スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

L'article sur l'histoire de la colonisation signe par Max Gallo ~マックス・ギャロによる植民地運動の歴史についての記事~

 2005-12-09
11月30日付けのル・フィガロ掲載、歴史家マックス・ギャロによる植民地運動の歴史についての論説を翻訳しました。
原文はこちら
(12月12日追記:上のリンクが切れてしまったようです。Minoriteというサイトに転載されています。)

( )は原文通り、〔 〕内は註釈です。



植民地化運動:悔悛の誘惑

フランスの植民地の歴史は中心的な問題となっている。問われているもの、それは国の歴史と未来である。アルベール・カミュは1958年4月、既に次のように書いていた。「あるフランス人たちは、植民地運動の企てによって、フランスが―精錬潔白な数ある国家の中でフランスだけが―歴史的な罪を負った状態にある、と考えている。」もしそれが事実なら、フランスは後悔するべきだ!人々は激しく非難せずにいられようか!侮辱せずにいられようか!憎むべきだ!そして、植民地運動―または奴隷の―歴史的罪という色眼鏡を通して、今日のフランスが評価されるのである。それが「共和国の植民地原住民」という名をなす団体の中に集まる人たちがはっきりと主張することである。植民地運動が告訴された訴訟は、つぎのことを引き起こすものでしかない:民族の出自に応じての区別、また、フランス国民の間に存在する不平等を説明するであろう植民地の過去によって共和国へ敵意をもつ共同体の構築を。


こうした背景では、植民地運動の総括についてのすべての議論が困難になる。そして2005年2月23日制定の法律における第4項、植民地運動の肯定的な面を教えることを促す条項が、抗議を引き起こすことしか出来なかったのである。条項は、単にそうした背景のせいだけではなく本質的なもののせいで歓迎されなかった。歴史家にとって、国の代表が「正しい歴史、学ばれるべきもの」を指示するのは許せないことである。もう既に有り余るほどの法律があり―好意的な法律であるが―それらはある特定の歴史的事件を特徴づけている。そしてそれは裁判所が決定することである。それで判事は法律に応じて歴史を語るよう導かれている。しかし歴史家は、事実に応じて歴史を語る使命があるとみなされている。

そして植民地運動の歴史がしばしば甘美的に賞賛されていたのは真実である。しかし同時に、フランスの歴史学や地理学は現場で、すべての疑いを超えて、植民地のひとつの歴史とひとつの地理を構築してきた。60年代、ソルボンヌにおける植民地運動の歴史の講座は、シャルル=アンドレ・ジュリアンという北アフリカの歴史家が担当していた。彼はそのうえ社会党員でブルムの友人であった。そこにはひとつの投射があった。フランス社会党員たちは、1905年から40年代まで、共和国の文明化の任務だとして植民地運動の擁護者であることが多かった。この問題についての彼らの記憶喪失が―彼らの党の100周年に―植民地化の歴史に対する時機の曖昧さをよく示している。この植民地の歴史は1880年から20世紀半ばまでの間に、夢、遠く魅惑的な地平線、英雄たちや神話化された人民たち、つまりツアレグ族〔サハラ砂漠の遊牧民〕、などによって国家的想像世界の重要な一部分を作り上げたのである。

