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「エレーヌ・ベールの日記」読後メモ

 2010-06-16
さて、「エレーヌ・ベールの日記」です。

エレーヌ・ベールの日記エレーヌ・ベールの日記
(2009/10/29)
エレーヌ・ベール

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これは、ユダヤ系フランス人女性エレーヌ・ベールが、1942年4月7日から1944年2月15日まで綴った日記です。これを書き始めたとき、彼女は21歳。みずみずしく、少し内気でためらいがちながらも自分なりに熟考し、しかしときには大胆に行動し、パリの美しさと田舎の自然を愛した彼女の人間像が、日記を通して伝わってきます。時代は第二次世界大戦の真っ只中、ドイツに占領されたフランスではナチスの政策によりユダヤ人迫害が行われており、エレーヌ・ベールもその対象でした。だから、楽しいことばかりではなく、彼女の哀しみ、苦悩、絶望、怒りなどが率直に書かれています。実は途中、9ヶ月ほど中断されていますし、毎日は書いていません。しかしそれだけに、書きたい気持ちを押さえきれないとき、書き残さなければいけないという使命感で筆をとるときに綴っており、かなり濃密な日記です。

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オリンピック、又はスポーツの祭典

 2008-04-14
パリでのオリンピック聖火リレーの余韻が少なからず残っていたこの週末。

ル・モンドでは「聖火が揺らめいた日」と題し、リレーの経過を追った記事がアップされています。
Le jour où la flamme a vacillé
LE MONDE | 12.04.08

© Le Monde.fr

正体不明の謎の聖火警備団(パリ警察は彼らのはっきりした人数も身元も把握していない)、「青い服の男たち」は何者であったか…というと、ル・モンドによれば特別攻撃隊だとか。
「英語もフランス語もできない」そうだけれど、フランス側のオーガナイザーとはどうやって連絡しあったのか…。っていうか、コンタクトなし??
朝日新聞では、中国側の説明によれば、この「青い服の男たち」はボランティアの学生で、トレーニングは積んでいて、英語の他、フランス語、日本語などで「止まれ」と指示することができると書かれていたんだけど…。

それから、金曜日にはル・モンドに、フランス国内スポーツ・オリンピック委員会の委員長、アンリ・セランドゥールが「競技者が人質に」というタイトルで寄稿。スポーツの祭典としてのオリンピックの擁護と、聖火リレーの妨害行為を非難する論調です。
まず、このセランドゥールが「オリンピック精神の普遍的価値」と言っているところからして私は気にくわない。(っていうか、何に対してであろうと、軽々しく「普遍的価値」と呼ぶことに賛成できないんだけど。)「オリンピック精神の普遍的価値」って何のことなのでしょうか…。

さて、オリンピックのボイコットに対して、「スポーツと政治は分けて考えるべきだ」という意見がよく聞かれます。
私は、子供の頃、たしかモスクワ五輪で日本がボイコットを決定して、金メダル候補と言われていた柔道選手が「4年間、オリンピックを目指して努力してきたんだから、行かせて欲しい」と泣いて訴えているのを見て、「国がそうやって決めちゃって、それを押し付けられる選手は可哀想。スポーツと政治は別にして考えるべきじゃないか?」と思いました。
それから月日を経て、その間に見た五輪で五輪に対する見方は変わってきました。
例えば、開会式を見ていて、「国によってどうしてこんなにも参加選手数が違うのか?」と思ったり。
「どうしてそんなにオリンピックを招致したいのか?」「どうしてオリンピックのスポンサーになることが重要なのか?」「ストップウォッチの下に必ず名前が出ているのは公式スポンサーなんだっけ」などなど…。
そんなことは誰しもが考えていることだと思いますが。

さて、「スポーツと政治を分けて考えるべき」という命題に戻ります。
ボイコットに反対する理由としてこの命題を立て、これを展開することは可能でしょう。そしてそれが論理に適っていれば、かなりの正当性は引き出せると思います。
でも、この命題自体、この問題に対してたてられるに相応しいものかどうかをちょっと考えてみるべきではないでしょうか。

