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8月31日というと、どうしても「夏の最後の日」と思ってしまいます。やはり、いにしえの習慣、9月1日から新学期というやつが骨の髄まで浸透しちゃっているんでしょうか。
とはいえ、先週は「涼しいなあ、もうすっかり秋だなあ」とか言っていたのに、一昨日からまた暑さが盛り返してきました。 いやあ〜〜 暑っ!! 新聞にはパリの予想最高気温33℃と書いてありました。 私などキャミソール一枚でしたもの。 これが夏の最後の日かあ〜〜???? 明日は気温がちょっと下がるものの、まだ暑いらしいです。明後日も。 日曜日は快晴の28℃という予報。うーん、まだ残暑か。 プールでも行きたい〜。 で、8月31日とは夏休みの最後の日なわけですが、小学生の頃は宿題が終わらなくてしっちゃかめっちゃかだったような気がします。やっつけ仕事。(昔から変わってないんだな…。) 高校生くらいになると、開き直って、登校してから友達のノートを写してましたけどね。はははは。 立派な大人(と言える年齢)になった今はどうかというと、やっぱり宿題が終わってなくてキュウ〜っとなってます。それでいて余裕をかましている。開き直りの時代を過ごしたせいだろうか。いえいえ、私の夏休みはこれからなのれす。(ほんとよ。) 来週からヴァカンス!いえーい。 |
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先週の金曜日、パリ13区の建物で火災があり、17名(うち子供14名)が死亡するという惨事となりました。
この建物は、住居が見つからない移民系家族(いずれもアフリカ系)に一時的にあてがわれたアパートでした。12のアパートには、かなりの人数が住んでいたそうです。 火災の原因はまだわかっていないようですが、地階の階段下付近から発火したらしく、最上階の窓が開いていて空気の通りがよく、吹き抜けとなって火が燃えあがったのではないか、とみられています。 この火事で浮上したのは住宅の問題。 実際、例えフランス人でも、収入が平均より下であれば住居争奪戦において既に不利な立場なのに、外国人ならそのハンデは悲観的になるのに十分。(その辺は経験済みですから…。) また、パリとその近郊の家賃は高騰している。 とまあ、自分の周りで具体的にすぐに実感がわくのはその程度なのですが、ニュースによると、現在の状況はピエール神父が援助を呼びかけた1954年の状況に匹敵するほど悪いそうです。ピエール神父の支援団体によると、110000人がパリで公共住宅の割り当てを待っている状況で、中には仕方なく不衛生な住宅に住んだり、狭いところに大人数で住んだりしている人たちもいるそうです。 参照:Yahoo Franceの記事 |
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ゴシップネタです。
PPDAことパトリック・ポワヴル・ダルヴォー(って覚えらんないんだ、私)、彼は民放TF1の夜のニュースのアナウンサーとして有名な方です。なかなかのインテリであり、感じも良く、人気があります。 その彼に隠し子がいたそうで。 隠し子のお母さん、つまり彼の不倫相手は、なんと同じくTF1の夜のニュース週末担当のクレール・シャザル。9月1日に出版される彼の本「Confession(告白)」(ジャーナリストとの会話形式)で、この秘密を打ち明けているそうです。 それによると、子供は男の子、フランソワ君で、息子が10歳になるまでは秘密を守ろうというクレール・シャザルとの約束だったそうです。 そして、月曜から木曜は母親のうち、金曜から日曜は父親のうちで預かるそうです。それって…お互いの休みの日に預かるってことよね。 しかも「1週間ずっと、毎晩20時に家族の固定点を持つという、間違いなく世界でたった一人の子供」。あはははは。 私はこれを聞いて「へえええ〜っ」てちょっとびっくりしました。 しかし、同居人にこのニュースを告げると「はあ〜ん…Ca m'etonne pas(驚かないね)」だそうで。(つまらん。)「PPDAって手が早そうだし」だって。ふーん、そうなのかな? PPDAって、娘を拒食症で亡くしているんですよね。かなり辛い思いをされたみたいで、それを乗り越えて仕事をしっかりやって、クールじゃん、っていうイメージがあったのですが。 そういや私、ジャン・ルイ・ボルロー氏(雇用・社会結束・住宅相)がF2の夜のニュース週末担当、ベアトリス・シェーンベルグ嬢と今月の初めに結婚したっていうの、ついこの前まで知りませんでした。それも結構びっくりしましたが。 ダビッド・プジャダスは浮いた噂ないのかな〜、なんつて。 参照:Yahoo Franceの記事 あ、あとこれとはあまり関係ないけど、ミミ・マティーが結婚式を挙げたそうです。お相手は、自分のショーでステージにあがってもらった観客のひとりだそうです。いや、もう、ほんっとどーでもいいんだけど。一応TF1のスターつながりってことで。 |
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パリはすっかり涼しくなっちゃいました。ヴァカンスも終わりだし、世間では「rentree(新学期・休暇明けの再開)」の話題ばかりだし、もう夏も終わりだなあ。
