|
先日、口座開設の件でまた郵便局に行ってきました。
今回は、既にもっている口座からお金を移すだけなので、その手続きの書類にサインするだけで終わり。その前に一応、口座がちゃんと開けているか確認。用事はそれだけ、2分で終了。 で、担当は相変わらず例のお兄ちゃんです、日本に興味があるという。(先週の記事をご覧下さい。)今回も「ちょっと日本について話をうかがってもいいですか?」と言うので、「ええまあ」と答えたものの、何をどう話せばよいのかわからずちょっと困りました。 とりあえず、また「哲学」とか「思想」とかなんとか言うので、FNAC(CD、DVD、本を扱う大型チェーン店)でも売っているという「葉隠れ」というのが面白いらしいと教えました。自分は読んだことないんだけど。なんかわかんないけど、そういうオリエンタリズムがこの人には受けそうだと思いまして。「葉隠れ」は、ジム・ジャームッシュの「ゴースト・ドッグ」に出てくるそうで、そう説明したら「あ〜観たことありますよ、あれは面白かった!」と言い、タイトルをメモ。 それから料理の話。彼は日本料理を食べたことがないと言う。中国人経営のお手ごろ価格日本食レストランが雨あがりの竹の子のようににょきにょき出来ている昨今、珍しいよなあ。ほんとに日本に興味あんのかあ?とうっすら疑問に思いつつ、まあそういうタイプの人ってありがちといえばありがち。誰でも知っていそうなので「寿司、知ってます?」と聞いておきました。とりあえず、彼もそういうものがあることを知っているらしい。生の魚を食べるということにやっぱり抵抗があるような表情を浮かべていました。 しかし、こうなってくると半分面倒くさくもあり、半分面白くもあり。何を思ったか「猫とかねずみは食べるの?」と聞くので、マクドナルドの肉…と連想したのですが、彼は話を続けました。「昔、知り合いが中華料理の店の地下でねずみをたくさん飼っているのを見たという話を聞いたんですよ」と言うので、ああやっぱりマクドナルドの肉…と苦笑。しかし、実際の話、中華の惣菜モノは信用できなかったりするわけで(もちろん、全ての中華がそうなのではないけれど)、これはTVのルポルタージュでやっていたので最近結構有名。普通のアパート一室、不衛生な環境で不法滞在者がせっせと格安春巻きを作っていたり、中華レストランの裏側では調理台で雑巾同様の汚い布を使っていたり…。で、彼もその話を思い出したようで「衛生面はどうなんですか?」と。「日本は衛生にはとても関心が高いです」と答えました、が…内心、言ってやりたかったですよ、フランス人の方がよっぽど衛生観念がなってないって!どうしてトイレを出るときに手を洗わないんだ!! なんかねえ、もう段々疲れてきちゃって。どういうことに具体的に興味があるのかわからないからつまらない説明してるかもしれないし…と思うと。なんとなく脱力。 日本好きといっても色々と程度や範囲ってものがありますよね。思想が好きなのか、食べ物が好きなのか、アニメオタクなのか…。まあ、彼の場合、「単なる趣味」とみた。しかしそれでは範囲が広すぎるよ〜。 しかしこの人の話をしてみたら、周りのフランス人の反応(といってもサンプル2名)は、「ナンパ?」。 ナンパ…と断定できるほど明らかでもないのですが…とか言ってるから日本女子は甘くみられるんだろうか。だって私、ナンパされるタマじゃないんだもの。 まあ口座開設も一件落着したことだし…とほっとしていたら、また電話。サインが足りなかったらしい。う〜む…またあのお兄ちゃんに会うのかぁ…と思うと正直言ってちょっと憂鬱だ。 |
今日からイスラエルのアリエル・シャロン首相がフランスを訪れています。3日間の予定だそうです。ここ数年、フランスとイスラエルの関係は決して良いとは言えませんでした。 シャロン首相は2004年7月、「同朋ユダヤ人たちは、フランスのような反ユダヤ主義が強い国からさっさと脱出して、早くイスラエルに移住するように」というようなことを言ったので、フランスからえらいヒンシュクをかったことがありました。 また、故アラファト議長は危篤状態に陥る直前にフランス入りし、パリ郊外の病院で治療を受け、そのままフランスで亡くなったわけですが、そういった事情を顧みると、どちらかというとフランスはパレスチナ寄りだという印象をもつ人が少なくなくてもおかしくない気がします。2002年の大統領選の頃だったと思いますが、イスラエル−パレスチナ問題について言及されたとき、シャロン首相をリーダーとした政治が強硬であるという批判をラグィエ女史がしていた記憶があります。たしか有権者との討論のような形で、ユダヤ人の青年が「フランスはパレスチナの肩をもつのか」というようなことを不満顔で言っていたような、ぼんやりとした記憶も…。 しかし、アラファト議長が亡くなり穏健派が後継者となったパレスチナと、ガザからのユダヤ人入植者の撤退を決めたイスラエル。少しずつ事態が変わっていくなか、今回のシャロン首相訪仏によりフランスとイスラエルの関係の良好化、イスラエル−パレスチナ問題へのフランスの助力が期待されます。 ところで、実際問題として、反ユダヤ主義がフランス社会に根強く残っていることは否定できません。(まあ、ユダヤ人に対する差別に限らず、様々な人種・民族に対する差別は日常で多く見受けられるわけですが。)ユダヤ人学校に通う子供たちは、学校を出るときに差別的発言を投げかけられたり、暴力を振るわれたりするので、なるべく単独で行動するのを避けるという話を聞いたこともあります。折りしも、この間の土曜日の午後、パリ18区にあるユダヤ人学校に塩酸の入ったボトル3本が投げ込まれるという事件がありました。爆発する危険性があったこと、ユダヤ人学校であったことから、政府は事態を重く受け止め、サルコジ内相は「人種差別的犯罪に対して"tolérance zéro"(寛容度ゼロ)」を強調。 今月7日のロンドンでの爆破テロ、G8開催日だったこともありますが、あの日のあの時間にイスラエルの経済相が出席する会議があったということも、テロの標的にされた原因と考えられました。シャロン首相がフランスに滞在中、パリ市内の警備態勢はかなり厳しくなるとは思いますが……何もないといいね。 参考:Le Mondeの記事 Yahoo Franceの記事 |
