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大統領決選投票に進んだ二人の候補者が、二人とも揃って「新しいフランス」を目指すと宣言しているのは、今、フランスは行き詰まっていて、新しく生まれ変わるべきだと感じている国民が多いということでしょう。
それは、セゴレーヌ・ロワイヤルとニコラ・サルコジ、また、一次選を三位で落選したフランソワ・バイルーが、50歳代前半という若さであることからも察せられます。極右FNが今までで最低の得票率だったのも、候補者のジャン-マリー・ル・ペンが70代半ばという年齢で、有権者が党に古臭さを感じたためではないか、という意見も。 現内閣において内相と経済相を務めたニコラ・サルコジは、たしかにエネルギッシュなイメージ。大統領選キャンペーンCMでは、フランス各地の工場や農場などを訪れ、労働者と直に触れ合う場面をふんだんに取り入れており、「国民に近い政治家」「地方にも移動するバイタリティある政治家」を印象付けようとしていました。 そして、「社会主義的フランス」というイメージから脱皮すべく、自由主義的経済政策による活性化をはかろうという方針。週35時間制労働の見直しを約束し、超過時間手当ては税金の対象としないこと、また従業員の残業代によって換算される会社側の負担も控除することを提案しています。これは、35時間に拘束され、それによって経済が停滞を強いられてきたという考えを支持する人々にとっては魅力的な政策案。更に、所得税を下げることも目標にしています(ただし、5年先と言ったり10年先と言ったり、定かでない)。 対して、社会党の候補者であるセゴレーヌ・ロワイヤルの政策案が、「国家の介入にすべてを任せる」ような古ぼけた社会主義路線であるとし、それと対照させて自らの新しさを主張しています。また、ロワイヤル候補のこの社会主義的な点はフランソワ・バイルーも指摘しており、特に経済政策において、赤字国家がこれ以上国民を援助できない、負債が増えるだけだ、と批判しています。 たしかに、セゴレーヌ・ロワイヤルは社会党であるため、「古臭い社会主義」のイメージや、ミッテラン時代(つまり過ぎてしまった時代)を国民に想起させるようです。 しかし、本当にニコラ・サルコジは「新しい」のか? 例えば、上に挙げた選挙運動のCMは、1995年のジャック・シラクが地方をまわって国民に愛想を振りまいたことを手本にしているのではないかと思われます。更に、空と地を背景にしたサルコジ氏のポスターは、1981年のフランソワ・ミッテランに近似。「rupture tranquille(穏やかな断絶)」という宣伝文句も、ミッテランの「force tranquille」を意識しているようだし、現在、サルコジ氏のテキストを作成しているのは1995年の大統領選でジャック・シラクを助けたのと同じ人(アンリ・グエノ)だし。以前に成功した選挙運動の作戦からとってきているように思えます。どこが新しいんでしょうか。 また、政策案ですが、「所得税を下げる」というのは、選挙のたびに候補者が公約する、反復されたお決まりの文句に聞こえるのですが。 と、この辺は前からうすうす感じていたのですが、昨夜、国営TVフランス3で「France europe express」という討論番組をみていて、セゴレーヌ・ロワイヤルよりもニコラ・サルコジの方が古い考え方にとらわれている、ロワイヤル候補の方がずっと新しいのではないか、と感じました。 それは例えば、「もっと稼ぐためにもっと働く」というキャッチコピー。これは、福祉を重視し、個人の利益のために働くことが悪徳であるかのような意識がどこかしらにあるフランス社会において、耳に新しく聞こえるようですが、アメリカや日本では「当たり前」のことであるし、実は非常にクラッシクな自由経済政策案。 この番組に出演していた、セゴレーヌ・ロワイヤルを支持している経済学者のトマ・ピケティは、サルコジ氏の経済政策案が赤字を膨らますものであると指摘。それはつまり、所得税減税が現実的でなく、妥当な打開策といえないということ。これを批判されたのでは、バイルー的観点からみた場合、ロワイヤル女史に勝っていると評価された点も、それほど信用できないということになります。 ピケティ氏は、どの候補者からも35時間制を廃止する提案はなく、それほど悪魔的な法律ではないことを前提にしつつ、超過時間手当てにかかる税金控除と社会保障金の控除によって財布が潤う労働者には朗報かもしれないが、失業者に利点はない、と強調。それらを控除するかわりに職業養成の予算への割り当てを考えるべきであると説明していました。 更に、過去5年間、UMPが内閣を担ってきた間に、所得税は下がったかもしれないが、社会保障負担額が上がっており、差し引くと低所得者層の負担が増えているという見解を示したうえで、所得税減税は最低賃金労働者には利点がないことを強調。これに対してUMPのフランソワ・コペが「働いている人には利益になるように減税をする」と主張し、ピケティ氏が「最低賃金労働者は働いてないと言うのですか!?」と反論。コペ氏は、「そうではなく、働いている人には減税、最低賃金労働者には特別手当がある」と苦しい釈明。 ここに、ニコラ・サルコジの新しさ…といえないまでも、オリジナリティがあるかもしれません。 つまり、「勤勉な人」がそれなりの評価を受けていないと持ち上げる一方で、社会保障を受ける人たちを「怠け者」として対立させ、警察の尋問の横を通り過ぎるだけの「善良な市民」や、それをまもる「警察」に、たった切符一枚の違反で数名の警備員に蹴倒される「違反者」を対立させ、フランスを分割させて憎悪を増幅させる手法は彼ならでは。 ニコラ・サルコジは、パリで最後のミーティングで、「68年運動との断絶」を宣言、つまり「68年運動がヒエラルキーを覆したため、社会が無秩序になった」とし、秩序の権威を取り戻す大統領になることを約束。でも、それってどういう権威のこと?やっぱりド・ゴール時代への後退なんじゃないの?それに、彼のは、いつものごとく、イデオロギーやステレオタイプにのっとったまやかしの演説。 本当に「新しいフランス」を築く能力があるんだろうか、この人は?? |
