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ゲルハルト・リヒター展「パノラマ」@ポンピドゥーセンター

 2012-07-31
affiche-RICHTER.jpgすごくよいとの評判をちらっと聞いたので、行ってみたかったリヒター展。ポンピドゥーセンター年間会員の夫と一緒に行くと無料で入れるので、誘ってみたら、なんとなく気が乗らなそうな返事…で、行くのがのびのびになっていました。
そのうち、OVNI(在仏日本人向け無料新聞)に載っていた批評を読んで「別に見逃してもいいや…」という気になっていたのですが、夫が「ヴァカンスから帰ってきたら、残りの開催日数が少なくなるから、今行こう」とようやく重い腰をあげたので、ぶらぶらと散歩がてらにポンピドゥーへ。(とか言いつつ、「観光シーズンだから、もし混んでたらやめよう」と若干弱気。)

思いのほか人はそれほど多くなく、すんなり入れました。しかし入って5分、夫は「ここはさっと見て回って、下の常設展を見に行くから、30分後に本屋で」と私を置いてきぼり…。彼はある程度リヒターの作品を知っていたし、今回の展示にあんまりピンとこなかったのでしょうね。

しかしそういう私も、なんだかすぐに飽きてしまった。いくつか「いいな」と思うものはあったのですが…。
先に批評を読んでしまったから、それに影響されたのか?…いやいや、やっぱりなんだか綺麗すぎてガツンとくるものがないんですよ。あくまでも個人的な感想ですけれどね。

1617_Art-Juin.jpgとにかく筆さばきに長け、色彩バランスに長け、美的感覚に長けているアーティストなのだという印象。いや、ほんと、その点は文句なく素晴らしいです。でもどこか「器用貧乏」な感じ…。

自身の過去、家族の記憶、戦争の傷跡などが垣間見えるときは、たしかに少しはっとさせられます。例えば、写真をもとに、写真のような写実的な描写をベースにしたモノクロ(グレー)基調の作品、ナチスの軍服を来て微笑んでいる叔父の絵など。また、「1977年10月18日」というシリーズは、ドイツにおいて歴史的・政治的に重要な事件、赤軍派のリーダー他4人が刑務所内で自殺した事件に関連した作品で、印象的でした。しかし、他の作品群との関連性・一貫性はなく、なぜその事件をモチーフとして制作したのかよくわからない。絵そのものから何か伝わってくるのかというと、あまりそういう感じもせず、ただ見ているこちら側の知識や興味の対象に呼応して特別な印象を喚起させられているだけという気も…。例えば、爆弾を投下する戦闘機群の絵には、私は特に何も感じませんでした。他のリヒターの個人史に関する作品と違って、それはどこか客観的な観点からの作品だったからかもしれません。ナチス時代のドイツなど、彼自身、過去について何か複雑なものがあるのかもしれませんが、それはあまり表面にでてこない。心理的に辛いのでフタをしてしまっているのか…とにかく、彼にとってこれらの過去はアーティストとして表現する対象にならないのでしょう。それはそれで勿論アリだと思います。でも…うーん、全体的に一(いち)アーティストとして何かどこか薄いというか弱いというか…。
自分にとっては、とりあえずリヒターの作品を知っておくのにはよい展覧会でした。以上。という感じ。(いや、だからね、あくまで個人的な感想ですよ…。)

「ドイツのポップアート」と呼ばれた時代が彼にとって一番よかったのではないでしょうか。ポップで軽くいられた時代が。
Bougie Gerhard Richterちなみにポップ関連で言えば、Sonic Youthのアルバム、「Daydream Nation」のジャケットがリヒターなことに今回初めて気がつきました☆








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東京現代美術館にて「Plastic Memories/いまを照らす方法」

 2010-05-17
予定外の日本滞在延長で、当初は全く考えてなかった東京見物ができてしまいました。
といってもいわゆる「観光」でなく、ふらふらしてただけですが。
そして、どこから情報を得てくるのか(カロンズネットだと思われる)、Eが「このギャラリーに行ってみよう」とか「この美術館に行きたい」とか言いだしたので、ギャラリーをいくつかと美術館めぐり。

