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先週月曜、10月22日はギィ・モケが銃殺された日。サルコジからの通達で、この日、ギィ・モケが死ぬ直前に書いた手紙が全国の教育機関で朗読されるよう指示されていました。
ギィ・モケは、1941年、17歳の若さでドイツ占領軍から銃殺された少年。「国を守るためにレジスタンス運動に身を投じ、若い命を失った者」であるとして、サルコジが称賛、「国のために闘った先人たちがいることを若い人たちに知ってもらうために、彼の最後の手紙を教育の場で読み上げることを望む」と述べ、命日の朗読が決まったわけです。しかし、この指示に対し、教員から反発が。その理由として、「歴史を政治の道具としている」「私たちがやる教育は大統領に決定されるものではない」「理性的批判と距離をとらずに感情へ訴えることは、私たちの教育と無関係」などといった声が多数。 このギィ・モケの名を引っ張り出してきたのは、サルコジの「ペン(筆)」であるアンリ・ギアノ。彼は教員らの反発について、「感情を共有する時間を非難のタネにするなど、そういう教員らの倫理がどういったものかわからない」「一部の教員が政治屋的な政治をやろうとしてこの手紙を利用していることは誠に遺憾だ」「イデオロギー的な不安にすぎない」とコメント。 10月22日、イグザヴィエ・ダクロ教育相は、ドルドーニュ県ペリグー市の高校へ出向き、そこでギィ・モケの手紙を朗読。高校の前では、共産党員や反対派の教員たちに迎えられ、批判の声を浴びました。自身がその高校で教鞭をとっていたことのある教育相は、「教育の文脈で朗読が行われるよう配慮した」と主張し、「殆んどの場合、この手紙が問題なく読まれている」として「一本の木が森を隠す」ことがないように願うと報道陣に述べました。また、ラシダ・ダティ法務相は、パリ郊外のヴァル・ドゥ・マルヌ県ヴィユジュイフ市の中学校を訪れました。到着時、待ち構えていた国境なき教育網(滞在許可証のない学童を強制退去から守る運動をしている団体)のメンバーや共産党員からブーイングを浴びました。「ギィ・モケを解放しろ」「フロリモン(子供の強制退去を阻止しようとして逮捕された教員)を解放しろ」などの野次が飛んだとか。 一方、共産党書記長のマリー−ジョルジュ・ビュッフェは、セーヌ・サン・ドゥニ県ブラン・ムニル市の高校で手紙を朗読。その際、「ギィ・モケが現在生きていたら、国境なき教育網の一員だったかもしれない」と述べ、「レジスタンスたちが行った抵抗運動は、現在でも、差別や不当なことに出会ったとき、私たち一人一人が参加を促されるかもしれないもの」と生徒達に話しました。 さて、朗読指示を出した当の大統領は、パリ市のカルノ高校を訪問する予定でした。ギィ・モケはこの高校の生徒だったらしい。朗読が予定されていた前の週、反発を表明している教員たちは、この訪問に備え、朗読拒否の理由を文書にして作成。また、前日には高校前で反対デモが行われました。ところが、大統領は「外交で多忙につき都合がつかない」として、訪問は取りやめ。その日の午後にはモロッコへ飛びました。この急なキャンセルについて、リベラシオン紙は「対立を回避した」と見なしています。 手紙の朗読は義務でしたが、大統領府と教育相は「遂行しなかったからといって懲罰が与えられるものではない」としています。実際に読まなかった高校もあったようです。しかし、教育省の発表によると、95%以上の高校で手紙の朗読が行われたとのこと。 とはいえ、読んだからといって「問題がなかった」、または「反発がなかった」わけではないでしょう。 ル・モンドのサイトでは、高校教師の声を集めていましたが、レジスタンスはギィ・モケだけではないことを強調したり、他のレジスタンスたちの手紙も一緒に読んだり、またはギィ・モケが配っていた政治ビラも読んだり…と様々な「オプション」が追加されたようです。 (このギィ・モケ関連について、引き続き触れていきたいと思います。) 参照: Le Journal du Dimanche au quotidienより 「Guy Moquet, la lettre polemique」 Yahoo Franceより 「Xavier Darcos chahute avant de lire la lettre de Guy Moquet」(Reuters) 「PCF: la lettre de Guy Moquet lue par Marie-George Buffet a des lyceens du 93」(AFP) Liberationより 「Lettre de Guy Moquet: Dati chahutee a Villejuif」 「Sarkozy fuit la lettre et les manifs」 Le Mondeより ギィ・モケの手紙全文が読めるサイト(仏語): Comprendre et enseigner les racines de l'Humanisme内 「Derniere lettre de Guy Moquet」 |
