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気候的にはすっかり秋な気分な8月でしたが、まだメトロの本数が少なかったり、まだ閉まっているブティックもあったり、デパートは観光客ばっかりだったりで、なんだかんだいって「やっぱり夏のヴァカンス」という雰囲気のパリでした。さすがに先週辺りからは、大きな荷物をひきずっている人をよく見かけたし、そろそろみんな帰ってき始めたかな…という感じ。今週はもう8月最終週。ああ、夏が終わる〜…そして新年度が始まる〜…というのを、今夜のニュースにド・ヴィルパン首相が出てきて、購買力上昇とか、特別手当支給額の増加とか、そんな話をしていたらしい辺りになんとなく感じ取ったり。政治家さんたちもヴァカンス終わりか。新年度決起集会みたいのをやる時期だしね。
しかし、夏休みがもうすぐ終わるよ〜という最後の数日って、なんとも居心地が悪いですね。すでに秋らしい空の色と風を感じれば尚更。なんとなく呆けてしまいます。 (つーか、一年中呆けてるような。) そんな今日この頃、私はちょっとトチ狂って散財。月末給料日前、久々に残高がやばい。 この状態、そう、これは恋といってもいいのかしら…。秋だし。 出会える日が待ち遠しく、考えるのはそのことばかり。 触れたいけれど、もったいないような。 それは……ワイン。 とっていも、ワイン全般ではなく、前にもちょっと書きましたが、ナチュラル・ワインに興味をひかれて。ビオロジックとビオディナミックが違うなんて知らなかったし。造り手さんが沢山いることもわかって、色々検索するうちに、段々トチ狂ってきた。 という状態は、そう何週間も長続きゃしない(はずだ)けれどね。 (熱しやすく冷めやすい。そういや、園芸もこんな感じで始めたっけ。一年目はその勢いで鉢を20個くらいまで増やしてしまった。) そんなわけで飲んだくれています。 川島なお美の気持ちが、今ならわかる…気がする。 うちのは「下町の」ロマネコンティ(ティエリー・ピュズラ)だけどね。 これからはfoire aux vins(ワイン見本市)の季節だし。 お店で催される試飲会にも積極的にアプローチしようかと。 すでに手帳には、最近会員になったワイナリーのプライベート・セールの日をマーク。うふふ。 あ〜早く給料の小切手ちょうだ〜い。 (↑アル中禁断症状に近い?) |
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遅めの夕食のテーブルについて、TVをつけてみたら、ARTEで映画。「チャーリーとチョコレート工場」。しかし、ティム・バートンではありません。途中からだったのですが、雰囲気は60年代〜70年代初期。サイケデリックな雰囲気などもあり。ティム・バートン以前に映画化されていたのを知らなかったので、興味津々で観ました。ついつい見聞済みのもの(ティム・バートンのは去年、観た)と比較してしまいますが、ギャップは感じませんでした。ティム・バートンも原作に忠実なストーリー展開にしたのかな。(って、原作、読んでないんだけども。)
TV番組表でみたら、この映画は1971年製作。シナリオは、原作者のロアルド・ダール自身が手がけていました。ストーリーは、ティム・バートンのとほぼ同じ(当然)ですが、こちらの方が教訓的な面が強調されていた感じ。現代版は、後半で精神分析的にウィリー・ウォンカの子供時代などが出てきて、チャーリーだけでなくウォンカ自身も幸せになるところまでを描いていて、チャーリーとウォンカで主人公を二分しているのですが、後者の方がスポット当たってる感じでした。が、今日みた映画ではチャーリーが中心的。そして、ウィリー・ウォンカは、ストーリーの中で文字通りの意味でも、映画の構成上でも、案内役。チャーリーのおじいちゃんも、孫を支える存在として主人公の相棒的役割。ティム・バートンのものより、おじいちゃんの存在が目立っていたような。全体的にみて、ティム・バートンのよりも、焦点がはっきりしたパースペクティブで構成されており、バランスが良かったかもしれません。この映画、商業的には成功しなかったようですが、70年代のサイケっぽさが反映された映画が好きな私としては、なかなか良かったです。それから、ユーモアたっぷりなところは、ティム・バートン監督の映画と共通している…というか、ティム・バートンもそのユーモアが好きだったから映画化したのかな。 ちなみに、ウィキペディアで調べてみたら、邦題は「夢のチョコレート工場」でした。 |
