ジジェクといえば
ジジェクの話題が出たところで(どこで出たかは…内緒)、ちょうど一昨日の「Ce soir (ou jamis)」というテレビ番組にそのスラヴォイ・ジジェクがゲスト出演してました。たまたまチャンネルをかえたら出てきたヒゲづら。「ん?この熊っぽいオッサン、みたことあるぞ…ってジジェクじゃん!」とびっくり。ちょっとだけ見てたけど、言ってることがあんまりわかりませんでした。なんか話が飛びまくってたような。こっちも酔っ払ってダラダラしてたところだったし。どうせまたようつべで見られるだろーーなんつって。(って、こういうのいけませんねえ。ソクラテスに怒られそう…。)

で、ようつべ検索しましたが、見つかりません。デイリーモーションにもなし。
ま、いずれ誰かがアップしてくれることでしょう。
今のところはフランス3内のこちらのページで再生して見ることができます。

それと、少し前のものですが、ベンサイド教授がBHL批判しているインタビューものもあるんですよ↓



これは、紹介しようか〜どうしようか〜〜とちょっぴり迷って、結局まあいいや〜とそのままにしていたのですが、ことのついでに。
個人的には(1)だけ見て、あんまり面白くなかったので続きはほとんど見てませんが。
元はRue89のこちらの記事から。

ところで、ダニエル・ベンサイド、私は昔ほど南仏訛りを感じなくなったんだけどなぁ…同居人には「いや、すごい訛ってるじゃん!」と言われました。そぉ?
【2008/02/27】 | journal perso 〜個人的日記〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ニコラは謝らない
先日の農業見本市での「ド阿呆」事件は、もう知らない国民はいないのではないかと思われるほど大きな波紋を呼びました。

その中で、右派はサルコジ擁護に必死。ラファラン元首相などは「あれはプライベートの領域だ」とか言っちゃって、なんでもネットにのせちゃうのがよくないみたいな言い方をしています。
「戻ってきてくれたらすべて取り消す」というメール暴露事件で、マスコミの犠牲者という立場を強調し、同情を買おうとしたサルコジ派(ラマ・ヤドにいたっては、逆にマスコミを「獲物のにおいをかぎつけてくるハゲ鷹」と比喩して攻撃)。今度もその延長線上で攻撃を交わそうということかも。

aujourdhui.jpgところが、今朝のル・パリジャン−オージョルドゥイに掲載されたインタビューの中で、サルコジは「答えない方がよかっただろう」と反省。このインタビューは、サルコジがル・パリジャンの読者の質問に答える形式で行われたもの。

しかしこの一文、実はサルコジが発言していないことが判明。

同じく今朝のカナル・プリュスの番組で、電話インタビューを受けたル・パリジャンの編集副局長、ドミニック・ド・モンヴァロンは、「紙上に、大統領が言わなかったこと、インタビュアーである読者が耳にしなかったことが載っている」と明かし、それが暴言を反省する一文であったことを認めました。

夜中、印刷にまわす締め切りギリギリの時間に大統領府より訂正原稿を受け取ったモンヴァロン編集局長。問題個所の掲載をしないか、はたまたネット上の記事と紙面上の記事に二つのヴァ-ションを並行させて掲載するか…と悩んだそうです。なぜなら、「どちらも芳しくない解決策の中から一つを選ぶのは難しい」から。

同氏によると、この会見中、サルコジが反省の色を表したことはないそう。
また、ロイター通信が確認したところ、最初の原稿では「『失せろ(casse-toi)』と言うべきではなかった」と述べているとのことです。

っつーか、ニコラがしおらしく謝るなんて「らしくない」な〜と思ったのよ。さすがの支持率急降下でちょっとは下手にでる気にもなったのか?とも考えたけどさ。

ところで、「ド阿呆」事件の後でル・モンドに掲載されたフィリップ・リデの記事、「大統領に『なりたくなかった』男」が面白かったです。
サルコジは大統領に「なる」のではなく、大統領を「やる」という感覚なのだ、という分析。また、エリゼ宮(大統領府)の内部体制を一つの企業のようにしてしまったという見解も面白い。
私はこの記者、好きです。たしかセシリアとの離婚直後の記者会見で「ル・モンドのような新聞が、政治に関係のない私生活にばかり興味を示すのは残念だ」とサルコジに名指しされたときの記者だったような。きっとサルコジには反感をもってるだろうなー(勝手な憶測)。かといってあからさまに批判的ではなく、クールな筆致でユーモアも小気味よく、読みやすい。

折りしも物価上昇は避けられないとか何とかいうニュースで経済相が焦って消費税下げるとかまた思いつきっぽいことを言い出したところ、買い物に行ったら最近の物価上昇を実感して、同居人の怒りにガソリンが入ってしまい、「サルコジはフランスを少数大企業の支配下にしている!」という演説が止まらなくなりました。それでフィリップ・リデの「エリゼ宮を企業化してしまった」というのを思い出したんだけどさ。それはまあともかく、物価上昇は本当になんとかしてほしい(家庭円満のためにも?)。