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27日の土曜、友人から「ソルボンヌでスラヴォイ・ジジェクの講演がある」と教えてもらい、行ってきました。
フランスでも(ポップ・)スター扱いになりつつあるジジェク。写真を撮っとこうかなーなんてミーハー心が疼いたものの、カメラを忘れてしまった…。 講堂はやっぱり満席。他の教授らと一緒に入ってきた彼は、一目で「ジジェク」とわかる風貌。ひげぼうぼうでTシャツ姿だもの。喋り始めたら、神経質っぽくやたらTシャツの首や袖をひっぱったり、手を振り回したり、鼻をつまんだり、落ち着きない。ユーモアたっぷり(とみんなは喜んでいたけど、正直、あれくらいのユーモアは寧ろ当たり前であって、私はそんなに絶賛するほどのユーモアとは思わなかったけど)、どっと笑いのわく場面も多く、聴衆に大ウケ。 この講演は「21世紀のマルクス」というセミナーの一環。今の日本じゃ、マルクスを真剣に勉強してる人なんてほとんどいないんだろうなあ。時代錯誤とか言われるんじゃなかろうか。いやいや、マルクスはいまだアクチュアリティで語られるわけよ(というか、今だからこそ語られるというか)。「21世紀のマルクス(Marx au XXIeme siecle)」のサイトはこちら。ジジェクの講演はカメラに収められていて、いずれこのサイト上で見られるようになる予定だとか。 ついでに。コレージュ・アンタルナショナル・ド・フィロゾフィー(CIPh)のサイトで講演予定をチェックしたら、アントニオ・ネグリもセミナーをやっていて、「現在、左派に何を求めるか」というような題目。「これからの左派の可能性」みたいな話は、フランスでは特に大統領選を通して浮上した問題。この前も週刊誌ヌーヴェル・オブサヴァトゥールで「いかにしてまだ左派であることができるか」という特集号があった。なんだかもうメディアの手垢にまみれつつあるわりには取り上げられる度にちゃんとした答えが提示されないようなテーマ…っつーか、それ以前にBHLが表紙なので手にとる気にもなれなかったのよ。でも、この号にアラン・バディウが記事を寄せているらしい。BHLとかがズレたことをさんざん言ってる後で、バディウの小さな記事がすべてをひっくり返すみたいな秀逸さだったと小耳に挟んだ。それは是非読まなければね。 ところで、ジジェクはアラン・バディウと「旧知の仲」で、講演の中でもやたらバディウを引き合いに出してた(「mon vieil ami」を連発)。ジジェクの講演を知らせてくれた友人から、バディウが木曜夜のテレビに出るというメールもまわってきた。このメールをすぐに開かなかったのと、内容を早合点して最後まで読んでいなかったので、気がついたのは土曜の朝。慌てて検索して、収録されたインタビューがフランス3のサイトで見られることを確認(リンクが早くに切れそうだけど、とりあえずこちらで)。私は外出準備で時間がなかったのだけど、留守番同居人は早速再生して見てました。番組内で紹介されている「De quoi Sarkozy est-il le nom」を買って来るよう指令を受け、ジジェク講演の後、サン・ミッシェルのジベール・ジョゼフに行って探しました…が、売り切れでした。 レ・アールのフナックにて購入。帰途、ちょっと読んだら、直裁的サルコジ批判バシバシ。これだけハッキリ言ってくれる人(それも著名哲学者)がいると気持ちいいなあ。後でテレビ収録の方を見ましたが、どうも本の内容と重なっている感じ。しかし、突っ込んだ哲学的な話はなく、非常に簡単でわかりやすかった。同居人が「ランシエールの言う『デモクラシー』を、バディウは『コミュニズム』と言ってる」と教えてくれて、実際に番組を見てみたら本当にその通り。コミュニズムですよ。 で、バディウ本人は、「コミュニズムのため」のテレビ・デビューだと言ったらしい。これからまだテレビに出るのかな。どうしたんだろ。フランスの現状に黙っていられなくなったとか? |
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しかし、朝動いていた地下鉄が、夜も動いているとは限らない。