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24日木曜日、シラク大統領はTV演説にて、レバノン南部へ向かう国連軍に2000名を派遣すると述べました。
レバノン南部の事態沈静化に国連部隊を派兵することに決まった直後では、フランスからの派遣は現UNIFILに200名の増員(計400名)、1700名が出動待機、と発表されていました。イスラエルとヒズボラの停戦決議案をアメリカと共に作成したフランスからの派兵は多数を期待されていたため、国連の失望は大きかったようです。また、アメリカなどからの国際的批判やフランス国内からの批判もあったようです。 フランスが派兵に慎重な態度をみせたことについて、それを説明すると思われる出来事としてすぐに想起されたのは、1983年のベイルートでのテロによる損失です。 1982年のイスラエル侵攻とPLO撤退の後、国連軍としてベイルートに駐留していたフランスの司令部は、1983年12月に自殺テロの被害に会い、58名の兵士が命を落としました。このテロの犯人は、ヒズボラの前身、イスラミック・アマルであるとされています。 また、ヒズボラとフランスの関係は徐々に悪くなってきているらしい。 1996年にヒズボラとイスラエルの停戦にフランスが助力したときは、関係が良好だったようです。 が、2000年、当時首相だったリオネル・ジョスパンがヒズボラを「テロリスト」組織と呼んだため、緊張関係に。 2004年には、ヒズボラのテレビ局アル−マナールの反ユダヤ主義的な番組がフランス国内で放送禁止とされたため、関係が悪化。 同年9月、国連安全保障理事会の1559号決議適用により、ヒズボラとパレスチナの民兵軍の武装解除が求められると、フランスはヒズボラにとって敵国と分類されたようです。 つまり、フランス側にはヒズボラに対する不信があり、派遣する軍隊が危険にさらされるであろうことを踏まえたうえで、国連による任務の明確化を待ったということのようです。 最初の発表による派兵数が少なかったため、現在はフランス軍少将アラン・ペルグリニがUNIFILの司令官を務めていますが、今後はイタリアが指揮をとるようになるかもしれないといわれています。 参照: (↑これは前回のヒズボラ関連チャットで質問に答えていた特派員記者、ムゥナ・ナイムによる記事) |
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カナーリ前のことになりますが、6月22日にプライマル・スクリームを見に行った帰り、メトロで「Rock en Seine」の告知発見(クリックすると拡大する…はず)↓。
えーーーラディオヘッドォ?モリッシィィ?? ベック!! クラップ・ユア・ハンズ・セイイェ〜!?(マイミク・カナコさんオススメにより、私のPCミュージックファイルに入ってます。) ナニこれぇー! と、公式ホームページをみたら、なんと、東京スカパラダイスオーケストラァ!? うーん、ちょい郊外だけど、いっちゃおっかな〜〜と思いつつ、まだ時間があるし、開催日も2日間あるし、先のことはわからないから…と、後回しにしていたら、いつの間にか土曜日のチケットは売り切れ…。 今朝、無料新聞「メトロ」の記事を読んでいたら、土曜日の目玉、Radio Head目当てのお客さんが多いらしく、そのため「archicomplet(超満員)」なのだそうです。ダフ屋がでてるかも。4倍の値段がつくらしい。 それで思い出したけど、キースの怪我で延期になっていたストーンズ、8月初旬に南仏(ニースだったっけ?)でやったとき、ガラガラで、転売を見込んでチケットを買い込んだ人が一人で30枚とか持て余してて悲しそうだった。 このロック・アン・セーヌというフェスティバルは、今年で4年目だそうです。知らなかった。 …と思ったけど、このポスターに見覚えあり。2年前のだ。 最初はステージ1つだったらしいけど、2年目は2つになって、去年と今年は3つ。それで出演ミュージシャンの数も増えた。2日間通し券を買った人は、近所のキャンプ場でキャンプもできるそうな。フジロックみたい?(行ったことないけど) んー、どっちにしても今年は行けないなー。 |
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ヒズボラをテーマにしたチャットが行われる前日、イスラエルについてもル・モンドのサイト上で、特派員と読者の討論の場があったようです。
そちらのまとめがあったので、これも訳してみました。 |
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3ページ目です。
