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先日の肉の話で書き忘れたことがありました。
知人に聞いた話(その方の奥様は某大手スーパー勤務)。 「どこのスーパーとは言えないんだけどさ、ス−パーの肉惣菜売り場で鶏の丸焼きって売ってるじゃない?あれにネズミが入ってたんだってよ!」 え〜〜〜〜〜〜っ!! なんですかソレ?とよくよく聞いてみたら、内臓を取り出した部分(ちょうど骨の内側で穴になっているところ)に、ネズミが入り込んでいて、それを知らずにグリルして売っていたのだとか…。買った客が気づいてスーパーに持ってきたそうです。 それで、慌てて調べてみたら、ネズミが紛れ込んでいるやつが他にもいっぱいあったとか…。 個別包装して売られている生の丸鶏と違って、店でグリルして売る丸焼き用の鶏は、裸のまま倉庫のケースに並べてあるだけなので、夜中にネズミが暖かいところを求めて鶏の中に入り込んでしまったらしい…とのこと。 いやあ、うちはもともとグリル済みの丸鶏って買わないんですけれども…もう絶対買いません。 ってかさ、生の丸鶏と調理済みのがほぼ同じ値段って、なんか納得いかないもん。 ま、マクドナルドのネズミ肉や巨大ミミズ肉と同じく都市伝説かもしれませんがねー。 |
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今月25日、大手スーパーのカルフールとモノプリ、計113店舗で販売された2.5トンの牛肉が大腸菌に汚染されていたことが判明。販売元は消費者に「食べないように」と呼びかけ、回収をしています。でも、この問題の牛肉、賞味期限が3月17〜18日のもの…って、もう食べてるんじゃないか、フツー?
この問題があったからか、デイリーモーションで、肉の再包装に関するルポルタージュの動画の注目度がアップ。現在、220万回以上リプレイされています。 すごいですよ↓ 何がすごいって、肉屋さんの包丁さばきが美しいです。感心しました。 さて、この動画は、もともと地上デジタルテレビ局TMCが昨年の10月10日に放送したものだそうです。最初に放映されてからもうだいぶ時間が経っていますが、大変な反響があったそうで、TMCでも何度か再放送されたほど。動画共有サイトにアップされてからは、現在にいたるまで、更に多くの人が見ているようです。 ということは、ずいぶん前からこの手の話を見聞きしている人がたくさんいるはず。その割りにはあんまり騒がれない気がするけど…。 同居人にこの動画の話をしたら、「あぁ、みんなやってるでしょ。そこのスーパーもやってるよ、絶対」としらっとした返事。まあ、彼は以前から、いつも買い物に行くスーパーで「この店は絶対パックしなおして日付をつけかえてるよ」と言っていたしな。 っていうかさ、前からちょっと気になってたんだけど、お肉のパックの日付って「包装した日」になってるのよね。賞味期限もついてはいるけど。「仕入れた日」に包装するとは限らないだろうし、「保存していた肉を解凍した日」とかは書けないからかな?と思ったり。 同居人の意見は「でも、再包装してたって、まだ食べられるから肉屋だって売ってるんでしょ。だからいいんじゃないの?」 ……。 まあ…そうかも……? たしかにお腹をこわしたこともないしなあ。 む〜ん。 あとは自分の判断でしょうか?においとか。 本能で勝負だな。 フランス滞在の他の日本人の方もそうだと思いますが、賞味期限は段々と「単なる目安」になりますね。貴重な日本食を賞味期限が切れてるからってそうそう捨てられないしね。 でも、加工品はさすがにちょっとわからないですね。スパイスなんか混ざっていると、色とかにおいとかごまかされるだろうし。動画の中のメルゲーズみたいに。 ところで、この動画を見た後のこと。 数日前、太腿を低いテーブルに激しくぶつけて内出血、今は紫色のあざができてるんですが、着替えていたところにちょうど通りかかった同居人が、それを見て「メルゲーズ」と指をさしてゲラゲラ大笑い。 色の悪いところは切り取ってメルゲーズかい。 もうスーパーの安売りメルゲーズは買うのやめよっかな…と思いました。 |