帰りは、朝のニュースで3分の1の稼働率といわれていた4番線に乗ろうと、シャトレ駅に向かった。ホームにはすでに人がいっぱい。次の電車までの待ち時間を表示する電光掲示板には、「7分」となっている。そして、次の次の電車まで「76分」…?乗れるかどうかわからなかったけれど、とりあえず次の電車を待つことに。ホームにいる人々の表情を見まわしてみると、無心に本を読む人、心配そうに線路の先をのぞき込む人、いらいらと爪を噛む人、電光掲示板を見ながらにやにや笑っている人など…。しかし、10分経ってもあと「4分」。結局20分ほど待たされた。 電車がホームに入ってくると、ブーイングと口笛と拍手が沸き起こった。窓越しに見えた先頭車両の中は、隙のないほど混んでいるという感じではない。これなら乗れそう…と期待したのだが、扉が開くと同時に乗り込もうとする人波と、降りる人とがぶつかりあい、気がつくとはじき出されてしまっていた。私は片足しか乗せられない状態。満員電車に乗りなれていないフランス人、奥の方が詰まっていなくて絶対空きがあるはず…と、小声ながらも思わず「進んでください!」と言ってしまった。すると、一人の女性から「もう無理よ、空きなんてないわよ。無理よ、マダム」と返事。私の隣りで、同じく乗れるか乗れないかの状態だった女性が「中にいる人はそういうのよね」。私は、「甘い!これくらいで『もう空きがない』とか言うな!」という思いが頭をかすめ、「あなたがトーキョーを知っていたらね…」とひとりごちてしまった。絶望的になりつつ、他の人を見習って、入り口の上に手をかけて無理矢理押し入った。気がついたらギリギリ乗れていた。なかなか扉を閉める合図が鳴らなかったのも助かった。時間をかけてじりじりと押し入ったおかげで乗れたのだ。やっとベルが鳴ったものの、全ての扉が完全に閉まるまでは発車しない。私に「無理よ」と言ったマダムは、「何が起こってるの」「早く出発してよ」「早く」「ああ、クソッ!…あら、ごめんなさい」「ごめんなさい、ごめんなさいね」「もう次で降りるわ」…と、ずっとブツブツ言っている。パリでは、こういう状況でこういう人って必ずいるもんだ。そんで私はこういう人に一番イラつかされる。走り出してからしばらくして、急ブレーキがかかった。人々が雪崩れかかり、「キャー!」「アイユ!(痛いときの叫び声)」とそこここから悲鳴が。「ごめんなさい、でもどうしようもなくて」「大丈夫?」「なんで止まるのかしら!」なんて言葉がそれに続く。乗車率120%(だっけ?)の東京の朝の通勤ラッシュの電車では、こんなこと(ブウブウなにかしら言いつづけたり、悲鳴をあげたり)ってないよな…。東京の人は毎朝のことで慣れてしまっているのか、それとも文化の違いか…。どんなにギュウ詰めになっても、電車に大きく揺られても、小さなため息がもれる程度で、むっつりと重い沈黙がたれこめる東京の朝の車内を思い出し、今の状況と比較して、「こんなに違うなんて」と、なんだかおかしくなっしまった。 3駅目で、停車して乗り降りが終わり、扉が閉まった後になって「ここで降りるはずだったのに!」「降ろして!!」と叫ぶ人がいた。少しパニック状態に陥っているような声だった。周囲の人は「降りる人がいるよ、扉を開けて!」「もう無理ですよ」などと言っている。私の隣りにいた青年は「大したことじゃないじゃない、一駅くらい歩けばいいのに」と苦笑していた。結局、そのまま発車し、「次ではちゃんと降りる人が出られるように、みんな、準備しよう」と誰かが言うと「身体的にね」「心理的にも」と応える声が。次の駅では、ホームにいた人が我先にと詰めかけようとしたところ、扉付近の人たちが「降りる人がいるから、待って!」「降りる人がいるよ!」「この子、降りるよ!」などと口々に声をあげ、ホームにいた人たちもさすがに無理矢理乗ろうとはしなかった。 停車するごとに、扉が閉まらなかったりなかなか発車しなかったりした。途中、反対方向のホームでは、終着駅で警察と乗客の衝突があったため、運行を取りやめたというアナウンスが流れた。 車内で、誰かが「サルコジのせいだ!そうだろ?」と叫び、笑いが起こった。「勿論そうだ!」と言う人もあった。もう少し遠くで、別の誰かが「鉄道職員が自分達の特権を執拗に守ろうとしているのがおかしいんだ」と、怒りをにじませながら真面目くさった声で言った。これに対する反応はなく、一瞬、車内は静かになったように感じられた。私の背後にいた青年は「なに、政治の話をしてんの?やめてくれよー、頼むから、こんな状況で…」と笑った。隣りにいた青年は「ホントだよね」と請け負い、二人で「とにかくもっと働けっていうんだろ」「もっと疲れるためにもっと働く(Travailler plus, pour crever plus)」と言いあって笑っていた。 