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フランスのロック・デュオ、レ・リタ・ミツコのギタリスト、フレッド・シシャンが今朝亡くなったそうです。2ヶ月前から急性進行型(?)の癌だったとのこと。53歳。
あまりの突然の死に驚きました。 なんと、今日の夜もオランピアでコンサートが予定されていたそう。(勿論、公演中止になりました。) 夜のニュースを見ていて知ったのですが、その中で、オランピアに来ていた客がこの訃報をその場で聞かされ、カメラの前で絶句していました。その気持ちわかる。 ここ最近、レ・リタ・ミツコのコンサートが中止になっていて、11月13日のオランピアでのコンサートはカトリーヌ・ランジェ1人(+バック・バンド)が舞台に立ったそうです。 レ・リタ・ミツコは今年の春(3月)に新しいアルバムを出しており、ニュースでは今年7月に録画されたフレッド・シシャンの演奏後のコメントがちらっと映っていました。ついこの間まで元気だったんだなあ…。 昔、レンタルCD屋でバイトしていて、ちょっと変わった店長の趣味で、田舎のくせにマイナーなCDも入っていたりして、レ・リタ・ミツコもよくお店でかけてました。でもそのときはあんまりピンとこなかったんですよね。 「スゲーーー!」と思ったのは、ゴダールの「右側に気をつけろ」を観たとき。すっごく気持ち良くて、ドキドキした。 レ・リタ・ミツコのヒット・アルバムは、リアル・タイムよりもだいぶ遅れて好んで聞くようになりました。そんなに頻繁に聞かなくなったけれど、今でもテレビやラジオで流れてくると、心が躍ります。 ↑この曲は、一緒にコンサートをしたアルゼンチン人ダンサー、マルチア・モレトが、癌で亡くなった後、彼女にオマージュを捧げて歌われています。(さっきまで知りませんでした。)
そして、最新アルバムから↓
Que l'ame de Fred se repose en paix... |
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さて、交通ストはようやく終わりましたが、学生の抗議運動はまだ収束に向かっていません。
高等教育相のヴァレリー・ペクレスがマスコミの色々なところに出没して説明に必死みたい。 先日、ギヨーム・デュランの「Esprits Libres」(France2)という番組にペクレスが出演したのを見たけれど、「学生が心配している次のようなことは一切ない」と言って挙げたもの、それは既に法案を固める時点で議論がなされて解決されているものばかり。「そんなこともう知ってるって!」と思わずテレビに向かって突っ込んでしまった。で、やっぱり学生が反抗していること、心配していることには正面から答えているとは思えない。これじゃあ学生が不満に思うのは仕方ないんじゃないか。ところで、この番組内で、学生が何人か直接質問などをしたのだけれど、その中で一人、オルレアンの少女(と敢えて名付ける)の発言がすごかった。アンチ大学封鎖の運動をしているという彼女、「国民の多数」が「その政策」を選んだのであり、学生を「人質」にする封鎖が許せない、と…。「マスコミから覚えた言葉をそのまま口にする人」の素晴らしい見本。しかも、それが「正論」だと思い込んでいるのだから困ったもんだ。こんな典型的な例を見ると、ある意味美しくすらあり、感心する。何の勉強してるんだったかな、この子は。フィリップ・ソレルスの名も知らないことには呆れた。(番組中、ソレルスもちょっと無茶苦茶なところがあったけど。それとこれとは別として。) また、ペクレスは、今回の学生の抗議運動の始まりが政治的(極左)であったと述べていました。これは大学の学長も言っていたこと。しかし、サルコジ的流儀と一緒で、あるマイノリティーなカテゴリーを「悪者」「敵」扱いし、一般市民の憎悪をそれに向けさせ、相手を負けさせよう、排除しようというやり方ではないでしょうか。 今回、大学を封鎖した学生たちが極左の活動家であるという考えが、マスコミにのって伝達されていたのはたしか。ときには「クメール・ルージュ(カンボジア赤軍)」と呼ぶ人も(クメール・ルージュによる虐殺の裁判の時期だから、そんな用語が出てきたのかな)。しかし、封鎖に参加した学生の全てが極左の活動家というわけでもなかろうに。そういうレッテル貼りには私は反感を覚えます。そして、学生たち自身も同じように反発を感じたのではないかと思うし、学生がマスコミに対して不信感を抱いたとしても不思議ではないと思います。 ル・モンドは、11月17日、レンヌ第2大学のスト参加者がマスコミ関係者を異常なまでに警戒し、排他的態度を見せているという記事を載せました。