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先に書いたものの中で、現在問題になっているチベットの暴動から、2005年秋のパリ郊外の暴動を思い出したことに触れましたが、この二つの事象にいくつか共通点があるように思います(もちろん、違う点はたくさんありますが)。
国営TV放送フランス2で15日に放映されたニュースでは、チベット情勢に関連して、全国人民代表大会の様子も映され、その中で、同大会に出席したチベット代表の議員がインタビューに答えて「あれはチベット独立派が仕組んでいる。自分たちの利益に反する行為だ」と述べていました。 たしか、パリ郊外の暴動のときも、学校が燃やされ、「自分たちの利益に反する行為」と非難する人があったっけな。 燃やされたのは何であるか(ラサでは中国人の商店や銀行、パリ郊外では公的機関である学校や警察)、もうちょっとよく考えてみれば、彼らにとって問題なのは経済的・物質的「利益」ではないことがわかってもよいはずなのに。 それから、中国政府は、「ダライ・ラマが組織している」と非難していましたが、この「組織説」もパリ郊外暴動のときに言われたこと。当時、内相だったサルコジは、「イスラム教指導者によって組織されている」というテーゼを早々に出していました。そして、宗教や原理主義者とは関係がないと分かった後も、「携帯電話で連絡を取り合っていて組織立っている」と主張していました。 その他に、(ちょっと対象が飛びますが)中国政府とフランス政府の植民地主義に対する発言にも類似点があります。(というか、これはどこの国かに関係なく、植民地主義を擁護する立場に共通する点だと思いますが。) フランスでは、植民地主義が与えた利点を学校教育で教えることを義務付ける法律がつくられ、物議をかもしたことがあります。過去の植民地主義を反省してばかりでは、愛国心をはぐくむ教育に反するとか、そういう理由付けもありました。そして、フランスが植民地に与えた利点とは、教会や病院や学校を設立したこと、道路を整備したことなどでした。 他方、中国政府がラサに多額の投資をして、街の近代化に貢献したと自慢するとき、具体的には、線路を引いて交通の便を良くし、商業の活性化をもたらしたことを挙げます。 でも、そうした「建設」のせいで破壊されたものがあるはずです。 また、活性化される商業の主役は、現地の人間ではなく、その経済システムをもたらした、外からやってきた人たち。現地の人間は、望むか否かに関わらず、そのシステムに巻き込まれていき、それに参加せざるをえない。そうでなければ、排除されて生きていけなくなってしまう。 この「文化の破壊」という一点だけとっても、チベットに対する中国の政策は植民地主義的以外の何ものでもないと思います。 さて、日曜日、ジュルナル・ドゥ・ディマンシュにて、PSのピエール・モスコヴィッシは、チベット情勢に関してサルコジが全く発言していないことについて、「耳を聾する沈黙」と表現して批判。モスコヴィッシは「中国を訪問したときも、小切手外交を実践し、人権担当閣外大臣であるラマ・ヤドを連れていかなかった」ことに言及。 そんな風に指摘されたから…?と思いたくなってしまうタイミングで、今日、サルコジは突然「中国はチベットと対話を」と呼びかけました。 今まで沈黙してきたのは、やっぱり中国とのウマイ取引に影を落としたくなかったからなんだろうなー、それで他国の出方を様子見してたんじゃないのかー?…と疑ってしまいます。だって、アメリカのコンドレッサ・ライスも今日、中国へ呼びかけたらしいし。 っていうか、今回のチベット問題に対する中国政府の反応と似通ったところのあるお前がエラソーなこと言うな!…と私などは思ってしまいます。 追記:前回書き忘れましたが、ラサでの暴動後、中国側(軍隊?警察?)が行ったチベット人に対する暴力行為の映像はフランスでもTVやネットで流れており、「中国による圧政」も全く否定できない事実。 |
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フランスではここ最近、連日、チベット関連のニュースが報道されています。