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2ページ目です。
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昨日の午前中、ル・モンドのサイト上でレバノン特派員記者と読者の間でヒズボラに関するチャットが行われ、その後、それをまとめたものが掲載されています。
訳し始めたのですが、3ページと長いので、1ページずつ区切って載せていきたいと思います。 チャットに参加している読者も状況に詳しい人ばかりではないし、自分とは違った角度からの見方で質問する人などもいて、結構面白かったです。 |
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Yahoo Franceを見ていたら、「精神不安定の男性が凱旋門で観光客を脅迫」という記事が。
それによると、木曜の夜、凱旋門の上で、17歳の青年が玩具の銃を使って観光客らを脅したとのこと。その後、パリ警察の精神科看護室に移送されました。上半身とTシャツには「アル-カイーダの要求」の言葉を書き込んでいたらしい。 この青年は、警察に取り押さえられる前に、エア・ガンを空に向けて一度発砲したそうです。 ロンドンでテロを準備していたグループが摘発されたばかりだし、この場に居合わせた観光客の人たち、血が凍る思いだっただろうな〜。日本人もいたんじゃないかしら。 それにしても、玩具の銃って、一見してわかるものなのかな。すぐに識別できれば大して驚かない…わけないか。 大体、この青年の様子自体、おかしかっただろうし。 しかし、凱旋門に登るのって有料だし、ってことは受け付けを通らなくちゃならないはず。この青年、フツーに中に入れちゃったのか。うーん、セキュリティにちょっと疑問。 参照: Yahoo Franceより 「Un homme qui menacait des touristes a l'Arc de Triomphe en psychiatrie」)(AFP) |
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数日前のル・モンドで、中東関係の記事を拾い読みしていて面白いと思ったもの↓
個人的には、身近に感じるこういう話の方が入っていきやすいなーと思う。 イスラエルとヒズボラの紛争がネット領域に影響しているという話です。 それにしても、「メガフォン」というソフトはすごい(いやらしい)と思った。世論操作のネット戦略。 以下、短かったので訳してみました。 |
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今日、フランスはマリア被昇天祭の祝日で一日うだうだしてましたが、そういえば日本は終戦記念日であった。
こちらで日付が変わった直後、ニュースで小泉首相が靖国神社に参拝したと知りました。 アジアから距離をおいているから少し違った見方をしてしまうのかもしれませんが、日本も近隣国も、本腰を入れて対話をする態勢が整っていない、またその準備が整う気配もないように思えて残念です。 ル・モンドに、日本の靖国問題に関する記事があり、そこで初めて興亜観音という観音像があることを知りました。こちらは日中戦争に出征した松井石根(まついいわね)により建てられたそうです。松井将軍は、もともと日中友好論者だったそうで、日中両国の戦死者の霊を「『怨親平等』に、ひとしく弔慰、供養するために」この観音像を建立したということです。彼自身、東京裁判でA級戦犯として死刑判決を受けています。他に東条英機ら、7名のA級戦犯の遺骨が納められているそうです。 ところで、靖国神社参拝の最近の争点は、A級戦犯の霊も合祀されていることらしいですが、そうなると興亜観音なんかはかなりやばいのかな…。「被害者」である中国人を、A級戦犯と一緒に祀っているということだから。 でも、これは仏教的な考え方なのか、「あの世では敵味方がない」(ル・モンドの記事内より引用)ということに、私は妙に納得させられて、「『怨親平等』に、ひとしく弔慰、供養する」ことがそんなに悪いことのように思えませんでした。寧ろ、心が寛いような気がしました。 問題は、「誰が」供養するか、ということなのでしょう。観音様は、多分自分の意志に反して戦わなければならなかった松井将軍によって建てられたし、国家とは離別した場で生まれた。そして、日中両軍の戦死者と日本のA級戦犯が一緒に祀られた観音様に手を合わせることは、怨みや憎しみを越えて、そこに祀られたすべての霊を悼むことのように思います。 