(11月20日の更新歴があり、掲載後に手を加えられています。) この記事の最初に、レンヌ第2大学の学生たちが記者たちに対し有刺鉄線を張りめぐらせたと書かれています。 しかし、掲載同日(11月17日)、先にご紹介した「Arret sur images」は、この記事が正確さを欠いていることを指摘しています。それによると、11月12日のリベラシオンにも、レンヌ第2大学の学生たちがマスコミを遠ざけようとしている記事が掲載されたのですが、そこには「有刺鉄線を模した線が描かれている」と伝えられています。つまり、ル・モンドの記事は、本物の有刺鉄線が張られたかのように報じているけれど、実際は有刺鉄線の絵が描かれていたということ。「有刺鉄線」と「有刺鉄線の絵」がどんなに違うことか…。 その後、問題の記事には「黒マジックで地面に描かれた有刺鉄線」と修正が加えられています。また、ル・モンドは、筆者の訂正記事を載せています。 ご本人の言う通り、マスコミに対する不信感が募っているときに、このミスはかなりまずかったと思います。今回、訂正記事を出さずにはいられなかったのでしょう。それにしても訂正と謝罪がちょっと遅いような気がする。 ル・モンドは、社説で大学の学生運動を取り上げたときに「極左には良いチャンスだろう」なんて書いていたことがあったし、他にもル・モンドで検閲があったという記事を「Arret sur images」で読んだり、そこでも取り上げられているけれど「Une erreur de casting rue de la Banque」という記事を読んで嫌な気分になったり…と色々なことが積み重なり、最近、ル・モンドにはいい加減嫌気がさしてきた。ル・フィガロやリベラシオンのように政治傾向が一本化していなくて、多数の観点の記事が読めるところが気に入っていたけれど、世論操作に加担しているのではないかと疑いを感じさせるような内閣同調の記事や、読んでいて不愉快になる記事が多いとちょっとなあ…。 ところで、先日リンクを貼ったリベラシオンの「Les JT cassent la greve」という記事は、「Arret sur images」のレンヌ第2大学の有刺鉄線に関する記事から見つけたもの。(このリベラシオンの記事、大変気に入っています。)その後、交通ストが終わり、一息ついたせいか、他にもJT批判が出ています。だいぶ時間が経った23日、Nouvel Obsで「Acrimed denoce le traitement de la greve par les journaux de TF1」という記事を見つけました。また、ル・モンドでもTF1の昼のニュース・キャスター、ジャン-ピエール・ペルノーに対する批判が取り上げられています。 (…しかし、ル・モンドのこの遅さは何だろう。そしてこのタイトル…。厳しい視線で見始めると、色々なことがネガティブに見えてしまうなあ。書いているのはラファエル・バケだし。このおばちゃん、嫌い。) ※11月27日、少し加筆修正しました。 |
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先日、JT(=Journal Televise、昼・夜のテレビニュースのこと)のストライキ・バッシングについて書きましたが、この傾向については「Arret sur images」のサイトで批判されていました。
たまたまこのサイトに辿り着いたのですが、「Arret sur images」とは以前、国営放送France5で放映されていた番組。マスコミによる情報伝達の検証をする番組で、ファンも多かった。それが、番組編成の改変に伴ない、姿を消してしまったのでした。これには政界とつながりのある上層部からの思惑が働いた…という推測が有力。 で、この番組を率いてきたダニエル・シュナイデルマンがサイトを立ち上げています。既に共有動画などを用いて、日々、新着記事がアップされています。 っていうか、つい最近まで、サイトが立ち上げられてたことを私が知らなかっただけなんだけど。ずいぶん前からやっているみたい。 インターネット上で再出発するため、資金として閲覧者の年間契約を募っています。興味のある方は是非加入を。 「Arret sur images」には、広告主に左右されずにマスコミ批判を続けてもらいたいと思っています。全くの微力ながらも応援する気持ちだけは満々なので、「おすすめサイト」としてしばらくバナーを貼っておきます。 ま、ダニエル・シュナイデルマンはリベラシオン紙に書いてる人だし、政治的指向もうかがい知れるところなので、嫌いな人は嫌いでしょうけれど。でも「(資本面での)自立」と「(政治的立場としての)中立」っていうのは違うしね。 |