最初にチベットで暴動が起こったというニュースを映像でちらっと見たときには、実際に何が起こっているのかよくわからず、後から文字で追おう…と思いつつ、どうも明確なニュースが伝わってこない感じでした。 特に、後から目にした短信のニュースでは、中国政府側が発表した犠牲者(死者)数とチベット亡命府のそれとに差があることが報道されていましたが、誰の何による犠牲者なのかがはっきりわからない。前者の発表したものが後者のそれより少ないということは、犠牲となっているのはチベット人なのだろうと推測されたのみ。 ところで、私は日本での報道のされ方がどのようなものか知りません。今回、フランスで受け取った情報だけを元に書きます。 フランスでは、「制圧的な中国の厳戒体制」が強調され、「チベット人たちが被害にあっている」という視点がニュースの背後に感じられます。報道の微妙な偏りを察知して、アレ・シュール・イマージュではテレビのニュースでの報道のされ方を比較・検証していますが、結論として、やはりチベット擁護的な観点が盛り込まれているのではないかということでした。 個人的には、今まで、中国のチベットに対する圧政のことは気にならなかったわけではないし、チベットの文化や宗教には中国と異なる独自性があるのだから、それをリスペクトすべきだと思ってきました。だから、中国政府に対するチベット人の抗議行動が憂慮すべき事態へと転換し、中国政府が軍隊を投入したと聞いて、すぐに考えたのは「中国による圧政」ということです。そして多分、そう考えた人も多くいたに違いないと思うし、振り返ってみればフランスの報道が偏っているらしいことはその表れだと思います。 さて、テレビのニュースを見直すと、15日の夜のニュースで中国政府が公開したラサの暴動の映像を流しています。しかし、中国側の発表を鵜呑みにしない態度をうかがわせる言葉遣いをしています。 私自身は、16日の朝、Rue89で、フランス人旅行者が自分のブログで現場にいたことを報告している記事の中で、チベット人たちが中国人を実際にリンチしていたことをはっきりと知りました。他にも、抗議行動に参加していたチベット人数人がスクーターに乗った中国人を引き摺り下ろし、相手が意識を失うまで殴り続けたのを目撃した旅行者の証言などが伝えられています。 今まで非暴力的な抵抗運動を続けてきたという印象のあったチベット人たちが、中国人に対して暴力を振るい、多分殺人まで行い、商店を荒らして火をつけた…とは、私にとって少しショックな事実でした。 テレビのニュースがラサの暴動の映像に慎重なコメントをつけていたのも、私と同じように「にわかには信じがたい」という反応の結果なのではないかと思います。 チベット人が最初に暴力的行為をふるったという事態がはっきりしたのですから、中国政府がラサの警備を強化したのは当然の成り行きと考えるべきで、「また中国の圧政か」と言うのは間違いだと考えられるかもしれません。 では、それでも現在のチベットを支持するべきでしょうか? そして、フランスでは何故チベットを擁護するような報道が続くのでしょうか? さて、Rue89が引用したフランス人女性ブロガーは、現場を目撃した様子に続いて、チベット人の女の子たちに聞いた話をそのまま書いています。 彼女は、カフェでチベット人の若い女の子5人組と知り合い、そのうちの一人が「これは僧たちのせいなのよ、暴力は私たちの文化にそぐわないけれど、仕方のないことなの」と泣きながら説明し始め、状況が悪化してきたので彼女たちの家に避難して話を聞いたのだそう。彼女たちの説明によれば、中国によって寺院が破壊されたことで、チベットの歴史が破壊されてしまった。それというのも、チベットの文化は口頭伝承が基本であり、それを文献に書いたり保存したりするのは寺院にいる僧だけ。中国政府は寺院を壊し、僧を殺すか拘束するかして、チベットの文化的歴史文献をチベット外にもっていってしまった。また、中国人たちはビジネスを重視し、彼らがよしとする経済活動をチベットにもたらしたが、チベット人にとっては金持ちになることは重要ではない。「自分よりも他人の方が大切」という文化のチベット人は、他人からお金を巻き上げてまで金持ちになりたいとは思わない。物質的に良い暮らしができれば、確かに幸せだろうけど、もっと大事なのは宗教。チベット人は金持ちになりたいのではなく、自由になりたい。