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「60年代以降、社会民主主義はもう新しい観念ではない」

 2007-06-26
先週土曜のリベラシオン紙に掲載されたピエール・ロザンヴァロンのインタビューを読んだら、選挙を通じてフランス政治と現代社会を分析していて興味深かったので、翻訳してみました。
原文は«Depuis les annees 60, la social-democratie n’est plus une idee neuve»

このインタビューの中で言われていることには、ほぼ全面的に同感です。自分が感じてきたことの多くが表現されていました(しかし、逆にいうと、ものすごく目新しいことが言われているわけではないということですが…)。大統領選挙と国民議会選挙が終わり、その総括と分析、注目された点などを知りたい方には参考になるのではないかと思います。(但し、リベラシオン紙掲載という点からしても、フランスの左派寄りの立場からの発言であることはお断りしておきます。)

ところで、ピエール・ロザンヴァロンという人のことは、実は知らなかったのですが、仏語ウィキペディアの彼の項目によると「歴史家」だそうで、「彼の研究は、主に、民主主義の歴史について、フランス政治モデルについて、また、国家の役割と現代社会における社会正義の問題について」なのだそうです。さらに、2001年以来、コレージュ・ド・フランスにて近・現代政治史の講座を受け持っており、社会科学高等研究院(ESHSS)の研究所長。
インタビューの最後に出てくる「思想の共和国(La Republique des Idees)」とは、新しい思想の交換と生成を目的として2002年に結成されたグループで、ピエール・ロザンヴァロンはその代表者。「La Vie des idees」という月刊誌を発行しています。インターネットサイトはこちら
※( )内は原文通り、〔 〕は訳注です。
※翻訳に際して、なるべく日本語で読みやすく通じるように、文章の区切りや構成の順番を変えたところがあります。その点はご了承ください。
誤訳などがありましたら、ご指摘いただければ幸いです。



「60年代以降、社会民主主義はもう新しい観念ではない」

ピーエル・ロザンヴァロンが、大統領選挙と国民議会選挙から教訓を引き出し、正しい舵取りをしていると思えないという左派についての議論を分析する。『協力する〔社会をつくる〕』という観点を提案し、資本主義について、また歴史の中に置きなおすべきだと考える社会民主主義について再検討する。

国民議会選挙の二回目選挙で、長かった選挙期間が終わりました。そこからどういった総括を引き出しますか?
最初の要素として挙げられるのは、85%から60%へ低下した投票率によって表されたもの、つまり、大統領選で躍動した民主主義と、総選挙で衰退したように見える民主主義の間にあるコントラストです。投票率の数字が二つの事柄をはっきり浮き彫りにしています。一つは、大統領選の成功が、フランスの政治に期待されるものを表現したということ。政治への期待は、それぞれのやり方で身内陣営から離脱した二人の候補者の競り合いと平行して、適した領域を見いだしました。ニコラ・サルコジはシラクと距離をおき、セゴレーヌ・ロワイヤルは社会党のエレファントたち〔名を馳せた大物政治家たち〕に対抗しましたが、民主主義の新しいサイクルが始まったのだという感情があったということです。それが大統領選の投票への明確な具現化となり、大きな影響を与えて高い投票率となったのです。

しかし、投票率はすぐに落ちましたね。
そうですが、この退潮を失望というふうに分析してはいけません。選挙は民主主義的な生活の中で中心的な役割を担っていますが、それは厳粛で決定的な機会に行われる限りにおいてです。5年任期への改革は、大統領選挙と国民議会総選挙をひとつのサイクルの中に合体させてしまい、有権者が反復作業と感じてしまうという、尋常でない結果を産みました。選挙とは、断絶または見直しの時機を指し示すものであるべきですが、それだけでなく、様々なかたちの社会的発言が市民による実際の参加を形成するのです。二つの選挙の間は、民主主義に対抗するような期間でした。その意味で、2007年の選挙サイクルは、一般論としては民主主義における選挙の中心的・相互的役割について、焦点を絞るなら制度の機能について、再考を促しています。

