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Un peu de masochisme, un peu de sadisme ~エリザベット・テシエの予言~

 2007-05-05
5月1日、セゴレーヌ・ロワイヤルの選挙集会に行った日の夜、インターネット上を徘徊。メーデーの労組デモがアンチ・サルコジ調だったことや、それでも世論調査は相変わらずサルコジ優位という結果を出しているのを見たりして、もやもやした気持ちでいたところ、ふとエリザベット・テシエが何か予言していないか気になってサイトを見てみた。エリザベット・テシエとは、有名な星占い師で、故ミッテランも彼女の予言を参考にしていたとか。2002年の大統領選では、ル・ペンの存在が避けれらない重要なものとなると予想していたらしい。ま、でも、色々と当らなかったこともあると思うけど。

エリザベット・テシエによると、この大統領選とそれに続く総選挙で「全体的に分裂された雰囲気の中で、構築的安定性が期待される」そうで、「フランスの新大統領が選出された直後(5月10日から15日)、大きな動揺がある」「二次選は、特に経済レベルの前進の要因となるが、同時に、若者たちの反乱の要因となる」と予言。うーん、「大きな動揺」を起こすような結果といったら、やっぱりサルコジが大統領になるってことかな?それに、「若者たちの反乱」といったら、セゴレーヌよりサルコジでしょう。
その後、4人の候補者(ル・ペン、バイルー、ロワイヤル、サルコジ)の星の動向についての分析があるのだけど、結論を先に言ってしまうと、サルコジが大統領になるという予想。「選挙の背景にある、脅威的な分裂と反乱の雰囲気によって、結果がどんなものであれ、フランス人の多く―半分?―が不満に思ったり失望したりすると思われる。本格的な社会政治的亀裂の危険がある。それは、特に選挙結果に敵意を抱く若者たちによって推進されるであろう。つまり、選出される幸せ者は骨の折れる仕事をすることになるかもしれない…。」
なんとなく、これを読んで、ちょっと納得いった。「サルコジが大統領になりそうだな」っていうのが、もう物凄く嫌だったし(今でも嫌だけど)、受け付けられない現実って感じだったけど、エリザベット・テシエの星占いを読んで、「ああそうか」って思ってしまった。星占いで妙に納得してしまうというのも変な話だと思われるだろうけど。

4人の候補者の星占いについて超要約すると、ル・ペンは一次選を通過できないだろう、バイルーは今回よりも次回の大統領選に強運がついている、など。セゴレーヌについては、「女性嫌い(misogynie)の被害にあう」「彼女は鉄の腕に柔らかい手袋をはめた女性で、以前の家族問題の傷が彼女の野心を燃え上がらせ前進させているが、多大な人気は星の動きによるもので情況的なもの」「世界を再建したいと望み、任務を負っていると感じているが、残念ながら二次選の前にわずかな影がみえる」とのこと。サルコジは、「両極端の感情を抱かせるタイプで、ある人々は無条件に好きになるし、他の人々からは強く拒絶される」「まもられていると同時に攻撃されていると感じているフランスにとって、『鞭のおじさん〔言うことを聞かない子供を鞭で打つおじさん〕』のようなものなので、不人気だしあまり認められていない」「一次選の結果による失望から仲間から見捨てられる可能性がある〔←これ、当ってないな…〕」。あと、「サルコが成功すると思わせるもうひとつの理由は、ジャン-ルイ・ボルローの5月の星回りが非常に良いことで、うまくいけば彼が5月20日頃、首相に任命される」と書いてあって、これが結構ピンときた。サルコジは、フランソワ・フィヨンを首相にするつもりだと発表しているけれど、世論ではボルローの方が人気が高く、彼を首相に期待する声の方が大きい。ポピュリストのサルコジのことだから、もし大統領になったらボルローを首相にするんじゃないのーと思っていたの、実は。

