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今年を振り返ってみて、昔からの友人に再会することが少なかったことは残念でしたが、新しい出会いに恵まれた年でした。
新しい出会いだけでなく、知り合いだったけれど今まであまり話をしたことがなかった人と、プライベートな話をする機会もいくつかありました。 驚くような過去の恋のロマンスを聞いたことも…。 いくつになっても、色々な局面を経て、日々成長していきたいものです。 さて、本年中はお世話になりました。後半、更新がかなりゆるゆるになってきていますが、来年も速度をおとしつつも続けていくつもりですので、どうぞよろしく。 2008年が皆様にとって良い年となりますように。 |
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昨日の仕事帰りのこと。
ヴァカンスの雰囲気が漂うメトロの中、端っこに空席を見つけて座り、本を読んでいました。 二つ目の駅を発車すると、向こうの方で音楽が鳴り始めました。これがなつかしい音色… 一瞬、耳を疑ったけれど、やっぱりピアニカの音!そしてクラッシック・ギター。 クラッシック・ギターは、時々、駅構内の乗り換え通路でかなり上手な人をみかけることがありますが、ピアニカはいまだかつて見たことがありません。 っていうか、フランスでピアニカってよく知られた楽器なのかどうか?? 車内はなかなか混んでいて、演奏者たちが見えなかったのですが、もしやピアニカ前田がフランスに上陸したか!?と思ってしまいました。 曲も馴染みのあるメロディ、「マイナー・チェンジ」とか、選曲もピアニカ前田っぽい。 ワクワクするような曲と心地良い音色、そしてなかなか上手な演奏で、しばらく本を閉じて聞きほれてしまいました。 やがて演奏が終わって、お金を集めにまわってくる気配。 もし前田さんだったらどうしよ〜〜 「前田さんじゃないですか!」って声かけちゃおうか〜〜〜 (実はえらい昔、国分寺の公園でピラニアンズの練習を見学させてもらったことがある。) …なんて思いつつ、ドキドキしながら演奏者がまわってくるのを待ち構えていました。 そうしたら、なんと中近東系の男性でした。トルコ出身とか? 彼が近づいてきたとき、私は小銭を出そうと財布の中をさぐっていたのですが、彼は気がつかずにさっさとその場を離れてしまいました。 久しぶりにハッピーな気分にさせてくれた演奏だったので、どうしてもお金を渡したいと思い、次の駅で急いでホームに降り(ちょうど自分の降りる駅だったので)、演奏者を追いかけました。「ムッシュウ」と声をかけたけれど、向こうも隣りの車両に移るので急いでいてなかなか追いつけない。肩をたたいて、「これ、取り損ないですよ」と小銭を手渡しました。ムッシュウも「メルシー・ビヤン!」と笑顔で受け取ってくれました。 うちに着くまで、ずっとあの演奏が頭の中でリピート。 気持ちがとってもあたたかくなりました。 またこのピアニカ演奏に会ったら、今度はもっと大きいコインを渡したいなあ。 |
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先週、書きかけて終わらせられなかったため、またまたずいぶん古い話になってしまいますが、カダフィ大佐のパリ訪問について。
12月10日から5日間、リビアの最高指導者、カダフィ大佐がパリに滞在していました。この訪問は、ブルガリア人看護士ら解放の最終段階に関与したフランスが、その後すぐ、リビアへの原子力発電開発協力や武器売却などの契約を結んだことの続きといえます。今回はさらに、軍事機売買などで多額の契約が成立するものと見込まれていました。 しかし、ブルガリア人看護士らの拘束だけでなく、リビアによるパンナム機爆破事件(ロッカビー事件)、そして特にフランス人にとってはUTA航空772便(フランスの民間機)爆破事件は、忘れられないテロ行為。ブルガリア人看護士らに関しても、彼らに対して拷問が行われたことは、カダフィ大佐の息子、セイフ・エル-イスラムも認めているところ。彼はブルガリア人看護士らの無実を信じていたというのだから、リビア内でも不当逮捕だという意見があったのかもしれない。それなのに8年間の拘束と死刑判決、拷問…。そして、それでも、「リビアはブルガリア人を解放したのだから」と、もうこの一件はすっかり終わった、何も障害はないと言わんばかりに、大きな取引にとりかかるフランス。ちょっとデリカシーが足りなくない? カダフィ大佐の渡仏の日、月曜(12月10日)朝発行のパリジャン紙に、人権問題担当相のラマ・ヤドのインタビューが掲載されました。