昨年、ダライ・ラマ14世がアメリカで勲章を受けて以来、中国政府はチベットの民族衣装を禁止し、チベット人は中国風の服装を強制されている。着たいものすら選べない。ラサの町は近代化され、中国政府はラサに多額の投資をしていると宣伝しているが、チベット人が所有するものを奪っていることについては何も言わない。毎年、多くの旅行者が寺院を訪れ入場料を支払っているが、それはすべて中国人たちの懐に入る。ラサのほとんどの商店は中国人経営で、それはつまり、市場や雇用を左右するのも中国人ということ。職を得るには中国語を話せることが一番重要。中国人たちは、チベット人たちが英語を話すことを好まない。だから多くのチベット人が中国語を学ばなければならなくなっている。けれど、ただ話すだけで読み書きはできない…。 このフランス人ブロガーによると、チベットで中国政府への抗議行動を起こすのはたやすいことではなく、ダライ・ラマの写真を飾っているだけで刑務所か強制労働へ連れていかれてしまうことがあるそうです。 そして、彼女は、「中国政府は無辜の市民の死を告発している。それは本当のことだ。リンチを受けた中国人や、荒らされた商店の持ち主は立派な人たちかもしれない。でも、人々の感情の爆発を目の当たりにして、こうした状況では悪人・善人という線引きができないことがわかった。チベット人対中国人なのだ。チベット人の犠牲となった中国人たちは、自国政府の政治の犠牲者でもある。チベット人たちは、中国人たちが怖れてもうチベットにやってこないことを願っている」と書いています。 ところで、チベット暴動の情報を見聞きするうち、私はふと2005年秋にパリ郊外で起こった暴動のことを思い出しました。あのとき私は、郊外で車を燃やす若者たちを単純に非難することはできないと思いました。 経済的格差が是正されず社会的な不満が鬱積し、そのうえ治安の悪化でポリスが威圧的に存在する、そのような状況的背景があって生じた暴動だと思っています。 でも、そういう状況的背景の捉え方に異議を唱え、車を燃やし、警察に投石する「郊外の若者たち」は紛れもなく「悪者」であるのだから彼らを擁護するのはおかしい、非難するのが当たり前だ、とする人たちもいました。 そういう人たちは、やはり今回のチベット暴動でも、チベット人たちが「悪者」であり、彼らを非難するのが当たり前だと言うのでしょうか。 「破壊行為をしたのはチベット人なのに、それでもチベットを支持するのか?」と言う人もあるかもしれません。私の答えは「勿論!」です。チベットを支持します! フランス人旅行者の報告は、ある「個人」が、「個人的な」状況で、チベット人である「個人」の解釈を聞いたというものであり、その話を一般化するべきではないかもしれません。でも、この一つの個人的な解釈は個別的ケースを超えて、他の多くのケースで語られた解釈、一般性に合致するように思います。それは「植民地主義」という名で批判されてきたものだと思います。 (続く…かも) |
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2月末の国際農業見本市で、一般市民に握手してまわっていたサルコジに、ある男性がいきなり「触るな」と言って嫌悪感を露わにし、サルコジも思わず「このド阿呆が」と言ってしまった事件がありましたが、握手を拒否する人々が他にも…。
こちらはわりと古い動画↓ さて、先週、イスラエルのシモン・ペレス大統領をフランスに迎え、エリゼ宮で晩餐会が開かれました。著名人らも招かれ、その中には第二次世界大戦の強制収容所体験をした、政治家のシモーヌ・ヴェイユも。しかし、どういうわけか、シモーヌ・ヴェイユはカーラ・ブルーニに握手をしなかった…?? 蛇足ですが、同じく晩餐会の招待客を迎える場面で、サルコジは、ディカプリオの彼女、バー・レファエリの胸の開いたドレスにくらっときたらしい…。 なんだかなー。 |
