スポンサーサイト

 --------
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ :スポンサー広告 トラックバック(-) コメント(-)

サマー・タイムの終わり

 2005-10-30
前記事にも書きましたが、ホント、ここ数日は10月とは思えない陽気。
ビアリッツやコート・ダ・ジュールの方では海で泳いでいる人もいるそうです。

昨日も暖かくて、外出途中、地下鉄の中で薄手のセーターを脱ぎました。
午前中だけ仕事に借り出され、午後はSt. Michelの本屋で同居人と待ち合わせ。でも待ち合わせしても一緒に本を見ない。お互い自分の興味範囲でぐるぐる見てまわる。
St. Michelの本屋では主に古本探し。日本と違って、古書と新品が同じ店で売られており、そのうえ一緒に並んでいる。「occasion」というシールが貼ってあれば古本。逆に貼ってなければ日に焼けたり古びていていたりしても新品。そしてもちろん古本の方が安い。
同じタイトルの割合きれいな本が沢山並んでいると、「あっ、何かの授業で使ったのかな?」などと思ってしまう。ちなみにSt. Michelは大学が集まっている地区であり、かの有名なソルボンヌ大学がすぐそこにある。
こちらでは結構読んですぐ売ったりする人が多い印象があります。だけど日本の古本屋のように本の状態で値段が変わるということはないので(といはいえあまりにひどいとランクが落ちて安くなりますが)、同じタイトルで古本が並んでいる場合はついじっくり観察して比べてしまいます。開いてみると線がひっぱってあったりメモがしてあったり。例えそれが鉛筆であっても、日本の古書店のように消しゴムで消していたりはしません。だってどうせ値段一緒だし。
目当てのタイトルの古本がなく、結局何も買わず。新品でも買おうかと思ったけど、アマゾンなら配送料タダで5%引きだしなあ。とケチ根性。あ、そうだ、FNACでも5%引きだ!と思いついてLes Hallesへ。
そこでジャック・ランシエールの新刊「La haine de la democratie」とルース・ベネディクトの「 Le Chrysantheme et le sabre」を購入。前者を欲しがったのはどちらかというと同居人のほう。20051031002454.jpg後者は、以前から興味があった本。マッカーサーが日本の戦後処理をするにあたって日本人の精神性を知るため、民俗学者のベネディクトに命じて作らせた報告書。実際に日本の地に足を踏み入れることなく、捕虜などを取材して作成したものであり、日本では批判も少なくないらしい。また、第二次世界大戦直後のことであるし、現代でもまだ有効かどうかわからないが、とにかく読んでみないと何とも言えないので入手しようと思っていたのでした。ところで先日、大学の先生とフーコーについてちょっと話していたとき、排除システムの話になり「日本ではその傾向が強いと聞いた」と言われ、ふとフーコーが「精神疾患とパーソナリティー」(か、改変版の「精神病と心理学」)の中で「日本は精神病患者を社会に寛容する幅が大きい」というようなことを書いていたことを思い出し、反射的に反論してしまった。それに続いて、ベネディクトの「菊と刀」で、日本社会における「恥」の概念の重要さが強調されているという話になり、相手は何故かちょっと盛り上がっていたようだった。そういや前述のフーコーの本の中でルース・ベネディクトの名前も出てくる。という経緯もあり購入。ちなみに本屋に何冊かあったその先生の本は買わず…。薄情。

その後、ぶらぶらとポンピドゥー・センターの方へ。CD&DVD安売り屋の店先の平積み、「5.90EURO」のポップにひかれて物色。20051031010922.jpg「Escrocs mais pas trop」が目に止まる。そういえば先週、掃除をしている最中に何故かふとウッディ・アレンの映画が観たくなったのだった。でもpsyに性的欲求不満の話をしてドタバタ…っていうやつじゃなくて、「マンハッタン殺人ミステリー」みたいなやつ。粗筋を読んでみたら面白そうだったので購入決定。後ろの「9.90EURO」コーナーにもひかれ、「Fabuleux destin d'Amelie Poulain」と「Dogville」が欲しくなり、両方は買えないので観ていない方の後者を購入。
それにしても最近無駄遣いしすぎかなー。その店でDoors、それも1stアルバムがかかっていて、それが妙に心地良かったのですが、DVDを2枚も買ってしまったのは、なんかそういう影響もあったかな。

