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「アメリカの友人」

 2005-08-24
仏独合同芸術系インテリ系TV局、ARTEで、8月はヴィム・ヴェンダース映画を毎週放映しています。「ベルリン・天使の詩」など見逃してしまった。
先日「Dead man」を観たときにヴェンダースのことなど思い出してしまったので、記憶が薄い「アメリカの友人」を、良い機会なのでもう一度観なおしました。

20050824232052.jpgストーリーは、ハンブルグに住む、血液の病気に侵された額縁作りの職人が、アメリカ人の美術商と知り合ったことから始まります。そのアメリカ人、トム・リプレーはマフィア絡みのフランス人、ミノから殺人の相談を受け、余命少なく金が入用であろう額縁職人、ヨナタン・ジンメルマンに依頼することを提案、接触をはかります。ミノはヨナタンを病院で検査をするという口実で呼び出し、殺人を実行させようとします。そこからジンメルマンとリプレーの奇妙な友人関係(?)が発展する、という、まあFilm noir(んんん、日本語でこういうのなんていうのだっけ??)というやつですね。

しかしね、やっぱりイマイチでした。「面白い!」とは言えない…。
デニス・ホッパーは出色でしたけれども。
どうもたらたら長いんです。ヴェンダースの他の映画もそういうのあるけど。
それから、フランス人の役者(ジェラール・ブラン)、英語の発音が悪すぎ!聞いているのが辛かった。

で、これ、最初に観たときって、TVの深夜放送で、誰か(中谷彰宏だったような気がするけど…)が映画の前に解説してて、「映画の中に、小さなおもちゃが沢山でてくるんですね」って言ってたのは覚えてたんです。なんでかわからないけど。多分、なんか嫌だなあ~って思ったんです。なんかね、「そういう小道具にこだわるヴェンダースに共感できます、少年の心、ノスタルジーを僕も持ってます」って言われているみたいで気持ち悪かったのね。気取ってやがる、と。大体、私には少年時代などないし。共感できないもん。
まあそれはそれとして、たしかに玩具がところどころに出てきます。ちょっと上下に動かすと変化する顔の写真とか、中を覗いてまわすと女の写真が何枚か見られる小箱とか、電気を点けると汽車が走っているように見える電灯とか、勢いをつけてまわすとコマ絵が重なって見えるオブジェとか…。どれもimage(映像)とillusion(幻想)のトリック玩具です。
これらが話の流れにどう関係あるのか?というと、全く無い。敢えて言うなら、ジンメルマンとリプレーの交流が、こうした玩具をプレゼントしたことに始まることくらいでしょうか。童心を呼び起こす玩具をきっかけに、旧知の友人のように親しくなる、という設定と思えなくもない。でも、この、話の流れとはほとんど無関係に挿入された玩具が、私はなんだか嫌味に感じられるのです。作品の中に、裏の存在である監督の個人的趣味がいきなり割って入ってきて強調されたみたいで。
ちょっとこの玩具のことが気になったので、映画関係の知人に意見を聞いてみました。彼曰く、「ヴェンダースは映像の道具、撮るものと撮られるものの関係に非常に固執している監督だからではないか」。まあその辺は完全に「リスボン・ストーリー」です。
というわけで、玩具はほとんど個人的趣味の強調という印象はそれほど的外れでもなかったかな。

もう一つ気になったのは、工事現場のシーンがいくつか出てくること。
これはアラン・レネの「恋するシャンソン」でもそうでした。それに気付いたある友人は、「この映画は記憶についての映画で、工事によって破壊されていく記憶、埋もれていく記憶というものを暗示している」と言っていました。
「アメリカの友人」では、死を目前にした主人公は、もしアパートが取り壊されてしまったらこんなところに住んでいたことなど息子は忘れてしまうんじゃないかと自問します。彼らの住んでいる建物の付近は寂れてきている。また、呼び出されたパリのホテルから見下ろす工事現場。クレーンがこちらへせまってくる。今にも自分の部屋に突入してきそうな。破壊されそうな。そして、ジンメルマンの最後の言葉、「ダニエル(息子)に説明してやらなければいけない。」何を?彼は、自分が死んでしまい、息子の記憶から消えてしまうことを恐れていたのでしょうか。
先の映画関係の知人は、「ヴェンダースはどのように映像に記憶を残すことができるか、ということについて常に考えている監督だ」とも言っていました。この辺りは「ベルリン・天使の詩」にも表れていると思います。