私が「それは間違っているのではないか」と感じるのは、オリンピックのボイコットを問題として「スポーツと政治を分けて考えるべき」というとき、「オリンピック」=「スポーツ」としてみなされて論じられていることです。「オリンピック」は単なる「スポーツ」ではありません。よく言われるのが「世界各国が集まるスポーツの祭典」ですが、「祭典」の部分で、すでに純粋なる「スポーツ」ではないわけです。その「祭典」の部分によって開催国にもたらされる経済的効果や政治的効果がある。セランドゥールがル・モンド上で、オリンピック委員会が得た利益をちゃんと分配していると弁護していますが、オリンピックで上がる収益というのはオリンピック委員会が得る利益だけでは済まされないはずです。
それから「世界各国」といっても、万国が同じように参加できるわけではないでしょう。環境や経済的な理由により、ある国々で全く行われない競技もあるし、例えば(これはひとに指摘されて「なるほど」と思ったのですが)肌を露わにするユニフォームをつける競技にイスラム圏の女性が全く参加していないこともあります。

だから、オリンピックのボイコットについて「スポーツと政治は分けて考えるべき」という意見には、どうも賛成しかねます。

後ずさりして「オリンピック」=「スポーツ」というのを受け入れるとして、そもそも起源がオリンピアにあり…とか言うのなら、じゃあギリシャ時代のスポーツとは何であったのか、例えばプラントンが推奨する「スポーツ」(よく「gymnase」、すなわち体操と訳されていますが、アラン・バディウはスポーツとも訳していました)とは何であったのかと考えてみれば、国家や政治と関係ないと言えるでしょうか?

Img214034884.jpgところで、今回、注目を浴びた聖火リレーですが、もともとは1936年のベルリン五輪から始まったそうです。これもひとから教えてもらって驚き、インターネットで調べてみました。オリンピアの火をスタジアムに灯したのはその前のアムステルダム大会(1928年)が最初らしいですが、オリンピアからリレーで会場まで聖火を持ってきたのはベルリン大会が初めて(こちらを参照)。その意図がどこまでのものだったのか、いまいちわかりませんが…その意図如何によっては、「リレーなんてもうやめてもいいかも…?」という気がします。

フランスに関してオリンピックのボイコットの前例を挙げると、モスクワ五輪があります。1980年の夏季オリンピックには、アフガニスタン侵攻を理由に、アメリカをはじめとして日本を含む多くの国がボイコットしました。フランスは開会式をボイコット。また、競技の方のボイコットの決定は連盟に託され、乗馬、ヨット、射撃の3種目で不参加。この大会ではフェンシングで金メダルを得ましたが、表彰時に国旗掲揚はなく、フランス国内スポーツ・オリンピック委員会の旗が掲げられたのだとか。不参加を決めた乗馬では、チームが良いコンディションに仕上がっていただけに、監督は多少ショックを受けたらしい。しかしオリンピックで二度の優勝経験のあるピエール・ジョンケレス・ドリオラは、「モスクワに行くということは、見ない、知らないという態度を受け入れることになる…私はモスクワ五輪にノーと言う…」とル・フィガロ紙で訴えたそう(こちらを参照)。

しかし、オリンピックの中身、競技会を楽しむために人々が集まることで、開催国の政治・経済情勢が変わることもあるかもしれません。モスクワ五輪に参加し、フェンシングで金メダルを獲得したフィリップ・ボワスは「もしかしたら、プレッシャーにも関わらず参加した人たちが、ペレストロイカへ向かっていた状況を前進させたのでは?」と述べています。

フランスの世論調査では、相変わらず「開会式ボイコット」に賛成多数、「競技をボイコット」には反対多数です。

チベットとパリ郊外

 2008-03-24
先に書いたものの中で、現在問題になっているチベットの暴動から、2005年秋のパリ郊外の暴動を思い出したことに触れましたが、この二つの事象にいくつか共通点があるように思います(もちろん、違う点はたくさんありますが)。