他の駅では、ホームで男性が何やら叫び、扉付近の人たちが爆笑していた。よく聞き取れなかったのだが、「俺をおいていかないでくれ、サルコジよ!」と言っていたようだ。 ようやく目的の駅につき、そこからは約1時間ほど歩いて帰った。普段歩かない大通り、通ったとしても自転車で駆け抜けてしまうので気がつかなかったレストランや小さなカフェ、バーなどが沢山ある。「こんなところにアフリカ料理店が」「こんなバーもあったんだ」と、キョロキョロしてしまった。いつもはどんな風なのかわからないが、多くのレストランやバーの中に、やたらと人が集まっているような気がした。なんとなく何かのイベント(例えばヴァカンスの始まりとか「音楽の日」とか)があるときのような、ちょっとお祭り気分な雰囲気があったように思う。 ストで混乱があったパリの中、フランス人のある種の柔軟性と、人生を楽しむ逞しさを改めて感じた。私はやっぱりまだまだフランスが好きかもしれない。 |
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木曜日、ストがあり、パリ市内の交通機関がほとんど麻痺。
私はその日、遅めの出勤だったけど、ちょっと早起きして出発準備。朝ご飯を食べながら、インターネットでヴェリブのサイトを検索し、近所に自転車があるかどうか、それから仕事場近くのスタンドの駐輪状況などをチェック。パリの外れのうちの周辺の自転車なんて全部出払っちゃってるにきまってる…と全く期待してなかったのだが、何故か5台ほどある!?壊れていて、誰も借りない自転車なのかも…なんて、あくまで懐疑的な私。しかし、家を出る直前、もう一度チェックしたら、今度は0台になっていた。ちゃんと動く自転車だったのか…。 ヴェリブを運営しているJCドコーは、この日、自転車の修理強化と、幾つかのスタンドにコンパニオンを配置するという措置をとったそうだ。 長距離を歩く覚悟で、一応、近くのヴェリブ・スタンドに寄ってみたら、なんと無事な自転車が2台も!見つけるや否や即レンタル(年間パスを持っていると、こういうときトクする)。どこまでいこうかなあ…と思案しつつ、道が混んでいて危ないもんで、運転に集中していたらついついいつもの道順を行ってしまった。やっぱり車、タクシーが多いのと、スクーターやバイク、自転車がい普段より圧倒的に多い。特にスクーターやバイクは、自転車と並んで走るので危ない。レンタル時間30分ぎりぎりのところで一旦返却。5分待ちながら、この後も継続して借りようかどうしようか迷ったけれど、若いカップルが自転車を借りに来たので譲ることにして、そこから仕事場まで歩いていくことに。予想していたことだが、そこら辺が境界ラインだったようで、そこから先のヴェリブ・スタンドはどこも満車。パリの中心に近づくにつれ、置き場のないヴェリブを抱えて焦っている人を沢山見かけた。 後でWEB版ル・モンドを読んだら、一般市民がどのように出勤したかの声が寄せられていて、サン・ラザール駅からヴェリブを借りてシャン・ゼリゼまで行ったものの、45分かかっても空き駐輪所を見つけられず、結局サン・ラザール駅まで戻って返却、そこからシャン・ゼリゼまで歩いたという人がいた。 雲ひとつない秋晴れの気持ちの良い朝で、仕事に向かう沢山の人が歩いていたけれど、なんとなくみんな楽しげに見えた。 「大幅に遅刻しそうだったら連絡してね」と言われていたけれど、結局、時間より早く着いてしまった。 1番線で出勤してきた上司は、郊外からの乗り換え客がいなかったため「いつもより空いていた」そうで、上機嫌。 日中はなんとなく車が少ないようだった。街の中は、比較的のんびりしていたような気がする。近所のクリーニング屋は閉まっており、銀行は受け付け窓口(金銭を扱わない窓口)しか開いていなかった。どちらも「ストで人がいないから」。働いている人がストをしているわけではなくて、交通ストで出勤できない人がいるということ。 そんな感じで穏やかに一日が過ぎた。 (続く) |
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ここ2、3日の訪問者数が少し増えているようなので、もしかして「サルコジ」「離婚」とかで検索がきてるのかなー…と思ったのですが、そういうことではないようで。