ラマ・ヤドは、世界人権デーにカダフィ大佐をフランスに迎えることは「気に障る」と述べ、「カダフィ大佐は、我々の国が玄関マットではないことを理解するべき。テロリストであろうとなかろうと、ある指導者が、重大な罪による血まみれの足を拭くところではない。フランスは死の接吻を受けるべきではない。」と強い口調で語っていました。 個人的には、このちょっと前、色々と噂がもれることに危機感を感じたらしい大統領府が「スポークスマン以外は勝手に喋っちゃダメ」というお達しを府内に文書で回したというニュースを読んでいたし、アレ・シュール・イマージュのサイトで、サルコジ政策について下手な発言をしないよう、大臣たちがいかに明言を避けているかという話題を見ていたので、ラマ・ヤドのこの率直さにはずいぶんとびっくりさせられました。「こんなこと言っちゃって大丈夫??」と思ったほど。 「いや、サルコジは案外策士家なところがあるから、これも野党の批判をかわすためにわざとやっているのかも」なんて意見も聞いたのですが、その後、ラマ・ヤドはエリゼ宮に呼びだされたらしく、また、結局はサルコジの外交を認めてカダフィ大佐の訪仏を受け入れる姿勢をに変わったことから、やっぱりラマ・ヤドの自発的発言だったよう。ちなみに世論調査によると、このラマ・ヤド発言は81%のフランス人に支持されたそうです。 ラマ・ヤドの上司である外相のベルナール・クシュネールは、彼女の発言を称賛。自身もカダフィ大佐を歓迎しないとして、EU会議の都合によりカダフィ大佐との晩餐に出席できないことを「嬉しい偶然」と述べました。 また、カダフィ大佐は到着翌日の火曜、国民議会を訪問しましたが、左派の議員、および「サルコジの外交は小切手帳ばかり」と批判した中道派Modemの党首フランソワ・バイルーらが、国民議会出席をボイコット。 カダフィ大佐は一国家元首として歓迎されることを望んでいたようで、フランス国内からの批判に気を悪くしたかも? この日(12月11日)、国営TVフランス2が、カダフィ大佐のテント(遊牧民族の精神を重んじ、テントを持ち込んで公館の庭に張り、そこに寝泊りしていた)にて単独インタビューを行いました。ところが、このとき、人権問題についてもちゃんと話し合ったと述べたサルコジに反し、カダフィ大佐は「そんな話は出ていない」ときっぱり。これには大統領府が大慌て。スポークスマンのクロード・ゲアンが「二人は人権問題について話していました。私はその場にいた証人です」と発表。 国民議会では歓待を受けなかったカダフィ大佐ですが、ユネスコ本部を訪れた際には、アフリカ大陸の人々から賞賛の拍手を浴びました。ここでは、人権問題について、「他国のことを言うより、まずフランス国内で移民がその権利を享受しているか考えてみるべきだ」とし、フランスの冷遇に「やり返し」た感じ。また、アフリカで熱い支持を得ていることがうかがえました。実際、フランスではカダフィ大佐の訪仏に反対し、不快を示す声が多かったものの、ある作家は、カダフィ大佐がアフリカでいかに尊敬されているかを訴え、彼の訪問を歓迎しています。カメルーン出身のフランス人作家、カリクスト・ベヤラは、カダフィ大佐を称える論稿をル・フィガロに寄せてています。12月12日発行部に掲載されたこの論稿で、ベヤラ氏は、フランスがカダフィ大佐を歓待しない理由はないとし、ラマ・ヤドの発言も批判しています。また、カダフィ大佐は「アフリカの抑圧された人々を解放へ導いたすべての闘いにいた人物」であり、アフリカの希望とみなされていること、自身がリビアを何度も訪れた経験の中で、「路上で飢えて死にかけている人などみたことがない」し、最新設備の病院は無料で、25歳以上の男性には水道と電気が完備されたアパートを自動的に得る権利があり、女性たちはますます進学の自由を得て重要な職業(医師、弁護士など)を任されるようになってきている…と綴っています。 と言われてもねえ…西欧にとっては、ついこの間までリビアがブルガリア人看護士を「人質」として拘束していたという記憶があるし。その問題解決からも日が浅い。また、ブルガリア人看護士解放のためにヨーロッパが支払った「賠償金」は、ロッカビー事件でリビアが支払った額と同じであることから、ブルガリア人看護士問題はリビアを対等な相手として認めることを要求したものだ、と言われていますが、そのために8人の身柄を利用したとは、いわば人身売買だったのではないの?私は、例えリビア国内で救われた国民がいようとも、外交でそういう手段をとったカダフィ大佐に対し、やはり尊敬の念などわいてこない。(ヨーロッパとアフリカの深くて暗い溝のことを考えれば、そんなに話は簡単でないだろうとは思うけれども。) さて、カダフィ大佐は残りの滞在期間中、ヴェルサイユ宮殿やルーヴル美術館などを見学。