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レバノン南部への派兵

 2006-08-27
24日木曜日、シラク大統領はTV演説にて、レバノン南部へ向かう国連軍に2000名を派遣すると述べました。

レバノン南部の事態沈静化に国連部隊を派兵することに決まった直後では、フランスからの派遣は現UNIFILに200名の増員(計400名)、1700名が出動待機、と発表されていました。イスラエルとヒズボラの停戦決議案をアメリカと共に作成したフランスからの派兵は多数を期待されていたため、国連の失望は大きかったようです。また、アメリカなどからの国際的批判やフランス国内からの批判もあったようです。

フランスが派兵に慎重な態度をみせたことについて、それを説明すると思われる出来事としてすぐに想起されたのは、1983年のベイルートでのテロによる損失です。
1982年のイスラエル侵攻とPLO撤退の後、国連軍としてベイルートに駐留していたフランスの司令部は、1983年12月に自殺テロの被害に会い、58名の兵士が命を落としました。このテロの犯人は、ヒズボラの前身、イスラミック・アマルであるとされています。

また、ヒズボラとフランスの関係は徐々に悪くなってきているらしい。
1996年にヒズボラとイスラエルの停戦にフランスが助力したときは、関係が良好だったようです。
が、2000年、当時首相だったリオネル・ジョスパンがヒズボラを「テロリスト」組織と呼んだため、緊張関係に。
2004年には、ヒズボラのテレビ局アル-マナールの反ユダヤ主義的な番組がフランス国内で放送禁止とされたため、関係が悪化。
同年9月、国連安全保障理事会の1559号決議適用により、ヒズボラとパレスチナの民兵軍の武装解除が求められると、フランスはヒズボラにとって敵国と分類されたようです。

つまり、フランス側にはヒズボラに対する不信があり、派遣する軍隊が危険にさらされるであろうことを踏まえたうえで、国連による任務の明確化を待ったということのようです。

最初の発表による派兵数が少なかったため、現在はフランス軍少将アラン・ペルグリニがUNIFILの司令官を務めていますが、今後はイタリアが指揮をとるようになるかもしれないといわれています。

参照:
(↑これは前回のヒズボラ関連チャットで質問に答えていた特派員記者、ムゥナ・ナイムによる記事)
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