L'ECUME DES JOURS その2

えーと、それで、ボリス・ヴィアンの「L'ECUME DES JOURS」の邦訳ですが、「日々の泡」と訳されているのと「うたかたの日々」と訳されているのとがあります。
たしか映画とマンガは「うたかたの日々」でした。
直訳すると「日々の泡」なのですが、なんかヘンといえばヘン。やっぱり「うたかたの日々」のほうが日本語的にスマートな感じがします。

でも「うたかたの日々」だと、毎日が現れては消えていく泡のような儚いものということになります。
たしかに、映画なんかは夢幻的な儚さが漂っていました。小説も、生と死の境目の世界の人物達が繰り広げるストーリーという感じだったと思います。

それでもやっぱり、何気ない日常の無意識的な底の方からぶくぶくと立ち現われてくる「日々の泡」という意味の方が原題に近いのではないかなあと私は思います。

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L'ECUME DES JOURS

ご存知の方も多いと思いすが、このブログの名前はボリス・ヴィアンの小説より拝借しました。
ecumedesjourss.jpg

映画にもなっていますし、マンガにもなっています。
マンガ(岡崎京子・画)の方は残念ながら読んでいませんが、映画はファンタジー感が出ていてなかなかよかったと記憶しています。
強いて言えば、もうちょっと暗さがあってもよかったような。

ストーリーはというと、えーーーっと…だいぶ忘れてしまっていますが、最初はラブラブなのが、主人公の妻が病に冒され、それも胸に花が咲いてどんどん大きくなってしまうという不治の病で、悲しい中に妙な明るさを秘めたお話だった…たしか。

で、とっくにお気づきだと思いますが、このブログはそのストーリーとは 全然 関係ないです。

日々の泡、ぐぐってみると同じ名前をつけたブログがチリのような星の数ほどありますね。やっぱり魅力的なタイトルです。
徒然な、うたかたの、日々の心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつくればあやしうこそものぐるほしけれ(par吉田兼好)って感じですよね、やっぱり。

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