予告された断絶はあったでしょうか?
ニコラ・サルコジの選出は、世代的な断絶だけでなく、知的・意味論的な断絶を示しています。新大統領の強さは、秩序、家族、労働、治安などといった古典的右派の大きなテーマを新しい言語に結び付けることを可能にするような政治的言語活動を見出したことです。功績、努力、責任についての彼の演説は、各人の中に強く存在するものに呼びかけたため、多くのフランス人にとって価値を高める効果をもたらしました。同時に――そして私にはそこが成功の鍵だと思えるのですが――サルコジ的言語活動には、しっかりと刻み付けるようなサブリミナルな側面がありました。どういうことかというと、彼は、補助を受けている人たちのことを『怠け者』であるかのように繰り返し非難しました。それから、アイデンティティと移民を結びつけることを通して、恐るべき一団が存在しており、それに対抗戦線を張らなければいけないと、繰り返し暗示しました。要するに、ニコラ・サルコジは、明白な精神的自由主義言語と、隠されたポピュリスト言語を重ね合わせていたのです。彼に対抗したセゴレーヌ・ロワイヤルは、社会主義的紋切り型から出てきた言葉で選挙運動を始めました。しかし、彼女の努力は行き詰まってしまい、ライバルと同じくらい効果的な意味論的オーラを放つことができませんでした。それはテレビ討論の際に明白でした。

では、国民議会総選挙の二回目投票で左派が突如盛り返したことは、どのように解釈できますか?
二つの要素が考えられます。付加価値税についての混乱を通して、ニコラ・サルコジの熱のこもった演説の背後に、上流階級の税制のかたちがくっきりと浮き上がってきたと、一定の有権者が見分けたことです。そしてとりわけ、あまりに遍在的な権力に対する不安が、Modemの有権者を左派へと突き動かしました。しかし、まさにこの問題について、勘違いしてはいけないことがあります。それは、複数体制をおびやかすものは、与党の拡大ではなく、制度の本質です。現在のフランスの問題は、憲法評議会の役割の制限、独立した権威機関への不信、さらに、司法権力に対する警戒心などにあります。与党の傲慢に対する最も良い防御策は、与党の大きさに関わらず、野党の権利にかかっています。

セゴレーヌ・ロワイヤルは参加型民主主義の上に選挙運動を展開しました。それは何かを残したでしょうか?
彼女の強さは、選挙運動の第一段階で、民主主義とは単に選挙のことではなく、表現することや発言することであると気づいたことです。次の段階で、彼女がフランス社会へ献身することの方が政策案よりも重要だと判断し、個性化に全てを賭けてしまいました。しかしながら、表現の民主主義への渇望は残るでしょうし、それが市民権の多様性について考えさせることになるだろうと思います。何故なら、参加型民主主義とは、選挙の過程の一般化ではないのです。それは、発言と公開討議の拡張なのです。

左派の著名人がフィヨン内閣に入りましたが、民主主義の革新に影響を与えるでしょうか?
そうは思いません。たしかに、政界は、最も根本的なベースを広げる努力から成り立っています。しかし、他の視点からのアイデアや計画を考慮に入れることと、著名人を帰属させることとは区別されなければいけません。開放とは、象徴的に非常に重要な人物の引き抜きによって構築されるコミュニケーションというようなものではありません。それぞれのケースで特殊性はありますが、内閣に帰属したすべての人物は、これらのカテゴリーに関して、「〔鎖の中の〕弱い環」を現わすような特徴を持っています。とはいえ、個人の問題に留まっていてはいけません。何故なら、これらの帰属は、ある人々が左派の長期にわたる消滅の上に賭けた暗黙の勝負を物語っているからです。もっと広い意味では、私たちの社会の中にある政治的ヴィジョンの衰退を明らかにしています。内閣に帰属した人はそれぞれ、自分に関係のある問題を考慮に入れましたが、その問題がもっと一般的な政治の中に組み込まれていないかのように振舞っています。

まさに、あなたが一緒に仕事をする機会のあったマルタン・イルシュが、活動的連帯の収入という自分の計画を取り入れてもらうために入閣しましたね。
彼自身のことは尊敬しています。しかし、彼の決断には驚きましたし、失望させられました。

左派の革新は始まったでしょうか?
フランスだけでなく、左派は政策を提案する力として自らを提示することに苦労しています。先日の日曜〔6月17日〕、左派が選挙で奮起したのは、自らの政策案の質のおかげではなく、内閣の不手際によるものでした。過去への回帰という形でしか未来を見ていなかった19世紀初めの正統王朝派主義者のようなやり方で、少なくとも1993年以来、『再建者』左派は、現在の忌まわしい新自由経済主義となってしまったらしいものに対抗して、過去の古き良き資本主義を逆説的に称賛しているのです。それは、歴史家に言わせれば、現実を無視する物の見方でしょう。そのようなわけで、私には議論が全くうまくいっていないように思われるのです。物事の根本を充分につかんでいない。皆が口にしているこの『革新』という支配的な言葉は、それでいて曖昧なのです。人々は、その言葉がまるで、世代的な問題だとか政治スタイルの問題だけを意味しているかのように議論しています。