というわけで、TVの夏番組も最終回を迎えつつあります。 今日はM6の「Top model 2005」という番組がファイナルでした。 先週、たまたま、TVをつけてだらだらぐにゃぐにゃしていたらこの番組をやっていたので、初めて見ました。去年も同じようなのをやっていた気がする。 どういう番組かというと、最初に候補者の中から12人が選ばれ、モデルとしてのレッスンや写真撮影などを重ね、毎週何人かずつ落とされ、最後にトップ・モデルにふさわしいひとりを決定する、という番組。まーありがち。 くだらんといえばそうなんですが、娯楽娯楽。綺麗な若い女の子を見ているだけで楽しいじゃあありませんか。(←すっかりおっさんや…。) こういう系統の番組でよく耳にする「On est tous gagnant(e)s」。例え優勝者がたった一人で、自分がその座につけなかったとしても、他に替え難い貴重な体験をしました、得たものがあります、という意味で。 「gagner」という単語は「勝つ」という意味と同時に「獲得する」という意味もあるのですよね。 勝負には負けたが、自分としては何かを獲得した。 日本で一時「勝ち組」という言葉が流行っていたようだけど、一般的に分類して「負け組」に入る自分としては、「知らん奴らに勝ちとか負けとか決めてほしないわい」と、かちんときていたのですが、この「勝ち組」ってフランス語に訳すと「gagnant(e)」。もしかしてちょっと意味が変わるかなあ、と思いました。 世間に「負け組」って言われても、私、gagnanteなんだもんね。へっちゃら。 と胸をはって言えるくらいにはなりたいものです。 |
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しつこくも、お宅拝見的TV番組観賞感想シリーズでございます。
前記「Super Nanny」「On a echange nos mamans」などを見ていて「うむむ」となるのが、食事風景。聞きしに勝るワン・パターン献立です。 ひたすらパスタ、パスタ、パスタ…。 それにトマトソース(具は入ってなさそう)か、削りチーズをかけるだけ。あとバゲット。それにスープ(市販のパックのやつ)がついていることもあり。 また別のおうちでは、缶詰の豆類や根菜類にソーセージボイル。 はたまたフランス人が大好きなフリット(フライド・ポテト)。 炭水化物ばっかりじゃん!! これじゃあ、太るはずだよ子供たち。 経済的な圧迫のせいなのか、時間的に余裕がないからなのか。 また、「On a echange nos mamans」で見た甘やかし家庭では、お母さんがちゃんとお料理するものの、子供が「野菜はとうもろこししか食べない」。パン屋から来たママンも「ああ、彼女が『大きい』わけがわかったわ」と呟いていました。(かくいうパン屋ママンも缶詰料理ばかりだったけど。) 体型のこともあるけど、そんなにワン・パターン献立で飽きないのかなあ。 私の同僚にも、毎日同じ類のパン(サンドイッチではなく、ピザみたいなやつ)を食べているフランス人がいるのですが、ちょっと信じられません。よく飽きないなあ〜〜。(しかも同じパン屋で買ってくる。味はあまり良くない。)そして彼のおやつも毎日同じ(FlanかPain au chocolat aux amandes)。あの分だと、夜もほとんど毎日同じものを食べているんだろうなあ…と勝手に推測。彼は痩せているけど。 しかし飽きっぽく食いしん坊な私には、そのメンタリティが理解できません。 和食洋食、色んな献立が考えられる日本に育ってよかった…。 とかいって、料理担当同居人が不在なので、この一週間の夕食はずっとクスクス(同居人が作りおきしてくれた)が続いているのだけどね。 |
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下の記事の「Super Nanny」と同じくM6の「On a echange nos mamans」を一度だけみました。
この番組は、二つの家族のお母さんを入れ替えて数日間を過ごす、というものです。 これはどうも「また見たい」という気になれません。家族全体をゲーム(でしょ、これって?)に巻き込む(まさにmettre en jeu)というのは…どうも気持ちの良いものではない。 私が見た回は、やはり再放送だったのですが、一方は家族経営のパン屋さん、他方はお父さんが管理職(だったかな)でお母さんは専業主婦の比較的裕福な家庭。前者のお母さんは、お店に立ち、家事もこなす多忙な役割。お父さんはパン職人、ちょっと厳しそう。子供達はとってもおとなしい二人娘。また、後者のお母さんは、肝っ玉母さんという風情のふくよかで明るい女性で、一人娘にべったり。お母さんとお父さんは娘のわがままになるべく付き合い、楽しく過ごすことをモットーにしている家族。 で、比較すると全く異なる家庭なわけですが、教育方針もほとんど両極端。前者は厳しく、後者は甘い。また、前者は子供とあまり遊ばないが、後者は何をやるにも子供と一緒という感じ。 パン屋の女の子たちは、親とのコミュニケーションが少なくて可哀想だなとは思いましたが、後者の一人娘は…あんなに甘やかして将来どんな大人になっちゃうんだよ〜〜と思ってしまいました。学校の成績は良いらしいのですが…フランスには飛び級があるので、本当は精神的にまだ幼いのに年上の中へ混じってすっかり大人びてしまうんですね。だから、何をするにもイニシアティブをとりたがる、親を従わせることに慣れている、おまけに自分が決めたら頑としてそれを押し通す…という小憎らしい餓鬼、と私の目には映りました。しかも!!学校で出された、「私は間違っていました」かなんか、同じ文章をノートに何十回も書いて提出という罰を、父親が半分手伝っている!