|
気が向いたので今日のトップニュースをいくつか。
―ロンドンの爆弾テロ。 通勤ラッシュ時の公共交通手段を狙った爆弾テロから2週間、今度はランチ・タイムに起こったテロ。幸い、爆弾の威力は小さく、負傷者一名ということですが、ロンドンの人たちへの心理的影響は大きいと思われます。スコットランド・ヤードは、前回のテロ犯グループとのつながりがある可能性は少ないが、明らかに似たような状況で強い印象を与えようとしていると言っているようです。街の人へのインタビューで「もう地下鉄に乗れない」と言う人もいました。自分が今もしロンドンに住んでいたら、或いはパリで同じようなことが起こったら、果たして平気で地下鉄を利用できるだろうか?しかし、前回もそうでしたが、地下鉄から退去する人々が落ち着いて冷静だったのが印象的でした。 ―ダノン買収の噂 フランスの大手食品会社、ダノンがアメリカのペプシコに買収されそうだという噂が流れ、内閣もこれを阻止する構えを見せました。マダガスカル訪問中のシラク大統領も内閣の姿勢を支持。ところが、これがどうやら単なる噂らしい。市場を上手く操作しようとした罠なのか…?真相は明らかでないそうです。 ―ニヴェールで消火活動中に死亡した消防員の葬儀 異常な乾燥で使用水の制限がいくつかの県で発令されているこの夏、山火事の被害が深刻になってきました。ニヴェール県では、消火活動中に死亡した消防員三人の葬儀が今日、執り行われました。彼らはボランティアの消防員、つまり正規職員ではなく有志ですが、レジオン・ドヌール勲章が授与されました。葬儀に出席したサルコジ内相は、残された子供たちへ「君たちにはチャンスがあった、英雄として亡くなるお父さんはなかなかいない」というようなことを言っていました。お父さんを亡くしたことに対して「チャンス」はないんじゃないの〜、しかも「英雄として死ぬ」ってアメリカの軍人みたい…と、ちょっとアンチ・サルコジ・アンテナにひっかかりました。 |
毎夏恒例、ヴィレット公園でのCinema en plein air(野外上映会)が、今年も昨日から始まりました。今年で15年目だそうです。パリの夏のお楽しみイベントのひとつです。こういうものは無料なのが、パリのいいところ。 野外上映ということで、芝生の自由席。私はレジャーシートを持っていきます。また、Transatという長いすを借りることもできます(有料・6ユーロ)。 始まる前にピクニックもありです。よく若い人たちが輪になって、楽しそうに飲み食いしたり、歌ったり踊ったり(?)しています。 かくいう私も昔、やったことがあります(いや、歌ったり踊ったりはしてないけど)。すごく楽しいです。 この野外上映会へ出向くとき、気をつけなければならないこと。 その1:帰る手段を考えておく 夏至を過ぎて一ヶ月とはいえ夏時間ですから、野外で映画を上映するには辺りが暗くなる22時過ぎを待たなければなりません。長い映画だと、下手をすると終電に間に合わない。そこで、車やバイクで来る人が多いです。実は私の住んでいるアパートは、この野外上映会場へ歩いて行ける距離。帰る手段に悩まなくて良いので気楽です。えへへ。 ちなみに、うちにいると、なんとなく映画の声や音楽が聞こえてきます。風が強い日は特に。 その2:防寒準備をしていく 夏とはいえ、夜は結構涼しいことがほとんど。そのうえ、芝生の上でじーっとしていると寒くなってきます。去年は途中で小雨が降ってきたりして、8月にフリース着込みました。それでも寒かった! しかし、良くも悪くも普通の映画館とは全く様子が異なるので、真剣に映画に没頭したい人にはお勧めできません。 私は3年前、「マトリックス」を観に行ったのですが、あまりの人のすごさに足の踏み場もないくらいでした。やっと場所を見つけて腰をおろしたら、背後に警備の人がいて、上映中携帯でなにやら喋っている。しかもそれが仕事以外の電話っぽくて、すごく迷惑でした。そのとき一緒に行った同居人はそれ以来、この野外上映会に行きたがりません。つまんな〜い…。 といっても、そんなに毎日ヒマなわけではありません(ホントよ!)。今年は行けるかなあ〜。 |
|
数日前、郵便局から電話がありました。
私の普通預金口座の担当者(conseiller financier)のアシスタントからで、「あなたの担当者がこれからの計画について話し合うためにアポをとるよう勧めているのですがどうですか?」という内容でした。こういう電話がかかってくると、方便になる嘘が苦手、頭の回転が鈍い私はどうやって断ろうかと、いつもまごまごしていまします。どうしたものかと思いつつ、なぜか「もうひとつ口座を作りたいので、そのことをやってくれるなら…」と答えていました。あら、そんな気があったんだ、と自分でもびっくり。でも、普通預金口座(LivretA)より金利が良い低所得者向けの口座を作りたいと思っていた(かれこれ4年くらい)のは本当。まあいい機会です。 というわけで、今日がそのアポの日。 郵便局は私の住むアパートからかなり離れたところにあって、徒歩15分ほどかかる。やれやれ〜と思いつつ約束の時間通りに到着。 ところが、担当者の部屋は鍵がかかっており、誰かと話している様子。前の人が長引いてるのかな?と思いつつ、不安だったのでドアをノック。すると、背の高い男性が出てきて「今ノックしたの誰?」と言う。