しかし、靖国神社は、もともと天皇がまだ神であった明治時代に、天皇の指示によって建てられた神社。だから、太平洋戦争中にはまだ活きていた、それどころか過剰に強調された、神=天皇という考え方が基盤となっている神社であり、国の神社。それで、靖国神社は軍国主義とはやっぱり無関係ではないと思うし、そこに太平洋戦争の戦没者の霊を弔うというのは、微妙な問題なのでは…。 あと、どうも気になるのが、「神社」というからには、やっぱり神道で、宗教に属するんですよね。政教分離の考えから言えば、国のために戦死した霊を、国としてのひとつの神社(というものが認められていること自体ヘンだと思うけど)に祀るというのはおかしいような。宗教的に慰霊するのだったら、遺族がそれぞれ自分の家でやったらいいんじゃないのかなー。なんだか、結局、国に徴集されて死んだらそのまま吸い取られるみたいで、個人的に嫌です。 国として、自国のために戦った兵士のための慰霊は、宗教に関係のない記念碑でしたらいいんじゃないの、と思うのですが。 小泉首相は、国の暗い過去とつながりの深い靖国神社ではなく、宗教に関係のない場所で、戦没者の慰霊をすることだけでは物足りないのかな。何故靖国参拝に固執するのかわからない。 更に、どうも納得いかないのは(これは誰かが書いていたのをどっかで読んだのだけど)、「個人として(私的に)」参拝すると言い訳しながら、なんで選挙のとき公約なんかにしてたの?実は公約にしてたなんて知らなかったけど。(しかもそれってわざわざ公約にすることなの?)なんか非論理的で頭にきます。 参考: |
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イスラエルがレバノンを爆撃していた間に、フランスのユダヤ人たちの反応が画一的でないことを示す記事がありました。
記事の内容は、大体以下の通り。 フランスのユダヤ人コミュニティがレバノンに対するイスラエルの軍事行動を支持する傍ら、リベラシオン紙に「Nous, Juifs contre les frappes d'Israel(我々ユダヤ人はイスラエルの爆撃に反対する)」 という記事が、医学教授であるマルセル-フランシス・カーンを中心とした数名の連名により掲載されました。 この呼びかけに応じた医学界、文学界の人々や政治関係者ら177名が署名して同意を表明。彼らは、フランスユダヤ人団体代表評議会(CRIF)のような一定のコミュニティの声が「独占的」であることに抵抗を感じているようです。平和のためのフランスユダヤ人連合(UJFP)の名誉会長であるリシャール・ワグマンは「現在まで私たちが聞いてきた声はフランスのユダヤ人たちの声ではなく、CRIFの声である」と強調しています。 そして、このリベラシオン紙掲載の記事に名を連ねているレイモン・オブラックは、フランスのユダヤ人たちは「盲目的に」イスラエルを支持しているのではなく、「プロパガンダがそう信じさせている」と注意を喚起しています。彼は、「社会的平和がかかっている」のであり、ユダヤとムスリムという「二つの傷つきやすいコミュニティ」が、それぞれイスラエルとパレスチナまたはレバノンを擁護しようとして対立することを危惧しています。 しかし、これに対して、CRIFのロジェ・キュキルマン議長は、この署名者たちがユダヤ人コミュニティの中で「非常に少数派」であるとしています。 小説家のマレク・アルテは、彼らを「イスラエルを非難するために自分達の黄色い星を見せびらかす人たち」とみなしています。しかし、フランスユダヤ人学生連合(UEJF)の元議長であるヨナタン・アルフィによれば、イスラエルが危機に直面したとき「多くのユダヤ人は、イスラエルを批判するより沈黙を好む。この国を憎む人たちに諍いの種を与えないように」とのこと。 ところで、リベラシオン紙に掲載されたというこの宣言は、歴史家ピエール・ヴィダル-ナケについて触れています。そこでは、24年前の1982年、イスラエルがレバノンに侵攻した「ガリラヤ平和作戦」の際、ピエール・ヴィダル-ナケがこれに反対し、フランスのユダヤ人知識人たちにイスラエル非難を呼びかけたことが想起されています。最近でもピエール・ヴィダル-ナケは、先月のレバノン攻撃が始まって間もなく「Trop, c'est trop !」という連名の声明(「Assez !」というタイトルで7月27日付けリベラシオン紙に掲載)を出しています。(この声明はchaosmosさんが訳してくれています。) しかし、ピエール・ヴィダル-ナケは、この声明が公表された数日後に亡くなりました。ご両親をナチスに虐殺されたユダヤ人ですが、それ以前に平和を願う確固とした信念があり、最期までその姿勢を貫いた人なのだな、と思います。 |