『革新』はよく『現代化』とも言われますが。
アジョルナメント〔『改革』『近代化』を指すイタリア語〕に取り掛かれば充分、もっと中道寄りの視点へ曲がれば充分、現実主義の名のもとに急進主義性に別れを告げれば充分、と考えるのは、Modemの票が人々にそうしたことを夢想させる今、それもまた錯覚です。たしかに極左が社会党へネガティブにのしかかりましたが、社会党の問題は特に、実際の社会に対する批判を踏み台にしたレトリックの態度を絶えず好むことにあるように思われます。第一、社会民主主義という観念を再建の全体にしようという、間違った手段をとっているのです。社会民主主義は現在、ヨーロッパで、輝かしいけれども終結してしまったひとつの歴史の残留物と見なされていることを忘れてはなりません。60年代では社会民主主義は新しい観念でしたが、今はもうそうではありません。昔は、社会民主主義が首尾一貫した良い解答を与えていました。それはまさに、集団的保障の大きな制度を設置する必要のあった工業資本主義の時代、そして資本と労働の関係の上に、雇用者と労働者代表が総合的妥協へと達することができた時代です。現在の資本主義は他の問題を提起しており、他の解決策を必要としています。私たちは、私が『一般性の資本主義』と呼ぶところのものから、前代未聞のやり方で現代社会を再構築しつつある『個別性の資本主義』というものへ移行しているのです。そこから出発しなければ、社会主義の再建は考えられないでしょう。

そうした展望の中で、トニー・ブレアはひとつの手本を築き上げたでしょうか?
ブレア主義の利点は、この変化の本質について直感を得ていたということです。弱点は、それに解答する領域で想像力に欠けていたことと、自由主義的で道徳的な解決策の提示にとどまったことです。

真の足がかりは何でしょうか?
左派は、集団的保護者の上に構築された『地位の社会主義』から、各人に自らの生活を保護する手段を与えるような、個別的軌道を支持する社会主義に移行しなければなりません。社会はもう、まとまって安定した集団によって構成されてはいないのです。それは、階級社会から個別社会へ移行したということではありません。勿論、常に社会性があるわけですが、『協力する〔社会を作る〕』方法が変わったのです。苦難や状況を分かち合ったり、同じ問題に直面したりしながら、『協力する〔社会を作る〕』のです。一つの企業が閉鎖されるとき、試練を共にするコミュニティが古典的な方法で構築されます。しかし、個人が同じような脱落の経験を生きる場合、脱落者のコミュニティをつくるわけではありません。脱落のアイデンティティというものはなく、脱落という経歴とその状況があるだけです。まさにこうした社会の変化が、民主主義のより大きな役割を必要としているのです。民主主義とは、共通性、読み取りやすさを生産することです。『協力する〔社会を作る〕』とは、もう単に集団を固めるということではなく、社会自身についての認識作業のかたち、連帯や保護に適した規範を浮き彫りにするための討議や議論のプロセスを練り上げるというかたちをとっています。最後に、社会関係の再定義はただ一つの国にとどまっていられないこと、新しい普遍合意主義の定式化が不可欠になることが挙げられます。社会主義は常に、人間性の進歩という考えに基づいた計画と共にありました。普遍合意主義を再定義することは、他の問題よりも突出している諸々の問題(環境、発展、平和)の優先記録の存在をただ認めるということではありません。それは、いたるところで、こうした全ての人に関わる問題について、全ての人にとって具体的で即時的な問いをたてる方法を探すことです。それは良い感情の普遍合意主義なのではなく、異なる社会が生きている困難の中に浸された『現場の普遍合意主義』なのです。

選挙運動の第一段階で、セゴレーヌ・ロワイヤルは「思想の共和国」の業績から多くのことを汲出してきましたね。あなたにとって、それはひとつの成功でしょうか?
知的再建が大変必要となっています。前進するためには、社会科学の研究や調査を増やさなければならないでしょう。将来、「思想の共和国」は、その成果の発展と、しばしば自国の精神の枠内に閉じ込められているフランス的省察の『脱地方化』が報告されると期待しています。秋には、世界各地の新しい思想の産出を理解することを目的したインターネットサイトを開設する予定です。また、一年前にグルノーブルで開催したような新しいフォーラムの推進に参加していきます。
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