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サッカー考・ワールドカップによせて (社会的イメージ編)

 2006-07-16
何故ワールド・カップの間に、サッカーの社会的イメージについてなぞ考えてみたのか。
それは、自分が今大会に熱中したことが、自分自身、意外であり、どうしてなのかと自分で不思議だったから。

で、もやもやと考えつつ、自分の中ではっきりしたことが二つあって、そのうちの一つは、「自分自身とサッカーの社会的イメージの関係」。

フランスにおけるサッカーって「庶民的なもの」というイメージがありますが、もっと突っ込んで「労働者が熱中するもの」というイメージを持っている人も多いようです。この「労働者」っていうところに、「低所得」とか「低学歴」も暗に含まれている?と感じることもあります。実際には、フツーのサラリーマン、中流階級の若者だってサッカーくらい観ると思うけど。というか、これは多分、98年にフランスでワールド・カップが開催される以前からのイメージ。フランス大会以降、サッカーを見始めた人は多いようです。特に女性のファンが増えたような気がします。とはいえ、まあ、あんまり高尚なものじゃない、という定着したイメージがあるわけですね。で、サッカーの話題なんかで盛り上がってると、軽蔑の視線を投げかけられることもなきにしもあらず。
それは極端な例としても、サッカーに無関心な人は多いです。実際、このワールド・カップ期間中、私がちょっと話題をふると、「え?今日、フランスの試合あるの?」「え?フランスってまだ残ってるの?」…という反応があったこと多数。さすがに決勝に残ったことは、メディアでさんざん騒がれていたのだから(夜のニュースも半分以上その話題に割かれていたし)、知らない人も少なかったと思う。でも、決勝の日程を知らなかったり、決勝の相手がどこか知らない人も、私の周囲にはいました(そっちの方が珍しいかのかな、やっぱり?)。

ところで、私は、日本にいたとき、スポーツ全般に興味がなく、サッカーに到っては嫌悪してました。サッカーそのものというより、サッカーファンが嫌いでした。なぜかというと、Jリーグが始まって、サッカー熱が日本全土を覆うように広がると、サッカーを話題にすることが最先端のようになり、サッカーを見に行くことが流行り、みんなが突然サッカー好きになったようで、その現象が解せなかったのです。ホントにみんなサッカーが好きなの?と問い詰めたくなるようなモヤモヤ感。結局、ただ「みんな」が話題にし始めたからなんとなく自分もそれにのせられちゃっただけなんちゃうんか?「みんな」が騒いでるからなんとなく自分も好きになったような気がしてるだけちゃうんか?と。
まあ、その頃は私も若かったですしね…(とがってました)。
今思えば、Jリーグができる前から学校でサッカーは人気あったし、サッカーが昔から好きで早くプロリーグが設立されないかと待ち焦がれていたファンも沢山いたんだなーと思います。
でも、やっぱり日本社会の傾向として、一つの話題が支配的になると、そのことばかり耳にするようになる、というのがあって、そうなると全体的に何か一つのことに集中しがちな気がします。「みんな」それを知ってるのが当たり前、「みんな」その話をするのが当たり前、みたいになる。更に、それが「良い」と言われれば、それが良いと感じるのが当たり前、みたいになる。そういう「全体的」な風潮に巻き込まれることに対する嫌悪が、サッカー人気急上昇現象に対する嫌悪となっていたんだな、と思います。
そういうわけで、日本にいたとき、私がサッカーに対して持っていたイメージは「国民的スポーツ」、すなわち「『みんな』が好きなスポーツ」。
ひねくれものですから、そういうものは拒絶していました。でも、同時に、サッカーをよく知りもしないで、また知ろうともしないで拒絶していたわけです。いわば「食わず嫌い」。実際は、サッカーの周辺に嫌悪を抱いていただけで、サッカーそのものが嫌いだったわけではなかった。

…ということが、後からわかった。

ところで、フランスでは、サッカーの人気は高いですが、だからといって「国民的」とまで言えるかどうかは疑問。先に書いたように、無関心な人は多い。そういうところで、私が自分自身に無意識に強いていたかもしれない、サッカーに対する興味の禁止が解かれた、というのがあると思う。
そして、サッカーに夢中になる人に注がれるフランス人の軽蔑的な視線からも自由である。だって私、フランスでは外国人だもん。
と同時に、フランス社会の中で常に外国人である立場から、「庶民的なもの」への傾倒によって、フランス庶民というイメージに同一化したい気持ちがあるのだろう…というのは否めないなあと思う。そういう意味では、社会的イメージから全然自由じゃないのだけど。

サッカー以外にも、スポーツを見るようになったのはフランスにきてからなんですが、それというのも、日本ではメディアがスポーツそのものの周辺でドラマティックに盛り上げようとすること、もしかしてそれにのせられて熱中してない?みたいな疑問、それにあんまり煽られると逆に白けちゃう…ということなどがあって、スポーツから距離をおいていたのかなーと思います。
スポーツってそれ自体で「スペクタクル」なんですよね。ある意味、他のすべての文化的娯楽と同じようにスペクタクルなんだなーと気がついてからは、そこが面白くて、スポーツに近づくことができ、今は素直に楽しんでいます。
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コメント
はじめましてSHIBAさん。いつも読ませてもらっているだけでしたが、とても同感できる記事だったのでコメントしてみたくなりました。私は現在南仏に在住してますが、日本にいるとき同じことを感じていました。スポーツそのものを見たいのに、メディアは視聴率目当てでそのとき売れているタレントを画面に出してそのスポーツのことは何も知らないのに関わらずコメントさせている、ドラマっぽく盛り上げてスポーツとは別世界になってしまっている、というような感じがしました。そしてひとつ話題になると、みんながそれを話題にする、夢中になるというような現象は私もとても嫌いでした。何故そんな現象が起きるのかわかりませんが、やはりメディアの仕掛けた網にかかってしまっているのでしょうかね?
【2006/07/16 20:56】 | omega3 #JL8SWW/A | [edit]
>サッカーそのものというより、サッカーファンが嫌いでした。なぜかというと、Jリーグが始まって、サッカー熱が日本全土を覆うように広がると、サッカーを話題にすることが最先端のようになり、サッカーを見に行くことが流行り、みんなが突然サッカー好きになったようで、その現象が解せなかったのです

すごーく同感。
あの頃、異様でしたよね。
【2006/07/17 03:41】 | Zel.co #3.qd4xgI | [edit]
>omega3さん
コメント、ありがとうございます。
ここ数年、日本に帰ってTVを見ていると、なんでもかんでもドラマティックに盛り上げようとしている気がして気持ち悪いです。
ほんと、色々な現象について、何故なんだろー?と考えてしまいますね。
でも、私は、日本にいたときは何がイヤなのかはっきりわからなくて、漠然と嫌悪を感じていましたが、それがどういうことかわかるようになったのは距離をおいて、別の社会に暮らすようになったからかな、と思います。
omega3さん、南仏ですかー。いいですねー(どの辺りかわかりませんが…)。ここ数日、パリは空気が悪くって、どこか自然に囲まれたところへ行きたくなります。
関係ないですけど、体によさそうなお名前ですね。魚のあぶらでしたっけ?

>Zel.coさん
そうそう、異様な盛り上がりでしたよね、あの頃。
今は定着してだいぶ雰囲気が変わってるでしょうねー。
(ちなみに日本のサッカーファンが嫌いだったのは過去の話ですので…。今は違います、念のため。)
【2006/07/17 22:00】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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