バトー・ムーシュでセーヌ川を遊覧したときには、船がその下を通るすべての橋が使用禁止に。つまり、パリの中心部で数箇所の通行止めがあったということ。こうしたスケジュールは、余裕をもって準備できるほど前から決まっていたわけではないようで、予告なしに市内交通が影響を受け、パリ市民にとってはいい迷惑だったことでしょう。こうして約1週間、フランスを騒がせたカダフィ大佐は、その後スペインへ渡りました。 そういうわけで、カダフィ大佐のフランス滞在については、いろいろと物議をかもす点があったわけですが、そのうちの一つに、サルコジが発表した契約額が不確かであるという話もありました。「約100億ユーロの契約」と言っていましたが、ひとつひとつを実際に計算してみると、100億ユーロに遠く及ばないらしい。 しかし、スペインとは118億ユーロの契約という噂…って、フランスよりずっと多額? そんなこんなで、カダフィ大佐の訪仏では世論をうまく味方につけられなかったニコラ・サルコジ。直後のディズニー・ランドでのデート報道では、「カダフィ大佐との冷えた関係を早く忘れるため、カルラ・ブルニと熱い関係」などと言われていました。 …っていうか、「早く忘れるため」ではなく、国民に「早く忘れさせるため」だったりするんじゃないか? 参照: Yahoo Fraceより 「Rama Yade justifie la visite de Kadhafi, sans renouveler ses critiques」 (AFP) 「Visite de Kadhafi: 81% des Francis d'accord avec Rama Yade, selon un sondage」(AP) Liberationより 「Mais ou sont donc les 10 milliards ?」 |
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この週末から、気温がぐっと下がりました。
日曜日、天気がよかったのでちょっと散歩に出かけてみましたが、寒さが皮膚の下まで伝わってきて、血が凍るかと思った…。公園の芝生は霜が降りてところどころ白く、池も氷が張っていた。久々の厳寒です。 さすがにこれくらい寒くなると、厳寒注意報が出るのですが、一番問題なのが路上生活者の避難所。 特にパリでは地価高騰に伴う住宅難が社会問題になっており、定職についているのにSDF(ホームレス)という人もいるほど。中には簡易ホテル住まいという人も多く、電気プレートなどを持ち込み、狭い部屋に一家数人で暮らしていたりして、衛生や安全面で問題があります。そして、こうした場合、ホテル側は知らん顔をしていることが多い。(アパートよりもホテルの方が数倍値段が高くつきますが、市としても社会住宅が足りず、仕方が無いので多額の住宅手当てを出しています。こうしたホテルはmarchand de sommeilと呼ばれていますが、この呼称には軽蔑的な意味合いがあると思います。)以前、こうしたホテルや不法居住されていたアパートが火災にあい、数家族が命を失う事故もありました。 こうした住宅問題に直面して、自分のアパートの下に路上生活者を毎日見ることに怒りを感じたオーギュスタン・ルグランが、昨年、「ドン・キホーテの子供たち」という団体をつくり、パリのサン・マルタン運河沿いにテントを張るデモを行いました。(彼らの昨年の活動については、以前のこちらの記事や、こちらの記事を参照ください。)政府に対して具体的な措置を要求するためのこうした行動は、かなり長いこと続きました。最終的には、政府が「ドン・キホーテの子供たち」の代表者らを話し合いに招き、提示された約束に満足の意を示したオーギュスタン・ルグランは、テントの撤退を発表しました。 しかし、その後、政府による約束は守られていないとして、オーギュスタン・ルグランはこの冬も抗議行動をおこなう意向を見せていました。彼によると、前社会統合相であるジャン-ルイ・ボルローは、ホームレスのために2万7千人分のベッドを確保すると約束したのに、現在のところ、1万4千人分しか利用可能となっていないとのこと。 ところで、「ドン・キホーテの子供たち」の他にも、住宅難について政府の努力の欠如に非難の声をあげる団体がいくつかあります。そのうちの一つ、「住宅の権利」という団体は、10月初めからパリ2区のバンク通りにて抗議デモを行っていました。これは、先述したようなホテル住まいを強いられている人々が、住宅問題省の建物付近にテントを張ったもの。この抗議行動には、有名女優のキャロル・ブーケやエマニュエル・ベアール、ジョジアンヌ・バラスコ、俳優のジェラール・ドパルデューらが参加し、マスコミに大々的に取り上げられました。