色々とつまずきがありましたが、結局土曜(4月28日)の午前にインターネットTV局BMFTVとラジオ局RMCによる主催で、セゴレーヌ・ロワイヤルとフランソワ・バイルーの討論が実現。この模様は、ヤフー・フランスやル・モンド(抜粋)、リベラシオン、デイリーモーションなどにアップされています。端的に言えば、「討論」というより、すでにこの選挙運動で提出している自らの政策案を説明しつつ「話し合い」をするというものでした。 テーマは、フランスの政治制度や、ヨーロッパ、雇用、教育など。その中で、経済面について、バイルー氏は、記者会見時でも表明したように、民間企業に任せるよりも国家が面倒をみようというロワイヤル候補の方針を批判。その点については意見が分かれましたが、その他の面では、大筋で二人の方向性は一致していたと思われます。意見が異なる点においても緊張感はなく、時折発せられる冗談に場内が沸くなど、終始明るい雰囲気でした。 という大雑把すぎるくらい大雑把な要約ですが、この話し合いの中で最も注目に値するであろう点の一つは、「第6共和制」の提案。 フランスは現在、第5共和制ですが、これはド・ゴールが大統領の権限を拡張させようと第4共和制を修正して再建したもので、バイルー氏とロワイヤル女史は一次選の前から現在の体制に限界がきていることを指摘し、第6共和制への再編成を提案していました。今回の話し合いで改めて強調されたのは、法案の成立や修正については与党が主導権を握っている為、総選挙のたびに与党が変わっては法律が廃案になったり付け加えられたりで不安定なこと、それがフランスの前進を妨げていること、すなわち野党にもっと力を与えるべきであること、また、大統領の権限を抑えて国民議会を重視し、国民参加型の民主主義にするべきことなど。つまい、新しいフランスを目指す、ということでした。 ところで、対立候補のニコラ・サルコジは、この「第6共和制」の提案に反対しています。ド・ゴール主義を自負するサルコジ氏曰く、大統領の権限が制限されるのは「第4共和制」への後戻りだ、とのこと。それは制度の刷新ではなく後退であると主張しています。 さて、討論の最後に、ロワイヤル候補とバイルー氏は、フランス史上初めての試み(決選投票進出の候補者と一次選落選候補者の公開討論)が実現したことに満足の意を表明。バイルー氏は「このように今、新しい動きがあった。これからも事態が変わっていくだろう」と述べ、新しい民主主義への期待を示していました。 バイルー氏との討論を拒否したサルコジ候補は「一次選で決選投票に進むニ候補を国民が選んだ。その国民の意思を尊重せず、落選した第三位の候補者と討論するなら、それは現在の民主主義に反する」と主張。そして、ロワイヤル候補とバイルー氏の討論を、結託の試みであると批判しています。 しかし、ロワイヤル候補がバイルー氏との討論に求めたものは、連合や結託といったものでも、有権者への投票指示でもなかったようです。それは、今まで有権者のいない舞台裏、政界内で行われていた結託のようなものではありませんでした。この点は、討論の前後にロワイヤル自身が強調していました。この討論によって、一次選でフランソワ・バイルーに投票した有権者に、決選投票でどうするべきかを考える指標を与えたかったのだと思います。勿論、ロワイヤル候補側に、根底でバイルー氏との共通点が多くあるという自信があって、この討論で自分に投票すべきだとアピールしたかったのでしょうが。 サルコジ側も、バイルー氏の得た有権者をできるだけ多く回収したいのは同じ。 ニコラ・サルコジと彼の率いるUMPは、今までの選挙で連合してきたUDFの議員に呼びかけています。すなわち、以前、UMPとの連合のおかげで議員の座を得ることができたUDF党員に、大統領選の後に控えている総選挙をちらつかせているのです。マスコミでは、この脅しのような勧誘のような呼びかけを「飴とムチ」と評していました。また、UDFはもともと中道右派であり、バイルー党首が主張するような「右でも左でもない中道」に充分納得させられていない党員の中には、右派であることを自負し、「左派である社会党候補に投票するなど考えられない、右派のサルコジ候補を支持するのが当然」と答えている人もいます。そして、UMPの「飴とムチ」作戦もあってか、UDF所属議員29名のうち20名ほどがサルコジ候補支持を宣言しています。 今回の選挙では、セゴレーヌ・ロワイヤルもニコラ・サルコジも「新しいフランス」を目指すと主張しています。 右と左に分かれた政治勢力図を揺り動かしたと自賛するフランソワ・バイルー、彼と共に第6共和制の提案で一致し、前代未聞の公開討論を実現させたセゴレーヌ・ロワイヤル。そして彼女は、この公開討論によって、政治家間で調整するよりも直接有権者に訴える方を選んだといえるでしょう。それに対して、今までUDFは自党と同じ系列であったしそうであり続けると主張し、第6共和制を「後退」であると却下して、まるで有権者が議員に付属しているかのようにUDF議員を勧誘するニコラ・サルコジ。果たして、どちらが本当に「新しいフランス」に向かっているのでしょうか? |
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今週の火曜、カナル・プリュスの「グラン・ジュルナル」に、エリック・ベッソンとアズズ・ベガグがゲストに迎えられていました。
エリック・ベッソンは、長年社会党ジョスパン派に属し、セゴレーヌ・ロワイヤルの選挙運動の幹部でしたが、この2月に離党、「誰がセゴレーヌを知っているか?」という暴露本を出版。更に、一次選直後、「左派だがサルコジ氏を支持する」と表明した人物。 また、アズズ・ベガグは、ついこの間までド・ヴィルパン内閣の機会均等担当大臣を務めていましたが、ニコラ・サルコジとの確執を暴露した「浴槽の中の羊」という本の出版を期に辞任。大統領選ではフランソワ・バイルー支持を表明していました。 ベッソン氏は、ロワイヤル候補の選挙運動、そして社会党から離れることになった経緯については、本に書いてあるとのことで、特に繰り返して主張しませんでしたが、サルコジ氏を支持した理由については明確に説明しようと試みていました。つまりは、彼自身、セゴレーヌ・ロワイヤルの経済政策案に同意できず、フラストレーションが溜まっていたようです。サルコジ氏が経済相だったときに、国民議会でベッソン氏が彼を追及している場面が流されると、本人も「たしかに、社会党に席を置いていた当時は、彼を批判していたし、こういう映像を流そうと思えばいくらでも見つかる」と認めつつ、「ニコラ・サルコジとは長年の友人」だそうで、社会党にいたときはUMPに対抗する立場をこなしていただけ、というようなことを言っていました。最近、サルコジ氏から電話を受け、直接会って話し合ったところ、彼の経済政策方針に同意し支持する気になった、とのこと。「セゴレーヌ・ロワイヤルよりもニコラ・サルコジの方が大統領に適している」と述べていましたが、どうも経済政策の点でそう言っているようでした。 続いてアズズ・ベガグのインタビューとなったのですが、実はエリック・ベッソンの本より売れているらしい。彼の話は、本の内容と重なる部分が多かったようです。 