その中で、いちばん心に響いたのが、東京現代美術館の「Plastic Memories/いまを照らす方法」でした。

特に、展示のいちばん初めの『The Voice-Over』(山川冬樹)に、心の底が揺さぶられました。
これは、あるニュースキャスターの死後、彼の残したカセットテープやビデオテープから、彼の息子が音や映像をつなぎ合わせて作ったものです。私はすべてを見なかったのですが、結婚の誓いから葬式まで、ニュースキャスターの半生をたどった作品となっていたようです。
靴を脱いで(この辺が日本っぽい?)絨毯にあがり、黒幕の向こうへ進むと、前面に大きなスクリーンがあり、足下には小さな古いテレビが6台、半円形状に並んでいます。時には真っ暗な部屋の中でカセットテープに録音されたと思われる音声だけが聞こえたり、前面のスクリーンでテレビスタジオにいるニュースキャスターが映されたり、小さなテレビに昔のテレビコマーシャルが映し出されたりします。
カセットテープに録音されているのは、子供との会話だったり、エッセイのようなひとりごとだったり。家庭用ビデオが開発される前に子供時代を過ごした人なら、親子の会話をカセットテープに録音するという体験があるのではないかと思いますが、世代によるでしょうか。私の家族ではそういうことをした記憶があるし、同世代の友人の家庭でもそういう思い出話を聞きます。録音された子供との対話は、個人的なものなのに、「ああ、うちもそうやって録音してた」「そういえば友達のうちもやってた」と、自分の個人史や周囲の人の個人史と重ね合わせることによって、「ひとつの家族の記録」が「あの時代の家族の記録」に聞こえてきます。つまり、それは個人的な「記録」であることから離れて、ひとつの時代の「記憶」になります。
そして、6台の小さなテレビに、それぞれ別々の昔のコマーシャルやニュース番組が流れるとき、同時に違うチャンネルを映すいくつものテレビの中にあって、私たちはまるでその時代に引き戻されたタイムマシーンの中にいるような、または、当時のテレビ局の編集室にいるような、不思議な感覚にとらわれます。私たちは、自分たちがいる「いまここ」、「何年何月何日何時何分の東京都現代美術館の一室」という時点から引き離され、どこか別の時空におかれるのです。
この『The Voice-Over』は、私のとっては、「個人の記録」が「他の人々に共有される記憶」になることを体感させてくれる作品でした。
時間の関係で全部見られなかったのが残念。最初から最後まで通して見ていたら感想も違うものになっていたかもしれませんが…。

また、今年の初め、パリのグラン・パレで話題を呼んだクリスチャン・ボルタンスキーの作品があったことに驚き。やるな、東京都。
タイトルははっきり覚えていないのですが、ある家族の写真を集めた作品は、バカンスや日曜日のピクニック、家の庭などで撮られた家族のスナップが整然と並べられているものでした。そのどの写真も、被写体はひとりではなく、たとえそこに写っているのが一人であっても向けられたまなざしでカメラのこちら側にいる人との絆が感じられ、やはりひとりではなく家族の写真なのです。それらの写真がひとつのまとまりとなり、「家族の記憶」という抽象概念に結びつきます。
もうひとつの『死んだスイス人の資料』という作品では、四角い缶がレンガのように並び、ひとつひとつにポートレイトが貼られています。それらの缶は、真新しく光るメタルではなく、ところどころさびが浮き、過ぎた時間を感じさせます。積み上げられた缶は、まるで棺のようでもあり、中にはポートレイトの人の骨か思い出の品が入っているのだろうか…などと想像をかきたてられます。もちろん空なのでしょうけれど、それはそれでポートレイトの人の生きた時間がそこに詰め込まれているように見え、ひとつひとつの缶は個人史という概念的なものが具象化されたもの、とも言えるのでは。それがいくつも重なっていると、大量(マス)の死を喚起させられ、美術館の説明のなかで言われているように「ホロコーストが想起される作品」です。でも実際は、缶に貼られたポートレイトは、「スイスの、一般の人たちの死亡記事からとられ」たものだそうで、惨劇的な出来事ではなくて死というひとつの概念が現されているのかもしれません。

米田和子という作家の『壁紙』や『熱』というシリーズの写真は、美術館の説明によれば「解体される前の建物の内部を何も手を加えずに撮影」したものだそうですが、実際の人の影は全然ないのに、そこにある痕跡が「誰かがいた」ことを如実に語っています。その痕跡は「誰かがいた」ことの証拠であり、記憶そのものを現しています。

Eが「興味深かった」と言っていたのは、木村友紀の『Pictures of a man』。ヒゲの男の写真が何枚もあり、またその写真のなかで男と共に写っているオブジェ(物)が再現され配置されているもの。ヒゲの男たちは時代も場所も違うところにいて同一人物ではないのに、作家にとって「a man」であり、その男たちの背景にあるものを写真から取り出し、実際に配置することで、ひとつの物語に構築されています。

特に印象に残った作品は、ざっとそんなところです。
「記憶」という主題は本当に奥深い。いやあ、私、好きなのですね、このテーマ。
ところで、相似点のある「しみ」というテーマの展示を国立近代美術館で見たのですが、あまりピンときませんでした。アプローチとして、「しみ」ではずいぶん限定されてしまうからかなあ。あちらはあまり広がりがなかったような気がします。期待しただけに残念でした。