でも、本当に離婚手続きを始めているという噂。相変わらず大統領府は「ノーコメント」を通していますが。 サルコジの星回り、ホントに悪そうな感じ。明日はサルコジの年金改革案に反対する公共交通機関(鉄道・バス)の全面ストライキで、「サルコジの社会との初対立」と言われているし。 明日、市内の交通機関は本当に全然動かないみたいで、「暗黒の木曜日」と呼ばれています。っつって、水曜日の今日、もう始まってるらしいのですが。夜8時かららしいです。私が帰宅したときは、まだ普通通りだったけど。 最近は、ストといっても間引き運転だったりして、朝夕の通勤ラッシュは、ギュウギュウに詰め込まれてなんとか乗れる(東京だったらいつものことだけど)って感じなのですが、今回はそれも望めなさそう。なんたって動かないんですからねえ。小さなものも含めて8つの労働組合が同時にストを行うというのは12年ぶりだそうです。1995年、シラク大統領・ジュペ首相のコンビが改革をしようとして反発を受けたとき以来ですね。そういうわけで、明日、パリの地下鉄は、無人運転で動く14番線以外は一部を除いてほぼ壊滅状態になる予定。1,4,6番線は15〜25%の運行率だとか。…とはいえ、「乗れるかも?」なんて期待しないほうがいいのかなー。 空きヴェリブなんて、絶対見つからないだろうしなー。運営しているJCドコーは、「貸し出しの最高記録が出ると思う」なんてコメントしてるらしい。 というわけで、明日は歩いて通勤する予定です。歩いて行ける距離だからマシだけど。1時間早起きしないと。 通勤困難な場合、勿論職種によるのでしょうが、一部在宅での仕事を許可してもらうとか、振替休日(RTT)にしてもらう人とかもいるようです。ニュースを読んでいたら、仕事場の近い人のうちに泊めてもらうとか、乗合で自動車通勤するとか、工夫している人たちもいるみたい。って、なんか楽しそう〜〜…なんて言ったら怒られるかしら。 でも、なんとなく、「台風が来る前の準備」とか、そんな感じ。どこかしらちょっとワクワク。 (…といつまでそんな呑気なことを言っていられるやら?) |
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わーーーい!フランスが負けたぞ〜〜!!
と、試合終了の笛と同時に拍手して喜んでたら、道を挟んだ向かいのアパートのおじちゃんに窓越しにギロっと睨まれた。ナニ、かまうもんかあ。 ラポルトの苦虫を噛みつぶしたような顔!ザマーミロ。 たまにはいいこともあるもんだなあ♪ ま、こういうネガティブな願望がかなって喜ぶというのはあまりよくないことだと思うけれども…。 それにしても、ノ−トライじゃしょうがないでしょう。 いやあ、試合開始後約2分半後のイギリスのトライにはワロタ。 同居人は一応フランスを応援していたらしいが、あのトライにはさすがにフランスのダメさにあきれておった。それに、イギリス、フランス両者とも、試合の仕方が気に入らないらしく、フランスが負けたのも仕方ないっつーか、やり方がダメ!と怒っておりました。ドロップゴール狙いとか、ヘンなとこでキックとかしてないで、もっとボールつなげて粘ってトライにもってけ!とのこと。 決勝はどこかなあ。 同居人は、アルゼンチンは個人的に戦法が好きじゃなくて面白くないのでサウス・アフリカの方がよいらしい。 つーか、どっちみち私はそんなにラグビーに興味ないんだけどさあ。 興味ないだけに、フランスなんかどーでもよかったつーか、ラポルトめ負けやがれって感じだったの。 で、フランスが負けてはしゃいでいたら、さすがにラグビー好きな同居人にムカつかれました。 しかし、そんな私ですら、ラグビーなんか全然見てなかったっぽいパリ人たちが、突如「オン・ヴァ・ガニエー」とか歌って応援してるのを見ると、なんか馬鹿馬鹿しくなってくる。ケーハクでいや。勝てば何でもいーのか、君らは。 ところで、サルコジは国歌斉唱のときしか映らなかったなあ。しかも一人ポツーンとしてた。 とうとう妻とは別居という噂。 改革もぐちゃぐちゃしてきてるっぽいし、星回りが悪くなってきたんじゃないか?ウフ。 |
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今朝、ヴァンドーム広場を通ってきたという同僚は「法務省の前に記者陣がいっぱいいて、大変だったー」と疲れ果てた表情。「そう?何があるのかな?」と私。ラシダ・ダティ法務相がまた新しい法案でも提出したっけかな?なんて考えを巡らせていたら、同僚が「そういえば昨日、ラシダ・ダティが『vivement dimanche』(テレビ局フランス2のトーク番組で、ミッシェル・ドリュッケールというオッサンが有名人をメイン・ゲストに招き、その友人や常連ゲストに囲まれて語られたり語らせたりするという番組)に出てたでしょ。」えーーー知らなかった。ま、ミッシェル・ドリュッケールはサルコジのお友達だけどもさ。(ちなみに、夜のニュースを見て知ったのですが、どうやら法務省前の人だかりは、ダイアナ妃死亡事件について再調査のためにロンドン警察から人が来ていたらしい。)