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民放TV局M6で、すでに3シーズン目になる「Pekin Express」。人気番組なのかどうなのかよく知りませんが、先週、「実はやらせだった」と週刊紙カナール・アンシェネが暴露。(ちなみに私は一度も見たことがない。) 「Pekin Express」は、二人一組(親子だったり兄弟・姉妹だったり親友だったり)の10組が、一日の所持金1ユーロでヒッチハイクをしながら見知らぬ土地を旅する番組。全行程はいくつかの区間に分かれており、各区間で目的地への到着を競います。 タイトルが「Pekin Express」なのは、最初、北京を中心にこのヒッチハイク競争が行われたから。(北京が目的地だったと思うけど…自信なし。) この番組の宣伝を最初に見たとき、昔、「電波少年」で猿岩石が…なんて思い出しました。(っつっても、私は猿岩石のやつが始まったときはもうパリに来てて、一度も見たことがない。ネットもない時代、パーティーで知り合ったフランス人に「この間、日本のテレビの仕事したよー、ヒッチハイクで旅する若者をずっと追っている番組で、日本ですっごい人気があるんだってねー」と言われて、何のことやらさっぱりわかりませんでした。とりあえず「すごい太った男」が松村ということだけわかった。)たしか、猿岩石のときも、やらせだったという話があった気がしますが。 「Pekin Express」のやらせを暴露したのは、プロダクションからカメラマンと一緒に現地へ送られたジャーナリスト、フィリップ・バルトロット。彼は途中でこの仕事を降りています。 バルトロットによると、制作側が、視聴率によって成り行きを密かに誘導していたとのこと。彼曰く、「プロダクションの指示で、時々、参加者を遅らせたり、逆に遅れを取り戻させたりした。ヒッチハイクで車に乗せてくれるよう、お金を払ったこともある。」 この暴露記事を受けて、カナル・プリュスの「ラ・マティナル」では、元参加者に電話インタビューを試みました。 前回、このヒッチハイク競争に参加したジョフロワ君は、一緒に旅をしたのでカメラマンも感動的な場面では涙を浮かべていたし、車が止まってくれなくて惨めな状態が4時間も5時間も続いたりしたし、やらせを感じたことはない、と述べています。ただし、この旅がある程度スムーズに進むよう、制作側がこっそり手助けした可能性については、確信を持って否定はできないようです。 この番組中でも取り上げられていますが、カナール・アンシェネの暴露記事の後、怪しい部分をprogramme-tv.netが編集してインターネットでアップしています。この動画を見ると、ある女性参加者に頼まれて食料を買いに行ってくれた人と、別の参加者をヒッチハイクで車に乗せてくれた人と、更に別の参加者に肩を貸してくれた人が同一人物らしいのです。つまり、一人で三組も手助けしている? この問題の場面の当事者である女性参加者によると、事実は「いたって簡単」。彼女は、食料品を買いに行ってくれた男性がすごく優しかったので、翌日もヘルプしてくれるよう頼み、OKをもらったが、彼の到着が遅かったので、別の車で移動し、彼は彼で別の参加者を手助けをした…と説明しています。 また、M6は「テレビで放映しなかった未編集部分」を公開。 Pekin express sélectioné dans TV これによると、確かに、最初の女性参加者が運転手にどこへ行くのか尋ね、行き先が同じなので翌日拾ってくれるように頼んでいますし、三組目はゴールのはっきりした場所がわからず困っていたところで前日食料品を買ってきてくれた男性に出会って助けてもらっていることがわかります。 でも、この部分が偶然だったとしても、他の部分でどうだったのかはわからないし、この部分だって制作側から何かしらの報奨がなかったとも保障できません。 やらせ暴露は微妙に波紋を呼び、国営TV局フランス5の「Revu et corrige」という番組でも取り上げられました。 「Pekin Express」に参加した女性二人と、やらせを暴露したジャーナリストが番組に出演。その中で、ジャーナリストのバルトロットは、その場にいる二人の女性参加者のために実際にお金を払ったことを告白、それもどういう状況でどの場所で拾った車だったかを描写しています。 うーん、ここまで言われると、ジャーナリストの方が信憑性があるような気が。 ま、正直言って、やらせだったとしても全然驚かないし、どうでもいいんだけどさ…(見てないし)。 でも、「あの感動は造られたものだったのか!」とショックを受ける人もいるのかなあ…まあいるんだろうなあ。可哀想。 |