私はこの本の抜粋しか読んでいません。しかし、それを読んだとき、サルコジ氏がこの暴露本の内容の真偽を問われ、何故「アズズ・ベガグとは会ったことなどないはず」と答えたのか、謎が解けた気がします。抜粋部分によれば、ベガグ氏は、サルコジ氏との軋轢が始まって以来、ずっと彼と彼の取り巻きに存在を否定されつづけ、閣僚会議で顔を合わせても無視されるか「あれ、お前、まだいたの」と蔑まれるか、という日々が続いたのだそうです。また、マスコミにも、ベガグ氏のことには触れないようにお達しが回っていた、とのこと。つまり、サルコジ氏が「アズズ・ベガグと会ったことがない」と答えたのは、事実に関係なく、最後までその存在を否定するというベガグ氏本人への攻撃だったのではないか、と思われます。 さて、番組中、ベガグ氏はインタビュアーに「何故さっさと辞めなかったのか」と訊かれ、「彼らが期待していたのは、自分が辞めることだった」とし、それに屈したくなかったこと(殆んどいじめっこといじめられっこの闘いですな、コレ)、また、責任ある仕事を中途で放り出したくなかったことを説明していました。 別の質問で、「あなたはちょっと(世間知らずという意味での)ナイーブだったのではないですか?」とも訊かれていましたが、それに対して「私がナイーブだというのなら、政治家を信用したいと思っている何千万人ものフランス国民がナイーブですよ!」と返答。たしかに。それに、もし彼がナイーブだったというのなら、長く政治家をやってきて、社会党内の圧力を告発しつつ離党したエリック・ベッソンもナイーブだったといえるのでは。 アズズ・ベガグは、「死ぬまでアンチ・サルコジ」であることを宣言しており、二次選ではサルコジ氏に投票しないと断言。かといってロワイヤル女史に投票するかどうかは明言を避けました。この生放送があった日は、フランソワ・バイルーの記者会見前で、「もしバイルー氏がサルコジ候補への投票を呼びかけたらどうしますか?」という問いもありましたが、苦笑いしつつ「後戻りはしないと思う。フランソワ・バイルーはヒューマニストだし、私たちは確信を持っている」と答えていました。 このエリック・ベッソンのサルコジ候補支持表明とアズズ・ベガグのアンチ・サルコジ的態度の説明が、結局はフランソワ・バイルーが記者会見で発表した見解に一致するのではないかと思います。 でも、それならエリック・ベッソンはフランソワ・バイルーにつけばよかったのになあ…? |
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公式選挙運動は投票日の一日前(金曜24時)に終了。世論調査などの発表も、その時間に合わせて終わっています。
最後の最後、ギリギリ24時前に出たCSAによる世論調査では、今までのと変わらず、首位はニコラ・サルコジ、二位がセゴレーヌ・ロワイヤルでしたが、なんと三位にジャン-マリー・ル・ペンが食い込んでいました。フランソワ・バイルーは四位。 どこか(たしかWEB版ル・モンド)でちらっと見た情報によると、パリ政治学院で学内調査を行ったところ、一次選で投票したい候補として30%以上がセゴレーヌ・ロワイヤルを挙げていたそうです。二位はフランソワ・バイルー。一般世論で一番人気のニコラ・サルコジは、ここでは17〜18%(ソース記事がみつからないので私の記憶では)。その他、今回は得票予想率が極端に低い(約1.5%といわれている)緑の党のドミニック・ヴォワネが、4%以上とっていたようです。 やはり有権者層で調査結果に違いがでるのだろうなーと思ったのが、もうひとつ、フランスMSNで行われている調査。金曜夜にみたところ、こちらは、サルコジ候補とロワイヤル候補がほぼ同率首位、27%くらいでした。まあ、インターネット上の調査は全然信憑性がないですが。私のような投票権のない人間も参加している調査ですし、多分未成年とかもやっているだろうし、比較的若年層しかやっていないでしょうから、調査機関がやっているのよりも更にあてにならない。 いや、ほんと、世論調査はあてにならんですよ(と自分に言い聞かせつつ)…でも、やっぱり気になる…。 昨日の無料新聞メトロで読んだ記事では、サッカーのワールド・カップなどと違い、カフェや公共広場での大画面による投票結果放映はないらしい。まあ、そりゃそうだろうなーと思いましたが。大抵は自宅でTVを見るようですが、人によっては、「それぞれ投票する候補者が違う友人を集めて結果を見ながら盛り上がるつもり」だとか、「2002年のような結果が出たら独りでは耐えられないから友人を呼んでTVを見る」とか。後者の気持ち、わからないでもない。 そういえば、前回の選挙のときは、「どうせシラクとジョスパンだろう」と思い、余裕こいて本など読んでいたのですが、外から帰った同居人が「大変なことになってる」というので、TVをつけてびっくり…という。それからずっとTVに釘付けでした。 ああ、明日は20時前からTVの前に釘付けかなあ。 ところで、報道機関、特に新聞や雑誌によって政治的立場の違いがはっきり現れているのですが、ル・モンドは完全にアンチ・サルコの立場をとっているような印象。最近、「バイルーに投票するのはデモクラシー的ではない」という主旨の社説を発表して、バイルー候補がそれに反発、一部で問題になっています。ということは、やっぱりセゴレーヌ・ロワイヤル支持傾向かな。 対してル・フィガロは以前から完全保守派なのですが、今週のフィガロ・マガジンで大統領選挙運動に関する記事を読んでいたら、もう「サルコジ天晴れ」的なトーンばっかりで嫌になりました。実は、同じ理由で、数週間前からル・フィガロの大統領選関連の記事はまともに最後まで読み通せないことが多かったです。アンチ・サルコの私としては。問題はル・フィガロの発行部数がル・モンドよりもずっと多いってことだよなあ。 ちなみに、今日、地下鉄車内で見かけて「おっ」となったリベラシオンの一面。背景真っ白で、そこに唯一言「A gauche!(左へ!)」、でした。 さて、明日はどうなることやら…。 自国じゃないのにすごくドキドキ。 |
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最近、日本の人とちょっとした仕事のメールのやりとりがあるのだが、書いてあることが理解できなくて悩むことが多い。そのうえ、面識のない人なので、どういう意図で書いているのかも推測しにくい。
この人の書き方のせいかな?とも思ったけれど、別のところからきた日本語メール(問い合わせに対する返事、つまり日本の会社からきたビジネス・メール)が、これまた理解できなかった。 自分が慣れない状況におかれているせいもあるかもしれないが、相手のメールを読んでも誰に何をしてもらいたいのかがはっきりわからない。文章に主語がないせいかも。 それとも、私の日本語能力、というか、日本語コミュニケーション能力が物凄く退化しているということだろうか…。不安です。 |