で、このラシダ・ダティ出演のテレビ番組に関して、一スキャンダルあったらしい。というのは、彼女を「私の妹」と可愛がっているセシリア・サルコジに、番組中で話してもらう予定だったのが、キャンセルになったというのです。制作側によると、ニコラ・サルコジが既に長々とラシダ・ダティについて語り、そのうえ妻のセシリアからの話まで加えるのは過剰だと考えて取りやめた…とのこと。しかし、サルコジ夫妻の離婚危機の噂が流れているので、セシリアが不在となると「やっぱり…?」という憶測が浮かんでしまいます。 先週(4日)、ブルガリアを訪問したサルコジ。しかし、リビアからの看護婦解放であれだけ注目を浴びた妻のセシリアは同行せず。ブルガリアの方は、彼女が来ることを期待していたようですが。サルコジはセシリアが同行しなかったことについて、「素晴らしい行動をしたのにフランス国内で非難されたことで彼女は傷つき、できるだけ目立たないようにすることにした」と弁明。 まあそれはわからないではないが、最近、二人一緒にいるのを見ない気もします。 ところで、先日、また「検閲か?」とマスコミで取り上げられたのが、サルコジの謎の手紙。閣僚会議から出てきたサルコジの写真を、「choc」というゴシップ雑誌が2ページにわたり掲載しようとして、直前に削除されたという話でした。 この写真でサルコジが手にしている紙に書かれている文面を読み取ってみたところ、「ずいぶん長いことあなたに会っていない気がして寂しい。木曜、私の(解読不能)のために、エッサウィラにドライブに行く予定。でも、今週中か来週末にでもあなたにぜひ会いたいと思っています」という内容。これは愛人からの手紙ではないか?閣僚会議の間、大統領は愛人からの手紙を読んでいたのか?…と噂になりました。問題の写真と解読文は、最初、「choc」誌が掲載しようとしたのですが、結局、はずされました。この雑誌は大手企業ラガルデールに属し、その社長であるアルノー・ラガルデールはサルコジのお友達。そこで、ラガルデールの検閲か?という話にも。しかし、編集長のクリストフ・ダントニオは、検閲説を全面否定。「手紙の主が誰か突き止められなかったので掲載をやめた」とのこと。後に公表されたところによると、この手紙の送り主は、イザベル・バルカニ(オ・ド・セーヌ県議会UMP副議長)で、セシリアに宛てたものだそうです。イザベル・バルカニの夫はルヴァロワ・ペレ市長、パトリック・バルカニで、やはりUMP所属。夫婦揃ってサルコジ夫妻とは旧知の仲。イザベル・バルカニは自分の手紙がネタになってマスコミが騒いだことに「死ぬほど笑った」そう。解読不能とされた部分は「誕生日」だったと明かしています。しかし謎が残るのは、「ずいぶん長いことあなたに会っていない気がして」という部分の「あなた」が男性であろうと読めること。というのは、原文で「J'ai l'impression de ne pas t'avoir vu 〔…〕」なのですが、動詞の前の「t(e)」が女性なら、この「vu」に「e」がついていなければなりません。イザベル・バルカニの単純なミスだったのか?教養があって県議会副議長ほどの人なら間違えないような気もしますが…フランス人って結構こういう間違いをするしなあ…うーむ。そうそう、土曜日、ラグビーのワールド・カップでフランス対ニュージー・ランドの試合がありました。(余談ですが、ワタシ的には、フランスが勝ったのが悔しくて仕方ない。なにやってんだよオール・ブラックスはー!も〜!!期待してたのにぃーーー。フランスにはとにかくさっさと負けて欲しかったんですけど。ラポルト監督がむかつくんで。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い…ってちょっと違うか?)何故かサルコジがスタジアムで観戦してました。フランスが逆転トライをしたところだったっけ、手を叩いてはしゃぐサルコジの姿が一瞬テレビに写っていました。で、そのとき、私は見なかったのですが、どうもラシダ・ダティが横にいたらしい。スポーツ相でもなく(ロズリンヌ・バシュロはスポーツ相になるや否や、サッカーのフランス代表チームの試合やらローラン・ギャロスやらを観戦してたけど)、特にラグビーが好きで有名というわけでもないラシダ・ダティがなんでサルコジの隣りに??で、後から考えると、そういえばセシリアがまたいなかったわけだなあ。 それにしても、とにかく、「お友達」の輪でフランスを仕切るのはホントいい加減やめて欲しい。 参照: Yahoo Franceより 「Cecilia Sarkozy ne participera pas à "Vivement dimanche" sur Rachida Dati」(AP) 「Sarkozy : la mystérieuse lettre n'etait pas de sa maitresse」 Nouvel Obsより 「Isabelle Balkany serait l'auteure de la lettre censuree par Choc」 |