上から見下ろされて威圧感、しかも怒っているような口ぶりにちょっとおびえつつ「私ですけど。14時に約束があるんです。」と答えたら「僕はもうすでに14時の約束の人と話している最中ですが。」と憮然として言われてしまった。はぁ?と思い、あまり機嫌の良くなかった私も憮然とした顔で見返してやった。ぶー。担当者は「今のアポはもうすぐ終わるから待っていてください」と言って部屋にひっこんだ。なんなんだよ、だったら別に今日じゃなくたって良かったし、口座だってどうでもいいよ、こんな遠くまで歩いてきてさ、頭もちょっと痛むし。と仏頂面で待つこと5分。前の人は本当にすぐに終わった。 部屋へ入ると、担当者は「約束が重複することが時々あるんですよ」と言い訳。あ、そう。いいけど別に。フランスだもの、ありがち。ってな感じで無関心に彼の前に座った。もう私のテンションはめちゃ低い。 「まず身分証明書を見せてください」と言うので、パスポートを出すと、彼の表情がちょっと変わった。にやっと笑ったようだった。「日本人ですか?」と言うので、なんでそんな顔をしてそんなことを聞くのだ、と訝しく思った。なんかいやだなあとも思った。私にはどうもこの担当者が冷たそうにみえ、あまりよい感じがしなかったので。 それから、口座を作りたい旨を伝えると、彼は「わかりました。でもまずあなたに聞きたいこと(demander)があるのですが」と言ってきた。また収入とか職業とか聞かれるんだな、と思っていたら「僕の名前を日本語で書いてもらえますか?」だと。はぁっ? どうやら彼は日本にとっても興味があるらしい。彼は「アジア全般がなんとなく好きだけど、特に日本に興味があるんです。日本の哲学に惹かれるし、すごい歴史があるでしょ。」と説明。自分の家は日本風のオブジェをいっぱい飾っているとか。しかし、正直に言ってピンとこなかった。えー…哲学??西田幾多郎とか?と考えたが、「いや、そういう意味じゃないなあ、きっと…」と思いめぐらしつつ追究放棄。「すごい歴史」については、「他の全ての国と同じようにね」と答えてしまった。悪気はなかったんだけど、つい。 そして、淡々と仕事を進めながらも、途中で「これ、なんて書いてあるの?」と机の上にあった古銭に似せた置物を私に見せたり(裏には龍の絵が彫ってあったので中国ものっぽかったけど…)「バトル・ロワイヤルっていう映画、観ました?」と聞いてきたり…。それらの質問が結構唐突なので、なんか調子狂う。しかも最初からテンションの低い私。学生だと言うと、またありきたりに「学業の後はどうするの?」「フランスに残るの?」と聞かれ、今日は何故か「残りたいけど、現在の政治からするとわかりませんね、来年は新しい法律で退去させられるかも」とか答えてしまった。自分でも「なんでこんな要らんことを喋ってんだ」と思いつつ。同情してもらいたかったわけではなく、多分あてつけてみたかったのだと思う。 なんだか居心地の悪い面談となってしまった。彼はあまり気にしてなければ良いんだけど。 とにかく、口座は作れたけど、これにお金を振り込むため、また来週、郵便局に出向くことになりました。次回はもうちょっと明るい気持ちで出かけられますように…。 |
|
「Charlie et la chocolaterie」の感想再考です。
ジョニー・デップがなぜティム・バートン映画の中ではまり役なのか。 ジョニー・デップって端正な顔立ちだけど、ただでさえ人の顔を覚えるのが苦手な私にとって、彼の印象って薄いんです。多分、街で会っても気付かない。(←これはすごく自信があります。カトリーヌ・ドヌーブすら分からなかったんだもの。) だから他の映画に出ているジョニー・デップって、まあほとんど観ていないけど、存在感が薄い感じ。 「ショコラ」も、前もってジョニー・デップが出ていると知らなければ「へー、まあまあかっこいい俳優さんじゃないの、このジプシー役のひと」ぐらいにしか思わなかったと思います。(ジョニー・デップファンにとび蹴りくらいそうだなあ…。) しかし、「シザー・ハンズ」でジョニー・デップがブレイクした理由、なんとなく分かります。生みの親である発明家以外の人間を知らなかったエドワード、外の世界を知らなかったエドワード、しかも発明家が急逝して以来ひとりでお屋敷の中で生きてきた彼は、ナイーブな心をもっている。知らずに他人を傷つけた自分の罪の深さと、周囲の人間の冷たい視線に傷つき、どうしていいかわからなくなるエドワード。もう「かわいそう!」っていうか「かわいい!」っていうか。 また、「スリーピー・ホロウ」では、幽霊なんかいるわけないじゃん!僕が真相究明してあげますよ!って自信満々、科学的精神をもって不可解な事件が次々と起こる古い村に乗り込むクレーンは、どこか子供っぽい探究心と熱心さをもっている。そしてある秘密を探りあてた彼は、子供みたいに誇らしげ。か、かわいいよ、やっぱり! そう、ティム・バートンの映画に出てくるジョニー・デップは、どこか「かわいい」のです。子供っぽさ、純真さがにじみ出ている感じ。 「チャーリーとチョコレート工場」(という邦題なのか知りませんが)の中でも、ジョニー・デップの役どころは、長い間チョコレート工場にひとり閉じこもってきた世間知らずなウィリー・ウォンカ。 ティム・バートン監督作品のなかで、ジョニー・デップが魅力的なのは、ジョニー・デップからにじみ出るナイーブさと、ティム・バートンの無邪気さ、子供っぽさがマッチするからではないか、と思いました。 ↓「Charlie et la chocolaterie」のウィリー・ウォンカ(ジョニー・デップ) ![]() とかいって、感動の名作という「ギルバート・グレイプ」やら「カリビアの海賊」やら観たことないんですけどね〜。あははは。 ものすごい限られたサンプルからこんなこと考えてみました。(ジョニー・デップファンに首を締められそうだなあ…。) いつまでかわかりませんが、予告編がみられるサイトがあります。 (サイトはフランス語、予告編は英語にフランス語字幕) |