ちょっと〜〜〜いくら「なんでも一緒にやる」と言っても、それは…??理解しかねます。そのうえ、子供の方が先に終わってしまって、ソファでTVを見ながら「パパ、まだ終わんないの〜?」とか言ってる!うううう。 それ、さすがになんかオカシイでしょ〜!? って思う私って、現代の教育方針からズレているのかしら。ちなみに、交換したママン(パン屋から来たひと)は、この二人に呆れていました。 じゃあその親たちはアホゥかというと、そんなことはない。体が気を表しているようなお母さんは、明るくてなかなか賢い。お父さんも真面目そうな人。でも、自分達が子供を甘やかしているとは微塵も思っていないのです。 自分の子供のこととなると何かちがっちゃうのかなあ〜、と、ちょっと空恐ろしくなりました。 子供はナルシシズムの投影なんですよねえ。 そう思うと、子供の教育ってやっぱり難しいのだろうなあと思います。子育て経験ないので、なんとも言えませんが…。 自己愛の強い傾向にあるフランス人としては、教育が甘くなるのも仕方ないのかなあ、と、納得したようなしないような。 |
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最近、なんだか疲れてしまって、夕飯を食べた後はTVの前から動けず。だらだらしながらTVをみています。
とはいえ、ヴァカンス期間中なので(そうでなくても大して面白い番組はないのですが)「しょーもないなあ、コレ」っていうものが多い。でも、そういうのが意外と面白かったりして。まあ上半期のまとめ的再放送ばかりなんですが、見たことがなかった番組なので新鮮です。 今までは、他所様のおうちの中をのぞく、みたいな番組は興味もないしキライだったのですが、「これがフランス人の一般家庭なのか〜」と実態調査みたいな気分で見ています。 で、M6の「Super Nanny」を何回かみました。これは子守り(?)のエキスパートが子育てで困っている家庭を訪問して助言するという番組。ところでこのカティというSuper Nanny、最初の日は様子をうかがってるんだけど、ドアのかげからのぞいてたりして、時々 「あんたは市原悦子(「家政婦は見た」)か!」 とつっこみたくなります。 しっかし、まあ〜〜〜世の中にはびっくりするくらいやんちゃな子供たちが一杯いるんだわねえ(←すっかりおばはんや…)。地下鉄の中で大声で泣いたりわめいたりする子供、それをちっとも叱らない親、というのをよく見かけてうんざりしているので、最初は「やっぱりねえ」と思ったけれど、TVに出てくる子供の手に負えなさ加減といったら…頭をひっぱたきたくなります。(まあ、TVだから多少強調したり、そういう部分だけ編集してるんだろうけど。)普段も何かにつけ思うことですが、この番組を見ていたら「フランスの子供の教育って一体どうなってんのよ!」と思うことしきり。(子育て未経験者のくせにスミマセン。) でも、もぉ〜これだけ親が手を焼いてもどうしようもないっていうのは、もしかして何か神経や脳に障害がある可能性も?なんて思ってしまいました。 ところが、このSuper Nannyが介入すると、子供もちゃ〜んと良い子になったりして。一日の約束事を紙に書いて壁に貼って声に出して読ませたり、親はちゃんと権威的な姿勢を保っていうことを聞かせないといけないとか、子供のわがままに譲ってはいけないなどと助言したり。 ってことで、やっぱり規律を守らせるようにすると「良い子」になるわけで…障害とかじゃあないってこと。 この番組を見ていて再認識したのですが、教育って「しつけ」、というか「規律」を教えることなんですよねえ…。つまり「discipline」を教える、「discipliner」です。ああ、やっぱり自分達は今、societe disciplinaire(規律的社会)に生きているんだなあ、とミッシェル・フーコーさんをしみじみと思い出してしまいました。 規律化できないからといって障害を疑うというのは、フーコーさんの言う、昔の狂者の扱いと一緒ですがな。簡単に障害とか思いついてしまった自分に反省。と同時に、無理に規律化することに対する拒否感もあるのだな。 この辺りの考え(権威とか規律に対する考え)が68年以降に変わってきたんだろうと思うのですが、それが子供の教育にも影響を与えているのでしょうかね。 ※8月22日、加筆修正しました。 |
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昨日はお天気がよく、久しぶりの夏日という感じでした。
パリ・プラージュももうすぐ終わりなので、夕方、帰りがけにセーヌ河岸を散歩。 もう7時だというのに、照りつける日差しは強く、朝塗った日焼け止めの効果が持続していることを祈りつつ、日なたを歩く。パリ・プラージュには、人がいっぱい。でも歩けなくてイライラするほどではない。アイスクリーム売りに行列、アフリカン・パーカッションのリズム、人だかり、シャワーの下ではしゃぐ子供。川のほうでは、やたらと大きな(いつもの倍くらいある)遊覧船、セーヌの水面には波に光が反射してまぶしい。川の色も、冬とはちょっと違うみたい。 ふと思い出したのは、ある暑い日の午後、アラブ世界研究所の下辺りの河岸に座って、三人で、ぼけっと日向ぼっこしたこと。前の日は一緒に飲んで、お酒が残ってちょっとだるかった。バトー・ビュスだったか、遊覧船に名前がついてて、「こんな名前がついてたらおかしい」と冗談言って笑って、他愛ない話して…あとは何をしたんだっけ。ただそれだけ。でも楽しかった。それが幸せだと気付かないくらい幸せだったんだと思う。 どうして君は去ってしまったんだろう。 君はきっとパリ・プラージュを気に入っただろうと思う。やっぱりパリはいいよ、フランスはいいよって言っただろうと思う。 君と一緒にここを歩けたらよかったのに。 賑やかな夏の夕方のパリ・プラージュで「La vie est belle, non?」って誰かが言ったのを聞いたと思うし、自然にそんなことを言ってしまいそうになる。だけどそんな陳腐なことを言う奴は嫌いだ。だから私は絶対言わない。言わないけれど、やっぱり心の中でそう思う。 そしてそんな風に思う瞬間、君のことを想うよ。 |
