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フィヨン内閣再編成

 2010-11-15
夏休み前に友人が「10月に内閣再編成があるらしい。これは確かな情報」って言っていたけれど、なんかそんな気配ないような…って思っていたら、先週くらいから再編成の話題が浮上、昨日突然(でもないのかな?)フィヨン首相が辞表を出してサルコジに受理されたけど、また首相に任命されて内閣再編成…って、ル・モンドのサイトのトップをさっき見て知って、なんかあっという間の出来事でびっくり。(っていうか、やっぱり前触れあったのかな?知らなかったの私だけ?)

そもそも夏休み前に再編成の噂が出たのも、国民が今の政権に色々と失望して(ベタンクールの献金疑惑とか)やばい感じになってきたからだった。でもそれが夏休み後もずっと続いて(ジプシーたちの強制送還とか)、9月からずっと続いていたストも年金改革への反対ってだけでなく、政府に対する不信と不満がつもっていたせいだし、いつ再編成してもおかしくなかったんだよね、考えてみれば。だけど再編成って私は思いつかなかったなー、なぜか。サルコジが意固地な感じしたし。

で、今回の再編成では、新顔もなくて、面子はかわりばえしないようだけど、ル・モンドがまとめていたポイントによると、まず「移民省」がなくなったというのが大きい。あれ(正式名称なんだっけ、アイデンティティとなんたら、長いし気に入らないのでちゃんと覚えてない)はサルコジ政権で鳴り物入りで新設置だったのになあ。結局、現政権の極右寄り傾向による移民政策は外人排除の色が濃くって、今回の移民省削除はそれが全くの失敗だったということを暗に認めたことになるよなあ。前と同じく内務省の管轄になるそうな。

それと、「ouverture」とか言って一生懸命社会党から内閣に人材をひっぱってきたサルコジの挑発もこれで終わりらしい。2007年の大統領選の真っ最中に、ロワイヤル候補のお膝元からサルコジに寝返ったベッソンは別として。っていうか、もう誰も彼を左派だなんて思ってないよなー。UMPに所属してるし。

ラシダ・ダティとかラマ・ヤドみたいに、サルコジが自慢げに内閣に入れていた、いわゆるマイノリティ、移民系の目立つ任命もなし。

なんかサルコジが大統領の座についた当初は色々と「新しいことをやるぞ」って息巻いていたわりには、結局そういうのは失敗に終わって、昔のような構造に落ち着いた…って気がするんだけど。

って、いったいなんだったんだ!
単なるこけおどしか?

そろそろ次の大統領選が視野に入ってきたから、慌ててるんだろうなー。
ふんどし締めなおし?って感じ?

しかしこれで安定しちゃうと、再来年、忘れっぽい国民がまたふらーっとサルコジに投票するかもわからん。

フランス国民よ、もうちょっと記憶力養ってくれ給えよ。
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同性愛者とカトリック信者

 2010-05-24
RUE89で数日前に読んで、それからある点でひっかかっていたのが、「Lyon : face a face entre cathos et homos lors d'un « Kiss-In »」という記事。

5月18日の火曜、リヨンで同性愛者たちの「キス・イン」というデモがありました。この「キス・イン」は、同性愛者たちが普通に路上や街中でキスできるように、奇異な目でそれをみる偏見をくつがえそう、というデモで、アソシエーションを通して参加が呼びかけられ、同性愛参加者たちが指定の場所に集まり、合図と共に一斉にパートナーとキスする…というもの。すでにパリのフォーロム・デ・アールでも行われ、まずまずの反響を引き起こしたのだそうです。

しかしこのデモには、プラカードもちらしも何もなし。ただ、突然わらわらとゲイ・カップル、レズ・カップルが集まってきて、突然キスを始めるのです。
パリでのデモでは、その場に居合わせた人たちは事情がわからず驚いていたようです。(そりゃそうだろーなーと思う。)そして、侮蔑の言葉や「気持ち悪い!」といった声もあがったとか。

私がもしその場にいたら、どう感じるかなー…と想像してみると、やっぱりびっくりするだろうし、もしかしたら「気持ち悪い」と感じてしまうかもしれません。でもそれは同性愛者たちだからじゃなくて、異性同士でも、たくさんのカップルがいっぺんに数分間もキスしてる場面に遭遇したらどうだろ…と思うのです。やっぱり、まだ奥ゆかしさの残っていた日本で育った身としては、公然といちゃいちゃキスしている場面にでくわすと、いまだについ目をそらしてしまうの。別れ際の「チュッ」くらいならいいけど。(そしてそれくらいなら私もやるけど。)

それはさておき、リヨンでは、このデモに対抗するべくカトリック信者たちが集まったのだとか。
キス・インに反対するカトリック信者たちは、教義により同性愛を認めるわけにいかないようなのです。(ただし、同性愛を支持するカトリックのグループもいます。)反対派には、カトリック信者だけでなく極右グループも混じっていたようですが。