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イスラエル-ヒズボラ抗争について、色々と新聞紙上に専門家や元外交官などの意見が載っていて、いくつか訳したいなと思いつつ時間がなくて、その中からどれか選んで…と思っても選択しがたく、結局何も訳していませんでした。
で、土曜日のル・フィガロに、以前ムハマンドの諷刺画関連で紹介したことのあるオリヴィエ・ロワが寄稿していたので、とりあえずこれだけ訳しました。 原文↓ 「Moyen-Orient : empecher la jonction des forces radicales et extremistes」 (ル・フィガロは無料閲覧期間が短いので、リンクが早々に切れるかもしれません。) オリヴィエ・ロワはイスラム研究者で中東と中央アジアの専門家。この記事は、シーア派とスンナ派の関係や、ヒズボラとハマスという二つの潮流が同じものではないことなどを手短に語っており、中東の背景の大筋をつかむためには勉強になります。しかし紙面が限られているせいか、当地の情勢に詳しい筆者であるだけにそれを説明しきれない不満足さと、表明しきれない欧米の外交に対する苛立ちがにじみ出ているような気がしました。 しかし、それだけにまた、「軍事的解決は持続しない」「政治的合意のみが地域圏を安定化しうる」という彼の言葉に説得力を感じました。 |
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イスラエルとヒズボラの戦いは、ようやく一時停止へとこぎつけたようで、少しほっとしました。
約一ヶ月も続いた両者双方の攻撃の間、フランスでも色々な議論がなされていました。しかし、私自身はあまりニュースを追っていなかったし、それでも一応感じることがあったけれど情勢にあまり詳しくないし、無分別に何か言うことを避けたかったので、それについては触れないでいました。 いまだにわからないことが多いのですが、今日はちょっとだけ触れておこうと思います。 今回の件は、日本では優先的に扱われるほどではなかったかもしれませんが、フランスでは毎日ニュースのトップでした。フランスはレバノンと関係が深く、第一次世界大戦後から第二次世界大戦までレバノンはフランスの委任統治下にありました。そのせいか、報道のされ方はややレバノン寄りだったように感じます。フランスは第二次世界大戦中にユダヤ人をナチスの手に渡した過去によりユダヤ人問題には敏感であるため、よく「フランスはイスラエル寄りだ」と言われるようですが、イスラエルとその周辺の紛争に関する報道で、私自身はそのように感じたことはあまりありません。 先週だったと思いますが、Arteというドイツとフランス共同TV局での討論番組で、ドイツメディアとフランスメディアそれぞれにおける今回の戦いの扱われ方を比較して紹介していましたが、ドイツではどちらかというとイスラエルに同情的なのに対し、フランスは最初からレバノンに同情的であったようです。 そんな漠然としたつかみ方しかしていないのですが、その中でも気になったことをいくつか。 間違っていると感じたのは、イスラエル批判を反ユダヤ主義と混同すること。WEB版ル・モンドを読んでいて、読者の意見投稿欄に、イスラエル批判が多くなされたことに対して「ヨーロッパでの反ユダヤ主義感情が根深いことがよくわかった」という反応があったのですが、他の読者の投稿を拾ってみても、感情的な人種差別発言は見当たりませんでした。逆に、イスラエルの批判をすぐに反ユダヤ主義に結びつけて議論をかわすようなすり替えには頭にきます。 個人的に言うと、イスラエルの攻撃は理解できません。どちらかといえば、ヒズボラよりイスラエルに非があるように感じます。「やり過ぎ」というか。 それで、最初は、レバノンとイスラエルの戦いではなくヒズボラとイスラエルの戦いであるため、レバノンの一般市民が一番の犠牲者であると感じました。レバノン政権は何をやってるんだ、早く停戦を求めるよう動けばいいのに…と思っていました。しかし、レバノンの首相がフランスのテレビインタビューに答えているのを見たとき、シニオラ首相はヒズボラを称えるような発言をしており、結局レバノン国家はヒズボラを応援しているのかな、と思いました。ヒズボラは内閣に2人選出されている政党でもあるけれど、国民を代表する集団ではないし、ヒズボラを支持する市民もそれほど多いわけではないと聞きます。何よりヒズボラは国の軍隊ではないし。