(反面、有名人を使った宣伝手法や、実際には住宅難には合わないスターたちの非現実性などを批判する声もありましたが。)警察によって何度かテントが撤去され、そのたびに戻ってきてテントを張りなおし、ついに72日を経て、政府が彼らに新しい住宅(2008年を予定)を約束。 このバンク通りの問題解決に際し、先の金曜(12月14日)、住宅相のクリスティーヌ・ブタンは、「これ以降、都市内でテント張りデモが新たに行われたとしても、いかなる場合も、国家はこうした類の譲歩を二度と行わない」と発表し、前もって抗議行動を予告していた「ドン・キホーテの子供たち」を牽制。 それにも関わらず、翌日の土曜(12月15日)の朝、「ドン・キホーテの子供たち」はノートルダム寺院近くのセーヌ川沿いにテントを設置。しかし、すぐに警察がやってきてテントの撤去が行われました。この撤去の際、警察と市民の間に小競り合いが起こり、セーヌ川に落ちた人も。 公館の庭にテントを張るのはいいのに、ノートルダム寺院の近くにテントを張るのはいけないらしい。 ブダン住宅相は、パリのホームレス避難所にはまだ空きベッドがあるが「個人の自由を重んじる」ことから、強制収容はできないと主張。つまり、「寒さに凍えるのは入りたがらない人の自由、こっち(政府)の責任ではない」ということらしい。 個人的に、大統領選挙運動のとき不思議だったのは、サルコジの住宅難対策案といったら、「住宅ローンの金利軽減化」で、「全てのフランス人が大家に」ってことだったけれど、アパートを買う以前の問題の宿無しの人には何の問題解決にもならないじゃん?ってことだったのですが…。フランス人の大半は、そのへん、なんとも思わなかったみたいだな。冬になるとこれだけ問題提起する人がいて話題になるのに、春になると忘れちゃうのかなあー?軽薄だ。 参照: Yahoo Franceより 「Logement: accord rue de la Banque à Paris, mais le gouvernement ne veut pas d'autres campements」 (AFP) 「Operation avortee des Don Quichotte pres de Notre-Dame de Paris」 (AFP) |
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先週はちょっと外出続きで更新できませんでした。
なので、話題もズレズレで時事的に遅いものですが…自分の中ではなかなか問題提起的なんじゃないかと感じて記憶に留めていた物事を掘り起こしつつ、アップします。 まず、サルコジの中国訪問とその報道について。 さる11月25日、サルコジが中国を訪れました。大統領の訪中は3日間。 この訪中前から、リベラシオン紙で、人権問題閣外大臣のラマ・ヤドがサルコジに同行しないことが報道されていました。ラマ・ヤドはセネガル系で、パッチリ目が可愛く、若くてフレッシュな女性。「移民系」「黒人」「若い」と三拍子揃った閣外大臣は、「オープン」で「平等」なサルコジ政権の格好の宣伝材料であり、同じく移民二世で中東風容姿の法務相、ラシダ・ダティと共に、大統領外遊に頻繁に同行しています。しかし、ラマ・ヤドの政治的未経験さについては多くの人が不安に感じるところ。以前、彼女の「ヘマ」として取り上げられたのは、パリ郊外のオベールヴィリエで抗議行動をしていた不法居住者たちに会いに行き、彼らを支持するような発言をしたため、内閣および与党内から「非常識」と批判が出たこと。この不法居住者訪問は、内閣に相談せずに単独で行動したものらしい。彼女は、「自分の信条に従って行動した」と弁明していますが、それにしても「政府に属する者としての言動に相応しくない」と周囲から批判を浴びました。その後、首相のフィヨンが彼女に直々に忠告。これは彼女の政治経験の浅さを世間に印象づけたのではないでしょうか。 そのような背景があるなか、先に挙げたリベラシオン紙の報道によると、中国政府のデリケートな問題、人権問題について、ラマ・ヤドが中国訪問中に下手な行動を起こしてサルコジが取ろうとしている大きな契約を逃すと大変なので、同行が許されなかった…とのこと。 ところで、サルコジの外交は、「大きな契約」をとってくるのが主な目的なようです。対リビア外交ではそれが最も明白でしたが、TGVを売り込んだモロッコ訪問然り、つい最近50億ユーロの契約を取ってきたアルジェリア訪問然り。 で、勿論、中国とも経済的に大事な取引をしたかったわけで、怒らせてはマズイ。