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シャロン首相が決断したガザからの入植者撤退が、地区によってはその期限となり、軍隊による強制退去が報道されています。
イスラエルの歴史は、その建国に始まりパレスチナ難民+アラブ諸国との抗争の歴史だと把握してよいのでしょうか。私は恥ずかしながら世界情勢に疎く、詳しく知らないのですが。(それ以外にも疎いものだらけだけど…。) 撤退を拒否して座り込む人々は、住民だけではなく、連帯のために他所から入ってきたユダヤ人もたくさんいたようです。 よく知らないと言いつつ同時にあれこれ言うことはできませんが、今回はユダヤ人同士の衝突でありながら、今までのパレスチナ人との諍いと根は一緒のような気がします。 政府の命令に従い、力で市民を抑えざるをえない軍隊のイスラエル人たちは、同朋にひどい批難や侮蔑の言葉でなじられたり、ペンキや砂、果ては化学薬品らしきもの(肌を刺激させる液体)をぶっかけられたりして、攻撃されていました。彼らの中にはトラックの陰で泣いている人も。しかし、「それらの批難は自分に向かってではなく、その背後にある政府に向かってだと感じた」というコメントもあり、今後、政府に対する不満が高まったり、イスラエルが内部分裂していく可能性もあるのかな、と考えたりしました。 もしも、本当にガザでのイスラエル人たち同士の衝突がパレスチナ人たちとのそれと同根のものであるとしたら、衝突はなくならず、その位置が変わるだけなのではないか…と思ったり。 先月だったか、元イスラエル兵の19歳の青年がバスの中で乱射してアラブ人を射殺したとか、昨日は入植者が発砲しパレスチナ人4人が死亡したとか、テロ以外の、市民のおかしな行動になにか奇妙な感じを覚えました。テロの心理より一般市民の突発的攻撃心理の方がわからない。イスラエルの問題は深いところに到達してしまっている印象を受けました。 ところで、三日前にFrance3(フランス国営放送3チャンネル)の音声担当の男性が、ガザ地区で武装した若者に拉致されました。犯人はパレスチナ人らしいのですが、要求も声明もなく、消息不明。無事に解放されることを祈ります。 |
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もう一週間前のことになりますが、先週の日曜日は月の第一日曜日。
ということで、パリの美術館は無料でした。 よい機会なので、地下鉄でポスターを見かけて、前から行きたいと思っていたギメ美術館の太田記念美術館名品展を観に出かけました。きっとすごく混んでるよ〜、ということで、ちょっと寝坊したものの、同居人にせかされ正午過ぎにはギメ美術館に到着。200メートルくらいの列ができていましたが、進むのが早く、すぐに入れました。 ↓美術館の前の展覧会立て看板 ![]() ↓展覧会入場券 浮世絵は小さいので、かなり近寄らないと見えず、前の人が動くのを待って行列になって一つ一つの絵の前に立って凝視。ま、でも、あまり興味のない絵をじーっと観ていてもつまらないので、順序関係なく、空いているところをぐるぐるとまわってみました。結構な数の絵がありました。有名な葛飾北斎、広重、喜多川歌麿、写楽、などの他、歌舞伎堂艶鏡、鈴木春信など。美人画、役者絵など人物画が多く、風景画はやはり北斎と広重といった感じでしょうか。 私はどちらかというと景色絵のほうが好きです。なぜかというと、構図が面白いからです。 今回の展覧会ではないのですが、以前、他の美術館(どこだったかは失念)で浮世絵展をやるということで地下鉄にポスターが貼ってあり、その広重の絵に度肝を抜かれました。そして、よくよくみると構図がとても計算されている。とにかくすごい!と思いました。(でもその展覧会は行かなかったんですよねえ…。ほんと、行動力に欠ける。) で、今回の展覧会、広重がたくさん観られて面白かったです。広重の大胆な構図、幾何学的でありながら躍動感があり。有名な「東海道五拾三次」の「庄野・白雨」や、「名所江戸百景」の「大はし安宅の夕立」など、突然の雨に走る人たちを景色の中に描いた絵からは、さあさあと降る雨の音が聞こえてきそうです。 展覧会の一画ではNHKハイビジョン(と宣伝したあった)で映像による浮世絵の簡単な紹介。人が多くてよく見えませんでしたが、はっとしたのは、ゴッホが広重の絵を模写しているということ。 さて、今回、広重の絵はすべて「安藤広重」と名前がついていましたが、ネット検索したところ、どうやら歌川広重というのが正式名称のようです。「安藤」は初代広重の本名の姓。その後を継いだ弟子たちが名前も継ぎ、それぞれ広重と名乗ったそうで、四代目までいたらしいです。 知人に聞いた話なのですが、二代目は初代の娘婿だったのがおとうと弟子に嫁を寝とられ、離縁して、そのおとうと弟子が三代目広重になったそうです。