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ブウナとジェッドの死から一年

 2006-10-27
全国に飛び火した郊外暴動の発端となった、ブウナ君とジェッド君の死亡事故から一年。クリシー・スー・ボワでは、彼らを追悼する静かな行進があり、多くの人が参加しました。

昨年の10月27日、15歳のブウナ・トラオレと17歳のジェッド・ベンナは、他の友人達と共にサッカーの試合から帰る途中、警察の職務質問を逃れようとして変電所に侵入、そこでしばらく隠れていたところ、感電して死亡。その後、日頃から緊張関係にあった地元の若者たちと警察が衝突。また、サルコジ内相の「ラカイユ」発言により若者たちの反発が増加し、警察への投石、車や公共の建物への放火などの現象がフランス各地に広がりました。

249030617.jpg今朝10時には、「Zyed et Bouna, morts pour rien(ブゥナとジェッド、意味のない死)」と書かれたTシャツを着た20人くらいの若者たちが集まり、その他にも多数の人が彼らの名を大きく書いた垂れ幕を掲げて行進をしました。
その中には、亡くなった二人と一緒に変電所にいながら一命をとりとめたムティン君の姿も。ブゥナ君の兄弟と並んで歩き、その表情は固かったそうです。
また、クリシー・スー・ボワ市長、クロード・ディレンも行進に参加。昨年の報道で悪いイメージばかり強調されたクリシー・スー・ボワ市。市長は、堂々とした市民たちの姿を世に知らしめることを望み、「ここにある落ち着き、毅然とした態度、勇気が維持されなければならない。私たちの真の姿を見せようではないか!」と参加者たちに呼びかけました。

変電所の事故から一年ということ、また万聖節の休暇が始まったことなどから、昨年のような小競り合いが起きるのではないかという見方があり、特にこの週末、警察と機動隊は全国に4000人を配備し警戒しています。

クリシー・スー・ボワでは、この命日に若者たちを集め、彼らが外にとどまらないよう、遺族やムスリム団体やオ-ドゥラ・デ・モ(Au-dela des mots:言葉の彼方に)協会が催し物を主催。夜の7時半から500人ほどが集まり、劇やダンス、映画、討論などが行われたようです。

ところで、昨年、火に油を注いだサルコジ内相。彼は今日、ロゼール県に出没。そして「私にとっては、記念日(anniversaire)などない」と述べました。
「今日、私がロゼールにいるということは、この街が何も破壊しないからといって発言権がないわけではない、ということを表明する一つの方法です。この〔何も破壊しない〕フランス、それも重要なのです」と強調。

それにしても、サルコジ内相が言っているのは何の記念日なのでしょう?
報道機関も「記念日(anniversaire)」という言葉を使っています。共同通信発の記事のタイトルには「L'anniversaire de la crise des banlieues(郊外都市の危機の記念日)」と見られます。実際、メディアの表現の仕方を見ていると、二人の若者の死と郊外の一連の暴動が密接に関連させられているようです。つまり、「二人の若者の亡くなった日=郊外の暴動が始まった日」というふうに考えられており、そこで「郊外の暴動の始まった記念日」と言われてしまうのでしょう。
しかし、今日クリシー・スー・ボワに集まった人たちが、その後の暴動のために行進したと考えるのは、なんだかおかしい。

クリシー・スー・ボワ市長は、「誰も暴動の記念日など望んでいない」と行進後の記者会見で述べています。「みなさんがご存知の通りの状況で二人の子供が亡くなり、私たちが強いショックを体験した一年後、全く何もしないというのはクリシー市民にとって考えられないことだったでしょう。しかし、暴動の記念をしようなど誰にも考えつきません」とのこと。暗にサルコジ内相に反論したように見受けられます。
また、オ-ドゥラ・デ・モ協会のサミール・ミヒは「ブゥナとジェッドの死亡事故に続いた暴力や暴動の記念日について話すのは、主題を間違っています。今日は10月27日で、私たちはただ子供たちを追悼するためだけに集まったのです」と話しています。更に、多くのジャーナリストから「暴動の記念日に何をするんですか?」と電話を受けたと明かしています。デリケートさに欠けたこの質問は、彼を傷つけたのではないでしょうか。

「anniversaire」という単語は、一般的には「誕生日」として使う場面が多い言葉です。なので、なんとなくお祝いをする日のように感じてしまうのですが、「心にとどめておくべき出来事があった日」、すなわち「記念日」を意味し、「命日」としても使われます。
とはいえ、「暴動の記念日」といわれると、なんとなく「暴動」がクリシー・スー・ボワ市の「記念すべきもの」「彼らの特別なもの」であるといわれているようだし、「それを祝うことでも期待しているのか?」と勘繰りたくなるでしょう。

たしかに、ブゥナ君とジェッド君が亡くなったことが火種となり、一連の暴動へ広がったと言えるでしょう。しかし、二人の死を悼むことは、また、悼むなら尚更、多くの若者たちの過度な反応が再び起きないよう望む気持ちに続いているのではないでしょうか。

サルコジ内相にとっては、何の「anniversaire」もない、追悼の日もないということです。まるで「それはもう終わったことだ、他のことに移ろう」と言われているような気がします。「彼ら〔ブゥナ君とジェッド君〕のことは、長く心に残ることを願います」と言うクリシー・スー・ボワ市民は、またサルコジ内相に失望させられたのではないでしょうか。

参照:
Yahoo Franceより

「Un an apres, Clichy-sous-Bois marche pour se souvenir」(Reuters)
「Hommage aux deux adolescents morts a Clichy, un an apres la premiere emeute」(AFP)
「Nicolas Sarkozy en Lozere, pour celebrer "la France qui ne casse rien"」(AFP)
「Banlieues: "personne ne souhaite faire l'anniversaire des emeutes", declare le maire de Clichy-sous-Bois」(AP)
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