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「ライシテ」の危機?

 2008-02-18
ローマを訪問したときの演説、そしてリヤド訪問の演説の中で、サルコジが宗教と非宗教性の関係に触れ、これがフランス国内で波紋を呼びました。

「非宗教性」と書きましたが、これは「ライシテ(laicite)」というもので、フランスの今日の共和国概念にとって非常に重要だと見なされています。仏和辞典ではこの他に「政教分離」とも説明されています。「ライシテ」の歴史的指標とされる1905年には、教会は国家に干渉してはならず、また国家も教会に干渉してはならないとする、政教分離を保障する法が制定されており、「非宗教性」というよりは「政教分離」の意味の方が第一義かもしれません。しかし、ライシテは、市民が参加する公共の場に宗教色が現れないように配慮するものとなっており、その意味ではやはり「非宗教性」と訳されるでしょう。学界では、これを説明抜きで一言に訳するのは適切でないということで、「ライシテ」とそのまま片仮名で呼ばれているようです。

昨年12月に訪れたローマで、サルコジはベネディクト16世と会見。その後のサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で行った演説では、場所柄を意識してか、「フランスの根源は本質的にキリスト教」と述べ、フランスとキリスト教の関係の深さと重要性を強調。そして、ライシテだけでは倫理が廃れる可能性があり、倫理を教えるのは宗教であるとし、「教員は牧師や神父の代わりができない」とも。誰もが宗教に対して自由な態度をとることができる「ポジティブなライシテ」を推奨したいと述べました。

その後、この演説に対して批判が噴出。

単純に、ライシテを重要視する現在のフランスで「その根源はキリスト教」と述べてしまうのは、大統領の発言としてどうなのか?それに、私はライシテの専門家ではないけれど、「ライシテ」と「宗教の自由」はこんな風に恣意的に混同されるべきでないと思うし、「ライシテ」にポジティブもネガティブもないと思う(という意見をどこかで聞いてそれに同感している)のですが。大体、やつの言う「倫理」って何??

今年1月、サルコジはサウジアラビアのリヤドを訪れ、そこでも演説の中で宗教に触れました。サウジアラビアは、親米のサルコジが親イスラエル的な方針をとるのではないかとして、今までのフランスとの良好な関係が継続されるかどうか不安に思っていたらしい。また、年末年始の演説で、具体的な定義をせずに「文明の政治」という言葉を使って物議をかもした後のこと。そういう背景があったせいか、「その根源が宗教ではない文明の国はない」と発言、「一つの文明を押し付けるべきではない」とし、「文明の衝突」構想を否定。

この演説は、ローマ演説により火がついたライシテ議論を鎮めるどころか油を注ぐ結果に。フランスに戻ったサルコジは、ムスリム、ユダヤ、カトリック教会、ギリシア正教会など、各宗教の代表者を呼んで話し合い、議論の沈静化をはかりました。

しかし世論の間には、サルコジによって「ライシテ」が揺らぐのでは、と危機感を示す声が上がっています。

そんななか、先週の水曜、2月13日、Crif(Conseil Representatif des Institutions juives de France:フランスユダヤ機関代表議会…みたいな?)の晩餐会に招待されたサルコジ。そこでは、自分は「イスラエルの友」であるとし、「イスラエルを認めない人々とは会見しないし握手も交わさない」と述べ、名前を出さなかったものの暗にイラン大統領を非難。また、ライシテについて自分が受けた批判に反論、「ライシテの道徳が宗教の道徳に劣るなどとは言っていない」と述べました。そして、宗教とライシテは相互補完的な関係にあるとし、「ライシテを危機に陥れたいなどと誰が思うだろうか」と、ライシテ擁護の立場を強調しました。

さて、この演説中、ライシテ以上に物議をかもす発言が。サルコジは、ナチスによって1万1千人のユダヤ人の子供がフランスで迫害された歴史を、小学校5年生(フランスでCM2学年)の子供たちに教えることを義務付ける案を発表(また思いつきっぽいけど)
この発案には賛否両論。社会党の書記長、フランソワ・オランドは賛同を示しましたが、「そんな悲惨な歴史を教えるのは、10歳の子供にはショックが大きすぎる」などの反対意見が上がりました。
中でも、16才で強制収容所へ送られた経験をもつシモーヌ・ヴェイユが猛反対。彼女は、健康相を務めたときに中絶を合法化し、フェミニズムによる評価が高いようですが、大統領選では女性候補のセゴレーヌ・ロワイヤルではなくサルコジ支持を表明。政治家として人気のある彼女が支持についたことは、サルコジの大きな励みとなったと見られていました。しかし、今回の発案には「ぞっとした」そうで、「支持できない」と判断。自らの恐ろしい体験を語るのに何年もかかったという彼女、年端もいかない子供にそんな事実を教えてショックを与えるなんて考えられないとのこと。

まあ、個人的には、戦争の惨劇の事実は多少教えるべきと思います。そういえば、私が初めてアウシュヴィッツの写真展を見たのは小学校4年のときだったなあ。勿論ショックでしたが、「どうしてそんなことが起こったのか教えてほしい」と思いました。でも、トラウマになるほど恐ろしいというわけではなかったですが…。

ただ、シモーヌ・ヴェイユなどが危惧しているのは、「自分と同じ歳の子供が強制収容所へ連れて行かれた」と教わると、犠牲者に同一化することになり、ショックが増すということだと思います。また、犠牲者と同一化させるということは、つまり被害者意識をもたせることになるのでは。これはよくない。ヴィシー政権のフランスというのもあるんだし。


さて、この晩餐会の後、またまたグラン・ジュルナルのプチ・ジュルナルによるスクープがネットに流れています。サルコジはCrif議長、リシャール・プラスキエの話はちっとも聞いていなかったらしい…。

晩餐会のお品書きの裏に落書きしたり、メモをとって綴りが間違ってたり…小学生かっつーの。しかも、メモってあれだけ?それに何でわざわざあの部分??本当に聞いてなかったのね…って感じ。

それにしてもプチ・ジュルナル、最近面白すぎ。
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