参照:
Yahoo Franceより

「Les "excuses" de Sarkozy ont ete ajoutees, dit Le Parisien」(Reuters)
【2008/02/26】 | actu de la societe francaise 〜フランス社会事情〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
最近のニコラ 〜Nicolas, phenomenal (comme d'habitude)〜
最近のニコラったら、どうも調子が悪いみたい。週末に発表された支持率が、またもや落下、なんと38%に。それどころか、せっかく自分より目立たないフィヨンを首相にしたのに、彼に人気の点で追い抜かれる始末。もっと悪いことには、フィヨンとの差が19ポイント。首相に人気を奪われた大統領は他にもいますが(2期目のミッテラン、同じく2期目のシラクなど)、これだけ差をつけられるのは稀。過去にミッテランが、コアビタシオン(大統領の反対政党が内閣を形成すること)の時代、バラデュール首相の人気に22ポイントも差をつけられたことがあったそうですが・・・今回は二人とも同政党。本当に珍しい現象のようです。

サルコジの見事なまでの支持率急降下については、私生活をさらけだしすぎていることが真っ先に挙げられています。その上、離婚から間もなく新しい恋人発覚、そしてスピード再婚という恋愛サイクルに国民が共感できないという見方も。また、国民の一番の関心事である「購買力向上」への政策がちっとも見えてこない(そのくせプライベートの幸せそうな報道ばっかり)ため、国民が「見捨てられた」と感じて不信感をつのらせた、とも言われています。

                    ***

さて、そのニコラ、こんなに人気が下がっていることを意識しているのかいないのか…またもや暴言。そのシーンは、WEBニュースなどが取り上げたため、瞬く間にインターネットで広まってしまいました。

casse-toi-alors-pauvre-con.jpg問題のシーンは、ル・パリジャンのサイトにアップされました(こちらのページで見られます)。同新聞の記者が土曜日から始まった農業見本市を取材、そこを訪れたサルコジを撮影しました。サルコジは、見本市に入場すると、沢山の人に囲まれ、握手を求められて上機嫌。そして挨拶を交わしながら進む。しかし、人の波に身動きがとれなかったのか、サルコジの行く手にいた一般市民がふいに現れたサルコジに「俺に触るな(ah non, touche-moi pas)」と反応。サルコジは咄嗟に「じゃあどけよ(Casse-toi, alors)」。市民は続けて「けがわらしい(Tu me salis)」と言ったところ、サルコジも負けじと「じゃあどけよ、このド阿呆が(Casse-toi alors, pauvre con)」と答えました。

このビデオは、日曜午後6時の時点(おそらくアップされてから24時間たつかたたないかくらいの時点)で65万回もリプレイされたそうです。

これで思い起こされるのが、漁師のストに出向いたサルコジが、罵声を浴びせられて「お前、降りてこいっ!」とケンカを売った(?)こと(詳しくはこちらの過去記事で)。この人ったら一度ならず二度までも。

で、前回もそうでしたが、いきなりtutoyerっていうのはねえ…。なれなれしい。(注:フランス語のtutoyerとvouvoyerの違いは、前者がいわゆるタメ語なのに対し後者は丁寧語であることです。)まあ一般市民も彼に向かってtutoyerしてるっていえばそうなんですが。警察に口を酸っぱくして「一般市民にvouvoyerで話すように」指示していると公言していた内相って誰だっけ??

                    ***

さて、この「ド阿呆」事件ほどは知られていないようですが、今週末、またしてもメディアの検閲問題が報道されています。
今回は新聞・雑誌ではなく、広告屋さんによる検閲。問題の事例は二つあり、そのうちの一つは検閲というか、拒否にあったもの。もう一つは、これは検閲と言っていいと思います。

Courrier international couverture問題になったのは、クーリエ・アンタルナショナルの今週号。バラク・オバマの特集なので彼の戯画が大きく表紙になっているのですが、その上の帯の部分に注目。ここには、「マドリッドからの視点:サルコジ、このビョーキなヒト」と書いてあります。(画像をクリックするとやや大きくなります。)

Affichecourriersarko1.jpgそして、最初に問題になったのは、この号のポスター。メトロビュスというバスや地下鉄の広告を引き受けている広告屋が、クーリエ・アンタルナショナルから依頼されたポスター(→)の掲示を拒否。
ポスターの右肩に、表紙の帯の文句がそのまま採用されています。(画像をクリックするとやや大きくなります。)

Affichecourriersarko2.jpgその後、クーリエ・アンタルナショナルはポスターに手を加えて一部変更し、再度メトロビュスに新しいヴァージョン(→)を依頼。
こちらは「マドリッドからの視点:サルコジ、自己中のビョーキ」となっています。(画像をクリックするとやや大きくなります。)
しかしこれも拒否されました。

二度の拒否について、はっきりした理由はわからないようですが…。
(もしかして問題はバラク・オバマにあったりして?…ってことはないか。)

さて、その後、この号の発売に伴ない、キオスク売店である「ルレ」(チェーン店)から、「上の帯の部分を折り曲げて隠すか、そうでなければ廃棄する」ことを要請されたとのこと。クーリエ・アンタルナショナルはやむなく帯を隠すほうを選択、ルレの従業員の手によって折り曲げられて販売されているそうです。

このチェーン店、ルレは、ラガルデール・グループの所有にありますが、ラガルデールの社長はサルコジと仲良し。

クーリエ・アンターナショナルの記者たちは、メトロビュス及びルレの検閲行為を公にして抗議。
この週刊紙はル・モンドに属していますが、同グループが財政難に陥っている現在、ラガルデール・グループが参入してきてル・モンドの主要株主になる可能性があるだけに、記者たちの危機感は大きいようです。