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メディアの影響力がバカにできない(また、その相乗効果が現れている)と感じるのは、メディアで使用されたのと全く同じタームが一般市民の口から出てくるのを聞くときです。まるでそれが決り文句となったかのように。
10月のストのとき、サルコジが鉄道職員組合のところへ行き、「デモやストという『脅し(chantage)』には屈しない」と言いました。この言葉に関連していると思うのですが、最近とみに「人質(otage)」という言葉が聞かれます。ここ数日、私がニュースを見た限りで、駅でストの影響を受けて憤慨している利用客にマイクを向けると、必ず誰か一人は「人質」という言葉を使います。 特に意識せずに使っているにしても、この言葉の意味は知っているはずで、つまり自分が「犠牲者」だと感じているということなのでしょう。そして、ストは、利用客を「人質」にとった「ゆすり」、「脅し」であるという考えが背景にあるのかもしれません。 どうもこういう言い方には「犠牲者ぶることで自分達の正当性を主張する」という態度が見え隠れしているように感じられ、聞いていて非常に居心地が悪い。 この言葉の波及効果のすごさに驚いたのは、なんとセゴレーヌ・ロワイヤルまでが使っている!曰く、「市民を『人質』にとっているストは、早期解決を努力しない内閣に責任がある。」 また、別の場面では、マダムが「私たちは『人質』になってるのよ!私たちは毎朝4時に起きて仕事に行ってるっていうのに、サルコジはプライベートの飛行機で移動してるなんて!」と叫んでいました。 こうなってくると、なんだかよくわかりません。「人質」って何なのでしょうか。 ところで、ニュースで報道されているのは、いつもそうなのだけれど、労働組合の代表が話し合いを提案したとか、担当相がこう答えたとか、SNCFの社長がこう発言したとか…という進展状況と、電車の稼働率はどれくらいとか、今朝の駅の様子はどうだとか、市民はどう移動しているかとか…という一般市民の生活の現状が主です。でも、こうした報道以外に、このストで鉄道職員が撤回を要求している改革の行く末などについて、市民が考えてみるに足りるほど充分伝えられているのかは疑問。例えば、年金保障の支払いを37.5年から40年にのばすことは絶対に譲れない、と内閣は言っているけれど、その見返りが要求されるはずで、それが年金額を増やすとか、給料を上げるといったものであった場合、支払い期間をのばすよりも国家の負担額が増える可能性がある。また、支払い期間の「一律化」といっても、民間企業に勤める人たちのそれは、もうじき41年、42年とのばされることになっている。逆に言えば、今、公務員の特別枠の改革をやっておかないと、民間企業労働者との支払い期間の差が大きくなってしまうのでまずいことになる。つまり、内閣は、この期間延長を視野に入れて、今回の改革にこだわっていると考えられる。…と、こういうことは、普段のTVニュース(いわゆるJT)ではあまり聞きません。 「自分が『人質』である」と言っている人たちの多くは、多分、ストをやっている鉄道職員には連帯を感じていなくて、「自分には関係ないことなのに被害を受けている」と思っているんだろうなあ。だけど、このトンネルの出口で、国家の負担が増えることになるかもしれないとか、自分たちも改革の対象になる…つまり後から自分たちに降りかかってくる可能性がある、ということを知っているのだろうか。前回書いたように、ストに刺激された感情がメディアに影響されて、もし「操作」されているのだとしたら、それによって得する人たちの「人質」にそれと知らずになっているのでは。「人質」とは「脅しの手段として拘束される人」のことなのだから、もし政府がストを打破するために世論を味方につける、言い換えれば、もし政府がスト参加者を「脅す」ために世論を「拘束」するのなら、メディアに形成される世論にのっている人たちは皆、やはり「人質」なのでしょう。 メディアといえば、最近、サルコジが全く姿を見せません。何か問題があれば、担当相に任せておけないって感じでしゃしゃり出てくるあの人が。なんか怪しい。デリケートな状況だから、ヘマしないように隠れてるんだろうか。週末までに何か演説する予定らしいけど…明日の水曜には労働組合との話し合いが予定されていて、事態が進展すると予想されているところなので、その辺、計算しているのではないかという気がします。ま、出てこないなら出てこないでいいのですが。ル・モンドのラジオ・ザッピングに、「このストでいいこともあった。それはサルコジを全く耳にしないことだ」というどこかのムッシュウの声がのっていました。同感。 |
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国鉄SNCF、およびパリ市内交通RATPのストに突入してから5日が経過(本日6日目)。