二代目はこつこつとひとりで絵を続け、海外へ輸出する茶箱に自作の浮世絵を貼り付けていたそうで、そこから「茶箱広重」と呼ばれているとか。輸出先では当時の美術コレクターの目をひき、茶箱からはがして保管する人もいたらしいです。意外とそのようなところから西欧に浮世絵が知られていったのかなあ、と思ってしまいました。 印象派は浮世絵に影響を受けたと言われていますが、遠近法や色の濃淡以外に、庶民を描くというテーマの選択にも影響があったのではないかなあ…と勝手に想像。浮世絵に描かれる人物って役者とか芸者で、当時のヨーロッパの肖像画のモデルとは全然違うし。まあ、そう言ったら浮世絵とヨーロッパ絵画の目的からして全く違うわけですが。 まあ美術に明るいわけではないので戯言として。 ネット検索していたら、ここで私が地下鉄の駅でガーンと霹靂に打たれた絵を見つけました。 「名所江戸百景」の「水道橋駿河台」でした。 う〜〜〜ん、やっぱ、すげーーー! ちなみにこの展覧会、明日(15日)までです…。もうちょっと早く記事をアップすればよかったのですが。行きたくなったけど間に合わないじゃあないかあ!という方がいたらごめんなさいです。 |
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8月14日付Journal du dimanche紙によりますと、フランス人の好きな人物ナンバー1はジダン、ではなくて、ヤニック・ノアだそうです。
ヤニック・ノアは元テニス・プレイヤーで、1983年、ローラン・ギャロスで優勝して一躍人気者に。その後、歌手に転向。1990年の「サガ・アフリカ」は売れたらしいです。今回のアンケートでは、ジダンがとうとう1位の座を退いてヤニック・ノアに譲り渡すという結果になりました。しかし、このアンケートは、ジダンがフランスチーム復帰宣言の前に行われたそうなので、もしもうちょっと時期がずれていたらやっぱりジダンだったかもなあ。 それにしてもヤニック・ノアってそんなに人気があったのか〜とびっくりです。 他には「Charles Aznavour, Nicolas Hulot, soeur Emmanuelle, Renaud, Michel Sardou, Florent Pagny, David Douillet et Simone Veil 」だそうです(完全コピペ)。うーん、よく知らない人もいるのですが、おおまかに分けてスポーツ選手、歌手、人道主義者…といったところでしょうか。 また、イラクで160日間拉致されていたフロランス・オブナ記者が初登場で12位だそうです。同じく初登場に、オリヴィエ・ブザンスノ君(LCRリーダー)がトップ50入りしました。政治家ではブザンスノ君とベルナール・クシュネールのみが名前を連ねているそうです。シラク大統領やサルコジ内相は入ってないんですね。 (何故かブザンスノ君だけ「君」づけ。) 先日、ピエール神父が、フランス人が好きな人物ベスト10に入ると書きましたが入ってませんね。あは。代わりといってはなんですが、シスター・エマニュエルが入っています。よく知らなかったので検索しましたら、ベルギー人だそうで、子供時代に父親を亡くすという辛い体験から、恵まれない子供達を援助するために尽力。エジプトやトルコで文学と哲学の教鞭を執り、退職後はカイロの貧民街で貧しい人々のために日々頑張っているそうです。現在74歳だそうで、ピエール神父より若いけれど…もうおばあちゃんですよねえ。すごい。 それにしても、神父とかシスターが好きな人物ベスト10に入るというのは、やっぱりカトリックの国なのだな〜と思いました。 ところで、こういうアンケートで名前が挙げられる人物って、人道的なアクションをしている人、または人道主義者の面影のある人が多いとういのがフランスの傾向のような気がします。フランス版24時間テレビ「Telethon」に出たりとか。ちなみに、上に挙げたベルナール・クシュネールはお医者さんで「国境無き医師団」の創設の中心人物です。 あと、自然が好きな人、冒険者も人気があるみたい。4位のニコラ・ユロ(Nicolas Hulot)は大自然を追うTV番組「Ushuaia」のレポーター。 でも、8位のフロラン・パニー(Florent Pagny)は大儲けしてるくせに税金の支払いで不正(つまり脱税)が見つかった歌手なんですけどねぇ…。 (参考:Yahoo Franceの記事 シスター・エマニュエル(soeur Emmanuelle)) |
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今日はちょっと帰りが遅く、ご飯を食べながらTVをみよー(お行儀が悪いですか)とチャンネルをまわしたら、ARTEで「黒い雨」をやっていました。もう始まっていたので、なんとなくちゃんと観る気がしなくて、他を探すとFRANCE3でも映画。「L'ARBRE DE NOEL」(監督:テレンス・ヤング)というフランス-イタリア映画でした。
