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東西ドイツにおける敗戦直後の喪の作業 その3

 2006-12-17
その1その2からの続き)

ドイツ連邦共和国における喪の作業
連合軍(米・英・仏)の指導のもと、西ドイツでは東ドイツとは異なった政策がとられた。即ち、集団的罪悪感に訴える方針がとられた。

西ドイツにおける防衛反応は、目の前に突き出された現実の残酷さによって強化された。アメリカとイギリスが政治宣伝に使ったイメージ(映像・ポスター)は、現実の惨状をうつしたものであったが、あまりのむごさに国民は耐えられず目を背けようとした。この反応は連合軍が強制収容所を解放した際、その状況を目のあたりにした時の反応と同じであり、心理メカニズムの防衛反応として、おかしなことではない。
しかし、こうした反応は、イメージの残酷さだけに因るものではない。イメージに添えられた「あなたがたドイツ国民全体の責任だ」といった文章に想起される罪悪感を拒絶する反応でもある。
とはいえ、残酷なイメージを宣伝したことが悪いと言うわけではない。イメージのみが、知らなければいけない現実を教えうるであろう。1945年5月から、米英は週刊TVニュースを放映し始めた。これは月に2500万人のドイツ国民が視聴していた。映像を伴ったニュース番組は米英の教育の一環であった。

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