ニコラ、こんなことしてたって人気はあがらないと思うなあ〜。

参照:
Yahoo Franceより

「Fillon devance Sarkozy de 19 points en popularite, un ecart record」(AFP)
「Algarade entre Sarkozy et un visiteur du salon de l'Agriculture」(AFP)

Rue89より
「Courrier International et Sarkozy: Lagardere censure aussi」
【2008/02/24】 | actu de la societe francaise 〜フランス社会事情〜 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
「ライシテ」の危機?
ローマを訪問したときの演説、そしてリヤド訪問の演説の中で、サルコジが宗教と非宗教性の関係に触れ、これがフランス国内で波紋を呼びました。

「非宗教性」と書きましたが、これは「ライシテ(laicite)」というもので、フランスの今日の共和国概念にとって非常に重要だと見なされています。仏和辞典ではこの他に「政教分離」とも説明されています。「ライシテ」の歴史的指標とされる1905年には、教会は国家に干渉してはならず、また国家も教会に干渉してはならないとする、政教分離を保障する法が制定されており、「非宗教性」というよりは「政教分離」の意味の方が第一義かもしれません。しかし、ライシテは、市民が参加する公共の場に宗教色が現れないように配慮するものとなっており、その意味ではやはり「非宗教性」と訳されるでしょう。学界では、これを説明抜きで一言に訳するのは適切でないということで、「ライシテ」とそのまま片仮名で呼ばれているようです。

昨年12月に訪れたローマで、サルコジはベネディクト16世と会見。その後のサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂で行った演説では、場所柄を意識してか、「フランスの根源は本質的にキリスト教」と述べ、フランスとキリスト教の関係の深さと重要性を強調。そして、ライシテだけでは倫理が廃れる可能性があり、倫理を教えるのは宗教であるとし、「教員は牧師や神父の代わりができない」とも。誰もが宗教に対して自由な態度をとることができる「ポジティブなライシテ」を推奨したいと述べました。

その後、この演説に対して批判が噴出。

単純に、ライシテを重要視する現在のフランスで「その根源はキリスト教」と述べてしまうのは、大統領の発言としてどうなのか?それに、私はライシテの専門家ではないけれど、「ライシテ」と「宗教の自由」はこんな風に恣意的に混同されるべきでないと思うし、「ライシテ」にポジティブもネガティブもないと思う(という意見をどこかで聞いてそれに同感している)のですが。大体、やつの言う「倫理」って何??

今年1月、サルコジはサウジアラビアのリヤドを訪れ、そこでも演説の中で宗教に触れました。サウジアラビアは、親米のサルコジが親イスラエル的な方針をとるのではないかとして、今までのフランスとの良好な関係が継続されるかどうか不安に思っていたらしい。また、年末年始の演説で、具体的な定義をせずに「文明の政治」という言葉を使って物議をかもした後のこと。そういう背景があったせいか、「その根源が宗教ではない文明の国はない」と発言、「一つの文明を押し付けるべきではない」とし、「文明の衝突」構想を否定。

この演説は、ローマ演説により火がついたライシテ議論を鎮めるどころか油を注ぐ結果に。フランスに戻ったサルコジは、ムスリム、ユダヤ、カトリック教会、ギリシア正教会など、各宗教の代表者を呼んで話し合い、議論の沈静化をはかりました。

しかし世論の間には、サルコジによって「ライシテ」が揺らぐのでは、と危機感を示す声が上がっています。

そんななか、先週の水曜、2月13日、Crif(Conseil Representatif des Institutions juives de France:フランスユダヤ機関代表議会…みたいな?)の晩餐会に招待されたサルコジ。そこでは、自分は「イスラエルの友」であるとし、「イスラエルを認めない人々とは会見しないし握手も交わさない」と述べ、名前を出さなかったものの暗にイラン大統領を非難。また、ライシテについて自分が受けた批判に反論、「ライシテの道徳が宗教の道徳に劣るなどとは言っていない」と述べました。そして、宗教とライシテは相互補完的な関係にあるとし、「ライシテを危機に陥れたいなどと誰が思うだろうか」と、ライシテ擁護の立場を強調しました。

さて、この演説中、ライシテ以上に物議をかもす発言が。サルコジは、ナチスによって1万1千人のユダヤ人の子供がフランスで迫害された歴史を、小学校5年生(フランスでCM2学年)の子供たちに教えることを義務付ける案を発表(また思いつきっぽいけど)
この発案には賛否両論。社会党の書記長、フランソワ・オランドは賛同を示しましたが、「そんな悲惨な歴史を教えるのは、10歳の子供にはショックが大きすぎる」などの反対意見が上がりました。
中でも、16才で強制収容所へ送られた経験をもつシモーヌ・ヴェイユが猛反対。彼女は、健康相を務めたときに中絶を合法化し、フェミニズムによる評価が高いようですが、大統領選では女性候補のセゴレーヌ・ロワイヤルではなくサルコジ支持を表明。政治家として人気のある彼女が支持についたことは、サルコジの大きな励みとなったと見られていました。しかし、今回の発案には「ぞっとした」そうで、「支持できない」と判断。自らの恐ろしい体験を語るのに何年もかかったという彼女、年端もいかない子供にそんな事実を教えてショックを与えるなんて考えられないとのこと。