そして夜はサマー・タイムが終わるので一時間もうけ!
「今日はゆっくりお酒でも飲みながら食事しようって主人と約束したのー」という仕事仲間の言葉に触発され、うちの献立は子羊の肉と茹でブロッコリーにワイン、チーズ。最後にエスプレッソ(でもノン・カフェイン)。
サマー・タイム最後の日、なんとなく晴々と愉快な気分で過ごしたのでした。
スポンサーサイト
コメント
あ、サンミッシェルの店には一週間前に入ったよ。前は表の上の階だったのに、横道の方に人文系は移っててびっくりした。

ミラマの横の中華ファースト・フードでフォーを食べた。安くておいしい。道反対側のケバブも悪くないよね。

デュルーズ・ガタリの《Anti-Oedipe》の古本探しにいったんだけど、新版しかなかった。どうせ積読になっちゃうんだからって買わなかったよ。22ユーロか、ハリー・ポッターの新刊と同じ値段、トホホ。

今読んでるのはMonique David-Ménard の《Deleuze et la psychanalyse》精神家医ジャルゴンは分からないから時間がかかるけど面白いよ。読み終わったら、貸そうかな?
【2005/10/31 03:48】 | 猫屋 #- | [edit]
『菊と刀』が日本の占領政策にどれほどの影響を与えたのかわたしにはわかりませんが、この休みにたまたま三島由紀夫が死の数年前防衛庁で行った講演を聞き、そのすぐあとで昔NHKが放送した丸山真男の追悼番組をみて、いまおきつつある改憲問題も含め「日本の民主主義」についていろいろと考えさせられました。
最近イラクの憲法を選択する国民投票などがおこなわれ、あたかも「民主化」が進んでいるかのような報道がなされています。わたしはここ最近ずっと疑問におもっているのですが、はたして「民主主義」ないし「民主政治」はアメリカが考えるようにほんとうに「普遍的」なものなのでしょうか?
ご承知のように民主政治はアテナイで発生したものであり、当事はアテナイ特有のローカルな政治制度だったはずです。ところがギリシア人の文化が古典となることによってその政治システムも古典とみなされるようになりました。だからもしギリシアがペルシアに大敗し歴史から抹殺されてしまっていたら、ここまで民主政治が世界に広まっていたかどうかはなはだ疑わしいものがあります。
そこで三島と丸山なのですが、三島は講演のなかでトーマス・マンの「非政治的人間の考察」をひいてビスマルク以降にドイツに注入された民主主義はドイツの文化に大きな精神的秩序の転覆を引き起こしたと述べています。
つまりそれまでのドイツでは政治的価値のうえに文化的価値が君臨し、ドイツ観念論やベートベンの音楽などを産み出していたのに対し、民主政治が導入されることによってその関係が逆転してしまった、このような状況はドイツ人にとってたいへん危険である、そのうちドイツには大変な偽予言者が現れるだろうと予言しているのだそうです。
三島はこの話を日本にひきよせ日本独自の文化がアメリカ的民主主義によって窒息させられていると嘆いているのですが、これに対して丸山の論考はより深刻なものがあります。つまり日本に民主主義はほんとうに根をおろすことができるのだろうか?というのが丸山の根本的疑惑です。これまで日本に流れ込んできた仏教や儒教キリスト教、あるいはマルクス主義のように、なにか本来とは違ったものに変質させられてしまっているのではないか?これは芥川が「神々の微笑み」のなかで簡潔に示している問題でもあります。丸山はこの外来の思想を変質させてしまう日本独自の思想様式の正体をつかむことにその学者人生を費やすことになります。
このように一つの国になにか外来の思想を注入するということは色々な問題をひきおこすことになるわけです。わたしが子供の頃に読んでいまでも強く印象に残っているのは、本田勝一がカンボジアでの大虐殺が起きたとき現地にはいり書いたルポで、そのとき本田は「この悲劇はもともと仏教を中心とした農業国に突然マルクス主義ないし毛沢東主義が注入された結果なのではないか」といった趣旨の発言をしていました。
だからイラクに軍隊を送り、その文化の性質もろくに理解しないままに無理やり「普遍的民主主義」を注入することがはたしてどういった結果をもたすのかはなはだ恐ろしい気がしてなりません。
【2005/10/31 04:52】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
>猫屋さん
そうそう、人文系、移ったんですよね、黄色い方の本屋。でも今回、私は青い方の本屋に行きました。(名前が似ていて面倒くさいので色分けしている。)私はなんとなく青い方が好きです。