フランスの現在の歴史のこの重要な事実を鑑みて、植民地運動を単純な言葉で扱っていてはいけない。次のことを考えれば尚更である、つまり、植民地化された国民が植民地時代の傷を忘れずにいるならば、大陸のフランス人たち―特にアルジェリアで生まれたフランス人たち―もまた開いたままの傷を心に負っているのである。その傷とは、死別の悲しみや不当への感情である。植民地運動に関する言説はこうした複雑な歴史的現実を考慮しなければならない。アルジェリア人たちは―受け入れられないような表現ではあるが―1945年のセティフの大虐殺を想起する。オラン〔アルジェリアの一都市〕の人たちは1962年に何百人もの市民が「消えて」しまったことを記憶しているだろう。同等のものや災害の会計を確立することではなく、全ての現実の責任を負わなければいけないと把握することが問題なのである。インドシナのポウロ・コンドール徒刑場とサイゴンのパスツール院…入植者によって課せられた強制労働と奴隷の禁止…現地文化の破壊と世界中に開校した―無宗教または布教の―フランスの学校…現地人の下級地位と優秀な者の昇級、エリート陣の設立(サンゴール〔詩人でありセネガル最初の大統領〕がそのモデルである)…われわれは良い面と悪い面、それぞれの事象を吟味しない―それは歴史理解の馬鹿げたやり方である。複数の糸が絡まり束になっていることをわれわれは示すのである。すべてを語らなければいけない。すべての一義的な歴史は操作されたものであり、圧制と開放という矛盾する植民地運動の具体的現実が政治家によって利用されたものであり、現在の国家的共同体にとって非常に危険である。

つまり、複雑さがこの問題の中心にあると示すように、ということだろうか?植民地運動は軍事的征服の企てであったこと、だから抵抗勢力を引き起こし抑圧をもたらすものであったことを忘れてはいけない。しばしば下級と見なされた人民に対して抑圧が行使されればされるほど更に抵抗と抑圧が増したのである。そして人民は常に弱いと見なされた。何故と言って、機関銃に対して投槍がどれだけのものであろうか?大砲に対して一発銃は?だから征服は成功したのだが、抵抗は一度も止まず、完全に平和状態になった植民地はひとつもなかった。こちらで火は消え、また他で火があがる。1870年のアルジェリア蜂起、20年代におけるモロッコのリフ〔海岸沿いの山脈〕戦争、30年代にはインドネシアの駐屯部隊襲撃、そして色々なところで、弱者と侮辱された人々の復讐としての犯罪。シャルル・ド・フーコーはツアレグ族に殺害された。そして1954年11月、アルジェリア蜂起の初期被害者のうちの一人は、オレス〔アトラス山脈付近の山岳地帯〕の学校へ着任するために赴いた20歳の学校教師新婚カップル―モヌロ家の―であった。理解すること、それは何も隠さないことを前提にする。建築された街も焼かれた小さな村も。

しかしながら、この歴史家の考え方―道徳的な態度であると同時に知的要請である―は、時代錯誤である論拠に対する罪を犯さないことを前提とする。われわれは権利、そして義務までもを負っている。それは、普遍的原理のレベルに身を置き、植民地運動が征服であるため犯罪的な企てであったと宣言する権利と義務である。しかしそれは歴史的現実を軽蔑することである。たしかに、植民地運動の歴史は血と残虐さに満ちている。しかし「精錬潔白な国家」などない。そして私は、彼らが獲得した独立、植民地運動から生まれた新しい国家が、平穏な歴史を経験したとは寡聞にして知らない。アルジェリア政府とイスラム教徒の間にあった戦争で10万人以上の死者のことが頭に浮かぶ。そしてサブサハラ・アフリカ〔サハラ砂漠より南の地域〕のことは触れないでおこう…歴史は暴力である。ただ一つ、それを制御するのを試みる方法は、まず事実を、全ての事実を、尊重しながら書くことである。

例えば1939年、アルベール・カミュが「アルジェ・レピュブリカン」の冷酷なレポートの中で、カビールが苦しんだ飢饉を全く譲歩なしに描いたことを思い出せばよい。そして同じカミュが、19年後にこう書いている。「ヨーロッパの拡張の数世紀を非難するのは無駄である。クリストファー・コロンブスとリヨテ〔アルジェリア・インドシナなどに駐在した軍人、モロッコ最初の総督〕を同じ呪いの中に理解することは馬鹿げている。植民地主義の時代は終わった。その時代をただ知ること、その結果を認めることが必要である。」