まあ、個人的には、戦争の惨劇の事実は多少教えるべきと思います。そういえば、私が初めてアウシュヴィッツの写真展を見たのは小学校4年のときだったなあ。勿論ショックでしたが、「どうしてそんなことが起こったのか教えてほしい」と思いました。でも、トラウマになるほど恐ろしいというわけではなかったですが…。

ただ、シモーヌ・ヴェイユなどが危惧しているのは、「自分と同じ歳の子供が強制収容所へ連れて行かれた」と教わると、犠牲者に同一化することになり、ショックが増すということだと思います。また、犠牲者と同一化させるということは、つまり被害者意識をもたせることになるのでは。これはよくない。ヴィシー政権のフランスというのもあるんだし。


さて、この晩餐会の後、またまたグラン・ジュルナルのプチ・ジュルナルによるスクープがネットに流れています。サルコジはCrif議長、リシャール・プラスキエの話はちっとも聞いていなかったらしい…。

晩餐会のお品書きの裏に落書きしたり、メモをとって綴りが間違ってたり…小学生かっつーの。しかも、メモってあれだけ?それに何でわざわざあの部分??本当に聞いてなかったのね…って感じ。

それにしてもプチ・ジュルナル、最近面白すぎ。
【2008/02/18】 | actu de la societe francaise 〜フランス社会事情〜 | トラックバック(0) | コメント(2) | page top↑
パナフューのつまづき
昨日、市長選に関してヌイイ市で一騒動あったことを書きましたが、他にもニュースにのぼる都市がいくつかあります。中でも首都であるパリ市は自然と視線を集めるところ。二大政党(右はUMP、左はPS)はパリ市長の座を獲得しようと必死。

現市長、ベルトラン・ドラノエはPSですが、それまで長年にわたり右がおさえてきたパリを左にひっくり返したということで、選出されたときには大きなニュースになりました。しかし、伝統的に右派が非常に根強い人気を保っている地区があるわけで、ひょっとするとまた右に戻る可能性もあります。とはいえ、ドラノエ市長は現任期中に次々と新しい企画に取り組み、人気が高い。次もドラノエ選出がほぼ確実…と予想されています。

そんなドラノエに対抗しているのが、UMPから立候補したフランソワーズ・ド・パナフュー。パリ市を取り返すため、UMPは早目に候補者選びをしていました。前回は、同じ党に属するフィリップ・セガンとジャン・チベリの二人が立候補してしまったため、票割れを招きました。ドラノエが勝ったのは漁夫の利的なところもあったのです。今回はそんなことがないようにとあらかじめ一人に絞っておいたわけですが、他にも候補者が出そうになったり、もっと有名な政治家(例えば現環境相のジャン-ルイ・ボルロー)を投下するという噂もあったりで、どうも地盤が固まらなかったようです。それでも昨年からサイトを立ち上げ、選挙運動に意欲的に取り組んできたパナフュー。仲間割れの気配などの影響もあってか?焦っているのか?それともただ単にそういう人なのか?彼女のヘマが報道されています。

カナル・プリュスの「ディマンシュ+」という番組の抜粋がデイリー・モーションにアップされたのは3日前。この動画の中で、フランソワーズ・ド・パナフューは「ディマンシュ+」のスタッフに向かって、目の前を通り過ぎたドラノエをさして「見てよ、あのロクデナシ(tocard)を」と笑っています。

その後、ケーブルTVのニュース専門チャンネルLCIのサイトに、パナフューがこれについて弁明している動画がアップされました。その中で、インタビュアーに向かって「ロクデナシって侮辱的な言葉?」と問い詰め、「どちらかというと楽しい(sympa)表現でしょ」と述べています。そして、「もっと表現の自由を認めるべきで、最近はポリティカル・コレクトにこだわりすぎ」とも。…ってさあ、人の背後でせせら笑っておいて、「楽しい表現」とかって言い逃れができるかぁ?

で、パナフューのヘマはこれが初めてではありません。

昨年11月、選挙運動のために立ち上げて早々、パナフ・ティーヴィー(「TV」ではなく「TiVi」なところがミソ?)にアップされた路上インタビューにおかしなところが。
質問に答えるのはパリ4区の区長の候補者、ヴァンサン・ロジェ。そして質問しているのはパリ市民…と思いきや、質問のないときはヴァンサン・ロジェの後ろでUMPの宣伝ビラを配っています。
上の動画を編集したのはipolというサイトですが、これがヴァンサン・ロジェを怒らせ、同氏は自分のブログで「映像の濫用」「ソヴィエト流の情報操作」としてこの編集動画を糾弾。そしてこのインタビューをおさめたもともとの動画も削除してしまったようです。

また、昨年の10月、年金特別枠の改革が問題になったときのこと。パリ15区のはずれ、アクアブルバールで行われた企業祭りのイベントで、ラジオ局フランス・アンテールの記者がフランソワーズ・ド・パナフューをつかまえてインタビューをしました。年金特別枠について質問を受けたパナフューは「国家の赤字が増えている現在、それぞれが自分の特典について見直し、それを断念することも受け入れなければいけない」と立派なお答え(録音はこちらで聞けます)。引き続き、「では議員の年金特別枠についてはどうですか?見直すべきではありませんか?」と聞かれると…途端にトーンが変わり、「今は企業の話でしょ」と質問をかわそうとしました(続きの録音はこちら)。答えないパナフューに食い下がる記者に、ついには「ちょっとあなた、すぐそこにくっついてくるプードル犬みたいよ、そっとしておいてよ、いい?」と逆ギレ。