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先日、選挙ポスターの貼り出しが始まったことを書きましたが、昨日、やっと写真を撮ってきました。
一番目から撮ったので、手前のオリヴィエ・ブザンスノがよく写っています。その他の候補者は、一枚ずつ撮っているとキリがないので省略。ここのポスターは全部キレイでした。 「全部キレイ」って当たり前でしょ?…と思ったらとんでもない。落書き、イタズラ、ステッカーがいっぱいです。はがされているものもよく見かけます。 もう一箇所、別のところで見たポスター。ニコラ・サルコジに落書きがしてありました。 アドルフ。 2枚のうち一枚ははがされてるし…。 ヒトラーといったらこっちもでしょう、と思ったら、こっちはなんとなくカワイイいたずら。 顔に何かくっつけられている。ガム? …と、通り過ぎそうになりましたが、見落としていました。下の小さ目のポスターに小さなチョビ髭が。 芸が細かい…。 他に、ほとんど全てのポスターが破られていて何故かサルコジだけ無傷だったりするところもありました。逆に怖い。 個人的印象では、わたしの住んでいる地域で被害の無い確率が高いのは、オリヴィエ・ブザンスノ、ジョゼ・ボヴェ、ジェラール・シヴァルディ。次点でセゴレーヌ・ロワイヤルかな。シヴァルディは敵じゃないから?なんて…。あと、ビュッフェとかヴォワネが標的にされているのは、統一候補をたてられなかった恨み?と思ったり。 被害がないポスターは、党員がマメに貼りなおしているのかもしれないですけどね。 |
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ここ数日、パリは暖かい…を通り越して、暑い日が続いています。日中最高気温が26℃!ほとんど皆、半袖です。
今日は少し涼しかったような気がしますが、昨日の日曜、本当にムッとする暑さでした。夕方、散歩がてらパンを買いに出たら、昼の間にアスファルトが吸収した熱が放出されていて、じっとりと肌に汗が浮かんできました。 日曜日ということもあって、そぞろ歩きの家族連れや若者グループなどが目につきました。しかし、ほんと、みんな、4月とは思えない夏らしい装い…。 でも、桜も咲いている。 不思議な季節感。 |
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「早起き」を勤勉の代名詞として、働くフランス国民と仕事の価値を重視しようというニコラ・サルコジ。彼の掲げる政策案のひとつに、「もっと稼ぐためにもっと働く」ことを可能にするという、週35時間制労働の見直しがあります。これは、仕事が追いつかず利益を取り逃している会社、空き時間を仕事に当てて残業代をせしめたいサラリーマンなどにとっては嬉しい政策案。
これに対して、ワーク・シェアリングの考えに基づき週の労働時間の更なる短縮を求める極左からは、雇用者によるプレッシャーで残業せざるおえなくなる労働者の弱い立場を強調した反対の声があがっています。 ところで、「早起き」はたしかに勤勉なイメージがあるかも。しかし、「早起きの人々」っていうのは何時くらいのことを言うのか?6時から7時くらいに起きて、9時・10時に出勤する人たちのことを指すと思われるのだけれど、それってそういう人たちが一般的であるという意味で、「早起き」というより「普通」なんじゃないのかな〜。 一番早起きなのは「パン屋〜のおじさん♪」…のほかに、ゴミ収集の人、郵便の配達人、交通機関に携わる人など、公共機関に関わる人が多いような。それも、そういう「辛い」仕事、高学歴や難しい資格を必要としない仕事は、移民系など社会的に弱い立場の人々が請け負う確率が高い。私自身、仕事で始発電車に乗ることも度々あったけれど、そういうときに周りをみると「普通(いわばフランス中流階級)」に属するように見える人は少ない。 それに、職探しのため、一般的な「早起き」の時間に起きて出かける人だって沢山いる。 ニコラ・サルコジの政策案が、そういった「超早起き」の労働者や公務員、「早起き」の失業者に有利なものであるかどうかは疑問。 ちなみに、寝坊すけの私が言うのもなんだが、「早起き」を「勤勉さ」の代名詞にするのは間違っていると思う(早朝の仕事をこなす人々は大変だと思うし、尊敬するけれど)。現在のフランス社会では一日の労働時間数が決まっているのだから、一日のサイクルがずれるだけ。早起きして労働したらその分早く終業になるってこと。遅く始まったら遅くまで働くんだから。遅くまで働く人は勤勉ではないでしょうか? それとも、早い時間から始めて遅くまで仕事をするような、労働時間数に関係なく働く管理職だけを対象にしているのか?それだったら、完全に、ニコラ・サルコジは雇用者側に立つ政治を推進するということになる。 大体、「早起きする人々」=「勤勉な人々」が充分に尊重されていないと主張する裏で、暗に「怠慢な人々」を対置させているわけで、そういう人々に対する妬み・恨み(社会保障を濫用しているとか)を煽っているように感じられます。 さて、前置きが長くなりましたが、そんなわけで、サルコジ氏の「早起きする人々」に対する敬意に、偽善とデマゴギーを感じ、私はそれを嫌悪しています。 今週の火曜日(4月10日)、若者の一団が、パリの17区と18区の境にあるギィ・モケ地区で早起きキャンペーンを展開。これは「La France qui se leve tot(早起きするフランス)」というアンチ・サルコジ団体が企画したもの。サルコジ氏お気に入りの代名詞「早起きのフランス人」に引っ掛けつつ、有権者たちに「目を覚まして」もらおう、という主旨で、彼の政策案に反対する人たちが早朝に抗議行動を起こしました。地下鉄ギイ・モケ駅に午前6時に集まった参加者たちは、アフリカ太鼓やマラカスなどを手に、「起きてくださ〜い!サルコ時15分前ですよ〜!」と叫びながら住宅街を練り歩きました。(このデモの模様は、dailymotionにアップされています。また、フォト・ギャラリーでも見られます。) 参加者の多くは、「Jeudi noir(暗黒の木曜日)」という、住宅問題に対する抗議行動を起こしたグループにも参加していた人たち。こちらの団体の名前の由来は、「Particulier a particulier」という個人貸し住居情報誌が発行される木曜日、条件の悪い学生や安月給の若いサラリーマンにとっては、絶望に打ちひしがれそうになりながら情報を探す暗い一日となることから。 