特に人権問題については、ドイツのメルケル首相が中国訪問時にかなり厳しい態度をみせており、中国としてもこれ以上ヨーロッパの国から非難されて国際評価を落としたくない。そこで中国は、フランスには予めその問題に対して経済的な盾を使って牽制したらしい。かといって、フランスが「人権の国」を自負するなら、中国の人権問題を無視するわけにいかない。訪中前、サルコジがこれについてはっきりと中国政府に進言することを求める声もあがっていました。 ところが、訪中には人権問題を扱う閣外大臣が不在。これはさすがにマスコミの注目をひいたようです。しかしこの不在を突っ込んだ報道は少なく、「ラマ・ヤドは不在で、人権問題については大統領が自ら話すことになる」と触れた程度のものが一般的だったような気がします。 さて、サルコジの訪中報道について、私はAPF通信だったかロイター通信だったかの短い記事を読んだ程度でしたが、それを読んだ印象では、サルコジは中国政府を前にした演説で、経済発展の協力関係を強調し、人権問題にはほとんど触れず、チベットも中国の一部であり台湾が国連軍に援助を求めようとしていることに反対だと明言したとのことでした。 しかし、私の印象は、どうもフランス人一般に与えられたそれとは違ったようです。 アレ・シュール・イマージュ(@si)の分析によると、民放TF1と国営放送フランス2のニュースではサルコジの演説の中の人権問題に関する部分ばかりがクローズ・アップされていたとのこと。そしてチベット問題、台湾独立問題に関する部分に触れなかったらしい(ただし、フランス3は触れた)。 まあ、チベット問題と台湾独立問題っていうのは一般的フランス人の関心をひかないのだろうなあ…。一応、これらの問題で中国を支持するというフランスのポジションは、これまでの外交上、正当らしいですが。 一方、@isは、中国がフランス語で流しているニュースを紹介していますが、こちらはサルコジが「統一した中国」に賛同したことばかりを報道しています。もちろん、人権問題に触れたことなどノー・タッチ。 やれやれ。 しかし、こういう報道のされ方の違いって、中にいるとわからない・気づかないものなんだよなー。 自分も気づかないことがたくさんあるだろうなーと思います。 だからこそ、日本の人にも日本とは違ったフランスの報道のされ方を少しでも知って欲しい、という思いもあるのですが。 結局、この中国訪問で、サルコジは200億ユーロの契約を取ってきたとか。 以前、サルコジは、フランスの経団連Medefでの演説中、社会党から引っ張ってきた「オープンな内閣」について、「社会党が有益に使えなかった優秀な人材を、自分はうまく採用している。自分が民間企業で働いていたら人事部に向いていたと思う」というようなことを言っていたけれど、人事より販売営業だろ、キミは。 ちなみに、ラマ・ヤドが同行しなかったことについては、リベラシオン紙が伝えたのとは別の説も。 ラジオ局RTLのサイトで見つけた記事によると、サルコジがあんまりラマ・ヤドを褒めちぎるものだから、ラシダ・ダティが嫉妬して、「あのコが一緒に行くなら、私は行かない!」的なことを言ったとか…。 この噂がホントかどうかわかりませんが、いずれにせよ、外交問題に関係のない法務相のラシダ・ダティをどこにでも連れて行くのは変だろう。「オープン」で「平等」な自分の政治の宣伝のために(そしてもっと悪いことに多分自分の私的な理由で)、無関係な人員を外遊に連れて行くなんて、公金の無駄遣いじゃん!…って、なんでフランス人はもっと怒らないのかなーーー。 |
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かれこれ2週間以上前の話となってしまいますが、新移民法について憲法評議会による審議がありました。これは、国民議会と元老院を経て決議された移民法改定項目のうち、「違憲の可能性がある」として、社会党(野党)により審査が要請されていたもの。その項目とは、家族関係を証明するためのDNA検査導入についてと、民族調査について。
