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反CPE運動から考えたフランスのあり方?

 2006-04-11
CPEにまつわる社会現象を傍観しつつ考えたこと。
いや、ほんと、ほぼ終始「傍観」でした。反CPE運動を展開する学生達にちょっと肩入れしたくなってきたのは、この一週間のこと。
それと、ちょうど一週間ほど前にル・モンドに掲載された記事を読んで、ちょっと考えたことがあったせいもあるかな。

その記事とは↓

「反動派と保守派の腕相撲」とでも訳しましょうか。
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以下要約:
反動派とはド・ヴィルパンである。右派ベルルスコーニ率いるイタリア政府にとってですら、労組や経団連との協議は欠かせないものであるということを考えれば、今回のフランス政府の強硬姿勢は特異であるといえるだろう。
保守派とはデモを繰り返す若者達である。なぜなら、彼らは社会の変革に対する不安というより保守主義的な欲望を表明しているようであるから。68年の学生運動が想起されるとよく言われるが、現在のソルボンヌ封鎖は全く違った印象を与える。それは「失われた楽園」、つまり自由主義に推進されるグローバリゼーションが問題となる以前の経済の時代、雇用が保障されていた神話的時代を追求する保守的な運動にみえる。
ヨーロッパの他の国に住む30歳以下の若者達には、こうしたフランス社会の反応が理解困難にうつる。フランスは時代から取り残されている。ヨーロッパの中で、おそらく、フランスはグローバリゼーションに対して最も反対している国であり、反自由主義的傾向が改革を妨げている。しかし、ヨーロッパの他の国では、改革は実際に行われ機能しているのである。
例えば、1990年代、デンマークからは「flexicurite」というコンセプトが提案されている。これは「flexibilite(柔軟さ、しなやかさ)」と「securite(保障)」を縮めた造語であり、「雇用契約の柔軟さは福祉国家と矛盾しない」という前提から出発している。つまり、解雇を簡単にしても社会保障があるからうまくいくはずだ、ということである。
それから、「welfare(福祉国家)」に対する「workfare」という理論が、トニー・ブレアによってイギリスで推進されている。それは、労働を社会システムの中心に据えるということである。あつく保護されているという考えを定着させる援助モデルから、積極的に雇用を探すことによって成り立つシステムへの転換である。
他のヨーロッパ諸国と同じように、フランスには現代の世界に適応するだけの能力が十分にあるはずである。しかし、状況を変えるためには、まず反動派と保守派、双方の歩み寄りと協議が必要だ。
(要約終わり)
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私は経済とその歴史について、全く弱く無知に近いのですが、たまたま最近読んだ本(「デモクラシーの冒険」)の中で、福祉国家構想の行き詰まりから新自由主義への流れに触れた部分があったことを思い出しました。

無知のコンディションに流れ込んだ大まかな知識によって理解したことはこうです:
第二次世界大戦中、対ドイツの闘いのために国家・国民の団結が必要となり、イギリスにおいてwelfare state、福祉国家構想が生まれた。そして国内の生活水準の格差が縮まった。その実、それは植民地からの搾取によって助けられた部分が多かった。60年代、植民地を失い、産業の形態が変化してグローバル化が進み、それが国内経済に影響を及ぼした。そこでサッチャー首相は、国が抱え込んでいた機能を民営化したり、国家から福祉や教育を切り放していく政策を進めた。福祉国家構想は否定されたわけである。70年代にはアメリカでも構造的不況を脱する為に、レーガン大統領が福祉国家構想を否定するような政策を展開した。労働者側は、グローバル化によって組織的結集が難しくなり、組合の力が以前ほど発揮できなくなった。同時に、経済学的な視野においては、30年代の経済恐慌を乗り切るためにとられたケインズ主義(国家が市場に介入すべきという考え)的な政策が、60年代の産業形態の変化以降、機能しなくなってくる。それに反発するかたちで、新自由主義、つまり市場における自由競争のモデルに帰ろうという考えが台頭してきた。そして、国家行政をミニマムにおさえ、民間の企業に託す傾向が強くなった。

すっごく単純化して言ってしまえば、福祉国家構想の行き詰まりから新自由主義が出てきたわけで、この二つは相容れないと考えることができるのでは。特にフランスにはその考えが強いように思います。そして、フランスでは新自由主義を嫌う傾向があります。

上記記事中のデンマーク的コンセプト(雇用の柔軟性と福祉は矛盾しない)について、筆者は「フランス人の目には異端に映るだろうが」と付け加えています。しかし、デンマーク的コンセプトを受け入れられるかどうかは、フランスの福祉行政のシステムがフレキシビリティに耐えられるかどうかを知らなければならない。記事の筆者は、フランスのシステムは十分耐久可能だと考えているようです。しかし、フランス人たちの企業に対する一般的な不信それ自体が、ヨーロッパ他国の想像を超えるものであるだろうし、その不信を前提とすれば福祉(失業に対する保障)がパンクするのでは、という危惧も除外できないのではないか。

イギリスのコンセプトに対しては、論外となるでしょう。以前、イギリスの職安システムのルポルタージュをやっていましたが、スタジオに招かれたフランス人コメンテーターは「わが国にはこんなシステムがなくてよかった」と言っていました。そのルポルタージュの中では、失業保険の不正受給者を減らす為の告発制度(近親者が電話で通報する)や、ほぼ強制的に企業面接に向かわせるような厳しいチェック制度が紹介されていました。たしかに、国家権力からの監視や拘束に敏感なフランス人からは拒絶反応が出るだろうなあ、という内容でした。

福祉国家的考え方と新自由主義という対立構図でいうと、フランスは前者を支持しようとしていることが、今回の反CPE運動で浮き彫りにされたと思います。もうその対立構図は古いのかもしれない。でも、この際フランスには福祉国家構想にこだわりつづけて欲しいなあと思いました。楽観的に過ぎるかもしれませんが。(まあ、そこは経済音痴のなせる技。)
他の多くの人もそう考えていると思いますが、上記記事の筆者は「フランスは時代に取り残されている」と言っています。しかし、グローバリゼーションの拡大が障害なしに進むことが、歴史の唯一にして必然的な流れだとは思いません。

欧州と一口に言っても、国によって違うのは当たり前。統一とは均質化ではないわけだし。良くも悪くも、単純に「右にならえ」にならないのがフランス(というのもすごいクリシェだと思うけれど)、反CPE運動とその勝利は「変革に対するフランスの不能」という一言で済んでしまうものでは決してないと思います。
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