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薔薇と鈴蘭

 2009-05-10
フランスの5月は1日(メーデー)と8日(第一次世界大戦終戦記念日)に祝日があり、しかも今年は両日とも金曜日にあたったので2週続けて長い週末となった。だから時間が経つが早い。気が付いたらもう10日。

1日のメーデーは、デモにも行かず(っていうか、今までも参加したことない)、午後遅くなってからサクレ・クール寺院の周りをぐるり。天気も良くて暖かく、すごい人出だった。

翌日の土曜日、友人宅に招かれてスシ・パーティ。その最中、どういう話の流れだったか、「そういえば忌野清志郎が亡くなりました」と突然告げられ、びっくり。

私はそれほど熱狂的ファンではなかったけれど、周りには「清志郎なくしてわが青春なし」みたいな人たちがいたし、「トランジスタラジオ」や「スローバラード」、そしてタイマーズや坂本冬美とのデュエットなどを聞いた遠い昔にしばし思いを馳せた。

そして日曜日、ベルヴィル界隈を散歩した帰り、バスに乗り込み、ふと目についたのは若い女性が手にしていたバラとすずらんの小さなブーケ。

突如、「ああ、これって私が贈ったブーケ」と胸によみがえった。

「労働者の鈴蘭と社会主義者の赤い薔薇」とか言いながら、そのブーケを選んだのだっけ。棺に納めるための花。あれは5月2日だった。

そういえば彼も忌野清志郎が好きだったようだ。酔っ払って、明け方、友達のうちから駅までの帰り道、大声で「スローバラード」を歌っていたっけ。

5月の青空を背にしたサクレ・クール寺院を見上げたときも、ふと彼のことを思った。フランスに来たばかりの頃、モンマルトル界隈の「三人兄弟」という名の通りに住んでいたという彼は、お金のない休日、何もすることがなく、サクレ・クール寺院の前の階段に座って日向ぼっこをしていたと聞いたような気がするから。

一緒に過ごしたあの頃は少しずつ遠くなっていくけれど、いつもどこかでふと思い出す。
忘れない。

今は空の向こうで、清志郎と会えただろうか。デュエットでもしてもらえているといいのだけれど。
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