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Big Brotherのイメージ

 2005-09-26
インターネット回線がやっと安定してきました。
原因不明で繋がらなかったときは、怒りのような悲しみのような途方にくれたような暗澹たる雰囲気が漂う中、思いつく全てを試し、そうこうするうち時間がするすると過ぎていき、この週末は特に闇の空白であったような気分。
しかし、なんとかネットに繋がっている間に、同居人が色々と調べていたのですが、どうも回線の切り替えのせいらしいです。他にも同様の問題を抱えた人たちがどこからともなく流れ着く集会場(インターネット上の)があったそうな。実にありがちなプロブレムということで。なんとなく、ほっ。
で、今日、週明け、ちょっと安定してきたようです。

…って書いてる現在、切れたし。
んで、なかなか繋がらないし…。

それとは別に、ちらしの裏にさらっと書き殴るよろしく、思いつきメモ。
昨日の夜、M6のCAPITALを見ていたら、ディスカウントショップのレポートで昔のスーパーのCMをやっていて、それがアップル社のCMに通じるものがあるなあと感じました。
スーパーの宣伝は、モノトーンの店内でサラリーマン風の紳士がキャディーを押し、その中に商品を機械的に入れていくというもの。彼の後にも同じような紳士が列をなし、皆、同じように同じ商品を入れていく。そして店内放送は「考えずに同じものを買いなさい」。ところが、店内のある扉が開き、そこから色つきの光がもれてくる。外に出ると、カラーの世界。そしてカラフルな商品が並んでいる。「○○(店の名前…失念)は様々な商品をご提供いたします」というようなキャッチフレーズ。
あまり明確な記憶ではないけど、まあそんな感じのCMでした。
(ディスカウントスーパーのレポートの中では、商品選択肢の多様化を宣伝したスーパー云々という関係で出てきました。)
他方、アップル社のCMは、Big Brother(IBMを隠喩)に支配された管理社会となった世界に、アップルが乗り込んで革命を起こすというもの。これも先月の終わりだったか、やはり同じ番組(もしくはZONE INTERDITEか…)でマッキントッシュの歴史を紹介したレポートで見ました。
このBig Brotherとは、オーウェルの反管理社会小説として有名な「1984年」に出てくるもの。実は私はこの小説、恥ずかしながら未読。(そういえば初めて知ったのはヴァン・ヘイレンのアルバム・タイトルから、だった。)
この辺の雰囲気って時代的なものなんだろうなあと、TVを見ながらうっすら感じたんですが、よく考えてみると、実際の年代はいつくらいなのか。
高度経済成長期、大量消費社会の始まりと関係あるのか、とちょっと思ってみた。(が熟考せず。)

  マッキントッシュのデビューCMがちらっと↓
  http://www.d4.dion.ne.jp/~motohiko/macborn.htm


80年代にはたしかにこういうBig Brotherのイメージが存在したように思う。世界をモノトーンへ変えてしまう支配者。それは西側が作った東側のイメージなんだろうな。
そういや、プロパガンダというグループのビデオクリップ(懐かしい響き…)にもそんなイメージが出てきたような気がする。
はっきり覚えてないけれど、そういうイメージってその時代には色々なところで使われていたんだろうな。
そうそう、時代がちょっと溯るけど(60年代後半)「プリズナーNo.6」にも。

ちなみに、「1984年」はミッシェル・フーコーの規律的社会に関する講義でちらっと出てきた。そこで扱われた主なテキストは「Le pouvoir psychiatrique(精神医学の権力)」という1973-1974年に行われたコレージュ・ド・フランスでの講義録。フーコーの考える管理社会というのは、Big Brotherのイメージに代表されるような共産主義社会、ファシズム社会のカリカチュアでは決してないけれど、やはりこの時代には政府gouvernementに支配・管理gouvernerされるという意識が危機感のように強く広く浸透していたのだろうか。ファシズム、全体主義のトラウマか。

もちろん、そういう危機感は現在も持っている人がいるだろうし、なくならないだろう。でも、中産階級を標的とした誘拐が頻発しているブラジルでは、人体にチップを埋め込み、衛生で居場所を確認できるシステムが段階的に導入されているとか。それには、自分の生命の安全のために市民が自ら参加している。アメリカから輸入された技術だそうで、アメリカでは問題なく受け入れられているのかもしれない。(よく知らないけど。)
(もしそうだとすると、アメリカは仮想敵として植え付けてきたBig Brotherのイメージで、自国の社会を管理する政府から国民の目をそらせてきたのだろうか。)
結局、治安が悪くなると政府への依存度・期待度が強まるってことで。政府がなければ現代社会は成り立たないわけだけど、それに頼るのとそれに支配されるという、この従属関係の微妙なバランス。

あとひとつ、モノトーンからマルチカラーへ、というのは、思想の流れにも関わっているかも。一から多。同一から差異。

まあそんなところ。
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コメント
「1984」は昔映画で観ました。主演がジョン・ハートで主演女優は東欧出身の新人だったとおもいます。当時この作品は日本でヘアー解禁となる劇場映画第一号ということで、試写会にマスコミが押しかけていました。だからいまでも「1984」というと反射的にボカシのないジョン・ハートのスッポンポン姿が思い浮かんでしまいます。
それにしてもWinユーザーのわたしとしては、なにかファッション・デザイン的要素で高いマシンを売りつけようとするMacの戦略がどうもいただけません。i-podもそれほど魅力的商品にはみえない。mp3対応のCDプレーヤーで充分です。安いし。
【2005/09/27 02:05】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
う~ん、10年くらい前に初めてパソコンを買おうと思い立ったとき、世間は「やっぱりMacでしょっ」ていう雰囲気だったので(PowerMacが出る直前で、市場はWinが押さえつつあった頃…かな?)、私は現在Win使ってるしもうそっちの方が便利だけど、Macに対するアウトサイダー的なイメージは拭えなくて、やっぱりちょっと憧れ。関係ないけど、当時間違ってアミーガなんて買いそうになった(笑)。
結局、普及してポピュラーになって安くなったものに支配されてる現在って、ある意味初代MacのCMの世界に近いんじゃないかね。ただ、Big brotherはアップルの懐から出て裏切ったビル・ゲイツ、革命の徒はMacではなくて…なんだろ、MXとか?

そういえば、つけたし。
レイ・ブラッドベリ原作、トリュフォー監督映画の「華氏451」もミリタリーっぽい管理社会だった。
【2005/09/28 21:59】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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