また、今年の1月20日、フランス国営TV放送フランス5の「リポスト」にゲスト出演したパナフュー、うっかり嘘をついてしまいました。
昨年、移民法改定で批判が相次いだDNA検査導入について聞かれ、これが国民議会で決議されたとき、「反対票を投じた」とパナフューは答えました。続いて、司会者のセルジュ・モアティが「でも投票していないとも聞いていますが?」とたずねると「いえいえ、反対に投票しました」と断言。そして、自分の立場はこの条項に反対であることを語りましたが、モアティに「しかしですねえ、投票した議員の名簿によると、あなたは投票していないんですよね」と反論され、とうとう「ええ、投票していません」と認めました。国民議会で決議案に投票した議員の名簿が公開されているので(国民議会のサイト上でも閲覧できます)、嘘をついてもちょっと調べればバレてしまうのに…。

つまづいてもつまづいてもゴールに向かうパナフュー。結果はどうなるでしょうか…。

(ちなみに、上のほとんどの情報はアレ・シュール・イマージュのサイトから得ています。興味のある方はぜひ購読契約を。)
【2008/02/14】 | journal perso 〜個人的日記〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
サルコヴィルの戦い
フランスはもうすぐ市長議会選挙。3月9日(一次選)と16日(決選)が投票日。
昨年からすでに選挙運動が始まっているところも。
このところ、連立候補などの協議も終盤を迎えつつあり、立候補者が固まってきたようです。

そんな中、先週末からヌイイ市があつい。

ニコラ・サルコジがその市長を務めたことで名声を上げた土地、ヌイイ市。高級住宅街として知られていますが、「ヌイイ」といえば「サルコジ」、「サルコジ」といえば「セシリア」「カーラ」「ロレックス」…と同じく「ヌイイ」と出てくるくらい、切っても切れない間柄です。大統領選の決選投票では、ヌイイ市の80%近くがサルコジ票でした。この根強い人気が「サルコヴィル」と呼ばれる由縁。

昨年秋、このヌイイ市の新市長にと立候補したのが、ダヴィッド・マルティノン。立候補というか、ニコラ・サルコジが「こいつを次の市長にヨロシクね」と送り込んだ側近。マルティノンは大統領選挙運動中の働きを買われ、現在、大統領府のスポークスマンでもあります。

サルコヴィルだけに、ヌイイ市でUMPが勝たないわけがないわけで、「マルティノンに市長の座を譲った」と囁かれました。しかし、ヌイイ市に実際住んでいたサルコジと違い、マルティノンはよそもの。住民たちは「誰〜?」って感じで、あまり歓迎の雰囲気ではありませんでした。そこで、サルコジは次男坊(一番目の妻との子)、ジャン・サルコジを選挙運動の旗手に任命。ジャンを仲介として、マルティノンは住民たちとの交流にせっせと励んでいました。それでも、マルティノンがヌイイ市長の椅子に座ることはメディアでも疑問視されていました。

2月9日(土曜日)、日刊紙ル・フィガロが、マルティノンは右派連合候補者ジャン-クリストフ・フロマンタンに負けるという予想調査結果を発表したことで、状況は一転。マルティノンが候補から身を引くという噂が流れ、緊急記者会見を開くと発表しながらも、マルティノンはこれを土壇場でキャンセル。
jeansarkozy menard et teulle2月10日(日曜日)、ジャン・サルコジは、マルティノン候補以下の議員候補者名簿の上位に入っていたマリー-セシル・メナール、アルノー・トゥレと3人連名で、マルティノン支持を取り下げて新たな候補者を立てると発表しました。
(蛇足ですが、ジャン・サルコジって気持ち悪いくらいパパ似…。)
月曜、マルティノンは立候補を取り消すことを決意。大統領府スポークスマンの辞任願を提出しましたが、大統領はこれを拒否したとのこと。

こうしたてんやわんやの中、10日の日曜、ニコラ・サルコジは突然TV演説をしました。テーマはEU憲法を改定したリスボン条約が締結したことの賞賛…だけれども、ル・モンドの記者の分析では、ヌイイ騒動から目をそらす意図もあったようです。なんせこのTV演説、数時間前に決まったらしい。

さて、今回の市長選では、内閣や閣外大臣の職についた有名政治家の「投下」が目立ちます。(つまり、その地とは縁のない人物を立候補させている。)有名ならば勝てるだろうということで、左派領土を奪回しようという計算、またはもともと右派が強い地域で立候補させて勝たせることでその政治家の経歴に華を添えようという計算が見え隠れ。
サルコジの肝入りでサルコヴィルに「投下」した候補者が支持されなかったということは、この戦略も大きな疑問符をつきつけられたのでは。(とはいえ、やっぱり有名政治家が勝つ見込みの方が大きいだろうけど。)

martinonnonnon.jpgマルティノンの立候補取り下げは、住民の支持が得られなかったというだけでなく、サルコジの離婚も関係しているようです。というのは、ダヴィッド・マルティノンはセシリアに目をかけられてサルコジの側近になった人。セシリアがいなくなって後ろ盾がなくなったという見方もあります。
(←ちょっぴり髪が乱れているところがまた物悲しい。)