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先日からこのブログで少し取り上げてきましたが、移民法に関するDNA鑑定の導入についての法案が、水曜日(10月3日)から木曜日(10月4日)にかけての夜中、元老院を通過しました。
但し、国民議会を通った法案は元老院で一度却下されており、修正が加えられて再検討されました。国民議会通過の前も修正が加えられているので、今回決議された最終案は原案からかなり変更されたものになっています。 元老院を通過した修正案には、「両親のどちらか」ではなく「母親のみ」との血縁関係を調べる旨が明記されました。これは、父親が自分の子を実子でないと偶然知るような事故(家族ドラマ?)がないよう、考慮してのことだそうです。また、DNA鑑定にかかる費用は、「まず申請者が負担し、ビザ発給後に払い戻しを受ける」のではなく、鑑定結果に関わらず最初から「フランス国家が負担する」ことになりました。 この法案を討議するにあたって、与党UMPの中でも反対する元老院議員が出ており、DNA鑑定に関する項目は削除されるのではないかという話もありました。UMP内反対派の一人にラファラン元首相がいたのは、前回にも触れた通り。しかし、内閣からの積極的な変更を受けた法案に、結局はラファランも満足の意を表明。 しかし、一般の間でも多くの反対意見があがり、物議をかもしました。反対している人たちは、どんなに修正を受けようとも、「家族関係を遺伝子ではかる」という考え、また、「DNA検査を人民を管理するために利用する」という考えがこの法案の基底にあることを批判しています。 元老院での最終決議に先立つこと10月3日、風刺週刊紙シャルリー・エブドとSOSラシズムは、この条項の削除を求める署名運動を開始。数時間で一万人以上の署名が集まり、翌朝には4万に達しています。著名人も多くこの署名運動に参加。政治家では、フランソワ・バイルー(Modem党首)、フランソワ・オランド(PS書記長)、セゴレーヌ・ロワイヤル(ポワトゥ・シャロント地方議会長)、リヨネル・ジョスパン(元首相)、ピエール・モロワ(元首相)、ミッシェル・ロカール(元首相)、マリー−ジョルジュ・ビュッフェ(PCF書記長)、オリヴィエ・ブザンスノ(LCR代表)などなど。また、芸能界からの署名も多く、イザベル・アジャーニやジャンヌ・モローを初め、ジョジアンヌ・バラスコ、ミッシェル・ピコリ、ランベール・ウィルソン、オリヴィエ・アサイヤス、クロード・ランズマン、ベルナール・タヴェルニエといった女優・俳優・映画人も名を連ねています。その他、政治家で詩人のエメ・セゼール、遺伝子研究者のアクセル・カーン、作家のエリザベット・ロディネスコ、FNAC社長のドニ・オリヴネス、労働組合CGT書記長を務めるベルナール・ティボー、学生組合UNEF代表のブリューノ・ジュリアールなども。しかし、この署名運動で最も注目を浴びたのは、ドミニク・ド・ヴィルパン(元首相)も署名していること。また、国立倫理諮問委員会(CCNE)から、DNA鑑定導入の法案は「フランスの法律の精神と相容れない」とする意見書が提出されました。この意見書は、フランスにおいては家族が血縁関係に集約されることなく、離婚・再婚による複合家族や養子縁組などにおいても家族関係が認められていることを挙げています。また、いずれ遺伝子鑑定が一般化して個人の自由を侵害するおそれがあるとして危惧を表明。そして、「社会的・文化的な同一性に関する問題に対して、最終的な決定を下すよう生物学的真実に頼る措置」に注意を促し、「CCNEは、この条項の精神が、社会によって表現されている沢山の基礎的原理に疑問を呈するものではないかと懸念する」と述べられています。 ところで、フランスの世論はDNA鑑定導入についてどう感じているのでしょうか。金曜(10月5日)、日刊紙ル・パリジャン−オジョルドウィに掲載された世論調査によると、47%がDNA鑑定導入に賛成、45%が「フランス社会の価値にそぐわないため、良くないことだと思う」と答えています。