彼らは、個人貸しアパートの公開見学や不動産屋を訪れ、抗議行動を起こしていました。しかし、その抗議行動とは、ディスコ・ミュージックをかけ、笛を鳴らして紙吹雪をまき散らし、スパークリング・ワイン(シャンパンじゃないところがまた低所得者らしい…)をあけて、いきなりパーティを始めるというユーモアにあふれたもの。しかも、パーティの後はちゃんとお掃除をして帰ります。(過去の抗議行動の様子は「Jeudi noir」のホーム・ページ内、こちらやこちら。) 「La France qui se leve tot」の参加者のひとり、マニュエル・ドメルグさんも「Jeudi noir」の一員。彼は、サルコジ氏の政策案は「早起きするフランス人」ではなく「眠っていても金が入ってくるフランス人」に有利になるものだ、と主張。また、「Generation precaire(不安定世代の会)」のメンバー、レイラ・シェビさんも「気をつけて、サルコジが労働価値について言うことは、すっごいブラフ(はったり)よ!と皆に言いたい」と述べています。「La France qui se leve tot」のサイトでは、「ニコラ・サルコジの政策案は『もっと働くためにもっと働く』である」と批判しています。 さて、この早起きキャンペーンは、すでに二回目を終えています。金曜(4月13日)の朝7時、ジョレス駅に集まった人たちは、北駅に向かってデモ。(その様子はこちらのフォト・ギャラリーで見られます。) この二回目がジョレス駅だったのは、気まぐれに選んだわけではないようです。ジョレスといえば、社会主義者として有名な人物。そのジョレスの名を、4月12日のトゥルーズにおける演説で、ニコラ・サルコジは何度も引用しました。曰く、自分はジョレスの遺産を受け継いでいる、と。ド・ゴール主義を主張し、伝統的保守派・右派に属する政治家が、社会主義的左派の英雄ジョレスを引いてくるとは、なかなか挑戦的。カナール・アンシェネ紙は、サルコジ氏の政策案がいかにジョレスからかけ離れているかを記事にしています。(「La France qui se leve tot」のサイト内記事から貼られたリンクで読めます。)そういえば、一回目の抗議行動もギィ・モケでした。17区の比較的富裕な地区に向けての抗議行動と思っていましたが、ギィ・モケも共産党の人でしたね。 次はサルコジ氏の本拠地、ヌイイで抗議行動が行われる予定。 そしてこの「La France qui se leve tot」の運動は、5月6日の決選投票の日まで続けられる予定です。 参照: Yahoo Franceより 「"La France qui se lève tôt" fait du bruit contre Nicolas Sarkozy」(Reuters) 「A Toulouse, Sarkozy invoque Jaures et s'attaque frontalement au PS」(AFP) Le Mondeより |
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月曜日から公式に選挙運動が開始となりました。
というわけで、9日よりポスターが貼られています。 今回は皆似たようなポスターだなあというのが第一印象。顔のアップでカラー印刷。セゴレーヌだけモノクロ顔写真に赤の帯。順番的に真ん中へんだし(貼る順番は憲法評議会により抽選で決まっています)、カラーポスターの中にあってあんまり目立たない気が。政策とか細かいテキストつきの一色刷りというクラッシックな極左的ポスターはシヴァルディのみ…と思ってたら、今日見たらアルレット・ラグィエもテキスト満載ポスターになってた。ところで同じくトロツキストと言われるブザンスノ君のは、ポップな字体のポスターで明るい。それはいいんだけど、もっとよく知ってもらうためのネットサイトの案内とかミーティングのお知らせみたいなちらしが貼ってあって、そこに「Vu a la tele!(テレビで紹介されました!)」って書いてあって、仕事帰りで疲れて脱力してるところ、思わず吹き出してしまいました。マイナーな商品の宣伝什器によくついてるキャッチコピーじゃん、それって。なんかそういうユーモアにやられました。 選挙ポスターを貼るための掲示板は数日前から用意されていたのですが、ポスターは勿論貼ってなくて…と思っていたのに、サルコジのポスターだけそこここで見かけました。しかも、12人分全部に一枚ずつサルコポスターが貼られていたところもあったらしい。フライングは違反にならないのかな? 本当は写真を撮ってのせようと思っていたのですが、なにせカメラを持ち歩かないので…そのうち気が向いたら撮ってアップします。 さて、公式選挙運動開始の月曜は復活祭の祝日でした。 夕方、レピュブリックでひとと待ち合わせ、そこから歩いてサン・マルタン運河近くのカフェでお喋り。その後、ベルヴィルまで足をのばしてベトナム料理屋でフォーを食べて帰りました。 途中、「あっ、ポスター、貼ってあるね」と、歩道の対岸から眺めていたら、サルコポスターになにか細工している人が…。「あっ、落書きしてる!選挙法違反じゃない?」とか言いながら、何を書いたのか興味津々。マジックをリュックにしまったお兄さんは、ちょっとドギマギしてたっぽい歩き方で足早に去っていきました。落書きし終わって1分後にはパトカーとすれ違ったしね。で、近づいてみてみたら…ヒトラー風チョビ髭でした。 レピュブリックからベルヴィルに抜ける界隈では、ふつうに建物の壁とかに貼ってあるポスターは、共産党とか緑の党とか労働者の闘いとかばっかりだったような。やっぱり、という感じ。 ちなみに私の住んでいる市は社会党・共産党が昔から強い地域。やっぱりサルコジのポスターに落書きがしてあります。その他、イタズラされているのはド・ヴィリエとル・ペン。傾向がはっきりしてるなあ。 |
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北駅の事件で、他の候補者達に内相の政策責任として非難されたニコラ・サルコジが、「セゴレーヌ・ロワイヤルは違反をする者、不良少年たちの味方をしたいようだが、それは彼女の勝手。私は被害者の側に立つ」とやり返し、これにロワイヤル候補が「こんな侮辱を言われて、一度なら見過ごすけれど、二度目は許さないわよ」的な反応をして、サルコジ候補が負けじと「そんなヒステリックになるもんじゃない、私は彼女に『下品』と言われたときも無視していたのに」なんて言ったものだから、ロワイヤル候補も「『下品』とは彼の提案した移民と国民アイデンティテイ省について言った言葉よ、この嘘つき!」って言っちゃった…という、マスコミを通した喧嘩(?)がありました。