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今日は市町村議会選挙の一日目。投票所が閉まるまで結果速報は出ません。今日のパリは雨模様ですが、みんな投票しに行ってるのかなー(と、これを書いているうちに晴れてきたぞ。)
さて、結果を待ちながら、選挙運動にまつわる話(と、更にそれにまつわる話)。 今回、選挙運動が展開されたなかで非常に目立ったのは、インターネットによる情報伝達の広がりでした。サルコジの「ド阿呆」発言もさることながら、パナフュー然り、コロンブ市で議員に立候補しているラマ・ヤドや、ニースの現市長に至るまで、ポロッと出たうっかり発言がインターネットにアップされて世間に知られるところとなり、(一部で?)騒がれました。 ラマ・ヤドは、選挙集会で「PSは私が黒人だからって非難している」と述べ、ライバルが人種差別的攻撃をしているかのような発言をしました。これがインターネットで広まり、「大統領選の時に『セゴレーヌ・ロワイヤルは犠牲者ぶっている』と批判したくせに自分も犠牲者ぶって同情を買おうというのか」とか(ラマちゃんの犠牲者ぶりっこはサルコジを庇ったときもそうだし、まあ彼女に限らずだけど、これはもう政治家の常套手段となっとるね)、根拠無く人種差別者扱いをされて怒ったPSに「公式に謝罪してほしい」とか言われて批判の的に。また、アルジャントゥイユ市のUMP市長の選挙応援に駆けつけ、この市長が以前、SDF追放作戦に有害薬品(たしかネズミ駆除の薬品)をまこうとしたスキャンダルについてジャーナリストに質問され、「都市をまもるためには様々な手段が必要」と答えて、市長を正当化。このインタビューもネットで取り上げられ、後から「一瞬のことでうまく答えられなかったと思う。市民の不安に対して問題解決に取り組むべきだということを言っただけで、内容について正当化したわけではない」と弁解しました。それと、ニース現市長ジャック・ペラは、街中で「あっちへ行け、この売女(Va te faire foutre, petasse)」と汚い言葉を口にしている場面がインターネットでさらされ、おかげでUMPの人気が落ちているとかいないとか…。(但し、いつ撮影されたのか、誰に向かって言ったのか、定かではありません。) インターネットで草の根的に情報が広がるこの傾向、結構面白いと思います。勿論、ある種の危険性もあるわけですが、フランスでのこの傾向は、特に大手の既存メディアでは声高に言えなかったことや、報道してもすぐに掻き消されてしまったことが、市民の目に耳に届くようになったという点で興味深い。 逆に、こうした傾向は、政治家にとっては都合が悪いものとなっているかもしれません。 そして、政治家たちがガードを固くすればするほど、それもインターネットで伝わって批判の対象になるという悪循環。 先日、ラジオ局フランス・アンテールのジャーナリストが、セルジュ・ダソーの選挙集会に出かけたときの事件も、インターネットがなければあまり知られることがなかったのでは。 セルジュ・ダソーは、戦闘機も作っているダソー・アヴィアシオンの名誉会長。また、日刊紙ル・フィガロを出版しているソクプレスの社長でもあります。ニコラ・サルコジとも仲良し。そのうえ、パリ郊外コルベイル-エッソンヌ市長もやっています。今回の市議会選にも出馬していますが、民間企業との裏取引の噂も。 市議会選を前に、フランス・アンテールのジャーナリスト、パスカル・パスカリエロはコルベイユ市で取材を行い、丁度そのときダソー市長の選挙集会が開かれることを知って、一般市民に混じって参加。ラジオ局の名前入りのマイクを掲げ、質問を投げかけたところ、その内容(「捜査はどこまで進んでいるのですか?」)が気に入られなかったらしく、突如数人のガードマンに取り囲まれるという事態に。この一部始終はパスカリエロが録音しており、3月7日に「La-bas si j’y suis」という番組内で放送されました。(こちらで問題の部分を聞くことができます。)この録音を聞くと、取り囲まれて首根っこをつかまれ、もみくちゃにされて動けなくなり、泣き出したジャーナリストが「放して!」