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マックス・ギャロ「植民地化運動:悔悛の誘惑」についてのメモ

 2005-12-12
先週の木曜日、夜7時ごろRER駅のキオスクでその日発売のLe Nouvel Observteurを買いました。雑誌をキオスクのお兄さんに差し出し会計を済ますと、お兄さんが「C'est un choc(衝撃的ですよね)」と言うので、一瞬ワケがわからず(「Choc」という雑誌もあるので、そのことを言っているのかと思ってしまった)聞き返すと、「electrochoc(電気ショック)」、何故なら今日それは物凄い売れている、と言っていました。
そのNouvel Obs今週号の特集は「La verite sur la colonisation(植民地化運動の真実)」。キオスクのお兄さんのコメントから推測すると、この問題に興味を持った人は多いのでしょうか。

さて、マックス・ギャロのテキスト(タイトル訳、間違ってたみたいです…)について。

論理的に一つにつながる線がないので、箇条書き。

?このテキストは11月30日付けでル・フィガロに掲載されたのですが、前日の29日に「植民地化運動における肯定的な役割を教育プログラムに組み込む」という法(2005年2月23日の法)を廃止する提案が却下された直後。主に左派がこの法律の廃止を主張したわけですが、右派多数に押しとどめられました。そういった時事背景で、右派の新聞であるル・フィガロに保守派のマックス・ギャロが歴史家としてああした内容の文を寄稿したことは印象深かったです。(後にインターネットで他のことを調べていたら、ちょうどこの頃この人はフィンケルクロートと共に批判されていたらしいことが書かれていました。どんな点でかまではわかりませんでしたが…。)
また、12月2日付けのル・フィガロには、CSAの調査により64%のフランス人がこの2005年2月23日法に賛同しているとうい結果が掲載されました。
そして、サルコジ内相がアンティル諸島訪問延期を決めたのが12月7日。フランスのメディアにのる意見はそれから明確に変化してきたような気がします。

?マックス・ギャロのテキストの中で特に説得力をもつのはアルベール・カミュの引用だと思います。多分、これがマックス・ギャロその人の口から出た言葉だとあまり注意をひかれないような…。というのは、カミュがアルジェリアで生まれ育った人だからです。そして彼はアルジェリアの悲惨な状況を新聞にレポートする一方で、過去の植民地化運動を非難するばかりでは前進しない、というようなことを述べている。
これは、コメント欄でfenestraeさんが示唆せれているように、発言する人の立場によってそれの持つ意味が大分違ってくるものだと思います。
最後の段落のカミュの引用文も力のある言葉ですが、アルジェリアの苦難を共にしたカミュが言うからこそではないでしょうか。
そして、マックス・ギャロはその辺りを心得ていたのでカミュを引用したような気がします。

?「植民地運動は軍事的征服の企てであった」と第一に定義することは誠実な意見だと思いました。「植民地化運動肯定的な役割」とは、具体的には「現地に病院を作って医療を発展させた」「学校を作って教育を向上した」などであるとよく言われますが、それは植民地化した後のことであって、それを目的に出かけて行って征服したわけではないはずです。そして「学校を作った」というのが私には特にひっかかるのですが、それというのも、アルチュセールが「国家のイデオロギー装置」と言ったように、学校は現地人の精神の征服機関でもあったのではないかと思います。
また、もし仮に医療や教育の発展を普及させることが植民地化運動の動機のひとつだったとしても、それと同時に現地では破壊されたものも多くあるということは見逃せないと思います。そして、植民地化運動がヨーロッパよりも劣った文化の国を啓蒙するという西洋中心主義的な名目で正当化された時代があって、それが見直され始めたのがつい25年ほど前である(レヴィ=ストロースがすでに1950年代に、他国の文化は劣っているわけではなくただ異なっているということを示したにも関わらず)ということに私は驚かされた記憶があります。現在でもそうした西洋中心主義的な考え方がフランス社会の中に(残念ながら)存在しているような気がしてなりません。

?マックス・ギャロは「歴史家は事実のみを記載する」ということを述べていて、教育の場では一義的な価値評価をなるべく与えない記述をするのが望ましい、と私も思います。そのうえで、受け取る側が考えるべきなのではないか、と。しかし、実際、主観を全く含まない文章を書くのは至難の業だと思います。事実は一つだとしても「歴史」は一つではないし、歴史家が「普遍的原理のレベルに身を置く」ことができると思っているとしたら、それは歴史家独特の勘違いなのではないか…と思ってしまいます。

植民地化運動の歴史のネガティブな面のみを教えたのでは国を貶めることだという意見が多く聞かれる(フィンケルクロート然り)わけですが、これが堂々と主張できるのはフランスだからだなあ~と感じます。(今はどうか知りませんが、日本ではこれが難しかったことなわけで。)しかしだからといって「植民地におけるフランスの肯定的な役割を教える」必要があるのでしょうか。
マックス・ギャロの「すべての一義的な歴史は操作されたもの」という言葉はなかなか的確なものだと思います。歴史が、「愛国」と「国への憎悪」という二分化に想定された状況の中で利用されないことを願いたいものです。
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コメント
ギャロの論説自体は、目立った(つまり卓越した)見解もないかわりに、とてもコンセンサスな印象を受け大変フィガロ的と思います。
ただ、植民地を語るときカミュを持ってくるのは正解か否か、は意見の分かれるところでしょう。いろいろ読んだわけではないから大口は叩けないが、他の問題、たとえば反逆か革命か等の論争では冷静なヒューマニズム擁護のできるカミュだけれど、実際自分の母国であるカミュとアルジェリアの関係は微妙で、少なくともギャロがやっているような2・3行の引用で表わせるわけはない。異邦人で主人公が無感動にアルジェリア男を殺害するシーンを思い出していただければ、その複雑さに若干近づくかと、、。