ミラマの隣り、なんか変わりましたよね。でもついいつもミラマに行ってしまいます。そして定番の海老ワンタン麺。この間久しぶりに行ったら値段が上がっているうえに味が落ちたような気がして、がっかりでした。
向かいのケバブは試したことないです。機会があったら試してみます。

ドゥルーズとかフーコーって、古本があまり出ていないような気がします。やっぱりみんななかなか手放さないのかなあ。本棚に並んでいるだけでも格好つく、というのもあったりして…。(←自分)

「ドゥルーズと精神分析」ですか、やっぱり「アンチ・オイディプス」あたりの話なのでしょうか。私、ドゥルーズの著作は読んだことないんですが、猫屋さんのその本はそれでも理解できる内容なのでしょうか。
ああ、そういえば「science humaine」だったかな?何かの雑誌で「Foucualt, Derrida, Deleuze」という特集号を本屋で見かけました。目次を見たら、エリザベット・ロディネスコがまた精神分析関係で書いているようでした。たしかドゥルーズについてだったと思います。
【2005/10/31 21:59】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
>pipianomanさん
「菊と刀」、まだ前書きの解説と序文的な最初の章の途中までしか読んでいませんが、解説によると、この文書を読んでマッカーサーは天皇制を保持することを決めたらしいです。読み終えることができたら(できるかなあ…)また感想をご報告したいと思います。(いつになることやら。)

「民主主義」については、フランスの知識人たちはだいぶ議論しているようです。私はあまり知りませんが。
デリダの晩年もそれはひとつのキーワードになっていたのでしょうか。なんかそのような本が出ていました。デリダ本人ではなく、その周辺の人たちの論文集でしたが。(タイトルは「La democratie a venir」。日本人数名の寄稿もあり。誰だったか忘れてしまった…。鵜飼哲氏のがあったような。)
とりあえず今回のイラクへの介入について、アメリカは「日本の民主化にも成功した実績があるし」とか言って自信をみせていたようですが、「民主主義」の普遍的定義があると無邪気に信じることができることが驚きですよね。
【2005/10/31 22:32】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
黄色い方です、行ったの。

ミラマは6ヶ月前だかに久しぶりに行った時やたら高くてアキレタ。それから隣のフォーに変えました。6ユーロだったかな、そのぐらい。味は合格点。

ケバブは4ユーロだからギリシャビール頼んでもOK。時々学生時代を思い出しながらほおばってます。まずくないよ、ロマンチックじゃないけど。

“ドゥルーズと精神分析”今はゴタゴタ時間がないので小休止だけど、案外読みやすいです。もちろん専門家ではない猫屋には理解できない部分はあるけど、だいたい自分は全部を理解する読書はしないお気軽人だから、いい。分からないところは飛ばす、分かるところだけ頭のどこかに吸収します。これって趣味人の特権。

要するにこの本は、ドゥルーズのフロイト叩きは意味あってのことで、フロイト自体を抹殺したかったわけじゃない。フロイトがいなかったらドゥルーズもアンチ・オイディプスは書かなかったでしょう(と結論はなる気がする。まだ1/3しか読んでないけど)。今読んでるとこはサディズムとマゾヒズムは相対関係にはないって部分で、案外スリリング。

書き手は哲学系精神分析医です。

ところで阿闍世コンプレックスって知りませんでした。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0951.html
で松岡さん的概要を読みました。村上春樹系でも有名になった河合隼雄は(ユング系でしたか)とりかえばやを使っているですね。これは文庫で読んでいます。関係ないけどネット・ハントで見つけたのにジャンダー騒動ってのがあってある意味面白い。http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/