と何度も懇願、取材を受けたので彼女のことを知っていた市民が「知人です!」と必死で叫んで間に入ろうとしたりと、緊迫した様子が伝わってきます。その後、やっとのことで会場から脱出したパスカリエロは、間に入って助けてくれた女性に駅まで付き添ってもらい、電車では運転室に入れてもらってパリまで帰ったのだとか。しかしこの騒動の間、セルジュ・ダソーも市議会議員も、事態を収めようともせず、傍観していたらしい。もちろん、ガードマンたちは上からの指示で動いていただろうし、ダソーも「ザマアミロ」とでも思っていたのではなかろうか。 これは数日前にRue89で取り上げられ、その後、ラジオでの放送を機にアレ・シュール・イマージュでも記事になりました。そして、これらの記事につけられたコメントで知ったのですが、テレ・リーブルもラシダ・ダティの選挙集会で追い出される羽目になったとか。 テレ・リーブルによると、同サイトのジャーナリストとカメラマンが、パリ7区から立候補しているラシダ・ダティの選挙集会に赴き、その模様を撮影していたところ、突然二人の若者がカメラの前に立ちはだかり、撮影妨害を始めたそうです。カメラマンはなんとか撮影を続けようとしますが、二人はどいてくれません。それどころか「講演を聞いているんですから!」と言い、ジャーナリストたちこそが邪魔者という態度をとり、聞く耳をもちません。カメラは、仕方なく別の場所に移動。しかしまたもや別の聴衆者がやってきます。ジャーナリストが「何で?」と説明を求めても、「人が講演しているときは静かにするものだろう、しつけがなってないな」と叱られ、しまいには出口へと押しやられる始末。追い出そうとする人たちを執拗にカメラでとらえようとするも、レンズを手で覆われてしまいます。 最近の失言暴露で、選挙委員会はナーバスになっているのかも?しかし、現場にいたジャーナリストによると、他のカメラは妨害を受けていなかったのだとか。もしかしたらテレ・リーブルだけ? というのも、テレ・リーブルは、大統領選前に選挙委員だったラシダ・ダティの失言をスクープしたことがあるのです。ダティは、学生連合の代表、ブリューノ・ジュリアンと対談中、冗談で「(大臣になるとしたら)カシェールで一掃する都市改革大臣」と言ったところ、テレ・リーブルが撮影中でした。これをインターネットで流したので、テレ・リーブルはラシダ・ダティに「前歴がある」として忌み嫌われているらしい。 でも、こうした妨害行為もインターネットで伝えられてしまい、逆効果な感じ。 最近はいたるところで録画(監視?)されているから大変です。 ま、それは政治家に限ったことじゃないですけどね(インターネットに流されないだけで)。 参照: Rue89より 「Une journaliste malmenée par les gorilles de Dassault」 TeleLibreより 「Dati expluse la Tele Libre」 |
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昨日の朝、TV局カナル・プリュスの「ラ・マティナル」で紹介されていた曲。
casse toi pauvre con Ajouter à mon profil | Plus de Vidéos ラ・マティナルのスタジオ内でも大ウケ。手っ取り早くちょっと切り貼りしただけとか、元映像をちょっといじっただけ、とか、歌が下手とか、この手のものはアマチュアらしさバリバリのものが多いけど、「これはしっかり作ってある」というジャーナリストの意見に同感。オリジナルの曲も、なかなかカッコよくできてる。これを紹介していた人は、「メジャーで売り出したらすごくヒットすると思う」とベタ褒め。 個人的には、ニコラの息子、ジャン・サルコジがマルティノンに「casse toi pauvre con」と言っているところがウケました。はまりすぎ。 この曲の話を同居人にしたら、彼いわく、カーラ・ブルニの「Quelqu'un m'a dit」の替え歌が動画共有サイトにアップされて話題になっていたりするらしい。歌っているのはカトリーヌではないかという噂があったけど、本人は否定、「もし自分がやったのならそう言う。こんなに人気が出ているんだから」と言ったらしい。 他にも「Si tu reviens, j'annule tout」というタイトルで曲を作ったミュージシャン(?)がいるらしいけど、まだ聞いたことがありません。 |