国営TV放送フランス2で15日に放映されたニュースでは、チベット情勢に関連して、全国人民代表大会の様子も映され、その中で、同大会に出席したチベット代表の議員がインタビューに答えて「あれはチベット独立派が仕組んでいる。自分たちの利益に反する行為だ」と述べていました。

たしか、パリ郊外の暴動のときも、学校が燃やされ、「自分たちの利益に反する行為」と非難する人があったっけな。

燃やされたのは何であるか(ラサでは中国人の商店や銀行、パリ郊外では公的機関である学校や警察)、もうちょっとよく考えてみれば、彼らにとって問題なのは経済的・物質的「利益」ではないことがわかってもよいはずなのに。

それから、中国政府は、「ダライ・ラマが組織している」と非難していましたが、この「組織説」もパリ郊外暴動のときに言われたこと。当時、内相だったサルコジは、「イスラム教指導者によって組織されている」というテーゼを早々に出していました。そして、宗教や原理主義者とは関係がないと分かった後も、「携帯電話で連絡を取り合っていて組織立っている」と主張していました。

その他に、(ちょっと対象が飛びますが)中国政府とフランス政府の植民地主義に対する発言にも類似点があります。(というか、これはどこの国かに関係なく、植民地主義を擁護する立場に共通する点だと思いますが。)
フランスでは、植民地主義が与えた利点を学校教育で教えることを義務付ける法律がつくられ、物議をかもしたことがあります。過去の植民地主義を反省してばかりでは、愛国心をはぐくむ教育に反するとか、そういう理由付けもありました。そして、フランスが植民地に与えた利点とは、教会や病院や学校を設立したこと、道路を整備したことなどでした。
他方、中国政府がラサに多額の投資をして、街の近代化に貢献したと自慢するとき、具体的には、線路を引いて交通の便を良くし、商業の活性化をもたらしたことを挙げます。
でも、そうした「建設」のせいで破壊されたものがあるはずです。
また、活性化される商業の主役は、現地の人間ではなく、その経済システムをもたらした、外からやってきた人たち。現地の人間は、望むか否かに関わらず、そのシステムに巻き込まれていき、それに参加せざるをえない。そうでなければ、排除されて生きていけなくなってしまう。
この「文化の破壊」という一点だけとっても、チベットに対する中国の政策は植民地主義的以外の何ものでもないと思います。

さて、日曜日、ジュルナル・ドゥ・ディマンシュにて、PSのピエール・モスコヴィッシは、チベット情勢に関してサルコジが全く発言していないことについて、「耳を聾する沈黙」と表現して批判。モスコヴィッシは「中国を訪問したときも、小切手外交を実践し、人権担当閣外大臣であるラマ・ヤドを連れていかなかった」ことに言及。

そんな風に指摘されたから…?と思いたくなってしまうタイミングで、今日、サルコジは突然「中国はチベットと対話を」と呼びかけました。
今まで沈黙してきたのは、やっぱり中国とのウマイ取引に影を落としたくなかったからなんだろうなー、それで他国の出方を様子見してたんじゃないのかー?…と疑ってしまいます。だって、アメリカのコンドレッサ・ライスも今日、中国へ呼びかけたらしいし。

っていうか、今回のチベット問題に対する中国政府の反応と似通ったところのあるお前がエラソーなこと言うな!…と私などは思ってしまいます。


追記:前回書き忘れましたが、ラサでの暴動後、中国側(軍隊?警察?)が行ったチベット人に対する暴力行為の映像はフランスでもTVやネットで流れており、「中国による圧政」も全く否定できない事実。