パリ市内の交通機関は、一日目は本当に全滅って感じ(無人運転の地下鉄14番線を除く)で、その後、徐々に稼働率が上がるか…と思いきや、週末いっぱいまでは動かない路線も多かったです。今日は先週よりちょっと動いているみたい。 今回のストは、1995年のストとよく比較されます。というのはストの理由が一緒(鉄道職員の年金特別枠の改革への抗議)であるため。しかし、ちょっと違う背景があり、そのため、一般市民の反応がずいぶん異なると分析されています。 まず、95年は、民間企業に勤める一般市民の年金改革が先に行われ、世論はこれに不満を抱いており、鉄道職員ストをきっかけとした年金制度の見直しに期待しているところがありました。しかし、改革がだいぶ進められている今回のストでは、鉄道職員の特別枠は少数派となっており、年金支払い期間の一律化、すなわち「平等化」を認める声が世論に多い。また、95年の改革は、国民の関心が向いていないうちに着手されたため、政府に裏をかかれたように感じる人が多かったそうです。ところが、今回は、大統領選挙期間中からサルコジ(というか、彼に限らず各候補者)が公約に掲げていた改革であり、サルコジが当選したということはその改革案も国民に認められたと考えることができます。 そのようなわけで、一般世論は、「鉄道職員が改革に反対してストをしているのは正当でない」という考えに傾いている模様。 先週水曜(14日)のル・フィガロでは、「57%のフランス国民は、内閣が譲らないことを願っている」としています。 でも、これ、記事のタイトルがweb版とアナログ版で違うような気がするな。内容もちょっと違うし。私が紙面で見たのは「61%のフランス人がストに反対」だったような…。そんで、サブ・タイトルが「8?%(はっきりした数字を忘れました)が、内閣が譲らないと思っている」だったと思う。勿論、「譲らないことを願っている」のと「譲らないと思っている」のは違うわけで。衝撃的で都合のいい方(誰に?)をでかでかと見出しに持ってくるわけね…と思いました。 この世論調査の結果ですが、調査機関によって数字が異なります(当たり前ですが)。経済紙、レ・ゼコーでは、ストに反対しているパーセンテージが55でした。これはル・フィガロ自身、記事中(紙面の)で言っているのですが、レ・ゼコーの調査では、質問中で「スト(greve)」ではなく「抗議行動(mouvement)」という言葉を使っており、これが答える人の心理に多少影響しているのでは、とのこと。 昨日の日曜には、パリでスト反対のデモがありました。「メトロ、働け!」「ストをストップ」、ときに「労働組合はファシスト」といった極端なものまで、スローガンを掲げての行進。また、大学の封鎖に反対する学生もこれに合流して意思表明。主催者によれば2万人、警察によれば8千人が集まったそうです。(ブーブー言っていても、わざわざデモをするまでの気概のある人はそうそういないだろ…と思っていたけど、結構集まったんですねえ。)昨日の夜、討論番組を見ていたら、歴史学者で経済学者のオッサンが「70%の国民がストに反対している!」と言っていました。…って、どっからでてきたんだろう、その数字。いつのまにか跳ね上がってる?新しい世論調査の結果なのだろうか。 さて、ストの始まる前から、世論がストに反対であるというニュースがメディアで流れていました。それでも疑問に感じるのは、卵とニワトリじゃないけれど、世論が先かメディアが先か…多分相乗効果なのではないかと思いますが、メディアが世論形成に一役買っているのではないかということです。そしてそうであるのは多分間違いない。 テレビで、ストに怒っている人の声がよく流れているけれど、「みんなそう思ってるんだから」という意識のもと、「ああほんとうにストには頭にくる!」とカメラの前で率直に言うことができるようになったのではないかという気がするのです。それがまたテレビで流されて、「やっぱりみんなそう思ってるんだ」「みんなそう言ってるんだから、そう思うのが当たり前」と確信する、そしてまたインタビューを受けたら「スト反対!」と言うようになる…という循環かつ相乗の効果があるのではないかと思います。 最近、本当に、テレビのニュースではスト反対派が圧倒的な印象。先日、たまたまチャンネルを変えた先のM6のニュースで、「Allez, jusqu'au bout!(最後までやり遂げろ!)」とストを応援する一般市民の声を聞いたとき、別の話題かと思ってしまったくらい。それくらい、「みんな」がストに反対しているみたいな雰囲気。本当はストを応援している人もいると思うんだけどなあ。最近のメディアの反スト傾向について、リベラシオンの記事「Les JT cassent la greve」を読むと面白い。 