また、歴史の役割についてなんですが、
>何故なら、歴史は常に未来につながっている。Car l'histoire est toujours en prise avec l'avenir.
この文章はヘンと感じる。未来と歴史の関係が明白ではない。
歴史はまず、人間が作るものであってアプリオリではありえないし、まだない未来が歴史を限定するはずもない。言い換えれば、現在と言う時点から過去を見ると言う作業が「歴史」だと思う。

ギャロは自分自身がフランスの歴史を書きたい、と思ってるんですよ。きっと。

自分の考え(のようなもの)を書いておくと、実際アルジェリア戦争が戦争という名で呼ばれるようになったのは最近のことで、クラウス・バルビの裁判とかでどうにかコラボ問題も(一時的かもしれないけど)収まったのに、アルジェリア独立時(62ですか)の話を国家自体が扱うにはまだ早すぎる気がします。ただ、問題なのは国自体の概念が揺れてる時に、アイデンティティ危機の話からどうしても植民地ものに行きやすいんで、これは怖い罠です。ナショナリズムや差別思考については、カン・サン・ジュンが言ってる、弱者(国)には暫定的にある種のナショナリズムを認めるべきだろう、というのが案外あたりかな、とか思ってます。
【2005/12/13 01:17】 | 猫屋 #- | [edit]
「異邦人」は18年ほど前に読んだっきりであまりよく覚えていないのですが、カミュが「生粋の」アルジェリア人でなければフランス生まれのフランス人でもなかったことを考えると、フランス-アルジェリア関係に対するカミュの態度が時にアンヴィバレントな感情に悩まされたのではないか、ということはまあなんとなく想像がつきます。あまり上品な表現ではないけれど、移民二世の子が言う「avoir le cul entre deux chaises」という感じだったのではないか、という想像。
しかしそれ以上のことは、カミュについて詳しくないのでなんとも言えませんが、マックス・ギャロは自分よりも説得力のあるものを借りてきた、というところに彼の手法を感じました。何より、一部の人しかわからない専門家のレフェランスよりも、誰でもその名前と生い立ちをある程度は知っている人の引用をもってきた、というところに知恵があるというか。
あ、マックス・ギャロの著作のことはよく知りませんが、歴史に超弱くてフランスの知識人に疎い私でも名前を知っているくらいの人ですから、まあ一般に人気のある人だと思いますし、やることがある意味「うまい」人なんだろうなという印象があります、ということを蛇足ながら付けたし。

この植民地の歴史についての問題で、メディアではフランスの肯定的な役割を主張する記事に出会うことが多く、ちょっと面食らいました。なので、マックス・ギャロはわりとまともなことを言っているなあ、と。
猫屋さんが「目立った(つまり卓越した)見解もないかわりに、とてもコンセンサスな印象を受け」たということは、私がそれを「まとも」と思ったこととさほど遠くないのかな…と思いますが…どうでしょう。

うーん、「歴史は未来につながっている」というのは、訳が悪かったですかねー。私は「歴史と未来に断絶はない」という意味にとりました。勿論、猫屋さんの仰ることには同意なのですが、ここでマックス・ギャロが言っているのは、「現在の地点から過去(歴史)を見る態度が未来を左右する」ということだと私は解釈しました。

猫屋さんの感想を読む前、上の記事をアップした後に考えたのですが、日本は第二次世界大戦で負けて色々なものを再建しなければならなくなったけれども、フランスはアルジェリアの問題がそれよりも後の時点、戦後約15年後にあるわけで、(時間の長さがどの状況にも一律に等しく流れるとは思いませんし、問題の与える情況が日本とフランスでは大分異なるとは思いますが、)それを考慮するとフランスがアルジェリアとの関係にまつわる傷に触れるためにはまだ時間が必要なのかもしれない、と思いました。
そして、本文の最後に「『愛国』と『国への憎悪』という二分化に想定された状況」と書きましたが、そこに後から付け加えたいと思ったのが、「その想定がすでによくない」ということです。
chaosmosさんが、暴動とランシエールについての一連のエントリーの最後に、デモクラシーについては「各自がIDカードを捨てて考えることだと思われる」と締めくくられていることを思い出しました。(全部が全部理解できなかったのですけどね…。これからじっくり考えなければ。)
【2005/12/13 23:27】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
案外おんなじ様な読みですね、うん。

>「歴史は未来につながっている」というのは、
これは翻訳の問題ではなく、仏語の問題だと思います。未来をどう捉えるかでしょう。ギャロのいい点も悪い点もここに集約すると思う。主体がないんです。じゃあ、未来を作る主体は誰なのかと、問い詰めたい。。。普通は etre emprise sur でだれが誰を支配するとか影響を与えると言う用法なんですが、それを avec で使うのは微妙ですね。いや私が仏語を知らないだけかも知れませんが。

【2005/12/14 00:57】 | 猫屋 #- | [edit]
あ、「etre en prise avec」ですね、私も辞書で探したのですが載っていなくて、わからなかったのでフランス人に聞きました。「接続する」とうい意味、英語で言うと「plug in」だと言われました。
でも猫屋さんの解釈とあんまり意味は変わらないかな…。
【2005/12/14 02:00】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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