最初は、キス・イン参加者たちとカトリック信者たちの間でにらみ合いが続いていたようですが、「1時間半後、カトリック信者たちはサン・ジャン寺院の石畳にひざまずき、祈り始めた」そうです。

正直言って、私はこれも気持ち悪い。
自分たちが受け入れられないものを拒絶し、耳をふさぐために祈る…とは。
そして、「神」に祈ること、「神」を信じていることを表す敬虔な態度を示すことで、自分たちはいかにも野蛮でなく正しく善良であるかのように見せる。
うーーーん、気持ち悪い!
そういうの、偽善・欺瞞っていうんだろーー。

しかし、本当にカトリックは同性愛を認めていないのか?平等とは何か?
ま、カトリックの教義を詳しく知らないから反駁されたらそれまでになっちゃうだろうけど、フランスの理念、「自由、平等、博愛」ってカトリックに基づいているのだと思っていました。だから、同性愛者が平等を求めてどうしていけないんだろ…と素朴な疑問。
同性愛は「自然の摂理に逆らうから認められない」とか言う人もいるけど、じゃああなたは自然科学者ですか?と問いたい。自然の摂理っていったい何?子供を作ること?でも「愛」って生殖だけじゃないでしょ。(逆に「愛=生殖」的なことを言われると、「うわあ、すっごい直接的~。すました顔してるけど、つまりこの人にとって愛ってセックスだけなんだ~?」と思ってしまう。)他の動物の中にだって、生殖活動の他に同性愛的な行動が見られたりするんじゃない?
…と、いろいろ考えてしまいました。

キス・インは、たとえ私自身がその場で居心地が悪かったとしても、そっと目を背けるだけで主張したい人々を否定しないけど、それに反対するカトリック信者に対しては、「気持ちが悪い」というよりなにか怒りのようなものすら感じます。

で、それがリヨンのキス・インの記事を読んでひっかかっていた点です。

このカトリック信者のことを考えていたら、ふと、読みかけのままになっていた「エレーヌ・ベールの日記」のことを思い出しました。ユダヤ人迫害が行われる中で、他人事のような顔をしていたカトリック教徒たち。そうしたカトリック教徒やキリストに対するエレーヌ・ベールの鋭い洞察が頭の中に浮かびました。それで、再び本を手に取り、今度こそ、本当に読み終えました。以前、「読み終わったら、この本について書こうと思います」と言っていながらそれっきりになっていたので、次回こそは書こうと思います。

新型インフルエンザ予防接種レジスタンス

 2009-12-14
この週末から急に気温が下がってびっくり。先週まで、折りたたみ傘を常に携帯していないと心配なくらい、どんより曇って雨が降ったりという、お天気のすぐれない日が続いて、そのかわり例年に比べてあまり寒くなかったのですが。きーんと寒くなっても、青空に太陽が出ている方が気持ちよいかも。

しかし、こう突然に寒くなると、体調を崩したり、ウィルス性の病気に罹りやすくなったりするので心配です。特に今年は新型インフルエンザが流行ってますからね~。

フランスでも新型インフルエンザの予防接種が始まっています。妊婦さんや赤ちゃんのいるお母さん、肺疾患や糖尿病などの持病がある人などに続き、現在は子供や中高生の接種も始まりました。

最初は「予防接種を受ける」という人が多かったのに対し、新型インフルエンザの威力があまり強くなさそうということで、「受けない」という人の方が多くなったフランス。今はどうなんでしょう。フランスでは、医者に行くのではなく、公立の施設で日時を決めて集団接種をしているのですが、一時、予想以上に希望者が集まって、数時間並ばなければならない事態になったところもあるとか…っていう話だから、予防接種するという人の方が多いのかなあ。
しかし、私の周辺では「あんなよくわからないワクチン、打つのは嫌だ」と言って接種しない主義の人が多いです。

そんな雰囲気の中、RUE89で、赤ちゃんを持つ女性が、「予防接種をするように」という通知をもらって市民体育館に接種しに行ったらまだ開いてなかったり、医者の返事が曖昧で心配だったり…というレポートがあって、それもおもしろかったのですが、数日前、ル・モンドで、高校生が予防接種レジスタンス戦線を張っている(というと言い過ぎか?)という話(「Grippe A : "le vaccin ne passera pas par moi"」)を読んで、「フランス人っぽいなあ~」と感心していまいました。