「黒い雨」は以前に観たことがあるのですが、あまり印象に残っていません。田中好子(スーちゃん!)がなかなかの好演だと思ったのと、「笑っていいとも」でロケが山奥だったので撮影中は生活が不便で大変だったと話していたなあということくらいしか覚えていない。あと、鯉がはねて気が狂うとこ。なぜそれほど印象に残らなかったかというと、自分が知っている反戦思想の範囲・その視点でしか観ていなかったからだと思います。それと深夜で眠かったから…。今村昌平のあの淡々としたリズムは眠い時には辛い、と言い訳。 「L'ARBRE DE NOEL」の方は、もう…最初から「なに、このわざとらしい演技?」と思いながらも観ていたのですが、とうとうつまらなくなってチャンネルを替え、でもやっぱりちょっと続きが気になる、ってことで、結局「黒い雨」と交互に観ていました。(こういう映画の観方って間違ってるよなあ〜と思いつつ。)ストーリーは、母を亡くし、父親とコルシカ島へ夏のヴァカンスに出かけたパスカル少年が、海で遊泳中に軍用機の事故を目撃、そこに積まれていた原子爆弾が爆発し放射線を浴びて不治の病になってしまい、父親はパスカルを連れて田舎のお城にひきこもって最後の日々を送る、というものでした。 なるほど〜、「黒い雨」も「L'ARBRE DE NOEL」も原爆関連なのか、もしかしてフランスもちょっと関心度を高めようとしてるのかな?なんて思いました。 しかし、「L'ARBRE DE NOEL」は「子供可愛い」ばっかりで、あんまり原爆に関係がなかったなあ。一応、番組宣伝はそれに出ているブールヴィル(Bourvil)という俳優の映画をやりますということだったし。 この二つの映画の違い、「黒い雨」がユーモアを交えながらそれで逆に物悲しさがじんとくる現実味のある映画なのに対し、「L'ARBRE DE NOEL」は不治の病の子供とそれを見守る父親という悲劇なんだけど「物語り」でしかない映画。両者の共通点は原爆による被害にあるのですが、前者は原爆と戦争そのものを問うのに、後者にとって原爆は物語の単なる契機でしかない。ここに原爆被害を実際に受けた日本と、原爆実験を続けていたフランスの姿勢の違いが現れているような気がしました。勿論、アラン・ルネの「ヒロシマ・モナムール」のようなフランス映画もあるわけですが。 |
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先日の記事にも書きましたが、ジネディン・ジダンがフランス・チームに戻る決意を表明しました。
これに関するジダンのインタビューを「フランス・フットボール」誌が載せたのですが、なんだかやたら謎めいた発言。以下、翻訳します。(多少の意訳含む。) 「ある晩、深夜3時に突然目が覚め、僕はある人物と話をしました。でもそのことは誰も知りません。妻も、誰も。」 「そう、それは謎です、でもあまり探らないでください、あなた方にはわからないでしょう。それはあなた方が絶対に会わない人物です。僕自身、この出会いを説明しようと思いません。この人は存在しますが、すごく遠くからやって来ました。」 「そして何時間もの間、自分のうちで、僕はその人と二人きりでいました。そして戻る本当の決意をしたのです。(…)こんなことは未経験のことで、まるで僕の行動を命じるこの力に無力化されたみたいでした。そして啓示を受けました。僕は突然根源に戻りたくなったのです。(…)そのとき、それは僕をわしづかみにした抑えきれない力でした。僕は助言してくれたその声に従うことになっていたのです。」 (翻訳がうまくないと思いますが、それは勘弁…。誤訳がありましたらご指摘よろしゅう。) これ↑は抜粋で、France2のサイト記事より引用。 昨日の夜のニュースでこれを見たときには、「はあ??」って一瞬あっけにとられました。ニュースでも「神秘的な発言」って言われていたし、「神か…??」と思っていたら、今日の夜のニュースでこうした見方に対するジダンの否定が報道されていました。 実際は、それほど謎な人物ではなく、ただ個人的なことなので話した相手が誰だったかは公にしたくなかったそうなのですが、このインタビューが宗教がかっているとかおかしな方向に解釈されたので、へんな噂や評判を断ち切るために事実を発表。話した相手は兄(弟?)だったそうです。 「僕はずっと明白だったし、ひとがこの記事を読むとき、最初から最後まで僕ははっきりとある人物について語っていて、宗教人物とか神秘的な何かではありません。」との弁。 まあ読みようによっては…夜中の3時に突然目が覚めて人と話したとかさあ…「力」とかさあ…。へんにとられても仕方ないような気がするけど。 本人の公式ホームページを読むと、かなり怒ってるみたい。で、こんな反応にはもうこりごり、これからはもう必要最低限のことしか言わないっ!ってちょっとつむじを曲げられたようです。 |
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今日、とある場所へ買い物に行きました。
そこの店員さんのひとりにアジア系の男性がいました。にこにこと愛想が良く楽しそうに仕事をしている様子。なかなか素敵な人だな〜と思ってみていると、彼がお客さんと話し始めました。ちょっと会話が聞こえてきて、どうやら彼は日本人らしい。勝手に親近感など持ったりして。 しかし、耳に入ってきた言葉。 「Ouai〜」 ……。(しばし心の中で絶句) 「うぇ〜」って……あの、あなた…相手はお客さんだし…。 フランス語はペラペラで上手なのに…「うぇ〜」は…ちょっと……。 で、これを聞いただけでたちまち幻滅。 恋をしたわけではないけれど、百年の恋も冷めるということがあるとしたらこういうことなんだろうなあと思ってしまいました。 しかし、日本人で無意識に「うぇ〜」って言っている人、たまにいるんですよね。本人は気付いていないんだろうと思うと気の毒だけど。 他の人はどうか知らないけど、私には下品に聞こえるので、「うぇ〜」連発されると結構ショックです。自分の発音も下手なことは棚に上げ。 「Oui」は、口をすぼめて「う」、そのあと口の両端をひいて小さく「い」といいましょう。 |