日本の女の子って元気いいよね、ほんと。

いやいや、オトコは愛嬌・オンナは度胸です。

いや、フーコーの宇宙人的頭のよさはやっぱあこがれます。dits et ecrits だっけ、欲しいよーん。

アルテでやったフーコー番組見たあ?半分だけカセットに録画した。昔のラカンのTV番組も録画したですよ。あれ見てラカンはアカンと思いました。

長話スマソ
【2005/11/01 00:37】 | 猫屋 #- | [edit]
追記
TVでアメリ・プーランやってた、見た?なかなか楽しい。昨日はエイリアン見ながらワイワイ合衆国批判やってました。
【2005/11/01 00:43】 | 猫屋 #- | [edit]
「来たるべき民主主義」ですか。ブランショの本のタイトルが思い浮かびますね。丸山真男は「永久革命としての民主主義」を唱えていたようです。
【2005/11/01 02:02】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
>猫屋さん
ふむふむ、面白そうですね、その本。
ドゥルースとガタリの標的はフロイトではなくラカン派だったと聞いたことがありますが…。フロイトの精神分析理論の息の根を止めようとしたのではないだろうなと、読んだことないながらもうっすらと感じます。
「意味の論理学」は、ばらぱらと目を通してみたことはあるのですが、難しすぎて挫折。精神分析理論を知らない人が読んでも十分理解できないのではないかと私は思ったのですが、みんなちゃんと読んでてすごいなあと羨ましいです。

ジェンダー騒動、読みました。
西尾幹二氏って電波受けてる人だったんですね。知りませんでした。
一部の論争だとはわかっていても、なんだか日本の状況に憂鬱というか危惧というか不安というか、なんかそのようなものを感じてしまいます。

フーコーは、何よりその読書量がすごいですね。
フーコーの番組、去年放映したやつだったら見ました。たまたまTVつけたらやっていたのですが、テキストの抜粋朗読とか、フーコーがTVに出演したときの映像とかで構成されているやつでした。途中からだったので、どういう主旨なのか探るうちに終わってしまった。いきなりテキストの朗読とかされてもわからんし…。
クレジットにたしかVRIN製作と書いてあったので、ビデオかDVDが出ているかと思って検索したのですが、見当たらないので発売はしてないのでしょうか。

アメリ、やってました??
猫屋さんにそういわれて思い出したんですが、だいぶ前にFRANCE3でやったときビデオに録画したはず…。DVD買わなくてよかった。

先程、リヨン対オリンピコ?(ギリシャのチーム)、リヨンが4点目を入れたところでみるのをやめました。
【2005/11/01 22:47】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
>pianomanさん
上記、猫屋さんのコメントのリンクから(とういか、正確には猫屋さんのブログのリンクからだったけど)とんだ「松岡正剛の千夜千冊」の「柄谷行人『日本精神分析』」の項に、pianomanさんが参照されている芥川、丸山についての言及がありました。pianomanさんのおっしゃっていることと関連性があるようなので、URLを貼っておきます。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0955.html
【2005/11/01 22:58】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
この本は読み終えたいと思ってます、フフ。解読不可ドゥルーズの解説的側面があります。フロイト派とドゥルース派の和解がテーマかと。ラカン叩きはまだ出てきてないですよ。難しいけどスリリングなんで、ページ順にこなしてます。

いや、私もフーコーにしろドゥルーズにしろ解らない。ただ音楽のように身体に入ってくるのが面白くて、文章の美しさに乗っているだけです。映画論とか、《Deux regimes des fous》は解ります。論文的なのは無理。でも時々ぱらぱらページをめくってると解る部分がある。これって年寄りの本の読み方だよね。積読愛読の醍醐味です。Mille plateaux も Histoire de la sexualitéもそのために本棚に並んでる。

ジェンダー騒動 自民党最悪です。教職員組合つぶしでしょう。日本は教政分離だったはずなのにね。

フーコーテレビ:それそれ。猫屋もたまたまTV付けたらやっててあわてて録画しました。作ったのは今は保守陣営にいる人なんだそうだけど、最後の自然博物館でのロングショットがとてもうまく作ってあった。そのうち遊びにいらしゃい。一緒に見ましょう。カニコロッケでも作りませう。