ストに対する怒りというのは、まず、いつも通りに進まない、問題(交通手段がない)解決の努力と苦労を強いられるということにあるはずで、頭にきたり嫌気がさしたりするのは当然。問題は、「その怒りがどこに向けられるか?」。一番の矛先は、まず、直接的起因となっている、ストをやっている人たちでしょう。でも、ストをやっている人たちに共感していれば、別のところに向けられるはずです。そのとき、内閣に不満があれば内閣が的となるでしょう。実際、95年のときがそうだったと言えます。 ストに突入する直前、各紙の社説で、やはりこのことが鍵になっているという見方が多かったようです。すなわち、世論調査によると今回のストには正当性がないという意見が多いが、ストが長引けば、最近の漁業組合のストに見られたような石油高や物価高などに対する国民の不満と一体化して、矛先が内閣ならびに大統領に向けられるのではないか…と。でも、ポピュリストで世論に気をつけてきたサルコジが、世論の流れが自分に不利になるような状況を簡単に許すわけがない。やっぱりメディアを道具に使うだろうし。 確かに、ストの理由の正当性に疑問をもつ人が過半数なのかもしれませんが、そのことと、ストによる不便さへの怒りは区別されるべきだと思います。実際、先に触れたル・フィガロとレ・ゼコーでの世論調査の結果の違いからもわかるように、「スト」に対する反感と、「抗議行動」に対する反感には差があるはずです。もしメディアが、駅のプラット・ホームに立つ人々、つまりストの「犠牲」となった人々の声ばかりを拾って流しているのなら、この二つが混同されている(もしかしたら意図的に)されているような気がします。なんとなく「感情」を利用されているような感じ。 「スト」に対する反感がなく、ただ純粋に「鉄道職員の抗議には正当性がない」というのだとしたら、どうなのでしょうか。ストを抜きにして、本当に反感を持っているのでしょうか。もし鉄道職員が現在のようなスト以外の抗議行動を起こしているなら、国民のほとんどが無関心を示すのではないか…なんて考えてしまいます。(って、ストは、直接関係のない人の関心を起こすための手段でもあるわけなので、それでは意味がないかもしれませんが。) そこで質問:どうしてみんなオペラ座のストには反対しないの?? 彼らも「特別枠」の廃止に抗議してストをしているんですけど。そのことについては、メディアでほとんど話されない。それに、どうも国民は全くといっていいいほど無関心らしい。 ところで、ストに突入する少し前、SUD Rail(鉄道職員組合の中でも急進派)と 公共・交通機関利用者連盟 (FUT-SP)が、別のストのあり方を提案。どんなストかというと、乗車賃を無料にするスト。これは、ヨーロッパ人権裁判所(CEDH)が合法であると認めた事例から生まれたもの。以前、トルコで、料金所の人たちがストとして無料で車を通過させたことがあり、これが労働組合の抗議行動としてCEDHに認められました。フランスの国鉄では現在のところ、こうした行為はストの一環とは認められておらず、「職業上のミス」として重い処罰を受けてしまうそうです。そこで、労働組合が、CEDHの判例をもとに、こうした無料ストが認められるように討議を求めたとのこと。利用者連盟もこれを歓迎。ただし、実際にこうしたストが可能となるまでは長い時間を要するそうです。また、SNCFは、切符所有者に対して安全を保証しているので、事故があったときに問題がある、としています。更に、このストは一定の職業、つまり検札係にかかっており、彼らがストに参加しなければ実現できません。でも、ひとつのストの形として認められれば、スト反対派もずいぶん意見を変えるでしょうね。 参照: Liberationより 「Rouler gratuit les jours de greve ? Pas si simple」 Rue89より 「Antigreves: la video de la vraie manif de droite」 |
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昨夜、フランスとモロッコのサッカー国際親善試合がありました。
交通ストの中、サン・ドゥニのスタジアムまで行くの、大変だろーなー、どうなっちゃうのかなーー…と思っていたら、ニュースを見た同居人いわく、このための足はSNCF(国鉄)がなんとか確保したとか。 M6で必見「N.C.I.S.」を1話見た後、TF1にチャンネルを変えたら、前半の途中(35分くらいだったかな?)でした。観客席からは、フランス・チームにボールが行くと勢いよくブーイングが。モロッコがきわどいところへ行くと、「ワーッ」「オーッ」っとすごい盛り上がり…。それに、やたら赤(モロッコのユニフォームの色)が目立つ。っつーか、圧倒的。これ、ホントにフランスでやってるんですか?? 最初を見てないのでわからないけど、国家斉唱で「マルセイエーズ」もブーイングを受けたんじゃなかろーか。 モロッコ・チームなんて、正直、ワールド・カップでも聞いたことないし、弱いのかと思ってたんですけど。いやあなかなかがんばってましたね。結果、2-2の引き分けでした。 フランス・チームは、半分くらい新しい選手(または久々に入った選手)だったし、ボールがうまくまわっていなかったような。 っつーか、モロッコのサポーターの応援に気圧されたっていうのもあるんだろうなー。 |
