、船がその下を通るすべての橋が使用禁止に。つまり、パリの中心部で数箇所の通行止めがあったということ。こうしたスケジュールは、余裕をもって準備できるほど前から決まっていたわけではないようで、予告なしに市内交通が影響を受け、パリ市民にとってはいい迷惑だったことでしょう。

こうして約1週間、フランスを騒がせたカダフィ大佐は、その後スペインへ渡りました。

そういうわけで、カダフィ大佐のフランス滞在については、いろいろと物議をかもす点があったわけですが、そのうちの一つに、サルコジが発表した契約額が不確かであるという話もありました。「約100億ユーロの契約」と言っていましたが、ひとつひとつを実際に計算してみると、100億ユーロに遠く及ばないらしい。
しかし、スペインとは118億ユーロの契約という噂…って、フランスよりずっと多額?

そんなこんなで、カダフィ大佐の訪仏では世論をうまく味方につけられなかったニコラ・サルコジ。直後のディズニー・ランドでのデート報道では、「カダフィ大佐との冷えた関係を早く忘れるため、カルラ・ブルニと熱い関係」などと言われていました。
…っていうか、「早く忘れるため」ではなく、国民に「早く忘れさせるため」だったりするんじゃないか?

参照:
Yahoo Fraceより

「Rama Yade justifie la visite de Kadhafi, sans renouveler ses critiques」 (AFP)
「Visite de Kadhafi: 81% des Francis d'accord avec Rama Yade, selon un sondage」(AP)
Liberationより
「Mais ou sont donc les 10 milliards ?」
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