|
同居人は小旅行中で不在、TVはつまらん、ということで、夕食のお供に何かないかな〜と探したところ、袋に入ったままのDVDの存在を思い出しました。友人づてに帰国売りで譲ってもらったもの。
そういえば、人から借りたDVDを1年(かそれ以上)くらい放置した挙句、ついに見ないで返してしまった。何なんだろう、私。(こういうことを書くと誰からも貸してもらえなくなりそうです。) で、夕食のお供にするにはちょっと重いなあと思いつつも黒澤明監督の「生きる」です。 簡潔に言うと、胃癌で余命半年くらいと知った市役所勤めのおじさんのショックと立ち直りの話です。 内容は大体知っていたのですが、いやあ涙腺の弱い私はうるうるしっぱなしでした。 |
|
以下の記事を読み、やっぱりこの人はどっか足りないと思った。
まず読売新聞 それから朝日新聞 ついでに産経新聞 たしかにフランス語を習い始めた頃は70以上を覚えるのに困惑したことは否定できませんよ。でも今となっては「80」って見たら無意識に「4×20」だし。フランス人はそれを無意識にやっていて困難を感じないのに、「阻害」と言われてもねえ。フランス人にとってはそうでなくても他の国の人にとってはそうなんだから国際的に阻害だ、って言うんなら、すごいグローバリズムだなと思う。 文法が違う、数の数え方が違うってことは、考え方、論理のたて方も違ってくる。論理の多様性、それって重要な事だと思うのですが。 それに、そんなこと言ったら、他国の人間には理解できない無意識的決まりごとっていくらでもあるわけだし。意識レベルだけで他文化を批判すんな。 ちったあレヴィ・ストロースでも読んでおくんなせぃ。 とにかくこの人の挑発的発言の発想は単純に過ぎる。 しかし、西にサルコジ、東に石原。次期都知事選でまた石原慎太郎が当選したら、日本へは当面帰らないよ。といって、サルコジが大統領になってしまったらフランスもイヤだし。 困った。 って、私は別に都民じゃないからいいのか…。 |
|
今年の14juillet、またもや起きてTVつけたらパレード終盤、でした。ちょうどヘリコプターが飛んでいき、戦闘機が緑と黄色の煙をはいていた。
まあいいけどさ。 そして13時、サイレンが鳴り響き、隣の部屋で聞こえていたTVも静かになった。ロンドンのテロ犠牲者のための黙祷。 その後、14juilletお約束の大統領演説、そして公開インタビュー。私は他のことをやっていてみませんでしたが。後で新聞かなにかでチェックしよう。 なんとなく今日はいつもよりパトカーのサイレンが多かったような気がする。 夜、珍しくその気になって、エッフェル塔の花火を観るために外出。コンコルド駅で降りて、セーヌ川沿いへてくてく歩いていきました。橋の上には人が鈴なり、塀の上は座って待機する人で埋め尽くされている。 かなり歩いて、結局アルマ橋の下まで行きました。 始まりはエッフェル塔のてっぺんから火を噴いて、一瞬、誤って火事?と思ってしまいました。思うに、オリンピックの聖火塔をイメージしたのでは…。選考からもれたというのに…なんだか物悲しい・…。 しばらくして、花火に合わせてエッフェル塔のキラキラした電飾が点き、観客からは思わず拍手が。 時々エッフェル塔からも花火が噴き出て、ちょっとトサカっぽい。国鳥のにわとりか?豪華な羽を背負うLIDOのダンサーみたいにも見えたけど。 しかし、エッフェル塔のふもとでは音楽と合わせてやっているけど、私のいた場所までは聞こえてこないので、妙な間を感じてしまいました。なんとなくだらだらマターリと見物。 花火は、やはりフランスカラーが中心のように感じました。赤・青・白。それからブラジルカラーの緑と黄色(オレンジ色に見えたけど)の花火も。 しめくくりは赤・青・白・緑・黄色が入り混じってのフィナーレ。 観客から拍手喝采。セーヌ川に浮かんだ船が汽笛を鳴らしていました。 ところで、今日花火をみたところはセーヌ川遊覧船Bateaux mouchesの乗り場の近く。花火をやっている最中も運行していて、エッフェル塔の方へ走っていきました。来年は遊覧船に乗って見物、っていうのもいいかも〜。 |
|
明日は14juillet(キャトルズ・ジュイエと読みます)、革命祭です。
今日はその前夜ということで、花火を上げている市もあります。主に郊外だと思いますが。パリ市は14日の夜にエッフェル塔のまん前で花火を上げます。 うちは一応郊外にあり、さきほどから花火の爆音が聞こえております。が!音はすれども姿は見えず…。全然見えないよ〜!! ま、毎年のことですがね。音が気になって淡い期待を抱きながらバルコンに出るのですが、いくら身を乗り出しても見えない、というのを毎年やっている。くくくくやしい。Gollirazの新譜を聞いてごまかそうとしているところです。くそぅ〜はやく花火終われ〜。 さて、日本語でなんと言っていいのかわからないので便宜上「革命祭」と記していますが、実際フランス語でそうは言わないです。「14juillet」か「fete nationale」です。前者はそのまんま「7月14日」、後者は「国のお祝い」。 で、7月14日は午前中のシャンゼリゼ大通りのパレードが華。戦車とか騎馬隊とかヘリコプター、あと消防車とかの行進です。赤・青・白の煙を噴く軍用機のデモンストレーションもあります。轟音でちとかっこいい。って、シャンゼリゼに見に行ったことないんですけどね。毎年たいてい、起きてTVつけるとパレード終盤で大統領が指揮官に挨拶してるところ。 あともうひとつの華は消防署のbal(ダンスパーティー)です。ほとんどご近所づきあいのパーティーという感じですかな。消防士はかっこいいですけど。 と、一応解説終了。 ああ、今年はフランスにおけるブラジル年ということで、ブラジルの大統領(かな?)がパレードに招待されているそうです。ブラジル色(緑と黄色、あと青も?)の煙を出す軍用機も用意されているそうです。 13日と14日の夜は、ガキんちょがはしゃぎまくって爆竹鳴らしまくるので、怖くてあまり外に出たくありません。 でも明日は久々に花火を見に行こうか〜という気分になっていますが未定。 |