うーん、「嘘つき」って…さすがにもうちょっと言葉を選ばないと、ただの喧嘩に聞こえて、有権者を説得するのに弱いんじゃないのー?と残念に思っておりました。 しかし!今日のニュースを読んで、思わず「この嘘つき!」と言ってしまいましたよ。セゴレーヌは正しかった。 さかのぼること先週の木曜、4月5日。ニコラ・サルコジはリヨンへ出向き、ベルナデッド・シラク夫人の支援を得て、華々しいUMP集会に登場。しかし、この集会の前、予定されていた地域訪問でちょっとしたトラブルが。 その日の午後、ニコラ・サルコジはリヨンの庶民的な地区、クロワ・ルス地区のチョコレート菓子職人ブイエ氏の店を訪れる予定でした。到着前からサルコジ候補を支持する有権者らが集まっていたそうですが、同時にアンチ・サルコジの人たちも。市場の呼び込みをやるクリウール(呼び屋)だというジェラールさん(32歳)が「サルコジ、ここでは歓迎されないぞ!」と叫び、そこここでこれに呼応した即席のプラカードが掲げられたとのこと。その辺にあったダンボールや、中にはリヨンの地図の裏にこの文句を書いて掲げている人もいたそう。また、サルコジ支持者たちが「サルコジを大統領に!」と叫び返し、一時騒然となったようです。店の前に警察が警備用ロープを張ったときには緊張が高まった様子。しかし、約束の時間になっても本人は現れず。結局、飛行機のリヨン到着が遅れたため、次の訪問場所へ直接行ってしまったと告げられ、人々は解散。 その後、ニコラ・サルコジは、飛行機が45分遅れたと認め、クロワ・ルスでちょっとしたデモがあったことは知らなかったと述べました。「デモがあったって?ああそう、じゃあ後でちょっと行ってみようか」と言ったそうですが、結局クロワ・ルスまで足をのばす時間はなかったらしい。 ところが、空港からの情報によると、サルコジ氏の乗っていた飛行機はクロワ・ルス訪問予定時間の30分以上前には到着していたとのこと。つまり、充分間に合ったはず。 アンチ・サルコジの人々が集まったことについて、クロワ・ルス訪問計画を担当したエマニュエル・アムランは、現地でニコラ・サルコジと電話で話したことを認めており、その際、サルコジ氏に背後の騒音が聞こえたかもしれないと述べていました。 また、クリウール(呼び屋)は社会党所属者が区長を務めるリヨン4区に給料をもらっている人だし、4区区長補佐官も見かけた、とし、この騒動はライバル社会党の差し金ではないか、と述べています。 さて、サルコジ氏側近フランソワ・フィヨンは、翌6日、カナル・プリュスで「サルコジ氏は、敵対的な人々の前を無理に通ることを望まなかった」とし、クロワ・ルスのアンチ・サルコジ集団がセゴレーヌ・ロワイヤル率いる社会党が組織したものだと非難。 しかし、UMP党の中にも、候補者の身の安全をはかれないようなところへわざわざ出向かせるというのはどういうこと?という疑問が。そこはエマニュエル・アムランの責任が問われるところ。アムラン氏は、集まっている人々の4分の3は支持者か野次馬だから危険なことはないと説得しようとした、と釈明。そして、サルコジ氏が訪問をキャンセルする前に、電話で「もめごとが起こるようなら行かないよ。もし衝突になるんだったらゴメンだ」と言われたと述べ、再び矛先を左派へ。 本当に社会党が裏で糸を引いていたのか? …っていうことより、飛行機の遅れのせいでキャンセルしたんじゃないんじゃん! 選挙運動委員の重要ポストの人(フランソワ・フィヨン)がソレを認めちゃってるじゃん!! この嘘つき!!! 参照: Yahoo Franceより 「Nicolas Sarkozy annule une visite a la Croix-Rousse a Lyon」 Le Mondeより |
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昨日から、「ROCKとかPUNKとかBANDとかの点取り占い」を追加しております(左のプロフィール下)。鮫島ラヂエーターさんから拝借。オモロくて一目で気に入りました。という私の過去をご存知の方々には納得していただけるかと。そしてそういう方々には是非楽しんでいただきたい点取り占いでございます。しばらくつけておこうと思いますのでhave fun!
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先週の木曜(4月5日)、アズズ・ベガグが機会均等推進担当大臣を辞任しました。
この辞任は、最初、「自らの発言の自由を得るため」とだけ伝えられていました。彼は現内閣の中で、サルコジ氏不支持・フランソワ・バイルー支持を表明した稀少な人物であるため、その辺りの事情を想起すればすぐに納得がいく辞職でした。(内閣でバイルー候補支持を表明しているのは二人のみ。もう一人はフランソワ・グラール高等教育・研究担当大臣。) が、事情はそれほど単純ではなかったようです。 ル・モンドが報じたところによると、アズズ・ベガグが出版する予定の本が問題になったらしい。この本は、アズズ・ベガグが、ニコラ・サルコジと衝突した際に罵られたことなどを綴っており、一種の暴露本となっています。そのタイトルも「Un mouton dans la baignoire(浴槽の中の羊)」とされており、これはニコラ・サルコジが内相だった当時、「ムスリムの一部の家族はアパートの浴槽で羊の首を切っている」と述べたことに引っ掛けています。(ちなみに、もしサルコジ氏のこの発言に信憑性があるとしたら、ムスリム信者はイスラム儀礼に則って屠殺された肉しか食べないということが関係していると思われます。) この本の内容を知ったジャック・シラク大統領とドミニク・ド・ヴィルパン首相は、慌てて出版差し止め、もしくは延期を求めましたが、問題の本は印刷を終えて本屋へ配達という出版工程の最終段階に入っており、また、抜粋を記載した週刊誌マリアンヌも製本を終えていました。そこで、シラク大統領とヴィルパン首相に迷惑がかからないよう、ベガグ氏が辞任することになったそうです。 アズズ・ベガグとニコラ・サルコジの対立のきっかけとなったのは、2005年11月の「racaille(ごろつき)」発言。サルコジ氏のこの発言が郊外暴動の火に油をそそぎました。アルジェリア移民系フランス人であり貧しい郊外地区で育ったベガグ氏は、沈静化を促すべきときに相応しくないとしてサルコジ氏の発言に反発。それ以来、二人は口もきかない関係に。その裏話がベガグ氏の本の中で明かされています。ル・モンドに転載された抜粋によると、郊外暴動事件が続いたこの時期、内相の詰め所(プラス・ボーヴォ)にアズズ・ベガグを招いたニコラ・サルコジは、一室で話し合いをもうけたのだそう。