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フランス人の好きな人物ベスト10に必ず入るピエール神父が93歳の誕生日を迎えました。
ピエール神父は第二次世界大戦中、ユダヤ人がスイスへ逃げられるように手配したり、レジスタンスとして活躍。戦後は大寒波のとき、暖をとれない人たちを助けるために毛布の支給や部屋の提供などを人々に呼びかけたそうです。その後、ちゃんとした住居に住まうことができない人たちを助けるEmmausという協会を設立。熱いヒューマニストとして知られています。たしか1996年、滞在許可証を求める移民たちがパリ北東部の教会でハンストしたときも、支援していたのではなかったかな。 今日のお誕生日のお祝いの席では、雇用問題、特に彼の隣人たちが就職困難であることに胸をいためていると話したそうです。 ところで、ピエール神父と並んで、フランス人の好きな人物ベスト 10に必ず入る人といったらジネディン・ジダン。 彼は先日、自分の公式ホーム・ページでフランスナショナルチームへの復帰を宣言しました。あのすごく真面目そうなジダンが、一度引退を表明してから戻るというのは、ずいぶん考えた末のことなのではないかという感じがします。 ところで、サッカーシーズンが始まると流れるCANAL+の宣伝(芝生の上に白いラインをひいているやつ)がここ数年同じなのですが…ジダンが若いっ。髪の毛も多いし。ちょっと、そろそろそのCM変えたほうがいいんじゃ…って要らぬお世話。 (参考:ピエール神父について(フランス語)) |
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9月1日から施行と言われていた「新雇用契約」(でいいのかな?)が今日、8月4日からに前倒しとなりました。
これは従業員20人以下の会社に適応可能な契約で、この契約ならCDI(Contrat Duree indetermine:無期限契約)雇用でも、2年の間ならいつでも会社側から契約破棄(つまり解雇)することができるようになります。ただし、契約開始から6ヶ月間なら2週間前、6ヶ月以上なら4週間前に解雇予告をしなければいけません。そして、解雇に際して雇用者側はその理由を証明する必要はありません。被雇用者は解雇された場合、違約金または給付金をもらうことができます。 零細企業の雇用主はこの新雇用契約を歓迎。これからはフレキシブルに有用な人材を採用できるからだと思います。 対して労働組合は、雇用の不安定、契約の濫用の恐れなどを指摘。9月末に反対デモを呼びかけています。 雇用の不安定性に関しては、銀行でローンが組めなくなったり、賃貸住宅を借りるのに不利になったりするという影響も心配されています。 また、契約の濫用はすぐに思いつくことで、なにせ解雇理由を証明しなくてよいのですから、ひどい場合だと雇用者側の気分次第ということもあり得る。そして何より、会社が余計に保険を払わなければいけないCDD(Contrat Duree Determine:期限付き契約)の代わりにこのCNE(新雇用契約)を結ぶ可能性があります。CDDのところをCNEにするだけなら、この新しい契約形態によって雇用が増えるということにはならない、と社会党のオランド書記長は批判しています。そして、最初から期限がわかっているのに、表向き無期限契約として雇用されるのでは、労働者が裏切られるようなものでは…。 ところで、労働組合のデモが何故9月末か。それは今、ヴァカンスだから。 で、新雇用契約を前倒し施行したのも、内閣のヴァカンス前にやっちゃおうということだと思うけど、フランス国民の大半はもうすでにヴァカンスに出ている。今やっちゃえばそれだけ反発が少ない。という計算が働いているような気がしてなりません。 (参考:Le Mondeの記事) ※ちなみに今更ですが、このブログのフランス語はアクサン表記なしです。 |
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この間の週末(7月30日、31日)、リヨンへ行って来ました。
![]() 古い建物を残しつつ、道などはきれいに舗装されているし、のんびりしていて、かつそこそこ大きい、住みやすそうな街です。 ![]() パリよりリヨンの方がちょっと暑かったし、晴れていて日差しが強かったです。 暑かったので、チョコレート屋兼サロン・ド・テ、「Debeaux」でアイスクリームを食べました。私はチョコレートとクレーム・グリュレ・オ・フランボワーズ、連れはメロンと(なんと!)柚子。シャンティイ(生クリーム)大盛り。 でも写真を撮るということを思いつかずに熱中してペロリと食べてしまって、写真は無し。たはは。 パリより小さいリヨンの街、メトロやバスを待つんだったら歩いた方が早い、ってことで、ぐるぐる歩き回って、すごーく疲れた! 夜にはもちろんお腹ぺこぺこ。 リヨンは食の都、食べ物が安くて美味しいと聞いていたので、ちょっと期待して行きました。が、お目当てにしていたポール・ボキューズのセカンド・レストラン、Le Nordが夏期休業中。その他にLe Sud、L'Est、L'Ouestと(要は東西南北)あるらしいのですが、住所を調べていなかったのでパス。(結局面倒くさかっただけ…。)他にも調べておいたbouchon(リヨンのビストロ)、やっぱり夏休み。だめだぁ。 