この記事によると、予防接種レジスタンス高校生たちが、フェイスブックで「予防接種を拒否する人たちの集まり」の輪を広げているのだとか。彼らの言い分は、「私たちは新しいワクチンの実験動物じゃない!」「国家にお金を儲けさせるためのワクチンに反対!」(私はこの辺がフランス人っぽいと思いました)といったもの。こうしたフォーラムでは、「愛はインフルエンザのようなもの、街中で引っかかってベッドで終わる」(「L'amour c'est comme la grippe ça s'attrape dans la rue et ça se termine au lit」)といった箴言まで作られているらしい。盛り上がっているようです。

日本ではそんな抵抗運動などあるのかしらん。

個人的には、死にそうなくらい辛い目にあったり日常に支障をきたすのは嬉しくないけど、一度罹って自然に免疫ができて生還するのが理想です。

“Our Body”、一般公開停止

 2009-05-02
先日触れた“Our Body”ですが、4月21日、裁判の結果により一般公開が中止されることになりました。

原告はEnsemble contre la peine de mort(死刑反対グループ)とSolidarite Chine(中国への連帯)という二つの団体。特に、「展示されている人体がどこからどういう経緯でエキシビションに到ったのか」という点が不明であり、遺体が不当に取引された疑いがあることを、原告側は強調していました。

これに対し、エキシビションの主催者は、香港の研究機関から送られたと主張していますが、生前の同意のもとに身体が研究にまわされたという証明書を提示できませんでした。

判決は、一言でいえば、「人間の尊厳を冒涜する」という理由でエキシビションの中止を求めたもの。「遺体は本来埋葬されるべきものであり、その正当な場所は墓地である」とし、また、人体の展示の仕方が学究的側面に適っていないと判断しています。そして、主催者がこの判決に従ってエキシビションを中止しない場合、一日につき2万ユーロの罰金が課せられることになっています。

主催者側はエキシビションの学究的な面を主張、控訴しましたが、4月30日、控訴院(高等裁判所に相当)が一審と同様の判断を下しました。他国でもこうしたエキシビションは公開されており、多数の人々が訪れて成功を博しているなか、「公開を禁止した国は他にない」として、上告する構え。

なお、原告側は、判決に原告側の主張がほぼそのまま取り入れられており、満足の意を示しています。原告側弁護士は、「エキシビションが人体取引を隠しているという疑いをますます強く感じています。非常に疑わしい点が多くある。私たちが調べたところ、複数の医者の意見では、人体は死後すぐに加工されたものであるにちがいなく、その死は前もって予定されていたものではないか、ということです。自然死による人体はあのように加工できないのです」と述べています。

さて、この件に関して、インターネット上で様々な意見が交わされているのを読みましたが、エキシビション公開に賛同する人はたいてい「普通は見られない人体の内部が見られて素晴らしい」「解剖学のどんな学術書や見本でも、ここまでリアルなものはない」「他の国でも公開されているのに、禁止されるなんてフランスだけ」としています。反対する人の意見としては、「いくら科学のために身体を提供すると同意していたとしても、見世物にするのは違う」「解剖学は好きだけれど、スポーツやチェスをする姿勢をとらせた展示の仕方に疑問を感じる」など。

私はというと、このエキシビションをおぞましいものと感じるし、閉鎖してもらいたいと思っていたので、裁判の結果にほっとしています。
web版ル・モンドが掲載した読者の意見の中に、「このエキシビションを見たが、とても素晴らしかった」というものがいくつかありましたが、実際はドイツ、アメリカで見たという人たちなので、全く同じものではなかったかもしれません。(私はそれでもやっぱり、本物の人体を正体不明の完全に無名な一つの見本として切り刻んで一般公開するということに、やはり嫌悪感を感じますが・・・。)「医学や科学に関わる人だけの特権だったけれど、こうして一般人も実物がみられる」という学究的な面での賛同については、「それなら今まで解剖学に興味があって人体模型を見に行ったり本を開いたりしたことがあるのか?」と問いかける人がいました。たしかに、「本物の人体の内部を見たい」という人の多くには、「人体の構造を知りたい」という学究的興味よりも単なる「怖いもの見たさ」という野次馬的興味が勝っているような気がします。また、「他の国ではこうしたエキシビションが許可されているのに、どうしてフランスだけダメなのか」という意見に対しては、極端に言えば「他の国では死刑の執行が許可されているのに、どうしてフランスだけダメなのか」というのと同じようなもので、全くナイーヴで(ネガティブな意味で)無意味な反論だと思います。それに、フランス「だけ」ではなく、アメリカのいくつかの州でも禁止されているはず。

どんな死体にもアイデンティティがあり、展示されているのは「死(la mort)」ではなく、「個々の死(une mort、des morts)」だと思います。ひとつの死体を見て、同類・同胞(semblable)に対する同情を抱く人がひとりもいなくなったらその社会は終わりじゃないか、と思います。(ルソーみたいかな。)