つまり、賛成・反対は約半々。 これだけ物議をかもしたDNA鑑定導入について、首相のフランソワ・フィヨンは「重要でない細部」とみなす発言をしています。(発言抜粋がル・モンドの記事に引用されていますが、嫌悪感に伴なう脱力感に勝てず翻訳しません。) 元老院を通過したとはいえ、反対派にとっては憲法評議会が最後の頼み。 参照: Nouvel Obsより 「100.000 signataires de deux petitions」 「Le Conseil national d'ethique contre les tests ADN pour les etrangers」 Le Mondeより Pour François Fillon, l'amendement ADN est un "détail" du texte sur l'immigration ↓ル・モンド編集長による社説LEMONDE.FR | 07.10.07 国立倫理諮問委員会(CCNE)の報告書 「Avis No.100 Migration, filiation et identification par empreintes genetiques」 |
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今日から、超過労働時間に関する新しい法律が施行されました。これは、サルコジが選挙運動中、キャッチコピーにしていた「もっと稼ぐためにもっと働く」ことを目指した新法。
フランスは週35時間制で、これを超過した場合、RTTと呼ばれる振替休暇をとるか、25%を上乗せした残業代をもらうことになっていました。後者は、雇用者が払わなければならない社会分担金も増え、超過労働時間に対する給与は企業側に対する罰金的な機能となっていたため、振り替え休日の方が一般的でした。サルコジは、残業代分のこの社会分担金を控除すると共に、労働者が得た残業代を所得税の対象から免除するという政策を提案。そして、大統領に選ばれるや、一番注目を浴びていたこの政策実施に着手。夏のヴァカンス前に通過した、税金に関するブロック法案の中に組み込まれていました。そして今日から施行となったわけです。 生産性を向上させたいけれど、これ以上人員を増やせない、かといって超過時間に課せられるペナルティは払いたくない…という葛藤に陥っていた企業には朗報でしょう。特に中小企業では、この政策に期待がよせられていたようです。 しかし、実際のところ、中小というか零細企業である従業員21人未満の会社にとっては、予想外の内容に。というのは、社会分担金控除は公約通りなのですが、労働者に払う超過時間分給与に課せられる割増率が、今までの10%から25%に上がってしまった。(21人以上の企業では、以前も25%増しでした。)結局、+25%の残業代を払って働いてもらうと、以前よりコストがかかる可能性も。 左派からはこの新法に対し、批判が噴出しています。特に批判されている点は、「すでにフル・タイムの仕事に就いている人には良いかもしれないが、パート・タイムの労働者がこの新法の恩恵に与るのが難しいし、失業者に到ってはまったく利点がない、短期派遣には不利になる可能性もある」ということ。すべての人のための措置ではなく、「不平等である」とのことです。 また、結局は、生産性・コスト・利益などを計算して、労働者に残業させて超過労働時間料金を払うか払わないかは、雇用者が決めること。労働者が「もっと稼ぐためにもっと働きたい」と言っても、雇用者がOKを出さなければ何にもならない。 実際、今、私の働いている会社がそのケース。1日1時間余分に働いてもらっても、会社には何の利益にもならないってさ。 理論上、労働者がもっと働くようになると、労働者の給与が上がって購買力が上がり、企業の方も生産高が増えて物価が下がる(もしくは安定する)…というようなことを言っていた気がするけれど…全体の購買力があがるわけではなかろうに。物価も下がらないでしょうね。 参照: Yahoo Franceより 「Heures supplementaires: un cout tres eleve pour un impact limite」(AFP) Le Mondeより Heures supplémentaires : silence de la droite, critiques de la gauche et des syndicats LEMONDE.FR | 01.10.07 |
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