|
さて、健康診断第二回目です。(第一回目報告はこちら。)
今日は午後2時の予約でした。午後の部の一番目だったようで、前回、空き椅子もないくらいの混みようだった待合室は空っぽ。誰もいない。すぐに名前を呼ばれて聴力検査。そのあと、お医者さんとの面談がありました。 お医者さんは女性でした。(やはり女性にはなるべく女性の医者があたるように配慮してあるのかな?という気がしました。)尿検査と血液検査の結果をぱーっと見て「何も問題ないですね」とのこと。赤血球、白血球、コレステロールなどなども「正常」だったようです。なんだ、私、健康なの?なんか騙されているような気分。脳貧血のことなど相談すると、お酒や煙草のせいだろうと言われました。そうそう、破傷風とあともうひとつ(何かわからなかった…)、予防接種を10年おきにしたほうがよいと言われました。日本だと子供のときにやってそれきりなのにね。その後、普通の内科検診。血圧も正常(110-70)。 全行程30分で終了しました。 体のあちこちが悪いという友人が「血液検査をすれば全部わかるよ〜」と言っていたので、今回の検査で何もなかったということは、とりあえず深刻な問題はないのだろうなあ。 結果は後日郵送されてくるそうなので、手元に来たらじっくり見ようと思います。 |
|
一ヶ月前(6月12日)にも書きましたが、サルコジ内相は移民法改革を進める意向のようです。
今回は、留学生を的に絞っての改定案について発言。(でたっ!)現在は、受け入れ先の学校の登録証明書と経済証明がビザ発給の基準なのですが、サルコジ内相はこれに「年齢、学歴、フランス語レベル」などの基準をプラスすることを考えています。 つまり、前回の記事に書いた通り、「優秀」かつ「有能」でフランスに必要な移民だけを受け入れようという姿勢。 更に、「留学生の母国から最も有能な人材がいなくならないように」学生は3〜4年で退去させる方針らしいです。 参考:Yahoo Franceの記事 |
|
今朝、電車がなかなか来ませんでした。
まあ、パリの地下鉄なんて不規則運転が規則ですよと言われればそうなんですが。 夕方も電車がなかなか来ませんでした。 そろそろフランス人もヴァカンスに出始め、地下鉄も本数が減っているのかな。 先週の金曜夜、そして土曜日はGrand departでした。う〜ん、日本語に訳すと「大いなる出発」か?そんなアホゥな。と思って辞書見たら「大挙出発」だそうで。その訳もなんだかなあ〜…。ちなみに三省堂「クラウン」(1992年10月1日第13刷発行)です。この日、大勢のパリ住人がヴァカンスへ出かけるということですな。 7月14日の革命祭の辺りから本格的ヴァカンス・シーズン到来です。 パリも住人が減り、観光客が目立つようになります。観光名所は人いっぱい、8月のちょうど日本のお盆の頃には有名レストランやブティックも軒並み閉まるので、観光に適しているとは言い難い時期。 しかし、観光以外だったら、逆に「静かでいい」という人も。たしかに車は減るし、ショッピング抜きのパリ散策にはいいかも。 そしてTVもヴァカンス仕様。 7月に入ってからトーク番組は「BEST OF」とか「REMIX」と題して上半期の総集編だし、ルポルタージュ番組は過去の再放送など。 夏になると3ヶ月だけやる、風物詩的TV番組といえば、FORT BOYARDとLa carte aux tresors。 FORT BOYARDは、海に浮かぶ城で繰り広げられる賞金獲得ゲーム。といっても賞金は全て募金されます。数ある部屋の中で色々な体力ゲームやなぞなそをし、鍵を7つ集めて扉を開け、暗号を解き、檻の中に落ちてくる金貨を集めるというゲーム。風雲たけし城を彷彿とさせなくもない。(って、若い世代にはわかんないのかなぁ。)これが、なんかしょーーーーもない番組だったりするのですが、他に見るものがなくて見てしまう。そんな自分がちょっとイヤ。La carte aux tresorsは、赤組(女性)と青組(男性)が地図を片手にヘリコプターで移動、謎を解きながら競い合って宝物を探すゲーム。これはちょっと教育的要素があって、フランスの伝統芸能とか地方文化、歴史などを中心に冒険が繰り広げられる。そういう意味で悪くない番組なのですが…「競争」っていうのにちょっと弱い。気がつくと「あ〜赤の方が早い!」とか「青、もうダメじゃない?」とかはらはらしている自分がイヤ。 とにかくこの二つの番組が始まると、毎年、「わ〜もうそんな時期か〜」と驚き、最終回となると「わ〜もう夏終わりか〜」と驚く。(驚いてばっかり。)私にとっては、夏の始まりと終わりを告げる番組です。 うーむ、それにしてもヴァカンス時期ってTVはつまらんですね。 もちろん、他の楽しみがあるのですがね。 といいつつ、私は遊びたい気持ちを自制しつつ、今夏 |
|
数日前からmixiに登録しています。