参照:
「L'exposition de cadavres « Our Body » interdite en appel」(Rue89)
「La justice interdit l'exposition anatomique "Our Body"」(Nouvel Obs.com)

“Our Body”:解剖学の、または死体のエキシビション

 2009-04-04
久々に開いたRue89で読んで、かなりショックを受けた記事↓
「"Our Body", l'exposition de cadavres portee devant la justice」
「D'ou viennent les corps humains de l'exposition "Our body" ?」

この「Our Body, a corps ouvert」というエキシビションをやっていることは、地下鉄のポスターなどで見て知っていたのですが、模型を使って解剖学的な人体構造などを学習するものなのだろうと勝手に理解していました。そういう科学的なエキシビションは、たいていヴィレット公園にある科学博物館などで行われるので、ポスターの詳細をろくに見なかった私は、てっきりその類の国立博物館で行われていると思っていて、あるときばったり街中でそのエキシビションの大きな広告を目にし、「えっ、こんなところでやってるんだ」とびっくりしました。というのも、そこにそんなスペースがあることさえ知らなかったのです。そんな知られていない場所のわりには、広告はなかなか大きかったという印象があります。

さて、Rue89の記事によると、なんとこのエキシビションに展示されている人体はすべて本物なのだそうです。樹脂を使い、特別な方法で人体を加工しており、無臭・無害で、半永久的に保存できるのだとか。

問題になっているのは、まず、倫理的にどうかということ。死んでいるとはいえ、一つの生を送った人間の体を切り刻んで展示し、一般の目にさらすというのはどうなのか・・・。生前に本人が「自分の死後の体は科学のために使ってもらって構わない」と了承していたとしても、一般に公開となると話はまた別なのではないか。エキシビションそれ自体が科学の進歩の一環を担うものかどうかも問題になるでしょうし。実際、主催者はヴィレットの科学博物館や自然博物館などでの展示を希望していたらしいのですが、倫理協議会で反対意見が大半だったため、断られたのだそうです。
第一、この「Our Body」展の入場料は15ユーロと高い。(普通、エキシビションの入場料はだいたい7~10ユーロくらいではないでしょうか。)倫理協議会は、アカデミックな目的よりも商売色が濃く感じられるという見解から、このエキシビションに否定的な意見を出しています。

それとは別に問題になっているのが、ここで展示されている人体の出所。これがどうもはっきりしないらしいのです。
展示されている人体の元の顔がわかる部分があり(顔がそのまま全部残っている場合もあります)、どれもアジア人の顔立ち。実はみんな中国人なのだとか。
一応、「Our Body」展の主催者は、香港の研究機関(?)から提供してもらっていて、もとは大学や中国の医学研究所などから寄せられている、と説明しています。
しかし、これらの人体は中国政府が横流しした処刑者のものではないかと疑われています。政治犯として中国で徒刑し、現在アメリカに亡命しているハリー・ウー氏は、「Our Body」展で展示されている人体は死刑囚のものと確信していると述べています。実情を知るウー氏によれば、中国政府は死刑に処された人体を解剖し、臓器を売買にまわしているとのこと。アメリカでは「Our Body」展に似たエキシビションが既に公開されたようですが、彼はいくつかの州でこのようなエキシビションを禁止に追い込んでいます。

また、人種差別的意識を指摘する声もあります。人体がアジア人なのでフランス人(白人系)にはショックが少ない、と感じる人もあるようです。人種が違うと、自分と同一視しないという心理的な壁を作ることが比較的たやすいのでしょう。そして、やはり歴史的なことを考えれば「植民地主義的な考えがここにまだ残っている」と言うこともできるし、実際にそういう批判の声をあげている人もいるようです。

私の個人的な感想としては、この「Our Body」展の中で展示されているそれぞれの人体に顔があって、ところどころ切開されれているとはいえ五体そろっているので、「ひとりの人間」という印象を強く受けてしまって、写真を見ていてなんとも言えぬおぞましさを感じてしまいました。科学という名において行われたアウシュビッツの人体実験のことが思い起こされ、いやいや、アウシュビッツだけではなく南京や「海と毒薬」もあるなあ・・・と連想。Rue89に貼ってあるデイリーモーションの動画(「Our Body」展の内容と見学者の声)を見たら、人体が自転車に乗っていたりチェスしていたり・・・そういう姿勢で見せる意義が本当にあるのか?ほとんど「見世物」という感じ。Rue89の記事は、吐き気を感じながら(昨日の夜、飲み過ぎたせいもあるけど)読みました。倫理協議会の副会長で、哲学教授のピエール・ル・コズ氏が「小さな子供たちは睡眠に支障をきたす恐れがあるのでお勧めしません」と言っていますが、子供じゃなくったって悪い夢を見そうだよ・・・。

(というわけで、写真はここに転載しません。見たい人はリンクを辿ってね。)
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