結局、UMPとしては右派連合のフロマンタンを支持することに。しかしフロマンタンはUMP党員ではありません。今朝のル・フィガロ掲載のインタビューによれば、フロマンタンは特にUMPと談合する気はない様子。もともと、フロマンタン候補以下の議員候補名簿にUMP党員は入っているようですが、それ以上UMPを優遇するように名簿を作成しなおすつもりはないらしい。UMP党員でサルコジ派、マルティノン名簿の中では有力だったアルノー・トゥレについては、「私はニコラ・サルコジと同意見で、親の七光りで政治をすることに反対している」とし、父親がヌイイ市長だったトゥレを認めない発言をしています。

ところで、このニュースが持ち上がったとき、同居人は「後々ジャン・サルコジに市長をやらせたいのではないか、だから今は子分のマルティノンにやらせて、次はジャンに譲らせるつもりなのではないか」と推測。う〜ん、ありえる…。次の市長議会選挙のときには、ジャンもパパ・サルコジが初めて市長になったのと同じ年(28歳)になっているはず。
でも、もしそうだとしても、フロマンタンが市長になったら次の市長選でジャンの支持は絶対しないでほしいなー、上の発言があるんだから。

他方、トゥレは、「20年間、ヌイイでサルコジを支持しつづけてきたのは私だけ」とし、UMPがフロマンタン支持にまわることに反対。自分が立候補すると決意を発表し、UMPからなだめられている最中。

どっちにしても、サルコジによる「投下」は失敗。どうしたって右が勝つヌイイ、どうせ私には無関係。(ヌイイ市には絶対住めないし、住まないし、住みたくないし。)どっちも立候補するに正当な立場だと思うし、フロマンタンもトゥレもどんどんやれ〜!

参照:
Le Mondeより

Le Figaroより
「Fromantin : «Je garde mon equipe et ma liberte»」
「Teulle justifie son maintien par sa fidelite a Sarkozy」
【2008/02/13】 | actu de la societe francaise 〜フランス社会事情〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
あまりにも魅惑的なルーマニアの万年筆(しかもモンブラン?)
ニコラ・サルコジがルーマニアの万年筆に抗しがたい欲望をおぼえたらしい。
最近(この2日ほど)、フランスのインターネット・ニュース領域、ブログ領域で広まっている動画。カナル・プリュスのグラン・ジュルナルの中で放映されたプチ・ジュルナルの抜粋で、デイリー・モーションにアップされています。

「これ、いいなー」「すっごくいいなー」「欲しいな〜」と思ったら、どんな場面であろうとも「これちょーだい」と言えるくらい大胆に私もなりたい。
【2008/02/13】 | actu de la societe francaise 〜フランス社会事情〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「1, 2, 3, WHITEOUT」
1月の終わり、ジェームスからメールがきた。

ジェームスは数年前に大学で同じ講義に出席していた。最後の試験では、時間中に答案を仕上げられず、彼と私は先生の許可をもらい、大学構内のカフェで一緒に(といってもそれぞれ黙々と)書き上げたのだった。
彼に最後に会ったのは、もう3、4年ほど前。新年度の登録に必要な書類をかき集め、大学内をうろうろしていたところ、ジェームスとばったり出会った。ずいぶん久しぶりなのに、向こうも覚えていてくれた。「今、映像の仕事にかかりっきりなんだ。よかったら遊びに来て」と名刺をもらったけれど、結局、その後連絡しないまま月日が経ってしまった。

そのジェームスからのメールには、英語で「僕の映画にエキストラ出演してくれて、ありがとう(もう3年も前のこと!)。近々上映会があるので、そのお知らせです」とあった。はて??彼の映画にエキストラ出演などした覚えは全くない。それに、最後に会ったとき映像関係の仕事をしていると聞いた気がするけど、映画を制作しているとは知らなかった。彼とは英語で話したことなどないから、英語のメールというのも不思議だ。多分、誰かと間違えたのだろう。
それにしても、名刺をもらって連絡しなかった不義理にも関わらずメールをもらい、彼の柔和な笑顔を思い出し、ちょっと興味が湧いたので行ってみることにした。

上映場所は、ベルシーのシネマテーク。数年前から新開発が進んだこの地区にシネマテークが移ったのはいつだったか。比較的新しいシネマテークに足を運んだのは今回が初めて。

ジェームスが監督した映画、「1, 2, 3, WHITEOUT」は「seances decouverte」の枠内での上映。新人発掘のために設けられた枠なのだと思う。

上映前の挨拶で監督が一言付け加えたことには、この映画はなるべくならストーリーを追わないで欲しい、実験的映像の集合体でもあるから…という。たしかに、パンフレット内の短い解説にも「何よりもまず視覚と聴覚の実験的映画である」と書かれている。

正直に言って、ストーリーがあるようで全くないに等しくただ意味ありげな(それでいて意味のなさそうな)映像があふれるばかり…というアヴァンギャルドな映画は、観ていて辛いときがある。ジェームスの映画もそのようなものなのだろうか、と、少し構えて観ることにした。