以前から噂には聞いていたのですが、誰かからの紹介がないと入れないということで、友人の少ない私はなかなか足を踏み入れられずにいました。たまたま「招待状いる?」と聞いてくれた方がいたので、やっとその門が開かれたのでした。(ありがとう、pianomanさん!) まあ、バーチャル・コミュニティってやつですね。 友人・知人を自分のところに登録させてもらってお互いの日記を見たり、テーマを決めてコミュニティを作ったり参加したり。 多分、自分はリアル友人以上の輪を広げないと思うのですが(人見知りするし、小心者だし、内気だし…)、とりあえず自分のプロフィールを書かなければいけない。まあ、現住所とか性別とか生年月日など、一般的なアイデンティティ紹介スタイル。 しかし、「趣味」という欄がありまして、これが選択式になっている。(自分で記入できない。) まず、映画観賞、音楽鑑賞。うーん、以前だったら一も二も無くコレでした。とーぜんでしょ、みたいな勢いで。それが、ここ数年、色々な意味で余裕がなくて…すっかりそういう文化的贅沢から遠のいてしまった。だから自分に正直にあろうとすると、これにチェックつけるのがためらわれます。とりあえずパス。 次にグルメ。食べるのは好きだけど…ただの食いしん坊。グルマンであってグルメではない。のでパス。 次、ファッション。パス。 旅行。これもパス。何年旅行に行ってないんだ。すっかり出不精。 語学。うーん、日常で辞書とにらめっこするも、趣味とはちと違うなあ。 テレビ。ああ、これは結構好きです。でも見てるのはフランスのテレビですからねえ…パス。 ギャンブル、スポーツはスルー。 カラオケ・バンド。カラオケって…ないし。いや、あることはあるけど……ああいうとこ行かないし。 お酒。最近飲めなくなったねえ。 アウトドア。っていうか断然インドア派だし。 アート。あ〜〜久しく展覧会行ってないね。この数年間でベーコン展一回行っただけだ。 読書。これもねえ〜、趣味で本読む余裕があるなら、読まなきゃいけない本がたくさんあるわけで…。おまけに私は本を読むのがめちゃくちゃ遅い。読了できない場合も多い。読書が好きかと聞かれたら「いや、それほどでも」も答えるなあ。 ペット。今はペット飼える状況にないしね。 ゲーム。うむむ、たまにはまります。でもわざわざ趣味にあげるほどではない。 スポーツ観戦。観戦するのは専らローラン・ギャロス。スポーツ全般の観戦ではないなあ。 料理、ショッピング、ドライブ。快調にスルー。 習いごと。あ、太極拳って習いごと?やっとこれにチェック?と思ったものの、習いごとをするのが趣味なのではなく、習いごととしてやってる太極拳が趣味。ってことはやっぱり違うな。 マンガ。フランスで私の好きな系統のマンガ読むチャンスってなかなかないし…。 インターネット。おお、これはね。ブログなんかやっちゃってるしね。でもひたすらネットサーフィンしておもろい記事やらサイトやら見つけてくるわけではない。インターネットは手段だし。やっぱパス。 美容・ダイエット。全然パス。 …って、終わっちゃったよ! え、ってことは、私、趣味なし!? ………が〜ん。 昔は「趣味の無い人間」なんて考えられなかったのに! 自分がそんなにおちぶれていたとは…。 あっ、あるじゃんあるじゃん、趣味。園芸じゃん。…って、なんでないのさ、園芸って項目!なんかの罠かね。 いやいや、こんな控えめな態度では世の中渡りあっていけないよ、嘘でもいいからなんかチェックしろよ、と自分を叱咤。でも小心者だから嘘つけないんだよね〜…。 とりあえず無難に「映画鑑賞」と「読書」にチェック。 その下の「好きな映画」という項目に並べた映画のタイトルがみんな古い…ってとこは、つっこみなしでお願いします。 |
今、ジョルジュ・カンギレム(Geroge Canguilhem)という人が書いた「正常と病理」という本を読んでいます。「正常」「異常」「健康」「病気」という4つがキータームです。 あ、別に今までの記事で書いてきたように、年を感じて体調不良が気になるから読んでいるわけではありませんよ、念のため。 その中で、「健康」について。「健康とは、環境の不正確さを許容する幅である。」(「正常と病理」法政大学出版局、1998年第2刷、176頁)「環境の不正確さ」とは、ちょっとややこしく色々あるのですが、まあ端的に言うと、例えばイレギュラーなできごと。それに出会っても用事をこなせるということは健康です。「もしいつものパン屋が臨時休業していればパンを求めるために遠くまで買い物に行く」とか「もし(電車の)最終時間が過ぎていれば、遠くても自分の家まで歩いて帰ること」ができるというのは健康のなせる業です。慣れている環境が多少変動しても、それを許容できる幅があるということは健康なのです。 逆に「病理的状態」とは、限られた環境でしか生きられなくなること。身体器官の一部を除去するという生理学的実験において、もしその被験体が以前とほとんど変わらない生理的定数(脈拍数とか赤血球の数とかなんとかかんとか)を示し、「正常」でありつづけると判断できたとしても、それはあくまでも実験室の整えられた環境の中でのことであり、被験体を保護されていない環境へ戻したとき異常を示す可能性は大きい。つまり、被験体は正常な状態である可能性が狭められているわけです。これは健康度が少なく、「病理的状態」と言えます。 この本と関連して「生命の認識」という小論文集の中の「正常なものと病理的なもの」というテキストも読みました。この中で痛快な一節。 「しかし、ほとんどつねに心理学者とか精神医学者は、異常な行為とか表象について語るとき、正常なものということで現実とか生命へのある一定の適応形態を念頭に置いているのであるが、実はそうした適応形態は、次のような人にとってであれば別であるが、まったくと言っていいほど絶対的なものではない。そのような人とは、技術的、経済的、あるいは文化的な諸価値が相対的なものであるなどとは決して考えたこともなく、無条件にそれらの諸価値の価値に固執し、ついには、自分の周りの者による自分自身の条件づけの様態やそうした周りの者の歴史を忘れることによって、また余りにも本気で諸規範の規範は自分に体現されているなどと考えることによって、ほんのわずかでも批判的などんな思考にたいしても、自らが狂気のうちにあばき出すものときわめて近い幻想の犠牲者として、姿を現わすことになる。」