まあ、それもこれも個人的な感想ですけれどね。

リールの美術館 Le Palais des Beaux-Arts

 2009-12-03
リール出身の同僚が、「リールの美術館はなかなかいいと思う」と言っていたので、寄ってみました。
musee1.jpg

吹き抜け状になったホール(?)は、ガラスの天窓の彩色と、白い壁、金箔の張られた壁面の調和が、とても美しかったです。
musee2.jpg

この美術館には、ルーベンス、ゴヤ、ドラクロワ、ロダン、ピカソなどの作品があります。数は多くないとはいえ、地方でそれだけ巨匠の作品を集められたというのは、なかなか立派なのではないかと思います。

彫刻や陶器もありますが、私たちは絵画を中心に見て回りました。
中世から20世紀初めの作品がありますが、17~18世紀のものが主でした。どうも中世コーナーのブリューゲル(コピー)とボッシュ(コピー)、スペイン・コーナーのグレコ、ゴヤ、ベラスケス、近代コーナーのマネやロートレックが強く印象に残りましたが、詳しい美術史の教養がないので、それ以外はあんまり面白くなかった私。
(美術史、勉強しなおしたいかも。)
ピカソは地上階にあったのですが、なぜか採光がほとんどなく(雨降っていたし夕方だったからというのもあるけど)、暗くて全然見えませんでした。電気つけて~。

この日が最終日というpeter klasen回顧展にも行ってきましたが、こちらはまた時間があれば後ほど。

「Andre Cadere, Peinture sans fin」 ~アンドレ・カデレ、終わりなきペイント~

 2008-05-19
1週間ほどの前になりますが、ギリギリの最終日、パリ市立近代美術館で行われていた「Andre Cadere, Peinture sans fin(アンドレ・カデレ、終わりなきペイント)」展をみてきました。(もう終わってしまって、情報的にとっても遅すぎるのですが…こういうアーティストがいるということを私自身知らなかったのと、この展覧会がとてもよかったので、メモしておきたいと思います。)


cadere-portrait_ar.jpgアンドレ・カデレ(Andre Cadere)はルーマニア人。1934年、ワルシャワ生まれ。1967年にパリに移り、同じくルーマニア出身のイジドール・イズー(Isidore Isou)をはじめ、レトリスム(lettrisme)の仲間たちと交流。また、ミニマル・アート、コンセプチュアル・アートなどを踏襲する芸術家たちと知り合い、ネットワークを築いた。1969年、色を塗った竿のような細い棒を作品として発表。それが円筒をつなげた作品のアイデアの基点となった。

彼の作品は、木の円筒で出来ている。各円筒は、高さが底辺の直径と同じサイズになっている。そして、理論的にはそのサイズに際限はないが、円筒をつなげたバー(棒)がアーティスト(アンドレ・カデレ)自身に持ち歩ける長さ、重さに作られる。

バーは、黒・白・黄・オレンジ・赤・紫・青・緑の8色のうち、3~7色で構成される。構成する各色には番号が割り振られ、それによって色が配置される。その配置にはAとBの2種類の規則があり、Aでは5種類、Bでは2種類のバリエーションがある。
A-1:3色12円筒 123/231/312/123
A-2:4色20円筒 1234/2341/3412/4123/1234
A-3:5色30円筒 12345/23451/34512/45123/51234/12345
A-4:6色42円筒 123456/234561/345612/456123/561234/612345/123456
A-5:7色56円筒 1234567/2345671/3456712/4567123/5671234/6712345/7123456/1234567
B-1:3色21円筒 123/213/231/321/312/132/123
B-2:4色52円筒 1234/2134/2314/2341/3241/3421/3412/4312/4132/4123/1423/1243/1234

しかしながら、ここに「エラー」が挿入され、色の配置転換が行われる。その場合、同じ色が続けてつながることはない。このエラーの挿入により、各カラーバーは個別的なものとなる。

cadere noir-blanc-rouge例えば、バーが黒(1)、白(2)、赤(3)の3色で構成される場合、B-1の配列によると、黒白赤/白黒赤/白赤黒/赤白黒/赤黒白/黒赤白/黒白赤というバーができるはずである。ここにエラーが挿入されると、実際にできるバーは右のようなものとなる。

アンドレ・カデレは、カラーバーを持ち歩き、公共の場に現れ、時には他のアーティストの展覧会パーティーに出かけていったりした。そして、カラーバーは様々な場所で恣意的に立てかけられる。このバーには、展示のための特別な場所も許可も、釘や額縁も必要ない。


05-cadere-s6b1_ar.jpg…という理論に基づいているのですが、展覧会を観る前、私にはこのコンセプトがいまいちよく把握できませんでした。でも、実際の作品群を見ると、一つとして同じ配色順のバーはなく、なんとなく「なるほど」と納得させられました。そして、コンセプトが理解しきれないとしても、バーの愛らしさと展示の仕方などに感動をおぼえました。