そういうわけで、エリザベット・テシエの星占いは自分の見解と符合する部分が多くて、なんとなく納得させられてしまった。

セゴレーヌのミーティングで、同じ思いを抱く大勢の人がいると実感したから、サルコジが大統領になったら反抗する人も沢山いるだろうという安心感が支えになって、どんな結果も受け入れられそうな気になった。
この際、サルコジが大統領になればいいとさえ思う。ちょっとマゾ的に。受けてたとうじゃないのという気持ち。
同時に、大統領になるという大きな野望を成し遂げたサルコジが、最高責任者として国民の大きな抵抗に会えばいい、痛めつけてやれ、と思う。ちょっとサド的に。
ところで、サルコジが大統領になりそうだということは、世論調査の結果がそうなんだけど、何故フランス人がサルコジを支持しているのかというのも含めて、私としてはどうも理解できないところがある。
サルコジの演説を聞いていると、常に「仮想敵」ともいえる対立項を立てるやり方で、フランスを分割・分裂させようとする。そういう思考回路が嫌いだし、憎悪を煽るやり方に賛成できない。「フランス人のモラルの低下」に対策をたてなければ、と、サルコジは言うけれど、そんな憎悪煽情にのせられることこそモラルの低下なんじゃないの?と思ってしまう。
そして、サルコジは「過去との断絶」をうたい文句にしているけれど、ちっとも断絶などではない。フランスではこの12年、シラクが自由経済主義路線を進めてきた。サルコジはその路線を更に押し進めるだけだ。それは断絶なんかじゃない。それに、何故アメリカ的・ネオコン的路線へ傾倒する必要があるのか。何故アメリカの轍を踏む必要があるのか。現在のアメリカ社会の斜陽は見本にならないのか。
経済面は色々と議論されているけれど、それはおいておくとして、それ以外を比べてみると、サルコジの政策案よりセゴレーヌの政策案の方がずっとずっと良い。特に環境に関して、サルコジは大したことを提案していないけれど、セゴレーヌ案は富んでいる。環境保護団体が各候補者の環境政策案について点数をつけていて、セゴレーヌは20点中16点をもらい、サルコジはたったの8.5点。大統領選の投票時に「政策案を重視する」と答える人が半数以上いて、どうしてサルコジを選ぶのだろう。例外的に夏のような天気が続いた4月、フランス人たちは2003年の猛暑のことなど忘れてしまったかのようだ。
移民政策にしても、サルコジといったら移民流入をコントロールすることや不法移民をどうにかすることばっかりだが、セゴレーヌは「何故不法に移民がやってくるのか」という観点から、アフリカの発展を促す協力も提案している。また、サルコジが内相を務めていた間に、不法滞在者の強制送還は増加し、それは必ずしも正当ではなかった。去年の夏、公立校に通う子供がいる不法滞在家族に正規許可証を与える約束をしたが、条件を満たした全ての家族がその恩恵に授かったわけではなかった。人権保護団体の代表は、近年の状況悪化を報告し、セゴレーヌ・ロワイヤルに投票するよう呼びかけている。外見で判断されたり警察に職務質問されたことがないフランス人たちには、こういったことはどうでもいいことなのだろうか。
住宅問題でも、サルコジは5年後に路上生活者をゼロにすると宣言しているが、住宅購入の支援を強調するばかりで、住むところのない失業者に対する支援対策案はあまり聞こえてこない。冬が終わり、暖かく晴れわたる春になればこぞってカフェのテラスに席を占めるフランス人にとって、野外生活ものんびり気楽なものに思え、うらやましくすらみえるのだろうか。