それでもチベットを支持するべきか

 2008-03-24
フランスではここ最近、連日、チベット関連のニュースが報道されています。

最初にチベットで暴動が起こったというニュースを映像でちらっと見たときには、実際に何が起こっているのかよくわからず、後から文字で追おう…と思いつつ、どうも明確なニュースが伝わってこない感じでした。
特に、後から目にした短信のニュースでは、中国政府側が発表した犠牲者(死者)数とチベット亡命府のそれとに差があることが報道されていましたが、誰の何による犠牲者なのかがはっきりわからない。前者の発表したものが後者のそれより少ないということは、犠牲となっているのはチベット人なのだろうと推測されたのみ。

ところで、私は日本での報道のされ方がどのようなものか知りません。今回、フランスで受け取った情報だけを元に書きます。

フランスでは、「制圧的な中国の厳戒体制」が強調され、「チベット人たちが被害にあっている」という視点がニュースの背後に感じられます。報道の微妙な偏りを察知して、アレ・シュール・イマージュではテレビのニュースでの報道のされ方を比較・検証していますが、結論として、やはりチベット擁護的な観点が盛り込まれているのではないかということでした。

個人的には、今まで、中国のチベットに対する圧政のことは気にならなかったわけではないし、チベットの文化や宗教には中国と異なる独自性があるのだから、それをリスペクトすべきだと思ってきました。だから、中国政府に対するチベット人の抗議行動が憂慮すべき事態へと転換し、中国政府が軍隊を投入したと聞いて、すぐに考えたのは「中国による圧政」ということです。そして多分、そう考えた人も多くいたに違いないと思うし、振り返ってみればフランスの報道が偏っているらしいことはその表れだと思います。

さて、テレビのニュースを見直すと、15日の夜のニュースで中国政府が公開したラサの暴動の映像を流しています。しかし、中国側の発表を鵜呑みにしない態度をうかがわせる言葉遣いをしています。

私自身は、16日の朝、Rue89で、フランス人旅行者が自分のブログで現場にいたことを報告している記事の中で、チベット人たちが中国人を実際にリンチしていたことをはっきりと知りました。他にも、抗議行動に参加していたチベット人数人がスクーターに乗った中国人を引き摺り下ろし、相手が意識を失うまで殴り続けたのを目撃した旅行者の証言などが伝えられています。

今まで非暴力的な抵抗運動を続けてきたという印象のあったチベット人たちが、中国人に対して暴力を振るい、多分殺人まで行い、商店を荒らして火をつけた…とは、私にとって少しショックな事実でした。
テレビのニュースがラサの暴動の映像に慎重なコメントをつけていたのも、私と同じように「にわかには信じがたい」という反応の結果なのではないかと思います。

チベット人が最初に暴力的行為をふるったという事態がはっきりしたのですから、中国政府がラサの警備を強化したのは当然の成り行きと考えるべきで、「また中国の圧政か」と言うのは間違いだと考えられるかもしれません。

では、それでも現在のチベットを支持するべきでしょうか?
そして、フランスでは何故チベットを擁護するような報道が続くのでしょうか?

さて、Rue89が引用したフランス人女性ブロガーは、現場を目撃した様子に続いて、チベット人の女の子たちに聞いた話をそのまま書いています。
彼女は、カフェでチベット人の若い女の子5人組と知り合い、そのうちの一人が「これは僧たちのせいなのよ、暴力は私たちの文化にそぐわないけれど、仕方のないことなの」と泣きながら説明し始め、状況が悪化してきたので彼女たちの家に避難して話を聞いたのだそう。彼女たちの説明によれば、中国によって寺院が破壊されたことで、チベットの歴史が破壊されてしまった。それというのも、チベットの文化は口頭伝承が基本であり、それを文献に書いたり保存したりするのは寺院にいる僧だけ。中国政府は寺院を壊し、僧を殺すか拘束するかして、チベットの文化的歴史文献をチベット外にもっていってしまった。また、中国人たちはビジネスを重視し、彼らがよしとする経済活動をチベットにもたらしたが、チベット人にとっては金持ちになることは重要ではない。「自分よりも他人の方が大切」という文化のチベット人は、他人からお金を巻き上げてまで金持ちになりたいとは思わない。物質的に良い暮らしができれば、確かに幸せだろうけど、もっと大事なのは宗教。チベット人は金持ちになりたいのではなく、自由になりたい。昨年、ダライ・ラマ14世がアメリカで勲章を受けて以来、中国政府はチベットの民族衣装を禁止し、チベット人は中国風の服装を強制されている。着たいものすら選べない。ラサの町は近代化され、中国政府はラサに多額の投資をしていると宣伝しているが、チベット人が所有するものを奪っていることについては何も言わない。毎年、多くの旅行者が寺院を訪れ入場料を支払っているが、それはすべて中国人たちの懐に入る。ラサのほとんどの商店は中国人経営で、それはつまり、市場や雇用を左右するのも中国人ということ。職を得るには中国語を話せることが一番重要。中国人たちは、チベット人たちが英語を話すことを好まない。だから多くのチベット人が中国語を学ばなければならなくなっている。けれど、ただ話すだけで読み書きはできない…。