(「生命の認識」法政大学出版、初版、197-198頁) 長文でわかりにくいのですが、フランス語を合わせて読むともうちょっと意味が理解しやすい(より理解ができる)かもしれません。 「Mais la plupart du temps, en parlant de conduites ou de représentations anormales, le psychologue ou le psychiatre ont en vue, sous le nom de normal, une certaine forme d’adaptation au réel ou à la vie qui n’a pourtant rien d’un absolu, sauf pour qui n’a jamais soupçonné la relativité des valeurs techniques, économiques ou culturelles, qui adhère sans réserve à la valeur de ces valeurs et qui, finalement, oubliant les modalités de son propre conditionnement par son entourage et l’histoire de cet entourage, et pensant de trop bonne foi que la norme des normes s’incarne en lui, se révèle, pour toute pensée quelque peu critique, victime d’une illusion fort proche de celle qu’il dénonce dans la folie.」 ("La connaissance de la vie", Vrin, Bibliotheque des textes philosophiques, 1992, p. 168) つまり、自分の価値判断に微塵の疑いももたず、彼自身の規範が絶対的なものと信じてやまない人は、他の規範を許容できないという意味で「病的」であり、狂気からそう遠くはない。 柔軟性と可塑性、展延性。生命の不可逆性。 カンギレム的意味で「健康」な人間でありたいなあと思います。 |
|
今朝、ロンドンで爆弾テロがありました。
地下鉄、バスにおいて計7件の爆発。 アル・カイダの犯行との見方が強まっているようです。 この事件後、フランスは警戒態勢レベルを最高の「赤」へ引き上げました。 この事件に関しては各報道機関で続々と伝えられていると思うので、私的観点からいくつか。(特に20時のニュースを見た感想) ロンドン市内は公共交通機関がストップ、歩いて帰宅する大勢の人たちがテムズ川にかかる橋を渡っている様子は、9.11ニューヨークを思い出させるような光景。(実際、そう言いながら歩いている人もいた。) タクシーは大忙し、公衆電話は長蛇の列。そんな状況においてはパブでビール立ち飲みの男性方も。(パブというところがイギリスらしいなあと妙なところで感心してしまった。)このようなショックな事態のときこそ、パブみたいなところでの他人との交流がreconfort、慰め、力づけになるのだと思います。 そしてG8サミットのほぼ開始時間に起きたテロ。これはかなり時間をかけて計画されていたと思われています。ましてや、G8警備のためにロンドンの警察からも動員されていたとのこと。それを狙ったと考えられます。 去年だったと思いますが、パリの原理主義者グループに潜入したルポルタージュをTVでみたのを思い出しました。ジャーナリストは潜入先の主要人物に接近し彼らと共にロンドンへ移動、そこで原理主義グループヨーロッパ網の中心人物に面会したとのことでした。パリのグループはテロに関係している容疑から逮捕されたそうですが、ロンドンの方はどうなったんだろう…。 今回は「アフガニスタンとイラクでの殺戮に荷担した」という理由でイギリスをテロの標的としたという声明を出したグループがありますが、イラク戦争に反対したフランスも蚊帳の外ではない。昨年、非宗教に関する法案が、イラクでのマルブリュノ記者・シェスノ記者拉致の理由とされたように、フランスもテロの標的視野に入っているらしい。 さて、嫌い嫌いも好きのうちなのだろうか、嫌悪を感じるほど余計に目が離せないサルコジ内相。F2の20時のニュースに出演していましたが、まあ〜〜相変わらずいやらしいわ。トーンは低く小声で喋っていました。沈痛な雰囲気を「作っている」のが見え見え!(と感じるのは私がサルコジを嫌いだからでしょうか?)猿コ芝居め。 2012年オリンピック開催地に選ばれ、喜びにわいたロンドン、翌日の悲惨な事件。テロの情報を聞いたときには、昨日の記事に「ブレア首相勢いづいてる」と書いたことを思いました。今日、彼はG8サミットからロンドンへ急遽戻り、TVで声明を出したときにはショックが隠せない様子だったようです。勢いづいているときこそ打撃が大きそう。 テロの被害に遭われた方々が一日も早く回復しますよう、また亡くなられた方々のご冥福をお祈りします。 |
|
噂に聞いたLive8。
なんかボブ・ゲルドフがこういう主旨でやるらしいよ、っていうのは聞いてました。 で、いつどこでやるとか誰がでるとか、具体的なことは全然聞かなくて、知らないうちに終わっていた。というか、興味がなかったんだね。 音楽の祭典(?)に対するこの無関心さってどういうわけなんだろうか。自分でも疑問です。いかんね。 フランスではヴェルサイユ宮殿でやったようです。 現地へ行った方のレポート発見。 Mme PILOTは元気だし。(回転ステージ、大ウケ!ドリフドリフ!!) うーん、どうやら実際に行ってたとしても、体力がもたなかった気がする…。よわ。 今回は他人のまわしで相撲取りです。ごめん。 |