その際、「アズズ、どうして君は僕のことを攻撃するんだ?僕は君のことを攻撃しないだろう、一度も。君の発言にリアクションすらみせてないよ、知ってるだろう?」と言ったそうですが、ベガグ氏は「それは嘘だ」と回想。というのは、サルコジ氏に近しい人物たちがマスコミをつかって反撃し、ベガグ氏は善良な市民を擁護せずに郊外の同胞アラブ人たちを擁護するアラブ人大臣だとふれまわった、とのこと。この話し合いの末、サルコジ氏は早く関係修復をはかろうと、水曜日の内閣会議へ一緒に出向いてマスコミにアピールしよう、と提案。ベガグ氏は馬鹿にされていると感じて驚いたと述懐しています。そこでサルコジ氏は、郊外に一緒に行くことを提案。マスコミが事態の悪化に一役買っていると考えていたベガグ氏は「カメラなしでなら」とOKしましたが、サルコジ氏は「それでは意味がない」と述べたそうです。 (ここで個人的意見:やっぱりマスコミ操作の男なんだなー、ニコラ・サルコジは。) 更に、別の日、移民政策についてサルコジ氏と意見を異にしているベガグ氏は「私はベガグ・サルコジではない」と発言。これが内相の逆鱗に触れ、ベガグ氏は電話で罵倒されたとのこと。それも、「このバカ野郎!卑怯者!畜生め!ぶっとばしてやる!俺の名前を馬鹿にしてるんだろう…俺の容姿も馬鹿にしてるんだ、ぶっとばしてやるからな、畜生!バカ野郎!」と口汚い罵り言葉を連発したとか。そして最後に、二度と握手などしないように、さもなくばきっと後悔させてやる、と脅しの言葉を吐いたそうです。ベガグ氏は「彼が何度この言葉〔「大馬鹿野郎」〕を私の鼓膜に投げつけたかわからない。許さない」と綴っています。 これに対し、ニコラ・サルコジはケーブル・テレビ局I-teleにて、「恥知らずの嘘」と反論。「アズズ・ベガグにそのようなことを言ったことは一度もない。理由は簡単、一度も彼に会ったことがないはずだから」と説明。「まったく、彼は自分に興味をひきつけようとかなり苦労をしているけれどね(…)こうしたことを重要視するべきではない、大したことではない」とのこと。 …えっ、「一度も会ったことがない」って……。 それとも、プラス・ボーヴォでそういう会合はなかった、という意味なのかしら。 どっちにしても、ベガグ氏は担当大臣を辞任することになったわけだし、「自分に興味をひきつける」メリットがあるとは思えないんだけど…。っていうか、そういう目的で嘘という手段を用いているんだろうなんて、同じ目的・同じメソードが頭にある人にしか思い浮かばないと思うなあ。 まあ、真実はわからないわけですが、仮にアズズ・ベガグが誇張しているとしても、ニコラ・サルコジの今までのヒステリックぶりを見たら、どっちを信じるか、つまりどっちがより誠実だと思うかということになると思うんですが、答えは明らかなような。 どれだけヒステリックかは、先日、フランス3の地方ニュースのスタジオに招かれ、フランスのパスポート印刷の契約問題に関するルポルタージュの中で非難を受けた後「こんなに不誠実なルポルタージュは稀だ」と攻撃的な反応をみせ、女性アナウンサーが口を挟もうとしても許さないほどの憤慨ぶりを披露したのがその一例として挙げられます。(Dailymotionで見られます)。 こんな人が大統領になったら、ホント、怖いんですけど。どうしよ…。 参照: Le Mondeより Quand M. Sarkozy menaçait M. Begag : "Je vais te casser la gueule, sale connard !" LE MONDE | 07.04.07 |
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先週、立ち寄った地下鉄のキオスクでPhilosophie Magazine(「フィロゾフィー・マガジン」、即ち、そのまんま「哲学雑誌」)という雑誌の表紙が目についた次の瞬間、手にとってまじまじと見てしまった。
なんとニコラ・サルコジとミッシェル・オンフレイが対談している!政治思想がまったく異なるはずの組み合わせにびっくり。よく見たら、タイトルもしっかり「敵同士」とうたってある。スラヴォイ・ジジェクのインタビューも載っていたりして、ちょっと興味をひかれ、買おうかどうしようか迷った末、その日は見送り。翌朝、やっぱり買おうと思い、通りかかった同じキオスクで探したのですが、雑誌は姿を消していました。残念ながら断念。数日後、同居人に「サルコジが優生学的な発言をして問題になっているらしいよ」という話を聞き、後でル・モンドのサイトを見ていたらそれに関する記事が出てきました。問題の発言は、なんと、買い逃したあの雑誌のあの対談の中で出てきたとのこと。やっぱり買えばよかったね…。 Philosophie Magazineのサイトで読めるのは、残念ながら対談の一部だけ。 問題の発言とは、以下のこと。
日本だとどうなのかわかりませんが、フランスでは、人間のある側面に関して「遺伝によって決まっている」と述べることは、かなりデリケートな問題。精神病理や犯罪についてなら尚更です。精神病理学において器質的病因論に異議を唱えたジャック・ラカン、狂人と呼ばれた犯罪者と精神病者について論考を展開したミッシェル・フーコーを輩出し、その考え方を広く受け入れた国ですし。遺伝学についての発言には慎重な国(のはず)。 ル・モンドの記事によると、雑誌マリアンヌで遺伝学者アクセル・カーンもこの発言を非難しているとのこと。「複雑な行動を指令する遺伝子、例えば攻撃性、暴力、非行、自殺傾向のある抑鬱などへ導くような指令遺伝子があるという考え方は、馬鹿げているし間違っている」と述べているそうです。「UMPの大統領選候補者〔=サルコジ氏〕によって追認されたこうした考え方は、彼の観念がネオコンに結びついていることを裏付けるものである」とカーン氏。また、自殺について討論するサイトでも、この発言が問題にされているとか。 極右のジャン−マリー・ル・ペンでさえ、サルコジ氏の発言にみられるような犯罪遺伝学的な考えを否定しています。曰く、「もし犯罪を起こさせる遺伝子が私たちの内に潜んでいるのだとしたら、自分の為すことに責任がないということになる。そんなことはありえない、彼は間違っているに違いない。」 この発言をめぐって、フランソワ・バイルー、セゴレーヌ・ロワイヤルからも批判がとんだらしい。 自分の本の出版記念に南仏でサイン会を行った、当のニコラ・サルコジは、今日、フランソワ・バイルーとセゴレーヌ・ロワイヤルはピリピリしすぎているとして、この問題について議論を起こすつもりはないことを表明。「それぞれ、落ち着きを失わず、自分たちの政策案に打ち込むべき。他の候補者を攻撃することで世論調査の数字があがるわけではない」とのこと。 しかし、問題になったような考え方と政策案が無関係とは思えない。 ル・モンドの記事にリンクのあったミシェル・オンフレイのブログに、次のような文章がありました。 これを読んで、自分が何故ニコラ・サルコジを嫌悪し、反サルコジであるのか、そして自分が日々何に対して抵抗を感じているのかを再認。 哲学指向と政治指向は無関係ではないよ(っていうか一体だよね)。 参照: Yahoo Franceより 「Nicolas Sarkozy ne veut pas polémiquer sur la pedophilie」(Reuters) Le Mondeより |