ところが、予想とは違い、ストーリーの骨格はしっかりとそこにあった。

近未来的な都市で、失業中のヴェロニックは、ひょんなことから胡散くさい発明者の手伝いをすることになる。発明者は、ヴェロニックの協力で完全な闇を投影する装置を作り上げる。また、ヴェロニックは、外からの光をただ受動的に与えられて生きる世界の中で、内なる光を見出し始める。他方、ヴェロニックの兄、アリックスは、人々を監視する警察で働いており、ヴェロニックの変化に気づいて彼女が何をしているのか探ろうと試みる。そしてアリックスはついに発明者のもとに捜査にやってくる…という物語。

ストーリーの進む中で、遊園地や広告のネオン、移動するライト(車か船?)に照らされる建物、暗視スコープで見る爆撃の火花、ミラーボールの反射する光などの映像が、交互に繰り返し映し出される。それらは、時に記憶の中の光、時に計算された光、人工的な光、知らず知らず誰かに方向を指し示されている光…。

この映画は、実際に存在する場所を使って撮影が行われており、特別に作られた風景セットはない。それなのに、というか、それだからこそというか、昔の近未来SF映画のような雰囲気に仕上がっている。例えば、フランソワ・トリュフォーの「華氏451」、リュック・ベッソンの「サブウェイ」(これは近未来SFではないが)を彷彿とさせる。これもカルト的人気がちょっと出てもよさそうな映画だな…なんて思った。

自分の興味にひきつけて解釈するなら(多少強引かもしれないが)、一言でいえば監視管理社会への反発が根底にあるのではないか。このテーマは、例え手垢にまみれても古くならない。監視管理社会化は止まらないから。

そしてそれは政治的行動の監視や管理ではなく、もっと日常的なレベルまで浸透したもの、例えば消費行動といったものの管理を問題にしているのではないか。

主人公とストーリーが映画を引っ張っていき、それに巻きつきながら様々な映像が広がる。実験的とはいえ、最後まで見させることに成功していると思う。(約1時間15分というのもちょうどいい長さだと思う。)

音楽も近未来SFチックな雰囲気にマッチしていた。映画の中で不思議な歌を歌っているのは、まみちゃんバンドのエミコさん。彼女とはずいぶん昔、映画のエキストラでご一緒させていただいたことがあった。上映後、声をかけたら、もちろん私のことなど覚えているわけないのだが、気さくにお話してくれた。尖ったところのない、いい人です。

また、ジェームスとも話す機会があった。メールは、やはり間違って送られてきたようだが、私のことをちゃんと覚えていてくれて、大学の話などもした。彼はスタッフや多くの友人知人に囲まれていたので邪険にされるかと思っていたが、全くそんなことはなかった。彼の温和で落ち着いた雰囲気にはほっとさせられるものがある。それでいて自分が信じるところは曲げない強さがある。彼が多くのスタッフの意見を聞きながらまとめあげ、ひとつの映画を仕上げられたことは、彼の人柄によるところもあるかもしれない。何にしても、時間をかけ、やりたいことを実現したジェームスはすごいと思った。見習わなければ。

すでにいくつかのフェスティバルに参加しているようだが、これからも上映される機会があればいいなと思う。多くの人の目に触れず埋もれてしまうには勿体無い映画。

検索してみたら、You Tubeに予告編(?)がありました。
【2008/02/10】 | films 〜映画〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
セシリアへのメール問題
水曜日の夜、ヤフー・フランスのサイトを開いたら飛び込んできたニュース。ニコラ・サルコジが前妻セシリアへ最後通牒的なメールを送ったらしい。

あ、その前に、皆さんご存知だと思いますが、ニコラ・サルコジはカーラと2月2日に再婚しました。

で、その結婚式の約1週間前に、サルコジがセシリアに「君が戻ってくるなら、すべてキャンセルする」というショート・メッセージを送ったとのこと。これはヌーヴェル・オブスのニュース速報サイトが最初に報じ、その後メディアの方々で伝えられました。

しかし、不思議なのは、そんな超プライベートなメールをヌーヴェル・オブスがどうやって入手したのか?
思い返してみれば、セシリアとの正式離婚を最初に確認したのはヌーヴェル・オブス。確か、セシリアと非常に近しい人が情報源ということでした。今回も、もしかしたら同じ人から?

さて、その後、ニコラ・サルコジは弁護士を通じて「虚偽と虚偽の利用」のかどでヌーヴェル・オブスを提訴。ヌーヴェル・オブス側は、起訴理由のすべてがまだ明らかでないとしてコメントを控えています。

で、また疑問に思ったのが、「虚偽と虚偽の利用」という理由で訴えたということは、裁判の過程でニュース内容の真偽を確認することになるのでは?ということ。
もしそこで本当にそういうメールがあったとなったら、サルコジの面目は丸潰れでしょう。ということは、やっぱり嘘?
でもまあ「プライーベートの侵害」で起訴したら、ニュースの信憑性を肯定することになってしまうから、セシリアへのメールが事実だとしても、サルコジ側も他に手がなかったのかも。
また、それでヌーヴェル・オブスが引くことを多少期待しているかもしれません。しかし、ヌーヴェル・オブスは引く気配なし。

個人的には、ヌーヴェル・オブスの報道はやり過ぎだと思うけれど、サルコジからの起訴は、メディア戦略としてのプライベートを切り売りしようとするサルコジと、サルコジに操作されるばかりではないメディアの攻防、衝突がついに表面化・具体化したものかなあという感じがします。
【2008/02/09】 | journal perso 〜個人的日記〜 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
「善き人のためのソナタ」、「ペルセポリス」、「4ヶ月、3週と2日」
1月は個人的に色々と予定がつまってて忙しかったっす。