結局、フランス人は「新しいフランス」などどうでもよく、根本からの変化など求めていないのではないか。目の前の自分の状況の改善が第一なのだろう。

しかし、サルコジが大統領になっても、ストはなくならない。それどころか大きなデモが増えるかもしれない。彼は、ストにおける最低稼働率を保障する法案を可決させると公約しているが、それも夏の休暇の間にやるつもりだ。度重なるストに嫌気がさしているフランス人たちは、労働組合の権利主張にうんざりしているようだが、国民の背後にまわって突破するようなやり方について何とも思わないのだろうか。
国民に口をはさませずに決めてしまおうというものはまだある。ヨーロッパ憲法について、ドイツのメルケル首相が改正案を練っているが、これを今度はフランスで国民投票にかけずに国民議会で承認してしまおうというのだ。勿論、国民投票で再び「non」を突きつけられたら今度こそヨーロッパ共同体の危機だといわれているが、セゴレーヌはそれでも国民投票を実施すると公約している。彼女は、何故前回フランス人たちが「non」と答えたのか、その問題を話し合い、理解してもらえるよう努力し、必ず承認してもらう、と述べている。国民投票で「non」と答えたフランス人たちは、結局、ヨーロッパ憲法など本当はどうでもよくて、さほど反対というわけでもなかったのだろうか。

サルコジが大統領になっても、労働者と雇用者の対立はなくならず、両者は互いに不信を抱きつづける。サルコジが大統領になっても、郊外の問題は続く。サルコジが大統領になっても、「正規化も強制退去もできない」不法滞在家族は減らないし、彼らに連帯する人たちの抵抗もなくならない。路上生活者もいなくならない。猛暑もまたやってくるだろう。そしてそのとき、病院の人手は相変わらず足りないだろう(2003年の猛暑のとき警鐘を鳴らした緊急病棟担当労働組合の代表は、セゴレーヌ・ロワイヤル支持を公式に発表している)。
つまり、サルコジが大統領になっても、フランスは今とあまり変わらない状況が続くのではないだろうか。ゆっくりとなんらかの変化があったとしても、そしてそれが悪化であったとしても。ある種の人々の絶望は癒されない。
結局は、それが、多くのフランス人が望むことなのだろう。

エリザベット・テシエの予言に、そんなことを考えつつ、サルコジが大統領になるだろうことに納得がいったのだった。
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コメント
やはり大統領選挙は下馬評どおりでしたね。なんとなく日本で小泉政権が誕生した時を思い出します。あのころの日本も景気回復への希望が強く、つぎの政権にそれを期待するという雰囲気で、小泉構造改革はうまくその流れにのったというかんじでした。結果的に景気は回復した(らしい)のですが、われわれにはほとんど実感できないというもので、むしろ貧富の格差がひろがったということになっています。フランスもこの道をあゆむのでしょうか。ところで小泉政権後の安倍政権ですが、これが意外なことに不人気で、どうも日本人はナショナリズムに向かっているわけではない、というのが最近のわたしの実感です。で、どういうことなのかというと、なにかこう木が立ち枯れしてるというかんじですかね。よくもわるくもやる気がなくなっているといったところでしょうか。もう資本主義のゲームからはおりたい、という気配すらあります。と同時にポスト・モダンがプレ・モダンに向かっているのか、いま農業が静かなブームになっていて、世田谷区には会員制の高級農園なんてものまで出現しています。漠然としたイメージですが、日本はこの一世紀半近くにおよぶ近代化の夢(悪夢?)から脱しつつあるのかもしれません。おそらく日本人はアンシャン・レジームを決して悪いイメージにはとらえられていないので、ポスト・モダン=プレ・モダンという図式が容易に成り立つのでしょう。
【2007/05/07 05:59】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
>なんとなく日本で小泉政権が誕生した時を思い出します。
なるほど。
ほんと、日本がもうやってみて、客観的数字で景気が回復したといっても中間層にはあまり実感できなくて、中間のやや下がどんどん落っこちて、もともと金を持ってるやつが更に得するという、格差拡大っていう結果を出しているのに、なんでわかんないのかね~…というのが、日本人としては不思議なんですが、まあ、一般のフランス人なんか日本のそんな情況を知るわけないわな。せめて、アメリカのカタリーナ台風が曝したものとか、覚えてないのかなあ。はあ。
ポスト・モダンならぬプレ・モダンですか。ふーむ。ま、単純に、土いじりは楽しいですけどね。そういや、イギリスの研究者が、土の中に抑鬱に効くバクテリアがあるとか言ってました。
【2007/05/07 13:47】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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