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大統領選を前に、警官たちの二つの大きな労働組合が意思表示。
昨日、l'Unsa-policeという、警官労働組合の中でも一番大きな組合がパリで集会を行い、警官という危険を伴なう職業に対する敬意と考慮を要求。この労働組合は、約一週間前(先週の月曜27日)、マルセイユにて大きなデモを行ったばかり。マルセイユには各地から警官たちが集まり、主催者によると約5000〜6000人、警視庁によると約2000人がデモに参加。参加者たちの中での一番の不満は、ノルマとサルコジ前内相によって導入された功労褒賞金。「我々には目標の数字がたくさんあるが、大事なことに対してではない。行政はそれで満足しているが、本当の軽犯罪には触れないままだ」とは、それぞれ11年と15年勤続しているマルセイユの警官二人の言。「警官である以上、3つのどうでもいいことに関わるよりひとつの重大なことをやる方がいい。しかし行政にとっては、密売の大元よりもポケットにハシシを持っている3人の青年をしょっ引く方がいいんだ」とのこと。また、現場よりも事務仕事に人材が回っていることへの不満も。「頭にくるのは、カメラの前での責任者たちの演説。特に大統領選前のね」と、うんざり感を露わにしていました。 しかし、大統領選前なだけに、このデモは政治的なにおいがするという批判が他の警官労働組合から出ています。L'Unsa-police代表のジョアキン・マザネはセゴレーヌ・ロワイヤルに近しい人物と言われており、PSとのつながりを疑う声も。組合の一つ、Synergieは、l'Unsaの名前を出さずに「大統領選前に警官たちを道具として、一定政党が有利になるために利用している」と批判。また、警官労働組合の中でも二番目のAllianceもこれに同調。三番目のSGP-FOは、マルセイユのデモによる要求は正当であるとしながらも政治色を感じて苦い顔。特に、デモがあったのはニコラ・サルコジのマルセイユ訪問の日。しかし、マザネ氏によると、ずいぶん前から予定されていたデモだそうです。また、マザネ氏は2002年のジョスパン(PS所属)内閣下でも同じように集会を開いたことを想起、「誰かの伝達役ではない」と主張しつつ、2002年以来、市民と警察に対する暴力が増加していると指摘。ニコラ・サルコジ政策の失敗とみています。 実際、サルコジ内相の方針に批判的なl'Unsa-policeは、先の労働組合選挙で22%から41%と支持をのばしたそうです。 また、もう一つの労働組合、Allianceも火曜、行動を起こしました。 こちらは市民の声を直接収集。警官の仕事内容や対応、態度などについて、公共の場や市場などで通行人の意見を集めました。パリではリヨン駅など11箇所でこのアンケートが行われた模様。 Alliance代表、ジャン-クロード・ドラジュによると、北駅での事件がこの調査行動を起こすきっかけとなったそう。最初の手応えからいうと、9割方は警官に良いイメージを持っているという解答、とのこと。調査結果は、大統領選候補者たちに政策方針を提案できるように分析される予定。 ちなみにこちらのAllianceはサルコジ側だそうです。 圧政を感じて嘆息しているのは市民だけではなくて、警察の中にもそいう人たちがいるんだなあ〜、と、マルセイユのデモにはなんとなく納得、安心(?)してしまいました。 参照: Yahoo Franceより 「Des policiers manifestent contre la 'pression du chiffre'」(AFP) 「Securite: les principaux syndicats de police font monter la pression」(AFP) 「Des policiers en meeting interpellent les candidats」(Reuters) |
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毎年4月が始まると同時に、食べられないダヴリルという魚が出現します。似ても焼いても喰えない魚で、最近、パリでは見かけなくなったとも言われています。
ダヴリルは16世紀から存在するといわれている魚。絶滅の危機に瀕し、「幻の魚」になりつつあるこの4月の魚の擁護を求めて、今日の午後、バスティーユ広場でデモが行われました。エコロジストも多く参加しており、地球の自然を紹介するTV番組司会者として有名なニコラ・ユロは「市民ひとりひとりの自然保護に対する関心が大切」と改めて強調。 また、「狩猟・釣り・自然と伝統」の候補者として大統領選に出馬しているフレデリック・ニウスは「私たちは自然や伝統と社会発展の共存維持を願っている。連帯感を示すため、今日、私たちは釣りを自粛している」と、自身が代表する団体の意志を伝えました。大統領選を目前に控えた今日、この問題が一時話題の中心となり、その他の候補者たちからのコメントも発表されています。ニコラ・サルコジは、ダヴリル魚を保護する為の法を整え、保護に反する行為の取締りを強化することを約束。セゴレーヌ・ロワイヤルは「絶滅から救うには市民の協力と参加が不可欠」「ダヴリル魚を一家に一つ」と提言。中道のフランソワ・バイルーは「ダヴリル魚の激減は長年に渡っての問題。現内閣のみならず左派政権も対策をもうけなかった」と左右両派を批判。また、極右のジャン-マリー・ル・ペンは「移民が集まる地域でダヴリル魚が排除されてきた。それが全国区に広がっている」として、移民問題が優先課題であると主張。 このダヴリルという魚、実は私自身も見たことがありません。 ウィキペディアに項目があります。フランス語はこちら、日本語はこちら。 |
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