アメリ、やってた。初めて通してミタデスヨ。でもキレイすぎね18区。アメリカ人がパリに来たくなるのもわかります。

今日は出ててサッカー見なかった。人生は短い、シーズンは長い。

あとソニック・ユースがジョン展のオープニングしたのはヨーコの強い希望だったそうです。
【2005/11/02 00:38】 | 猫屋 #UkTYPFGQ | [edit]
西尾幹二のジェンダー騒動というのを読もうとおもったら、うまくファイルが開かず読むことができませんでした。わたしはニーチェ研究者としての西尾幹二を高く評価していますが、ある時期からの彼のジャーナリスティックな発言にはしばしば同調しかねるものがあります。
60年安保以降の丸山真男がジャーナリズムに沈黙して、自分の研究に全精力を注いだように、あるいは埴谷雄高が政治論文の執筆を断って『死霊』の完成に余生を費やしたように、西尾幹二もライフワークであるニーチェ研究の完成に集中してもらいたいものです。ニーチェの著作のなかでも『反時代的考察』よりは未完の遺稿『力への意志』のほうが深い影響力をもっていることをここで思い返してもらいたいものです。
【2005/11/02 02:16】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
松岡正剛のサイトもみてみました。むかし柄谷が「マルクスその可能性の中心」のあとがきかなにかで、日本にいると早晩自家中毒に陥る、というようなことをいっていましたが、この問題と関連しているのでしょう。丸山の仕事もある意味で「日本精神分析」というべきものかもしれません。
しかし最近ボンヤリとおもうのですが、除去不可能な病を「分析」によって超越するという態度はどこまで有効なのでしょうか……。むしろ事態がひどくなる可能性もあるのでは……。
【2005/11/02 11:26】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
>猫屋さん
ああ、ドゥルーズの文体ってリズムがあるようですね。「アンチ・オイディプス」の最初のページだけ読んだ事がありますが、カッコよすぎです。しびれます。

あっ、そうだ、ジェンダーフリー騒動、自民党が絡んでいるんでしたね。安倍晋三の名前入りで配られている文書もあるんでしたね。
そういう自民党が大勝したということの危機感を今更ながら感じました。

フーコーの、そうそう、自然博物館の映像、よかったですよね!あれで自然博物館を訪ねてみたくなりました。
お招き!ありがとうございます。
カニコロッケ!!それは夢のようです。(食いしん坊万歳。)

それからソニック・ユース情報、ありがとうございました。
ヨーコさんがねええええー。
ちなみにソニック・ユースは、ついでにスペインとか行ったみたいです。
【2005/11/02 23:37】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
>pianomanさん
いやもう、西尾幹二さん、電波きてますよ。
同じくニーチェ専門の同居人曰く「もうかなり年でしょ、ボケてんじゃない」。うーん、そうなのかも?
小耳にはさんだところによるろ、レヴィ・ストロースも、最後に出したやつは「ヤキがまわったな」という感じの内容だそうで。
ちなみにまだ存命。このまえLe Figaroの付録の一面に写真が載ってました。まだお元気そうで。

柄谷行人氏って昔からやってること・言ってることがあまり変わってないような気がします。一貫しているというか。
松岡さんが引用している「分析されている事柄が変えることが出来ないほどに深遠なものだという考えに到達するものであっては、ならない」という一文、前後の文脈がわからないので理解しかねるのですが、何かを示唆しているような気がします。
精神分析の手法においては、分析することで問題の解読を行い、それを患者に意識化させることで解決するのですから、分析家が解読不能な病は治せないのではないでしょうか。
精神分析にはスキゾフレニーを治すことができません。スキゾフレニーは、パラノイア的論理(日本や西洋の社会が属し、また精神分析がそのために確立した)と違った論理をもっているため…だったっけ?
どちらにせよ、分析が正しい結果を招くとは限りませんよね。それは分析する主体も科学的な客観性をもった器具ではなく、恣意的な人間なのだから仕方ないのではないかなーと思います。
【2005/11/03 00:08】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
フーコー『言葉と物』は日本語訳で読んだのでした。原文でフーコーが読みたいのもあって仏語を始めたのでしたが、仏語が出来たら解るものでもなかった、、という。はは。でもどうやったらアレ翻訳できんだろう、と不思議ですが。でも自分で翻訳してみる、というのは理解するのにはいい方法ですね。もろ時間かかるだろうけど。