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さっきテレビを見ていたら、EDF・GDFのストは「供給停止もありえる」とのこと。供給停止はさすがに珍しい事態らしいですが、実際、10月18日のストでは、「一部」への電気を止めたのだそうです。
その「一部」とは……ヴェルサイユの大統領付き公邸など。 今回も、内閣関連への供給をストップする予定だとか。 逆に、未払いなどで電気を止められている家庭に供給するそうです。(←これ、イイ!) 今のところ、SNCFのTGVは8分の1の稼動が予想されています。 RATPは、48時間前の予告で、メトロの全ての線で10本に1本、バス・トラムも同様、RERのA線は「ほとんどなし」、B線が「全くなし」。 13日12時に、24時間前予告が出るそうです。 サイトで確認しましょう↓ http://www.ratp.fr/ または電話で↓ numero vert RATP (固定電話からフリーダイヤル): 0 800 15 11 11 |
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改革に関連した場だけでなく、漁業関係者のストもありました。
こちらは、石油の高騰により、漁船で使うガソリンのコストが上がっていることへの不満から。 港を閉鎖するストって、たまにあるんですよね。(おかげでフェリーを使ってロンドンからパリへ帰るのに、ベルギー経由になって、22時間かかったことがある。) 今回、港でタイヤを燃やすなど、絵としては派手なパフォーマンスで、かなり一般市民の注意をひいたのではないでしょうか。火の手があがっていると怒りが伝わってくる感じですな。 このスト、何日続いたかはっきり数えていませんが、佳境に入ったところでハイパープレジデントが現場へ。勿論、ブーイングの嵐。この模様は、先週、テレビで一番多く流された映像の一つではないかという気がします。 この中で、「C'est toi qui as dit ca? Descends pour le dire!」と言っているのですが…って、いきなりtutoyerかよ! 日本語に訳すと、「今言ったのはお前か?それを言うならここに降りてこい!」って感じですかね。で、普通、知らない人にはvouvoyerでしょ。(「tutoyer」だと「キミ」、「vouvoyer」だと「あなた」って感じで、後者の方が丁寧語になります。)他の漁師と話しているところを見ると、ちゃんとvouvoyer使ってるから、そのときだけキレちゃったのかなー。 そのキレぶりがうかがえるのが、続いて「Si tu crois qu'en m'insultant tu peux arreter le probleme de pecheur…(もし侮辱することで問題が解決すると思ってるんなら…)」と言った直後、「t'en pulpan te tchucher」(多分)と言っています…????意味不明。(これはさすがにフランス人でも「?」な内容で、一部で大ウケ。) 結局、このとき、三つの措置を提案し、漁業組合は一旦落ち着いたものの、翌日までストを継続。政府に確認をとってから漁業を再開しました。 サルコジが提案した三つの措置というのが、 1.雇用分担金を一定期間免除する 2.ガソリンの値段を魚の市場価格に反映させる 3.低燃費モーターへの推進を促す というものだったのですが、農業漁業相のミッシェル・バルニエはそのうち二つだけ(1と3)を適用措置として提示。 っていうか!!2は何!? 今まで魚の売値に入ってなかったんかい…。(市場価格システムはよく知らん。)それでもあんなに高いのー、お魚。港からパリまでの輸送費とかがまた高いのかしら。 …それで、サルコジは、今でも魚は充分高いのに、もっと高くしようっての!? 結局、消費者にしわ寄せくるんじゃん!! 何が「購買力の向上」じゃ〜!そんなもん、あがらんわ! しかし、これらの提案、ヨーロッパ委員会によると違反らしいです。ただ2だけは競争原理に沿っているからOKなんだって…。 そういうわけで、一応は落ち着きましたが、本当に救済措置が適用されるかどうか確証が得られなければ、そして石油高がこのまま続けば、またスト再開の可能性がありそうです。 |