カラーバーに使われる色の濃淡は特に決められていないということでしたが、私にはどこなとなく70年代チックなカラー、そして日本では自然に出てこないであろう、ヨーロッパ的(それも東欧的な)の色合いに感じられました。

特に印象的であったのは、アンドレ・カデレがカラーバーを担いで街中をゆっくりと徘徊する映像。まるで彼の存在を象徴する道具(槍とか弓とか)を担いで荒野をさまよう孤独なインディアンのようでした。そして、そのシンボルと共に歩くインディアンは、他の生き物たちと距離をもち、彼らに無関心のようでありながら、自然の調和を保って溶け込んでいる孤高の存在者。…というのは言い過ぎでしょうか。

cadere avec un artisteしかしまた、アーティストたちに紛れ込んでいる写真を見ると、いつでもどこでもそのカラーバーを肌身はなさず持っている様子は、なんだかライナスの毛布のようでもあって、どことなく子供っぽさを感じたりして、ちょっと可笑しかったです。

今回の展覧会で最も感動した点は、常設展の中にまぎれてアンドレ・カデレのカラーバーがひっそりと展示されていたこと。例えば、マチスの「ダンス」の下に、まるで置き忘れたかのように立てかけられたカラーバーがあったり。まさに、どこにでも展示できるという、カデレのコンセプトが体現された展覧会であったと思います。

写真は以下のサイトから拝借しました。
art das kunstmagazin

「型紙とジャポニズム」展

 2007-01-21
katagami-ten.jpg昨日で終わってしまった「型紙とジャポニズム」展。
例によってギリギリに駆け込み閲覧(10月からやってたのにね)。先日、「ノクチューン」開館時間延長の木曜日、仕事の後に行ってきました。
そして例によって展覧会を終わってからのご紹介…(あいすみません)。

最初、「型紙」と聞いたときには、着物を作るときの型紙?と思いましたが、着物などに使う布を染めるときの模様の型なのですね。染めの型って、紙で出来ているとは知りませんでした。

今まで、着物や風呂敷で何気なく目にしていた和風柄ですが、こうして型紙をじっくり見ると、その細かさに驚かされます。katagami.jpg上下左右の対称性、幾何学性は、デザインとしてかなり高度なのでは。しかし同時に、計算されたその緻密さが神経症的に感じられました。そういえば精神科医の中井久夫が、ベトナムにおける強迫的なまでの幾何学性(例えば、ベトナム戦争において民兵が戦車が通れないように刻み込んだ道路破壊や、露天商の物の並ベ方に見られる)について指摘していたなあ、などと思い出しました。

展覧会入り口前に、型紙を使って染められた柄入りの着物とエミール・ガレの花器が並んで置いてあり、すでに19世紀末から20世紀初めにかけて西欧に与えたジャポニズムの影響が想起させられていたこともあるだろうけれど、一つの型紙に描かれた流水の模様を見て「これってマッキントッシュ(アップル社コンピューターじゃないですよ)」と思いました。
その後、第二展示コーナーに行くと、型紙に見られる和柄が西洋美術に与えた影響の比較展示がなされていて、なるほどーと感心。ほんの一時ではあるけれど、アール・ヌーボーについて勉強したことがある私にとっては馴染みのある特徴を兼ね備えた作品群。フランスの印象派画家もそうだし、19世紀末以降、特に1867年と1900年にパリで開かれた万国博覧会を機にフランス美術がジャポニズムの影響を受けたことは知っていました。しかし、比較展示によってこれだけ如実に見せつけらると衝撃的。

展示コーナーは、ウィーン、ドイツ、イギリス、フランスといった、各国の美術と型紙の対比になっていたのですが、「アール・ヌーボー」という一つの運動としてまとめられてしまいがちな美術様式が、各国でやっぱり違うなということを感じました。ウィーン、ドイツには幾何学性と繊細さ、イギリスには自然(植物)というモティーフ、フランスには優美さが、それぞれ日本美術から取り入れられたような気がしました。勿論、作家による違いはありますが。うーん、でも、これって各国文化に対する固定観念のせいもあるかな?

アール・ヌーボー大好きなのって、はっきり気づいていなかったけど、やっぱりそこに日本的なものがあったからなのかなー。
それに、アール・ヌーボーに惹かれた当時、感じやすいお年頃だった私は神経症的なものが好きだったのかも。特に好きだったのは、「サロメ」の挿絵画家ビアズレーやクリムトだし…。エクトール・ギマールやエミール・ガレも、前から好きだったけど、今だったらどちらかというとそっちかな。
でも相変わらずルネ・ラリックは好きになれない。エログロな感じが。

会場を出て、地階で上映されていた型紙の作り方を数分間ほど立ち見。「きり彫り」という技術を見ましたが、本当に細かい。気が遠くなりそう。やっぱりちょっと神経症的だよね、と思いました。
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