互いに闘い混ざり合った人民たちの関係の歴史は複雑な錬金術である。それは活気のある源泉でありえるし、または反対に緊張をたかめる毒でありえる。何故なら、歴史は常に未来につながっている。今日の分類分けのように原住民と旧植民地開拓者を対立させることは、フラストレーションや侮辱、憎悪を掻き立てる。フランスを被告席へ引きずり出す。どのようにしてこんな残酷なことを好むだろうか?カミュの言葉をよく考えなければいけない。「自分自身の間違いを告発する勇気をもつのに十分強い伝統と名誉が国家にあるということは良いことである。しかしその国家は、まだ保つことのできる、自分自身を高く評価するだけの論拠を忘れてはいけない。どちらにせよ、その国家に自分だけに罪があると自白させること、その国家を永遠の悔悛へと運命づけることは危険である。」

スポンサーサイト
コメント
おお、大作。(私はたったの十行です。ご苦労様)これから読みます。
【2005/12/09 01:49】 | 猫屋 #- | [edit]
Max Gallo は今にはじまったことでじゃないけど、わざわざこんな文章をフィガロに書くとは...
たしかに難しい問題です。歴史家たるもの事実に最も忠実にというドグマはある。しかし、歴史家の目には事実であっても、それを誰が誰に向かって語るかというのは政治的行為になってしまいます。

ドイツ人が同じような文章を発表する資格もフランス人も皆が認めるのだろうかと問うてみることもできる。探せばドイツのヴィシー時代の占領政策だってよかった点はみつかるだろうし。そこまで行かなくても、1871-1918年のドイツのアルザス・ロレーヌへのインフラ整備についての評価がはしだいに事実として語られているわけですが、しかしそれは地元から再評価という形で出てくるのであって、それをドイツ側から偉そうに言われたら猛反発は必至のはず。
日本人にとっては「オラン」の代りに「通州」でしょうか。
【2005/12/09 02:56】 | fenestrae #S1xi4FKw | [edit]
この記事について、後で気になる点について別枠にてメモっておこうと思います。
(本当はひとの書いた記事そのものについて自分のブログで批評を繰り広げるのは手法としてあまり好きではないのですが…公の記事についてならまあいいかな、と自分に甘く。自分の批判だけでなくて自分の考えが盛り込めれば批評ブログもそれはそれでいいと思うので、なるべくそうなるように書きたいと思います。)
【2005/12/09 23:53】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
この問題、かなりかりかりきているのに自分のところで扱う余裕がなかったので、翻訳をみつけた shibaさんのところでぐちってしまいました。だれでも言える私のぐちは脇へ置いてもらって、もっと finesse のある shibaさんの論評、楽しみにしています。
【2005/12/10 01:11】 | fenestrae #S1xi4FKw | [edit]
えっ、愚痴だったのですか?
…それを愚痴と言われたら、私など延々愚痴ばかり書いているなあ…ということになりますです。

先の私のコメントの( )内こそ愚痴というか。他のことを考えていたので。fenestraeさんのコメントとは関係のないことなのですが、気に触られたとしたらすみませんでした。

論評と言えるようなものではなく、ほんとに「メモ」(このブログは「ちらしの裏のメモ」的書き散らしですし…)、それこそ誰でも言えるような内容になると思いますが。
【2005/12/11 01:45】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
いえいえ、私のほうは、もともとのワッチングポーズから、かなりパルティザンブログになってきていて、批判も瞬間湯沸かし器的(←死語)なものになっているので、shibaさんの、批判するにしても、理解しようとしながらじっくり相手した上で、というのを少し学ばなければな、と思っているところなのです。
【2005/12/12 01:53】 | fenestrae #S1xi4FKw | [edit]
私は理解が遅いので…。
今日、書きかけてまとまりませんでした。はあ。
【2005/12/12 02:35】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
今夜は休養夜なので、ではギャロの原文も読んでみるかなどと思ったのですがフィガロへのリンク切れてるみたいです。

ヌーベロプス売れてるようで、ひとまず安心。リベはダメポ状態ですが、、、オブスはTV版とパリ版で持ってるのかもですが、フィガロもTVとマダムと百科事典だもんね、、おまけが仏プレスを救うのかと、、またしても小一時間(古いギャグばっかり、2ch参照しなくなってからギャグの更新が遅れているのです。
【2005/12/12 23:10】 | 猫屋 #- | [edit]
あっ、リンク切れちゃいましたか。ご指摘ありがとうございます。
↓こちらでどうでしょう。
http://www.minorites.org/article.php?IDA=13458
以前フィンケルクロートの原文も転載していたMinoriteです。