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ギィ・モケがシャトーブリアンの仲間と共に銃殺されたのが10月22日。この日、ギィ・モケにオマージュが捧げられましたが、その後、10月25日にパリのメトロのギィ・モケ駅を通ったら、ホームは一面ギィ・モケのポスターになっていました(と、同居人が報告してくれました)。
このポスターは、ギィ・モケのポートレートに、彼の書いた最後の手紙が透かしで入っています。 そして反対側のホームにも。 こちらはギィ・モケが最後の最後に残したという文句、「残った友よ、僕たちに負けないくらい立派であってくれ!死にゆく27人。ギィ・モケ」(かなり意訳)と書かれています。 仏語ウィキペディアによると、これは家族に宛てた手紙には書かれたのではなく、銃殺に処される前に入れられた小屋の壁に書かれていたそうです。 ホーム中ほどには、ギィ・モケについての説明コーナーが。捧げられた花束は、労働組合CGTや政府から。 また、こちらにもギィ・モケの手紙の写し(の抜粋)。ギィ・モケに関する説明コーナーは以前からありましたが、たしかもっと小さかったような…。それに、こうした一面のポスターといい、献花といい、メトロのギィ・モケ駅で今までこのような催しはなかったような気がするのですが。まあ結局、なんだかんだいってやっぱり大統領の影響力は大きかったですよっつーことでしょうかね。 |
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(更新にちょっと間があいてしまいましたが、前回の続きです。)
ギィ・モケの手紙を教育機関で読むようにというサルコジからの通達には、教員からだけでなく、共産党内からも反発がでました。 共産党員がこの問題に敏感に反応したのは、ギィ・モケが共産党員であったこと、またレジスタンス運動で共産党員が活躍したことなどから、「ギィ・モケは新自由経済主義を推奨するような大統領とは対立する共産党のもの」という考えが背景にあったのでしょう。 実際にレジスタンス運動に参加した共産党員、またそのために命を落とした共産党員は数多くいたようです。戦後のフランス共産党の躍進は、そうした「レジスタンス」のイメージのおかげもありました。しかし、歴史を再検してみれば、共産党が戦後、ギィ・モケのイメージを利用してきた面があるともいえるかもしれません。その点において、今回「サルコジが歴史を政治利用している」という批判が出たときに、「それは今に始まったことではない」とする逆批判も出ています。これについては後述します。 さて、肝心のギィ・モケですが、どういう人であったか、フランス国民には一般常識としてよく知られているのかどうか、ちょっと疑問に思いました。 私自身、ギィ・モケの名前は知っていましたが(パリ市内に地下鉄の駅があります)、どういう経緯で銃殺されたのかよく知りませんでした。そこで、仏版ウィキペディアのギィ・モケの項目でお勉強。 ギィ・モケは1924年4月26日パリ生まれ。彼の父親、プロスペール・モケは、鉄道労働組合員で共産党員、パリ17区の議員でした。1939年、独ソ不可侵条約締結後、フランスの共産党は解散、プロスペール・モケは議員の資格を剥奪された後、他の共産党員らと共にサボタージュや軍の士気喪失に関与した罪でフランス政府に逮捕され、アルジェリアにあるフランス人強制収容所に送られました。父親の逮捕にショックを受けたギィ・モケは、政治活動にますます熱を入れることに。彼は、母親や弟と共に、ノルマンディー地方マンシュ県に一旦疎開しますが、一人でパリに戻り、青年共産党の仲間に加わります。そして政治ビラの配布などをしていました。1940年10月15日、地下鉄の東駅で、ギィ・モケは共産主義思想の政治宣伝活動をした罪で逮捕されます。パリのサンテ刑務所などを経て、1941年5月15日にロワール・アトランティック県シャトーブリアンにある収容所へ送られました。ここには、1939年9月から1940年10月の間に逮捕された共産主義者たちが収容されていました。1941年10月20日、ナントでドイツ司令官のカール・ホルツが3人の青年共産党員に暗殺されるという事件が起き、ナチスはこれへの報復としてフランス人銃殺を指令します。これ以前にもフランス国内でのドイツ人暗殺があったため、ヒトラーはドイツ人一人につきフランス人100人の死刑を望んだといいます。カール・ホルツ暗殺事件では、最初にヒトラーから50人銃殺の指令が下り、48人が処されました。その後、犯人が捕まったため、ヒトラーは残り約50人の処刑を諦めたそうです。パリ軍司令官であったシュテュルプナーゲル将軍は、大量銃殺に反対し、また「良いフランス人」を守るため、選定基準として共産主義者を指定しました。