首相の発言は、国民に対して無責任のように思え、失望しました。 とはいえ、多分、レバノンと周辺国との関係や歴史などの背景をよく知らないからそんな風に思うんでしょうね…。 その点でいえば、今回の戦いが国家間の戦いではなく、イスラエルとヒズボラの戦いであるということが、中東情勢の複雑さとその抗争範囲の広さをより浮き彫りにしているように感じます。 レバノンとイスラエルで起こっている争いに関して、グローバルな視点から情勢を把握して分析したり、時事を追って紹介することはできませんが、個人的なアンテナにきたものについていくつか書いていきたいと思います。(ちょっとタイミングがずれてますが。) |
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まじ、寒いっす。
今日からしばらく雨の日が続くみたい。余計に冷える。 外出には、すでにジャケットを羽織って、みたいな。 お盆の頃にもう一回くらい暑さが戻ってくるよきっと〜なんて思っていたのだが、予想大ハズレ。 そろそろ中央暖房をつけて欲しいな〜。(←軟弱) これじゃ洗濯物も乾かん。 |
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7月の猛暑が農業に影響を与えています。
水不足により農作物の成育が不良で、40の県が「農業災害」における救済措置を望んでいるとのこと。 ドゥー県(フランス東部)では、牛の飼い葉が育たず干草不足に悩んでいます。そこで、コート・ドール県(フランス中東部)から150トンの藁を輸送してもらったそうです。 他の穀物類も収穫がやや低下。小麦は前年より3.3%減、大麦は1.4%減。菜種の収穫は大きく後退して19.6%減。 ジャガイモも猛暑の影響で成育不良。それによって値上がりしているようです。フライドポテトを提供しているカナダのマックケイン社は、フランスにおける製品の値上げ(20〜25%)を予告。 また、レタスなどのサラダ菜の生長もふるわず。その反面、暑い盛りにはサラダが食べたたくなるもので、供給よりも需要の方が多く、値段が上昇。 さらに、7月の猛暑で成熟が早まったネクタリンなどの果物も、前年に比べて値上がりしているとか。収穫のための人手が急に必要となりコストがかかること、また、こちらもサラダと同じく需要が伸びたことなどによって、ネクタリンは38%、洋ナシは31%、プラムは30%の値上がりだそうです。 農業の他に、天候不順の危惧も。 フランス周辺の海面温度が例年よりも高いという観測報告がありました。ガスコーニュ湾(大西洋に面したフランス西部の湾岸)で1.5℃、リオン湾(地中海に面したフランス南東の湾岸)で5℃も高いとのこと。 ガスコーニュ湾の今年の平均海面温度は、通常のポルトガルの南岸またはカナリア諸島周辺と同じくらい。これで溜まったエネルギーが、今後、低気圧を増大させるおそれがあるそうです。また、リオン湾の方での海面温度上昇は、秋に豪雨をもたらす可能性があるという予測。 猛暑が地球温暖化と関係あるとはまだ確定されていない、という声も聞いたのですが、どうなのでしょうか。 どちらにせよ、なんとなく地球の将来に不安を抱く近年です。 参考: France2より 「Secheresse: 40 departements veulent des aides」 France3より 「La canicule passe, les salades trepassent」 TF1より 「Canicule en juillet, pluies torrentielles a l'automne?」 Le Mondeより |
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短い旅行の記録をたらたらと書き綴ってきましたが、この旅行を終えてパリに戻った夜(7月26日)、同時に嵐が到着。傘を持っていなかったので、大粒の雨、夕立の中、家路を急ぐ。すっかりびしょぬれ。帰り着くなりシャワーを浴びました。はぁ〜やっぱりおうちが一番。とか言ってしまう旅行後。