カニ・コロッケ:日本のカニ缶もらったのね。簡単カニコロッケの作り方も見つけたわけよ。でも作ったことないから不安。こっちの安カニ缶で一回練習してうまくいったら(今のゴタゴタが解決もしたら)ご招待したい。その際にはステ・メアドで連絡します。

横レスですが、あの廣松渉も晩年はナショナリストっぽい発言をしていたと聞きます。桑原・桑原。

横レス続きですが、私は一時サイコテラピーをフランスで受けていたことがあります。ひょんなことがきっかけでしたが、個人的興味もあったんです。ただ、分析はお断りした。《とんでもないことが出てくる可能性がある》←分析医/セラピストの言葉 《母国語以外での分析は限界がある》←私の考え、たしか大田先生もそんなようなこと言っていた 《分析は長くかかる》←猫屋の財布の意見、、ということでやめました。
ヒアリングもそうは長く続けませんでした。単なるおしゃべり、という風になった。医者がどうしても《父親》の話に持ってくのでウザイ、がその理由です。もちろん重い症例患者さんの場合は手探りでの分析なりヒヤリングがどうしても必要となってくる。ただ、パリでのセラピスト繁盛にはサービス業的なとこもありますね。アリ・マックビルのレズ分析医は最高笑いましたけど。

対アドミ戦争にむけて片付けなきゃいけない書類が山とあるんですが、またSHIBAさんとこのコメント欄であそんでしもた。自分のブログに書きゃいいようなもんだが、よそ様で書きまくるというのはどう分析できるんでしょうかしら?
【2005/11/03 00:56】 | 猫屋 #UkTYPFGQ | [edit]
翻訳ってホント、解釈(interpretation)だなって思います。私は時々自分のフランス語力の不十分さを補うため訳本と照らし合わせて読むのですが、語学力以上に学習するところがあるのを実感します。
そして同時に、自分で翻訳してみると理解が深まる、というのはあると私も思います。

精神分析理論は面白いけれど、精神分析を受けるというと…やっぱりちょっと腰がひけますよねえ。
「とんでもないことが出てくる可能性がある」、説得力を感じるだけにこわいじゃないですか~。そしてやはり、分析家の仕事は言葉の感受性に負う部分が多いと思うので、母国語以外での分析では限界があるのではないか、と私も前から疑問に思っていました。社会的背景も違うし…。と言い出すと精神分析への批判の片棒を担ぐようですが。

対アドミ戦争ですか。アドミサイル?アドミ大統領?と一瞬ヘンな妄想力を働かせてしまいそうになりました。
administratif問題はホントに「戦争」ですね。とはいえ、私はまだそういう経験がない未熟者でございますが。
猫屋さん、それはなんだか宿題期日前についメール打ちまくったりして現実逃避している人(←自分)と同じような心理状況でありはしませんか?(笑)
とにかく、万事うまくいくと良いですね。幸運をお祈りしております。(カニコロッケを夢見つつ。)
【2005/11/03 23:34】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
晩年の廣松渉と西尾幹二が東大で対談をしたらしいです。内容は未見ですが。どうも日本においては「来たるべきナショナリズム」という本が必要な気がします。日本の文化は窒息死する一方で、畸形的近代化がすすむ。三島由紀夫と丸山真男が同時に嘆かざるをえない状況においてまさに前代未聞のナショナリズムが到来しようとしている予感に襲われます。
こういう状況ではわたしのような人間でも日本、ひいてはアジアとは何なのかを考えざるをえません。ということで最近はちょっとづつではありますが、仏教の勉強をしています。
【2005/11/04 02:25】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
「菊と刀」をボチボチ読み始めまして、「そうかあ~?」という部分もあるのですが、なんかその指摘のあまりの的確さにイヤになって、フランスで生活していく自信をちょっと喪失。
早晩皆さんお気づきのことなのでしょうが、その根底にある精神性の違いが影響していると思うので、やはり西洋のナショナリズムと日本のナショナリズムは視点を変えて論じるべきなのでしょうね。
【2005/11/04 23:02】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
トラックバックURL:
http://hibinoawa.blog10.fc2.com/tb.php/192-b7d39ae2
≪ トップページへこのページの先頭へ  ≫
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。