ずいぶん前の話とはいえ、このブログで何度か取り上げてきたことなので、触れておきたいと思います。 今回、DNA検査導入は世間に波紋を呼び、多くの反対意見や批判が出たので、この審議は注目されていました。 さて、審議が行われたのは11月15日。この憲法評議会は9名のメンバーと元大統領で構成されています。ただし、元大統領は、評議会に座を実際に占めるかどうかは本人の意志によります。ヴァレリー・ジスカール・デスタンは2004年まで不参加(現在は参加)、ミッテラン元大統領も不参加を表明していました(大統領任期終了後、数ヶ月で亡くなりましたが)。今年、ジスカール・デスタン元大統領に加わったのがジャック・シラク。今回、シラク元大統領をメンバーに迎えての初審議ということで、ちょっと話題になりました。 初審議ということだけでなく、ジャック・シラクとニコラ・サルコジの確執は周囲の知るところであるため、サルコジ政策に水をさすのではないかとの見方もあり、話題性がアップ。また、憲法評議会の議長、ジャン−ルイ・ドゥブレは以前のシラクの側近であり、前内閣では国民議会議長を務めていた人物。国民議会議長在任中は、サルコジに批判的でした。憲法評議会議長となった今では、政治界のパワー・ゲームに一線をおいてシラク派を通しています。つまり、シラク&ドゥブレによる横槍が入るのでは…という予想があがりました。ドゥブレはそうした見方に対し、「憲法評議会の目的は政治的に決着をつけることではないし、メンバーはシラク派や政治関係者ばかりではないのだから、憲法に照らして公正に審議される」と反論。とはいえ、前回、夏の間に国会を通った税制改変法案のうちの一つが憲法評議会に却下されたことがありました。この税制改変は、サルコジ政策の目玉の一つなので、サルコジ以下フィヨン内閣は多少の痛手を受けたと思われます。 ところで、10月初旬、アフリカ・オセアニア美術館であった建物が、国立移民歴史博物館として新生オープンしました。この博物館の開館計画はシラク大統領下で進められていましたが、結局オープンとなったのは、移民政策路線を異にするサルコジの代になってから。落成式には大統領はおろか内閣から誰も参加しないという無視状態。そして、この博物館の指揮をとっているのはシラク派のジャック・トゥーボン。晴々と自らの計画の一つである博物館の落成式に参加したかったのにいまや影の身のジャック・シラクは、オープンしてから数日後、ひっそりと訪れ、館長の説明を受けながら見学しました。このとき、報道陣に移民へのDNA検査導入について聞かれたジャック・シラクは、「近日中にこの件が審査される憲法評議会のメンバーであるからノー・コメント」としつつ、「これについては自分の信念と意見がある」と答えており、違憲判断を下す可能性を仄めかしていました。ちなみに、同じ質問を受けたトゥーボン館長は、「私と彼(ジャック・シラク)の意見は一致していると思う」と述べ、相変わらずのシラク派ぶりが伺えました。 シラク派はDNA検査導入に反対の雰囲気。ドミニク・ド・ヴィルパンもそうだったし。 …となると、シラク派である憲法評議会議長も反対かも? DNA検査導入を廃止にしたい反対派にとっては、シラク−サルコジの確執によって風向きが有利になるのではと期待したいところ。 結果は、DNA検査導入に関する移民法13項は「合憲」。しかし、施行には条件付き。家族呼び寄せビザ申請を受けた場合、当局は提出された書類の確認を行わなければならず、また、それを行ったことを証明しなければならないと条件づけています。つまり、こうした書類の確認なしにいきなりDNA検査を勧めることがないように釘をさしています。 反対に、あまり議論されなかった項目、民族出自調査を許可する63項については、違憲の判断を下しました。フランスの憲法第一条には「フランスは不可分であり、非宗教、民主主義、社会的な共和国である。法の前ではいかなる市民も出自、人種または宗教による区別なく平等であることを保障する(la France est une République indivisible, laïque, démocratique et sociale. Elle assure l'égalité devant la loi de tous les citoyens sans distinction d'origine, de race ou de religion)」とあり、憲法評議会はこれを引いて、統計研究は「人種や民族出自の上に立脚するものであってはならない」と結論づけています。 ところで、とある2つのサイト(1つは個人ブログ、もう1つはニュース系)で「移民にDNA検査を義務付ける法案」と書かれていてショックを受けました。いくら大統領がサルコジでも、フランスがそんなこと(義務付け)を許さないってば!DNA検査は義務付けではありません。戸籍の信憑性が疑われ場合、かつビザ申請者が望んだ場合のみです。そこんとこヨロシク。 参照: Le Mondeより Immigration : le Conseil constitutionnel valide "sous certaines réserves" le recours aux tests ADN LEMONDE.FR | 15.11.07 |
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