そして、この嵐がパリの猛暑の終わりを告げてくれました。フランスのほぼ全土(南東地方を除く)が、27日以降、厳しい暑さから解放され、それからは涼しい毎日。最高気温が10℃は下がりました。 フランスの猛暑といえば、2003年の8月。それまで経験したことのない暑さ、またヴァカンス時期真っ只中だったこともあり、多くの一人暮らしのお年寄りが犠牲に。15000人が亡くなりました。内閣の人々も休暇でどっかいっちゃってて対応が遅れたり、病院も人手不足だったり…扇風機は売り切れたし…てんやわんやだったなあ。 今年の7月後半は、その暑さを彷彿とさせるほどの厳しさでした。しかし、2003年は本当に無風状態だったけど、今年は風があったので助かった。あと、今年の方が長く続いたような気がしました。 統計によると、2006年の猛暑は2003年に比べ、6日間長かったそうです。(フランス気象庁の22の観測所で、平均気温24℃が記録されたのは、7月10日から28日の19日間。2003年8月では13日間。) しかし、今年の猛暑は最高気温が39度だったのに対し、2003年は40〜44℃にまで達していたそうです。また、今回は最低気温は19〜23℃でしたが、2003年は23〜25℃。 そして、衛生監視研究所(l'Institut de veille sanitaire)の発表によると、今年7月の猛暑による死亡者は112人。半数以上の66人が、75歳から99歳のお年寄りで、すでに病気だった人。他に、暑さの中(工事現場や厨房など)で働いていた人が12人、スポーツ(トレッキング、サイクリング)をしていた人が4人、ホームレスが3人、75歳以下で病気持ち(癌、超肥満、糖尿病など)だった人が26人、15ヶ月の赤ちゃんが1人。 2003年に比べると、被害数がかなり抑えられたようです。前回の経験から、事前に気象庁から警報を出すようにしたことや、水分補給を心がけるなどの猛暑対策が人々の間に浸透したことが、功を奏したのかもしれません。 とはいえ、水の飲みすぎも良くないそうですね。汗と共に流出してしまう塩分を摂取しないと、体内のミネラルバランスが崩れるとか。そのため、水よりもスポーツドリンクが良いそうです。というのは、日本では常識なのかもしれませんが、フランスではあまり知られておらず、今回、注意喚起されていました。また、老人介護施設では一時間おきに水を飲ませていたそうですが、ご老人は汗をかきにくく、多量の水で体内の塩分ミネラルが薄まってしまったり、腎臓機能に障害が出るケースもあったそうです。水を飲ませるより、ぬるめのシャワーを頻繁に浴びさせるようにした方がいい、とのこと。 でも、日本のスポーツドリンクみたいなのってフランスにないよな〜。(ゲータレードは見かけたことあるかな。) スポーツ用品店に行ってみたら、とりあえず目についたのは、ただビタミン強化しただけのミネラル・ウォーターばっかり。その中で、水以外に「スポーツする人のための飲み物」と書いてあるものを発見、飲んでみたら、ただビタミン強化しただけのオレンジジュース…って感じでした。 ところが、水に塩と砂糖とレモン汁を加えて、スポーツドリンクと同様のものを自分で作れるらしいですね。ネットで調べたら、配分は人によってまちまち(水1リットルに塩2g・砂糖20〜30グラム、とか、水1リットルに塩小さじ半分・砂糖小さじ4とか)。クエン酸を入れる場合もあるみたい。 私は炭酸水を愛飲してました。よくわかんないけど、とりあえずナトリウムとカルシウムとマグネシウムがいっぱい入ってるやつ。炭酸水は疲れが多少とれるらしいです。 さて、さすがにこれだけ暑くなると、冷房がないのはしんどかった。ちょうど猛暑が始まった7月の2週目、仕事先のエアコンが壊れてしまい、環境劣悪。風通しをよくするためドアを開け放していたのですが、排気ガスがすごい!一日で棚の上がホコリだらけ。咽喉が痛くなり鼻の調子がおかしくなった人が、私を含めて3人。最初は風邪ひいたかな?と思っていたのですが、医者に行った同僚は「大気汚染のせい」と診断され、ドクターストップの病欠。そういえば、昔、空調設備の悪いところで働いていたとき、ハウスダストのアレルギー反応が出たのですが、今回それと同じような症状(咳、肌のかゆみ)が出ていました。暑さはなんとか持ちこたえられる私ですが(「暑いのによく涼しい顔してられるね〜」と言われたことが何度か。っていうか、無表情なだけ?)、空気の悪さだけは耐えられない。(それで旅行に出たというわけです。) 更に、この異常な暑さのときに限って一年中つけているエアコンが動かないとなっては、同僚の間でも不平不満続出。フランスの労働法では、猛暑のとき、「従業員1人につき1日3リットルのミネラルウォーターを支給しなければいけない(水道水ではダメ)」「冷房設備のある休憩室を用意しなければいけない」「休憩時間を多くとらせなければいけない」などの規則があるらしく(未確認)、あの暑さがもっと続いていてエアコンが修理されなかったら、雇用者と全面戦争になっていたかも…。(ちなみに、いまだに未修理。だめだなー、エアコンは日本のメーカーなのに。) しかし、咽喉もと過ぎれば…じゃないけれど、8月に入ったばかりだというのにこの涼しさはちょっと悲しい。空の色もすっかり秋という風情。夏至以降ちょっとずつ日が短くなっているので、今は夜の10時になるともう暗い。あぁ、もうフランスの夏は終わりなのかな〜? 参照: Yahoo Franceより 「Canicule 2006, moins intense mais plus longue qu'en 2003」(AFP) 「La canicule a provoque la mort de 112 personnes en France」(AFP) |