仕方ないので、レストランが集まっているMercière通りをぶらぶら探しました。すると、店先にうさぎ。 このレストランのPlat du jour(今日のメイン)はうさぎ料理で、注文が入るとスタッフが一匹ずつ檻から出して厨房に持っていきます。イキのいいうさぎが食べられるなんて、さすが食の都!って、そんなわけない。 ただの客寄せパンダです。(いや、これはパンダじゃなくてうさぎだけど。) 結局、もうどこでもいいや状態で入って、リヨン料理を食べました。しかし疲れて体調が芳しくないときにアンドゥイエットはちょっと勘弁、で、クネル・ブロシェ。 またしてもお腹ぐーぐー、がつがつ食べ終わってから写真を撮ってないことに気付く。たはは。 翌日の日曜日、実はこの旅行は観光目的ではなくて、知人のお手伝いでした。 詳細は省きますが、ちょっと早起き。おまけに夜は外がうるさくてあまり眠れず。体調いまいちながら、午前中に用事が済んで、午後はまた観光。 前を通ったら行列ができていてめちゃ混みだったアイスクリーム屋さん(「Nardone René」)に入ってみました。アイス4種(バラ・ひなげし・スミレ・あともう一つ忘れた)+シャンティイ(やっぱり大盛り)、その上にスミレ・シロップがかかっているAssiette fleurie(花咲くお皿…?)というのを頼みました。ホントにお花の香りだあ〜。なんとなく少女チックな気分。連れはカルダモンとベルガモットのダブル。 すごく混んでいてかなり待たされたので、またもがっつき、ぱくぱくと食べてから写真を撮っていないことに(以下略)。 夜のパリ行きTGVまで、知人宅でごろっとしていたらいつの間にかうたた寝。しかし、ただでさえ疲れているうえ、アイスを食べた後のもたれた胃のまま寝たのが良くなかったのか、起きたらめちゃくちゃ気持ち悪い。ちょっと吐き気。パリへ帰るTGVの中でぐったり。 (というわけで翌朝の郵便局で口座担当のお兄さんに言った言葉は嘘ではなかったのでした。) |
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観てから時間が経っちゃいましたが、「デッド・マン」再考・追記です。
ジム・ジャームッシュの映画、考えたらあんまり観ていない。でも思い起こすと、なんとなくヴィム・ヴェンダースに近いものを感じます。と思ったら、ジャームッシュはヴェンダースの助手を務めていたらしい。 何が近いかというと、「異邦人」感。主人公たちが、なんとなくその土地、周囲に馴染んでいない、どこか浮いているような存在。ヴェンダースはフランスに留学して映画を勉強していたときに異邦人体験をしていると思うのですが、ジャームッシュは??アメリカ生まれのアメリカ育ち、学校もニューヨークですよね。まあアメリカっていってもめっちゃ広いわけだから、ニューヨークで異邦人体験をしたのかも? そうでなくても、多分、生まれながらにして、どこか世間と馴染めない、なんとなく自分は周囲から浮いている、と感じる人はいると思います。それが性格や気質のせいだったり、家族の歴史のせい(移民家族であるとか)だったりするかもしれませんが。 私は、そういう異邦人感のある作品って結構好きみたいです。他に?と聞かれるとぱっと思い出せませんが…。そういえば大好きなジョン・アーヴィング、小説家ですが、オーストリアだったかドイツだったかに留学した体験が作家としての自分に大きな影響を与えたと言っていました。(「ホテル・ニューハンプシャー」ではウィーンに行くし、「ウォーター・メソッド・マン」でもたしかそっちの方へ行く。そして乗るのはルフトハンザ。) そしてもうひとり、「デッド・マン」を観ていて思い出したのがアキ・カウリスマキ。なんかユーモアセンスがすごく似てる気がしました。たしか「ナイト・オン・ザ・プラネット」では、ヘルシンキ編でアキ・カウリスマキが出ているのではなかったっけ。なんとなく気が合いそうな二人。 |
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先週、開設した口座の書類にサインが足りなかったということで、またしても担当者に呼び出しくらった私。
今日は12時の約束でした。週末、小旅行(後述の予定)に出かけてまして、めっちゃ疲れてたので、10時間爆睡、目覚ましかけてやっと起きたような状態。12時の約束でも頭の中は半寝状態で出かけました。 で、郵便局で私を向かえたのは、例の"日本に興味アリ"お兄さんです。サインして、用事はものの30秒で済みました。うう、こんだけのために目覚ましかけて、てくてく10分も歩いて来たのか…と思っていると「食事はしました?」と聞かれ、正直に「まだです。起きたばっかりなので」と答えてしまいました。あれ?なんだこの質問は…とぼんやり考えていたら、「よかったら一緒にランチをしませんか?」。あ、やっぱりこういう展開か。「まだお腹が空いてないし…実は昨日から調子が良くないので、ちょっと休まなければいけません」(本当)と言ってお断りしました。 いやあね、約束が12時っていう時点でなんかそういうこともありうるなあとはうすうす感じてたんですけれども。あははは…。ごめん、お兄さん! やっぱり半分ナンパだったのかな〜? それにしても、あのお兄さん、こんなところでこんなこと(前々回、前回のコメント、ありがとうございました)になっているとは思いも寄らないだろうなー。はは。 願わくば、彼が素敵な日本人女性と知り合えますように。 |
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