|
さて、昨日、肉食推奨のようなことを書きましたが、別に菜食主義者すべてを批判するつもりはありません。色々な菜食主義の方がいらっしゃいますし。
ただね、欲求は否定したくない。 しかし、そうは言ってもやっぱり肉ばっかりじゃいけません。栄養バランスはとった方がいいです。野菜もとりましょう。 |
|
というわけで、肉です。
買ってきました。肉。 でもPCの調子が悪くて「わーいわーい、肉!」とせっかくとった写真がUPできない…。くすん。 肉は牛肉。脂身が結構多いEntrecote(あばらロース)です。うちの近所だとちょっと安くてキロ15ユーロ。日本円だと1700円くらい?なんかえらい安く聞こえるな。私にとっては奮発ものなのに。 うーん、なんか近所のおばさんの会話になってきた…。 今日は生アーモンドも買いました。 生アーモンドは日本では見たことがありませんでした。 外側の果肉は食べないで、殻を割って中の乳白色の実を食べます。ローストしたあのアーモンドとは全然味が違う。 これもせっかく写真をとったのに…そのうちUPできたらいいのですが。 去年は果肉を削いで、乾燥させてベランダで冬越しさせ、4月に土に埋めてみたのですが、どうも失敗。種が腐ってしまったみたい。それともなにか処理されていて発芽しないのかな?できれば発芽させてみたいのですが、情報不足。今から土に埋めてみちゃおうかなー。 |
|
以前、友達と「人類最後の日、晩餐に何を食べたいか」という話をしたことがあります。「大根おろしとしらすと白飯」とか「自分で作ったこだわりカレー」とか…あとなんだったかなあ、そんなメニューが出る中、私は躊躇せず「焼肉」。私は肉食です。
アリエル・ドンバルというべっぴんさんがいるのですが。ベルナール・アンリ・レヴィという”ヌーヴォー・フィロゾフ”哲学者の妻。この人、肉は食べないそうです。「Tout le monde en parle」という ティエリー・アルディッソンのトーク番組にでたとき、「動物達は屠殺されるとき、涙を流すんですよ」という理由で肉を食べない、と言っていました。知り合いにこの話をしたら「じゃあ魚は食べるんだろうね。水の中で涙を流してるのは見られないだろうし」と笑ってました。まあ魚はね、屠殺されないしね。放置されるかそうまま冷凍だしね。余談ですが、「On ne peut pas plaire a tout le monde」というTV番組でブリジッド・バルドーが出たとき、アリエル・ドンバルが「ハーレー・ダヴィッドソン」を歌いました。BBは「私の後継者にぴったり」と喜んでいましたが、二人の気が合うのはわかる気がする…。それにしても、アリエル・ドンバルが好き!っていう人に会ったことない。 先日、知り合いのフランス人青年が「メタフィジックな質問をしたい」と言ってきた。なんだなんだっ、物理学は苦手だしメタ物理学はもっと苦手よっ。って、形而上学のことでしょ。わかってるけどさ。「いやだ」と即答したんですけどね。構わずに話されましたよ。で、どこが形而上学的なのかわからなかったんですけど。というか、形而上学って何なのか未だによくわからないので形而上学的だったのかどうかわからなかくて当然といえばそうなんですけど。要旨はこうです。最近、敬虔なカトリック信者の友達から「アダムとイブは何も食べていなかった、人間が食物を必要とし始めたのは原罪以降だ」と聞いたそうです。それ以来、人間は何故空気だけで生きていけないのか、お腹が空くという生理的欲求が心理や行動に影響を及ぼしたり、食料として他の生命を犠牲にしたりする、このあるがままの世界が暴力的ではないだろうか、と自問してやまなくなった。どう思う?という質問。 なんかね、コレ聞いてムラムラッときました。あ、ヘンな意味じゃないです。怒りの炎です。 人間も動物でしょ。「犠牲」って何さ。ナイーーーフ。食べたい欲求を否定するなよ、と。 この質問には後日談があって、その知人は「父ありき」という古い小津安二郎の映画を観て、日本の社会が父権社会であり、一家の長に押さえつけられていた厳しい制度の社会だということを感じたというのですね。で、それがまた「暴力的だ」と。世界は暴力的だ、暴力とは拘束、束縛のことじゃないのか、と。 つか、何年前の話やねん、その日本社会! 彼とはゆっくり話す時間がなくてそれきりで、なんだか要領を得なかったのですが、つまりこういうことだと思います。欲求をもつこと、それに拘束される状態それ自体が暴力的であるし、またそれによって他者に関わる仕方が暴力的なことがある、と。 しかしね、暴力的であるかどうかは誰が判断するのだろうか。それを言い出したら彼の質問のたて方(生理的欲求と社会的制度を一緒くたにする辺り)それ自体が暴力的だなあと思うのですがね。というかナイーフに過ぎるというか。「食べたい」という欲求をもつことが暴力的ならば、生きることそれ自体が暴力である。しかし、他の動物に「暴力」という観念があるのかどうか。彼らにとって在るのは「力」の関係だけはないだろうか。「暴力」とは人間だけがもつ観念なのではないかと思います。 とにかくねえ、私は言いたい。 欲求を否定するな!生きることは闘争である。世界との関わりは係争的である。 肉を食え! |
|
んで、今日はちと気分よろしく、しかもだらだらつけてたTV、ARTEにチャンネルを合わせたらビートルズとかTHE WHOとかピート・タウンゼント、ジェフ・ベック、wowwowエフェクトがどーの、ディストーション、「ナック」、とか |



