そんな中、カルチャー雑誌「テレラマ」主催で映画祭があり、久しぶりに映画館へ足を運びました。
この映画祭は、テレラマについているパスがあれば3ユーロで見られるというお得な企画。(テレラマを2ユーロで購入しなければならかったけど…。)テレラマが選んだ15本の映画のうち、3本を見に行きました。どれもすでに公開済みで、「遅ればせながら」の観賞。
この企画に参加している映画館も限られていたし、上映時間の都合もあり、見られたのが3本だけだったのは残念。本当は「Le fils de l'epicier(食料品店の息子?)」とか「La question humaine」、「Zodiac」なんかも見たかったのですが…。

「Le fils de l'epicier」は、カナル・プリュスのグラン・ジュルナルにジャンヌ・モローがゲスト出演したとき、彼女が期待している若手俳優を3人連れてきていて、そのうちの一人がこの映画の主役をやったニコラ・カザレで、なかなか面白そうな映画だなーと興味をもちました。(今回、見られなかったけど。)
ちなみにジャンヌ・モローは1月23日に80歳を迎え、キャリアも60周年(!)。

さて、見た映画の簡単な感想を。

「善き人のためのソナタ」(仏題「La vie des autres」)
テレラマ読者が2007年のお気に入りに選んだ映画。
善き人のためのソナタ統一前の東ドイツが舞台。秘密警察の優秀な大尉が劇作家を監視するうち、上司や仲間、自分の立場に疑問を感じ始めたり、段々と相手の人生に入り込んでいく様子がうまく描かれていた…けれど、それまでそんなふうに心を動かすきっかけが全くなかったのかな?と思うとなんかヘンな気が…。他人の生活の監視だって初めてじゃなかろーに。
淡々と指令をこなしてきたロボットのような人間が、もっと広い心の幅に気づいてしまう…というのは、ありふれたといえばありふれた物語だなーと思ってしまいました。
しかし、主人公の無表情さが秘密警察っぽくてとても良かった。インテリアの演出もうまく、主人公の慎ましい住まい、秘密警察の食堂の貧相な食事(但し、皿の縁に隠れてしまって何を食べているのかよく見えない。それくらい量が少ない)、それに対して劇作家のアパートの洒落ていること…。このコントラストから、自宅に帰ってむなしさや寂しさを感じる主人公の心情がひしひしと伝わってきます。
この主人公を演じた俳優、ウルリッヒ・ミューエは昨年7月に癌で亡くなったそうです。彼自身、東ドイツで生まれており、ベルリンの壁崩壊後、自分が盗聴されていたこと、「逸脱したアーティスト」として強制収容所送りになりそうだったこと、女優である妻が80年代に政治警察の協力者であったことなど、衝撃の事実を知ったのだとか…。彼自身が演じた役よりも、劇作家の方が彼の経験に近かったようです。

「ペルセポリス」(仏題「Persepolis」)
同名のバンド・デシネの映画化。
主人公、マルジャンが過去を思い返す部分はすべて白黒。実写ではなくアニメーションにしたのもモノクロにしたのも、美学的に正解だと思います。
cannes-persepolis.jpgイラン革命、そしてイラク・イラン戦争、周囲の大人たちがそれに巻き込まれ、大人たちの社会への疑問が子供心に反映されていくマルジャンの子供時代は、とても興味深かったです。「punk is not dead」と背中に描いたジャケットを着るマルジャンに共感をおぼえつつ、平和な暮らしの中で、自分と同じような子供がまるで違った生活をしているなど少しも想像せずに子供時代を過ごした自分、他方には弾圧の下で生きた少女…。共感と同情と後悔の織り交ざった気持ち。
マルジャンを温かい目で見守るお父さん、マルジャンに自立した女性に育ってもらいたいと望む現代的なお母さん、いつもマルジャンを励まし、時には厳しく叱るおばあちゃん、そして、納得のいかないことには敢然と発言するマルジャン…マルジャンと彼女を囲む家族のユーモアとヒューモアが良い。自分がマルジャンのような立場にあったら、彼女のようにはっきりと言いたいことを言う勇気があるだろうか?
それにしても、マルジャンがオーストリアに送られてから後はあんまり…。マルジャンの自伝なだけに、本当にただの自伝という感じ。
見終わって物足りなさが残りました。すごく楽しみにしていた映画なだけに期待はずれに終わりました。

「4ヶ月、3週と2日」(仏題「4mois, 3semaines, 2jours」)
2007年カンヌ映画祭でパルム・ドールを受賞した映画。
チャウシェスク政権下のルーマニアで、非合法の中絶をしようという友人を手助けするオティリアを中心にしたストーリー。近年の流行ともいえるハンディカメラ撮影で、少女の揺れ動く気持ちが表現されています。
4mois.jpgオティリアの悲しみ、怒り、苛立ち、焦り…。友人に対する感情、彼氏に対する感情が素直に伝わってきます…が、これって私が同じような年頃に同じような気持ちを感じてきた女性の観客だから??そのような経験がなければ伝わってこないことなのかもしれません。
ストーリーはそれほど込み入ったものでも特異なものでもないけれど、全編を通してピンと緊張しています。映画として秀逸。
【2008/02/03】 | films 〜映画〜 | トラックバック(0) | コメント(5) | page top↑
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