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昨日の夜、友達に会いにレ・アールに行きました。
本当は別の日に約束していたのですが、夕方、突然電話がかかってきて、「今日の方が都合がいい」と。こちらは出かける気合が全然入ってないかったのでちょっとためらったのですが、相手はお仕事の忙しい人なので彼女に合わせることに。だらけきっていたので、万が一の安全のため(?)、保護者(同居人)同伴を許可してもらいました。 そんで、RERに乗って行ったのですが、やっぱりぼーっとしていたのか、地下鉄の切符をポケットに入れたら古いのとごちゃまぜに。いつもは、古いやつと選り分けて、例えば古いのはまとめて右ポケットに入れ、使うやつは一枚だけ左に入れたりします。 あ、パリのメトロは基本的に出口で切符を出す必要がなくて、RERという郊外高速線では出す必要がありますが、自動改札では切符が飲み込まれず、返してくれます。なので使い終わった古い切符がいつのまにかたまってしまいます。 そんなもん、捨てりゃあいいじゃん。 その通り。 地下鉄を出たところでポイっと捨てる人もいますが、どうもそういうことは性にあわず、ポケットにしまってしまいます。 で、時々、気がついたときにゴミ箱に捨てるのですが、古い切符がポケットにたまってるなーなんて意識するのはたいていメトロに入ったばっかりのときだったりして、ホームに降りたところでゴミ箱を発見して「あ、捨てようかな」と思っても、「間違って今使ってるやつも捨てちゃったらどうしよう」とかふと不安がよぎったりして、「出口でまとめて全部捨てよう」と思って、結局いつも忘れます。 そういうわけで、昨日のコートのポケットには6枚くらい切符が入っていました。 自分では、古いのは全部右によけて、使用中の切符だけを左に入れたつもりでした。で、レ・アールのRERの改札でさっそうと左ポケットから切符を出して通しました。 が、赤いランプがついて、扉が開きません。 「あれ?間違った?」と思い、右ポケットを探り、とりあえず手持ちの切符を全部出しました。 全部通しましたが、全部赤ランプでした。 やっぱり結構ぼーっとしてたみたいで、あんまり焦燥感とかなかったのですが、同伴者が先に出てしまっていたので、困ったなーと思っていたら、外から「マダム、マダム」と呼ぶ声が。見知らぬ若い男性が、改札の扉の隙間からカルト・オランジュ(定期券)を差し出してくれました。「これを貸してあげる」と。 言われるままに借りて通してみましたが、やっぱり赤ランプ。(このお兄さんのカルト・オランジュは、彼が改札を通るときに使ったばかりだったので、すぐには使えなくて当然だったのですが。) 「やっぱダメ」と、首をふりふりカルト・オランジュを返し、ふと気配を感じて後ろを振り向くと、ガードマンのグループが近づいてくるではありませんか。 やばい、怪しまれたか? でも別に無賃乗車してないしな…。 と思っていたら、ガードマンの一人がこちらが何も言わないうちから「大丈夫」と言って、自分のナヴィゴ(定期券)をかざして開けてくれました。 おとがめなし。 なんか、不思議でした。 事情のわからない外国人ツーリストと思われたか? それにしても、他人にカルト・オランジュを貸すのだってダメなはずなのに。 切符を持っていないらしい乗客にカルト・オランジュを貸している乗客、二人も違反を犯しているらしいケースを目の当たりにしていながら、何も言わずに改札を開けてくれるとは。 ガードマンって、制服に規律を着てる感じなのに。 それとも、治安のためのガードマンで、こういう違反はあんまり関係ないのか? 久々にフランスらしい体験をしたなあー…と思いました。 ちなみに、無事に外に出てからもう一回ポケットを探ってみたら、正しい切符は奥の方にまぎれこんでました☆ |
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