カール・ホルツ暗殺の報復として銃殺に処されたのは、シャトーブリアン収容所から27人、ナントの囚人16人、パリの刑務所に入れられていたナント出身者5人でした。この「シャトーブリアンの27人」にギィ・モケが入っていたのです。他に、パリ15区の共産党議員だったシャルル・ミッシェル、パリ地区の製鉄業労働組合CGTの書記長だったジャン−ピエール・タンボーなどがいました。ギィ・モケは、銃殺に立ち会うことを引き受けた神父に「私が一番若いので、歴史に残るでしょう」と述べたと伝えられています。さて、近年、ギィ・モケがレジスタンスであったかどうかは、歴史家の間で疑問が付されています。 ギィ・モケが共産主義や社会主義に傾倒していたことは間違いありません。彼が逮捕されたときに持っていた詩というのが残っていますが、そこには「我らの国の謀反人ども、資本主義の手先たち、奴らをここから追い出そう、社会主義を築くために」と書かれています。 また、1940年当時の共産党にとっては、反ドイツという国家的要求よりも、市民の生活保護や労働者の権利といった社会的要求の方が優先課題だったそうです。共産主義者の中には、独ソ不可侵条約締結後、党から離脱し、レジスタンス運動に向かった人たちもいましたが、ギィ・モケの父親、プロスペール・モケはそうではなかったという話もあります。また、ギィ・モケが配っていたビラは、特に市民生活の窮乏を訴える内容でした。「産業界のボス(シュナイダー、ド・ウェンデル、ミシュラン、メルシエ〔…〕)、ユダヤ人であろうがカトリック教徒、プロテスタント、フリーメーソンであろうが、皆、金銭欲に満たされた精神によって、労働者階級への憎悪によって、我らの国を裏切ったのであり、外国による占領を余儀なくさせたのだ〔…〕サン・トゥアン大通りの貧民街の労働者から、エトワール広場近辺の会社員、バティニョールの公務員をはじめ〔…〕、若者たち、老人たち、未亡人たち、皆が貧困と闘うことで一致している…」と書かれていたそうです。ギィ・モケにとっての敵は、ドイツ軍よりも、私腹を肥やした資本家であり、貧困であったということでしょう。そう考えると、「ドイツ占領に立ち向かうレジスタンス」という像と一致しなくなります。 それなら、サルコジが「レジスタンスとして若い命を失った者」としてギィ・モケを称え、人々の胸をうつ最後の手紙を読ませようというのは、どこかズレていないでしょうか。 実際、多くのフランス人は、ギィ・モケを若きレジスタンスとして敬意を表してきました。それは、戦後、共産党が自らをレジスタンス運動の立役者であるとし、党員であったギィ・モケも「若く情熱に燃えて死んだレジスタンス」であったとして宣伝に利用したため、世の中の理解がそのように広がったのではないかと推測されます。そして今回、そのような批判が出ていました。 では、どうしてこのようなズレた見識のままで大統領はギィ・モケの手紙を読まそうというのか。 個人的な感想ですが、私は、「レジスタンス」の「国を守る闘士」、「愛国者」という面を取り上げ、「若い命を失った」ことが人の心を打つという点を利用した、一種の「政治操作」のように感じます。そして、共産党のものであったギィ・モケを右派である自分が取り上げることで、「左右の対立を越えたフランスを築く」というパースペクティブを印象づけようということなのだと思います。 しかし仮にギィ・モケがレジスタンスであったとして、レジスタンスが単に「愛国者」であったと言えるでしょうか。レジスタンスとは、それと同時に、ドイツ軍の占領下にあったヴィシー政権に対する抗いでもあったはずです。事実、共産党がレジスタンスに参加したのは、このラインに導かれたところもあったからだと思います。だから、マリー−ジョルジュ・ビュッフェがブラン・ムニルの高校で、レジスタンスとは「不当なこと、差別に出会ったとき、それへの参加を促されるもの」と言ったことは正しいと思います。 現大統領がギィ・モケの手紙を、ある一つのイメージのもとに読ませようということ、それは「何か」が捻じ曲げられ、「何か」のある部分が隠されているように感じます。その「何か」とは、多分「歴史」であり、しかしそれはユニヴァーサルに決定されて刻み付けられるそれではなく、解釈しなおされつづけるべきものだと思います。 もう一つ、付け加えておくならば、ある観念のために死んだ人を「神話」に置き換え、一つの「象徴」として利用することは、テロ組織、ファシズム、スターリニズムに共通する特徴ということが、ちらっと頭をよぎりました。(そういえば、ギィ・モケの「神話化」であるとして反発していた教師もいました。) |
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