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昨年のちょうど今頃、リヨンに行きました。今年も行くことになるとは、全然考えてなかったなー。
![]() ↑リヨンのベルクール広場にて。 ル・ピュイ・アン・ヴレー一泊二日に前後してリヨンに滞在。 前回、主な観光はしたので、今回はのんびり。っつーか、暑いし!動きまわる気になれません…。 出発直前、パリでTGVの出るリヨン駅に向かう途中、メトロがトラブルで止まっていたので慌てて乗ったタクシーのラジオから、その日(7月22日)健康相が猛暑対策の視察でリヨンに赴くというニュースが。「昨日、フランス全土で一番暑かったのはリヨンです。」…え〜〜〜……そんな暑いの…。と、ちょっとくじけそうになりました。ちなみに、37℃だったらしい。 余談ですが、デジタル時計とかについている温度計って当てになるんでしょうかね? ル・ピュイからリヨンに戻った日(7月25日)、ペラーシュ駅構内のデジタル時計は「41℃」と表示していました。夜の7時半過ぎですよ?目を疑いました。(まあ、日はまだ沈んでいませんでしたが。) その夜、暑くて寝苦しいなーと目が覚め、枕もとのデジタル時計をみたら2時半過ぎ。時計についていた気温表示は31.5℃になってました。ほんとかよーー。朝方、6時くらいに目が覚めたとき、涼しいなーと思いながらまた気温表示を見てみたら30.5度でした。なんか信用できない…。 翌日、リヨンを発つ前、駅のキオスクで雑誌を物色していたら、新聞(「Aujourd'hui」)の一面が「日陰で38℃!ありえない暑さ!」みたいな感じの見出しでした。やっぱり暑かったんですね。 さて、今回リヨンで一番したかったことは「アイスを食べる」!いや〜これだけ暑いとね〜。 特に、去年行った「Nardone」が忘れられず、実は「またあそこのアイスが食べたいな〜」と、リヨンに行く予定もなかった頃から思い出していたのです。「これがジェラートというものなのね」と納得したお店でした。なんといっても種類が多いのが魅力。 今回はイチジクに挑戦。これが期待を裏切らないおいしさ。イチジク好きの私が超満足した味。ちょっと青くさかったけど、生の果実を使っているんだなーという感じで、そこがまたよし。連れは「本日のアイス」、ライム。こちらもさっぱりしていて美味しい。舌にべたつくような甘さがない。 というわけで、その後もう一度行ってしまいました。そのうえ二度目もイチジクを頼んでしまった。ダブルでライチも。いっぱいあるので目移りしてしまいましたが。他にローズ、すみれ、ひなげしなどのお花ものや、普通にメロンやカシス、青リンゴ、ブラッドオレンジなどのフルーツものなど、あとイタリアンなストラッチャテッラ、アマレーナ(だったっけ?)も。 さすが食の街を誇るリヨン、色々なお菓子屋さんで自家製アイスを売っています。いくつか試してみたら、どこもなかなか美味しかったのですが、リキュールの味が濃かったり甘すぎたりして、私の中ではNardoneに勝てず(多分選択ミス)。 (っていうか、いくつアイス食べてるんだ?って話だよな〜。一日3玉に抑えておきましたよ。) ところで、パリにも「これがジェラートというものなのね」と納得したお店が一軒。友人に紹介してもらったのですが、ここも種類が多い。おじちゃんは職人気質の人。と、思い出していたら、昨日発行のOVNIに紹介されていました。最近は涼しくなってきたけど、また暑くなったら食べに行こうかな。 〈インフォメーション〉 リヨンのアイスクリーム屋さん Nardone René 3 pl Ennemond Fousseret 69005 Lyon tel:04 78 28 29 09 パリのアイスクリーム屋さん RAIMO GLACIER 59-61 bd de Reuilly 12e tel:01 43 43 70 17 |
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