20050824231940.jpgこう考えてみると、「アメリカの友人」はヴェンダース作品の核心を展開させる前駆的映画と言えるのではないかと思いました。

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コメント
わたしも「アメリカの友人」はむかし見たきりですが、おぼろげな記憶だとそれほど悪くなかったような気がします。DVDをもっていないので、確認することができないのですが。
最近ピーター・グリーナウェイのDVDボックスを買いました。まだぜんぶ見ていないのですが、画質もよくなりなかなかいいです。これをかわきりに毎月ひとつづつ紀伊国屋書店のDVDボックスを買っていこうかとおもいます。なんといってもテオ・アンゲロプロス全集全四巻。これはすごい。それとヴィスコンティのボックス。これらのDVDは紀伊国屋でしかみられない。しかもツタヤには絶対はいらない……。
最近白水社からでてるフランス語の教材で「フランス現代思想を読む」というテキストを読んでいるのですが、そのなかでフーコーへのインタビューがあって、ベルイマンについて語っています。どうもフーコーさんはベルイマンがあまり好きではなかったみたいですね。なんか女性同士の芝居にいらいらするようなことをいっていました。フーコーさんはどんな映画がお好みだったんでしょうかね。やはりデレク・ジャーマン?
【2005/08/25 07:15】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
すげー、ですな。BOX買いですかぁ。
うちの場合、DVDプレイヤーを買ったはよいが、DVDを買う余裕が(気持ち的にも経済的にも)なかったりして、時計機能がついているビデオプレイヤーの方がある意味存在感がある気がします。
私がBOX買いするとしたら、「BUFFY」全シリーズとかかなあ…。ぷは。くだらね。と、同居人に軽蔑されるのが目に見えています。
いや、真剣に買おうと考えたのは「プリズナー」なんですけれども。↓
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005UC30/qid=1125006521/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-7875807-5393842

白水社のテキストとはどんなのものなのでしょうか?フランスの現代思想がわかっちゃう上にフランス語が上達する、まさに一粒で二度おいしいテキストなのでしょうか。なんか学習意欲がわくわく湧きそうでいいですね。
フーコーさんの映画の趣味…むーん。わかりませんね。
【2005/08/25 22:55】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]
「プリズナー」はすでにもってたりして。しかしこの作品みればみるほど先駆的なものですね。映画人への影響は想像以上なのではないかとおもいます。日本でもっとも影響を受けているのは意外かもしれませんが、押井守でしょう。かれがプロデューサー時代の「うる星やつら」にはしばしば「プリズナー」からの引用がみられます。かねてから思っているのですが、ドン・シーゲルが「アルカトラズからの脱出」でパトリック・マッグーハンに刑務所長をやらせているのは「プリズナー」を念頭においた皮肉なんですかね。

白水社のテキストは現代のフランスを代表する作家、哲学者などのテキストが対訳形式になったもので、フーコーのほかにドゥルーズやデリダ、あるいはゴダールの講演なんかもはいってます。それぞれのテキストは短いものですが、その人の思考を凝縮したような部分が跋萃されていて、原語で読むとなかなか昂奮させられます。今朝もバルトが自らの身体と他者との問題を語ったインタビューをよみ唸らされました。解説もその思想家のフランスにおける位置を丁寧に語っていたり、あるいは思想家独自の用語を解説したりと、たしかに一粒で二度おいしい教材かもしれません。
【2005/08/26 02:15】 | pianoman in Matsudo #- | [edit]
うわっ、すごい!さすがpianomanさんだっ!!「プリズナー」持ってるなんて~~。いいないいな。
押井守というと「攻殻機動隊」ですよね?そういや、ひとに借りたのですがまだ見てません。

原語で読むとちょっと感覚が違いますよね。昂奮、わかります。私もときどき血潮が騒ぎます(笑)。
【2005/08/26 22:32】 | shiba #h/1ZVhMA | [edit]












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