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新しいフランス? その2 (サルコジの新しさ?)

 2007-04-30
大統領決選投票に進んだ二人の候補者が、二人とも揃って「新しいフランス」を目指すと宣言しているのは、今、フランスは行き詰まっていて、新しく生まれ変わるべきだと感じている国民が多いということでしょう。
それは、セゴレーヌ・ロワイヤルとニコラ・サルコジ、また、一次選を三位で落選したフランソワ・バイルーが、50歳代前半という若さであることからも察せられます。極右FNが今までで最低の得票率だったのも、候補者のジャン-マリー・ル・ペンが70代半ばという年齢で、有権者が党に古臭さを感じたためではないか、という意見も。

現内閣において内相と経済相を務めたニコラ・サルコジは、たしかにエネルギッシュなイメージ。大統領選キャンペーンCMでは、フランス各地の工場や農場などを訪れ、労働者と直に触れ合う場面をふんだんに取り入れており、「国民に近い政治家」「地方にも移動するバイタリティある政治家」を印象付けようとしていました。
そして、「社会主義的フランス」というイメージから脱皮すべく、自由主義的経済政策による活性化をはかろうという方針。週35時間制労働の見直しを約束し、超過時間手当ては税金の対象としないこと、また従業員の残業代によって換算される会社側の負担も控除することを提案しています。これは、35時間に拘束され、それによって経済が停滞を強いられてきたという考えを支持する人々にとっては魅力的な政策案。更に、所得税を下げることも目標にしています(ただし、5年先と言ったり10年先と言ったり、定かでない)。
対して、社会党の候補者であるセゴレーヌ・ロワイヤルの政策案が、「国家の介入にすべてを任せる」ような古ぼけた社会主義路線であるとし、それと対照させて自らの新しさを主張しています。また、ロワイヤル候補のこの社会主義的な点はフランソワ・バイルーも指摘しており、特に経済政策において、赤字国家がこれ以上国民を援助できない、負債が増えるだけだ、と批判しています。

たしかに、セゴレーヌ・ロワイヤルは社会党であるため、「古臭い社会主義」のイメージや、ミッテラン時代(つまり過ぎてしまった時代)を国民に想起させるようです。

しかし、本当にニコラ・サルコジは「新しい」のか?
例えば、上に挙げた選挙運動のCMは、1995年のジャック・シラクが地方をまわって国民に愛想を振りまいたことを手本にしているのではないかと思われます。更に、空と地を背景にしたサルコジ氏のポスターは、1981年のフランソワ・ミッテランに近似。「rupture tranquille(穏やかな断絶)」という宣伝文句も、ミッテランの「force tranquille」を意識しているようだし、現在、サルコジ氏のテキストを作成しているのは1995年の大統領選でジャック・シラクを助けたのと同じ人(アンリ・グエノ)だし。以前に成功した選挙運動の作戦からとってきているように思えます。どこが新しいんでしょうか。
また、政策案ですが、「所得税を下げる」というのは、選挙のたびに候補者が公約する、反復されたお決まりの文句に聞こえるのですが。

と、この辺は前からうすうす感じていたのですが、昨夜、国営TVフランス3で「France europe express」という討論番組をみていて、セゴレーヌ・ロワイヤルよりもニコラ・サルコジの方が古い考え方にとらわれている、ロワイヤル候補の方がずっと新しいのではないか、と感じました。
それは例えば、「もっと稼ぐためにもっと働く」というキャッチコピー。これは、福祉を重視し、個人の利益のために働くことが悪徳であるかのような意識がどこかしらにあるフランス社会において、耳に新しく聞こえるようですが、アメリカや日本では「当たり前」のことであるし、実は非常にクラッシクな自由経済政策案。
この番組に出演していた、セゴレーヌ・ロワイヤルを支持している経済学者のトマ・ピケティは、サルコジ氏の経済政策案が赤字を膨らますものであると指摘。それはつまり、所得税減税が現実的でなく、妥当な打開策といえないということ。これを批判されたのでは、バイルー的観点からみた場合、ロワイヤル女史に勝っていると評価された点も、それほど信用できないということになります。
ピケティ氏は、どの候補者からも35時間制を廃止する提案はなく、それほど悪魔的な法律ではないことを前提にしつつ、超過時間手当てにかかる税金控除と社会保障金の控除によって財布が潤う労働者には朗報かもしれないが、失業者に利点はない、と強調。それらを控除するかわりに職業養成の予算への割り当てを考えるべきであると説明していました。

更に、過去5年間、UMPが内閣を担ってきた間に、所得税は下がったかもしれないが、社会保障負担額が上がっており、差し引くと低所得者層の負担が増えているという見解を示したうえで、所得税減税は最低賃金労働者には利点がないことを強調。これに対してUMPのフランソワ・コペが「働いている人には利益になるように減税をする」と主張し、ピケティ氏が「最低賃金労働者は働いてないと言うのですか!?」と反論。コペ氏は、「そうではなく、働いている人には減税、最低賃金労働者には特別手当がある」と苦しい釈明。

ここに、ニコラ・サルコジの新しさ…といえないまでも、オリジナリティがあるかもしれません。
つまり、「勤勉な人」がそれなりの評価を受けていないと持ち上げる一方で、社会保障を受ける人たちを「怠け者」として対立させ、警察の尋問の横を通り過ぎるだけの「善良な市民」や、それをまもる「警察」に、たった切符一枚の違反で数名の警備員に蹴倒される「違反者」を対立させ、フランスを分割させて憎悪を増幅させる手法は彼ならでは。

ニコラ・サルコジは、パリで最後のミーティングで、「68年運動との断絶」を宣言、つまり「68年運動がヒエラルキーを覆したため、社会が無秩序になった」とし、秩序の権威を取り戻す大統領になることを約束。でも、それってどういう権威のこと?やっぱりド・ゴール時代への後退なんじゃないの?それに、彼のは、いつものごとく、イデオロギーやステレオタイプにのっとったまやかしの演説。
本当に「新しいフランス」を築く能力があるんだろうか、この人は??

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