実はLe Mondeを久しく買っていないのですが(専らネット版を読んでいます)、ADENってなくなったんですか?
一時(ほんの短い間でしたが)、あれが目当てでLes Inrockputiblesを買っていました。
【2005/12/12 23:33】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
サンクスコ、リンク先あとで見ます。

いつ頃からだろう、adenはなくなって週末のグラビア雑誌にとって代われた。左に寄りすぎのプレネルを週末雑誌の編集長に置いたんだがいつの間にかいなくなっちゃったようです。それからル・モンドはDVD付けたりいろいろやってるけどイマイチですねえ。シュヴェンヌモンティストのマックス・ギャロはフィガロに書くし、アレクサンドロ・アドレールはイスラエル主義になっちゃって、クーリエからフィガロの論客になるし(今は知らない)。ディプロマティクはオルターの牙城になっちゃうし、、構造再編成は大変です。ちなみにオプスの編集長ジョフランはもとリベ編集長だった人でブルディウ批判で有名みたいね。
【2005/12/13 00:35】 | 猫屋 #- | [edit]
はぁ~、猫屋さんお詳しいですねえ。

週末のル・モンド2は同僚がくれるのですが、殆ど読んでいません…。わざわざあれをおまけにつける必要は…?とちょっと疑問。DVDはもらってませんが、DVDプレイヤーをもっていない同僚には何の意味もないそうで(笑)。

正直に言いますと、腹の足しにならないものはなるべく買わない貧乏生活と、語学力のせいもあり学業以外の書物に(というか学業のための書物にも…)時間を割けないぱっぱらぱー低レベル学生生活が長くて…雑誌・新聞は殆ど買ったことないのです。新聞、特にリベやル・モンドが経済的に圧迫を受けていると聞いては罪悪感を多少感じるのですが、ネットで情報収集できる昨今、どうにもねえ。ま、本当は紙の方が好きですが。

で、腹の足しになるものはどうかというと、お酒と美味しいものには財布の紐が緩かったりして。(俗物だな~。)
今日はバランタイン買ってしまった~。これから飲みます。
【2005/12/13 22:40】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
ども。今夜は、もか、忘年会。韓国料理でしたが、会費は高かったです。絶対すき焼き大会しますので、、よろしく。牡蠣フライとカニコロも時間差攻撃で。

東京の実家から霜降り肉が届くと言う方にもお会いしました。突然敬語になりますです。
【2005/12/14 00:46】 | 猫屋 #- | [edit]
ふはははは。
バランタインがウマイです。(←単なる酔っ払い)

うあ~、霜降り肉が…それはすごいです…。クール宅急便?

わ~~~すき焼き~すき焼き~(←呪文と化しています。)
あれ?牡蠣フライも予定に入っていましたっけ?入っていなくともこれで入ったことになりますね。ふっふっふっ。双テを挙げて小躍り。
そういや一度牡蠣フライやったことがあります。安くて小さい牡蠣で。ものすごく小さくなり、悲しかったです。
【2005/12/14 01:55】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
25-30で開いてる日あったら言ってください。24もことによったらフリーになりそう。肉スライサーも借りてきます。
【2005/12/14 12:14】 | 猫屋 #- | [edit]
なんだか予定がなかなか立ちませんで…すみません。わかり次第ご連絡します。
【2005/12/15 22:19】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
いや、そんな気にしないでね。
今日これからご飯どお、じゃあってなタイミングが良いわけだし。すき焼き。
(もち同居人様も一緒でドーゾ)
【2005/12/16 00:07】 | 猫屋 #- | [edit]












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://hibinoawa.blog10.fc2.com/tb.php/226-0cf3ff2a
【2005/12/11 22:17】
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。