このフランス人ブロガーによると、チベットで中国政府への抗議行動を起こすのはたやすいことではなく、ダライ・ラマの写真を飾っているだけで刑務所か強制労働へ連れていかれてしまうことがあるそうです。

そして、彼女は、「中国政府は無辜の市民の死を告発している。それは本当のことだ。リンチを受けた中国人や、荒らされた商店の持ち主は立派な人たちかもしれない。でも、人々の感情の爆発を目の当たりにして、こうした状況では悪人・善人という線引きができないことがわかった。チベット人対中国人なのだ。チベット人の犠牲となった中国人たちは、自国政府の政治の犠牲者でもある。チベット人たちは、中国人たちが怖れてもうチベットにやってこないことを願っている」と書いています。

ところで、チベット暴動の情報を見聞きするうち、私はふと2005年秋にパリ郊外で起こった暴動のことを思い出しました。あのとき私は、郊外で車を燃やす若者たちを単純に非難することはできないと思いました。
経済的格差が是正されず社会的な不満が鬱積し、そのうえ治安の悪化でポリスが威圧的に存在する、そのような状況的背景があって生じた暴動だと思っています。

でも、そういう状況的背景の捉え方に異議を唱え、車を燃やし、警察に投石する「郊外の若者たち」は紛れもなく「悪者」であるのだから彼らを擁護するのはおかしい、非難するのが当たり前だ、とする人たちもいました。

そういう人たちは、やはり今回のチベット暴動でも、チベット人たちが「悪者」であり、彼らを非難するのが当たり前だと言うのでしょうか。

「破壊行為をしたのはチベット人なのに、それでもチベットを支持するのか?」と言う人もあるかもしれません。私の答えは「勿論!」です。チベットを支持します!

フランス人旅行者の報告は、ある「個人」が、「個人的な」状況で、チベット人である「個人」の解釈を聞いたというものであり、その話を一般化するべきではないかもしれません。でも、この一つの個人的な解釈は個別的ケースを超えて、他の多くのケースで語られた解釈、一般性に合致するように思います。それは「植民地主義」という名で批判されてきたものだと思います。

(続く…かも)

民主主義とKY、そして異彩であること

 2007-08-21
この2週間、一応世間様が呼ぶところの「夏休み」 だったのですが、いつもと変わらない日々を送っているうちに終わってしまいました。

つか、寒くってさ~。毎日曇ってるし雨降るし、何にもやる気がでないの。

対リビア契約のこととかをネットで漁ったり、SUDOKUやったりしてるうちに2週間が経ってしまった。

そんなわけで、課題図書も読み終わってないんですが…とりあえず、休みの間に読もうと思っていた本のうち、一番薄いやつだけ読んでみた。アマルティア・センの「La democratie des autres」。二つのエッセイが一冊の本に入っているのですが、二つ目の講演テキスト(「La democratie comme valeur universelle」「普遍価値としての民主主義」)は、先日、ブックオフに行ったとき見つけた集英社新書の本「貧困の克服」に入っていました。買わなかったけど。

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